「治療の切れ目が命の切れ目になる」 中東情勢による原油供給の不安定化で、患者団体や学会が医療用資材の安定供給を求めて厚労省に申し入れ
中東情勢が緊迫化するのを受けて、原油などのエネルギー供給が不安定になる中、石油化学製品を原材料とする医療用資材の供給不足も懸念されている。
全国がん患者団体連合会や日本癌治療学会など、がんや難病に関する5団体は4月1日、医療用資材の安定供給を求める要望書を厚生労働省に提出した。
政府は3月31日に「中東情勢に伴う重要物資の安定的な供給確保のためのタスクフォース」を内閣官房に立ち上げたばかりだが、要望書では、十分な情報提供や、医療現場で実際に不足が生じる前からの早期の対応を求めている。
患者団体や学会の代表らが要望書を手渡すと、仁木博文厚生労働副大臣は「サプライチェーンも含めて、製造の分野との連携もしながら、現場に支障をきたさないようにやっていきたい」との考えを述べた。

仁木博文厚生労働副大臣に要望書を手渡す天野慎介・全がん連理事長ら(左から、大坪恵太・日本難病・疾病団体協議会事務局長、吉野孝之・日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会両理事長、仁木副大臣、天野慎介・全がん連理事長、轟浩美・全がん連事務局長、宿野部武志・ピーペック代表理事)
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医療用資材の安定供給のため5点を要望
要望書は、厚生労働相や経済産業相、それぞれの副大臣宛に提出された。
提出したのは、「全国がん患者団体連合会」「日本癌治療学会」「日本難病・疾病団体協議会」「日本臨床腫瘍学会」「ピーペック」の5団体。

厚労労働省と経済産業省に提出された要望書
要望書では、中東情勢で原油やナフサの調達に影響が及び始め、国内ではプラスチックや化学製品の原料となるエチレンも減産されており、「医療現場全体にも影響が及ぶ可能性が懸念されています」と指摘。
具体例として、医療分野ではナフサ由来のプラスチック製品が数多く使われており、石油化学製品を原材料とする医療用資材の供給が不足した場合、手術用資材、注射器、カテーテル、輸液バッグ、透析回路などの使い捨て製品の不足が生じる可能性を示し、「命に関わる重篤な疾病の医療提供体制に直ちに大きな影響が生じる可能性があります」と訴えている。
また、LNG(液化天然ガス)精製の副産物として生産されるヘリウムの供給に不足が生じた場合、液体ヘリウムで冷却し続ける必要があるMRI装置の稼働に支障が生じる可能性もあると示した。
その上で、中東情勢が関わることから、厚労省だけでなく、関係省庁が連携した対応が求められるとした。
すでに厚労省や経産省が供給体制の調査や代替調達の検討を行い、エネルギー関連団体にも安定供給を要請していることを踏まえた上で、過去のパンデミックの経験から、「実際に医療現場で資材が枯渇してから対策を講じたのでは、国民の生命を守る医療提供体制の維持には間に合わなくなる可能性があります」と指摘。
医療用資材が逼迫し、一部に欠品が出る可能性も認識しつつも、「医療用資材等の供給に不足が生じた場合、がんや難病をはじめとする命に関わる重篤な疾病の医療提供体制に直ちに大きな影響を与える可能性が危惧される」と重大な影響が出ることを訴え、具体的に以下の5点を要望した。
医療用資材等の供給体制に関する現状把握と実態調査の実施 ナフサやエチレンの減産の影響を受ける石油化学製品を原材料とする医療用資材等について、 供給体制に関する現状把握と実態調査を速やかに実施し、その結果を公表すること。
医療用資材等の確保に向けた枠組みの構築 医療用資材等については、国民の生命を守る医療提供体制の維持に直結する重要な物資と位置づけ、必要な原材料を確保するための枠組みの構築を検討すること。
医療現場と国民への情報提供 今後、医療用資材等の供給が不足する可能性が生じた場合には、その供給見込みについて予め公開し、医療機関が必要な対策を講じることを可能にするとともに、品目別の供給見通し、代替製品の可否、優先配分の考え方等について医療機関と国民に対して具体的かつ十分な情報提供を行い、社会的な理解を得るよう努めること。
医療資源の適正使用および配分に関する指針の検討 供給制約下においては、医療資源の適正配分の観点から、不要不急の医療の見直し、医療資材の適正使用、医療機関間における公平な資源配分等について、基本的な考え方を整理し、医療機関に示すこと。
供給不安時における流通の適正化 供給不安時における過剰な在庫確保や流通の歪みを防止する観点から、 必要以上の買い占めや転売等を抑制するための指針について検討すること。
副大臣「現時点では大丈夫と言える」
1日、患者団体や学会代表者と面談して要望書を受け取った仁木副大臣は、医療資材が不足すると命に関わる患者は多いことから、どのように対応する考えか問われると、こう答えた。
「コロナの経験も踏まえ、まずは実態把握を早急に進めると同時に、コロナの時もそうでしたが、PPE(個人用感染防護具)に象徴されるように、現場に物があって医療が展開できます、命が守れますから、サプライチェーンも含めて製造の分野との連携もしながら、現場に支障をきたさないようにやっていきたいと思います。コロナの事案も申し上げましたが、備蓄しているような、ストックしている物もありますから、そういったものの還元も、現場へのフィードバックもしていきたいと思います」
また、「患者さんたちは安心して大丈夫ですか?」と問われると、「現時点では大丈夫と言えると思います」と答え、「これから先も大丈夫ですか?」と念押しされると、「そういうことがないように、今後とも総理のタスクフォースでございますので、やっていかなければならないと思っております」との決意を述べた。
吉野理事長「治療の切れ目が命の切れ目になる」
続いて、要望書を手渡した患者団体代表らは記者会見を開いた。

