匿名の精子提供で生まれた当事者が、特定生殖補助医療法案に反対 「私たちが知りたいのは細切れの情報ではない」

精子や卵子の提供を受ける不妊治療についてルールを定める「特定生殖補助医療法案」について、匿名の精子提供で生まれた当事者が反対の声をあげています。何を問題としているのでしょうか?
岩永直子 2025.02.25
誰でも

精子や卵子の提供を受けた不妊治療についてルールを定める「特定生殖補助医療法案」に、匿名の精子提供で生まれた当事者から反対の声が上がっている。

当事者らは長く「出自を知る権利」を保障するよう訴えてきたが、この法案では、提供者の身長や年齢、血液型は開示されるようになるものの、それ以上の個人情報を伝えるか否かは提供者側が決められる形だ。

2月25日、「非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ(DOG)」が法案の問題点を指摘する記者会見を開催。

代表の石塚幸子さんらは、「私たちは提供者の細切れの情報が欲しいわけではない。当事者である子供が何を求めているのか聞いた上で、法律を作ってほしい」と再考を求めた。

記者会見する匿名の第三者の精子提供で生まれた石塚幸子さんと加藤英明さん

記者会見する匿名の第三者の精子提供で生まれた石塚幸子さんと加藤英明さん

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特定生殖補助医療法案ってどんな法案?

そもそもこの「特定生殖補助医療法案」とは、どのような法案なのだろうか?

自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党が2月5日に共同で参議院に提出した法案だ。

長らく日本には第三者から精子や卵子を提供された行う生殖補助治療のルールを定める法律はなく、日本産科婦人科学会がガイドラインを設け、法律婚をした夫婦に対し、第三者の精子提供を受けての人工授精(AID)のみを認めていた。

2003年には厚生労働省の厚生審議会生殖補助医療部会が、「15歳以上の者は、精子・卵子・胚の提供者に関する情報のうち、開示を受けたい情報について、氏名、住所等、提供者を特定できる内容を含め、その開示を請求をすることができる」と出自を知る権利についても盛り込んだ報告書をまとめ、この結論に基づいた法整備を求めていた。

ところが20年以上経て提出されたのは、この報告書とはかなりかけ離れた内容だった。

提供者の情報は、