記者会見で要望書の内容を説明する天野全がん連理事長
天野理事長は、要望書の内容を説明。
吉野理事長は、がん治療をする医師の立場から、例えば石油由来の医療資材が不足することで、MRI稼働に支障をきたせば診断が正確にできなくなり、どこまで手術をすればいいのかなど、病状の正確な把握ができなくなると説明した。
また、医療現場でよく使う使い捨てのプラスチック製品が不足すると、手術が遅れ、抗がん剤治療もストップしてしまう可能性を指摘した上でこう危機感を露わにした。
「総じて、治療の切れ目は命の切れ目になるのががん治療で、資材の供給ができないことはその患者さんに死を突きつけることに他ならない。そのようなことにならないよう、ディスポーザブルでなくても、滅菌してリユースできるものに関しては、なんとかして持ち堪えることも重要だと思いますし、トリアージして必要な方に必要な治療を受けてもらえるようにしたい」

医療現場への影響について語る吉野孝之理事長
また、医療資材が不足する不安が広がると問題となるのは医療機関が買い占めて、さらに資材の不足を加速させてしまうことだ。
これについては、吉野理事長は「各施設が買い占めして、本来届くようなところに届かないことがあってはいけないので、学会をあげて、関連する医療機関への周知をしたい」と話した。
その上で、「治療を受けて、ただでさえ心が不安になっている患者さんが、薬が届かないなどという追加の不安でさらなる不安が起きることは極めてよろしくない。我々は、全力を上げて、患者さんに安心を届けたいと考えている」とし、タスクフォースを立ち上げてこの問題に対処しようとしている政府に感謝の念も述べた。
轟事務局長「抗がん剤治療への影響が不安」
轟さんは、ステージ4の胆嚢がんを治療している立場から、医療資材の不足に対する不安を語った。

がん治療中の立場から不安を述べる轟浩美さん
手術ができないがんで、3剤を併用した抗がん剤治療をほぼ毎週受けている轟さん。抗がん剤だけでなく、生理食塩水や利尿剤なども加えて、1回で投与する点滴の数は8つだ。
「現在報道で、医療資材に対して影響があるのではないかと聞くと、正直やはり不安を感じている。私で8つです。全国にどれだけがん患者の人がいるかを考えると、それに対して本当に影響がないのか、やはり大きな不安になっている」
そして、現状ではどれだけ不足する可能性があるのか情報さえないことに対して、不安を述べた。
「治療が途絶えたら、私も自分の命の限りに向き合うことなります。ですから、正確なことを知りたい、それが切なる思いです。医療資材の安定供給を切に願っております」
難病患者団体「供給が止まるということは、その患者さんの命も止まってしまう」
大坪さんは難病患者の立場から、医療資材の供給不足の影響について述べた。

難病患者の立場から影響を語った大坪恵太さん
難病や慢性疾患は原則完治することがないことから、継続した治療が必要となる。
「治療によって体調が安定をしている患者さんであっても、継続して治療が受けられていることによるもので、一時的な供給不足により、その前提がないことになれば不可逆的な悪化につながってしまうことを大変危惧している」と述べた。
特に、透析が必要な患者や自己注射でインスリンを補っている1型糖尿病の患者、人工呼吸器や経管栄養が必要な患者は、医療資材の不足が即座に命の危険につながると指摘した。
また、患者数が少ない希少疾患では、特定の医療材料や機器に依存してるケースが多く、代替品がない可能性が高いことを紹介した。市場規模が小さいため、供給を調整される際に優先順位が下がる危険性があることを危惧しているとし、「少数であっても必要な患者さんにしっかりと届く仕組みを早急に構築していただきたい」と要望した。
さらに、難病の場合は、在宅医療の患者さんが数多くいて、自宅で24時間365日継続して医療を受けている人も少なくないことを説明し、「このような患者さんにとっては、医療資材は単なるものではなく、体の一部となっています。その供給が止まるということは、その患者さんの命も止まってしまうことも意味している」と指摘。
その上で、「在宅療養であっても、必要な患者さんにはしっかりと届く仕組みを早急に構築していただきたい」と訴えた。
政府に対し、実態調査を通じて早急に現状把握に努めることや、安定供給の枠組みの構築と医療現場や国民への確かな情報提供など必要な施策を進めてもらうことを求めた。
透析患者「死の宣告に近い衝撃を受けている」
腎臓病患者が多く、自身も人工透析を40年続けているピーペック代表理事の宿野部武志さんは、「透析は、私たち透析をしている者にとって文字通り命の鎖そのものだ」と冒頭に述べ、
中東情勢によるナフサ不足で8月には透析に必要な回路が届かなくなる可能性があるという情報が流れていることについてこう語った。
「私たち透析をしている者にとって、これは単なる物不足のニュースではない。死の宣告に近い衝撃を受けている。透析回路は1回使えば廃棄をするディスポーザブルな製品。代わりもありませんし、節約もできないチューブ1本、ダイアライザー(人工腎臓)1個が手元に届かなければ、34万人の命、40年つなげてきた私の命も数日で終わりを告げます」

人工透析を受けている立場から医療資材の不足の影響を述べた宿野部武志さん
高市首相が対策に乗り出し、赤澤亮正経産相が供給確保を指示したことに感謝の念を示し、医療スタッフも在庫の確保に奔走していることにも触れた上で、こう述べた。
「34万人の透析をしている者、その家族が今大きな不安の中にいます。34万人の血管が今、中東情勢に握られている。国は一刻も早くその手を解いていただきたい。日本という国が、どんな困難があっても国民の命は絶対に見捨てないという国であることを、この危機の中で証明していただきたい。どうか、私たちの命の鎖をつなぎ止めていただきたい」
「不確かな情報で不安が広がっている」「政府は十分な情報提供を」
続いて、記者との質疑応答で、副大臣との面談の内容を聞かれた天野理事長は、
「政府としては、様々な対策を講じているという回答をいただいた。一方で、具体的な現在の在庫の状況や見通しについてはまだ把握はしきれていないという表現で、まだ一般の方々に対して情報提供を行い得る段階にはないという趣旨のご回答をいただいた」と、政府が正確な情報を把握していない現状を語った。

天野慎介理事長
政府も、新型コロナウイルス感染症の時のような買い占めが起こる問題については避けたい意向を示していたとする一方、SNSなどではすでに石油関連資材の供給状況についての情報が溢れ、不安が広がっていると天野さんは指摘。
「不確かな情報に基づいて買い占め等が起きてしまう可能性を危惧しているし、特に医療用資材は供給が途絶えた段階で、即失われる命がある。実際に枯渇してから対策を講じたのでは間に合わなくなる可能性が高いと考えている。今後医療資材が不足する可能性、見込みが把握できたのであれば、それに対して医療現場等で速やかな対策を講じることができるよう、あらかじめ十分な情報提供と社会的な理解を得て進めていただきたい」と、政府による正確な情報提供と早期の対策の重要性を訴えた。
これについて吉野理事長は「現時点で、私の知る限り、現場で供給が不安定になっているとは聞いていない」とする一方、海外で原油不足による様々な規制が始まっていることもあり、「日本もこういうことが起こるんじゃないかという形で不安が不安を呼んでいる」と不安が伝染し始めていることを指摘。
その上で、
「正確な情報が不安を解消する。オンタイムな情報の整理と、厚労省、学会等が一緒になって、しっかりとした見解を発することによって、最新の情報に基づく迅速な対応をしっかりと現場が取れるようにすることが必要」と述べた。
買い占めが余計物資不足を招く問題に関して、患者団体が患者さんに注意喚起をする予定があるかという質問に対しては、天野理事長は「現時点では注意喚起などは行っていない」とした上で、こう述べた。
「今後、我々患者団体がもし何らかの行動を取るにせよ、まずは現状把握が必要だ。できるだけ可能な範囲で政府の情報提供をお願いできればと考えている」
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
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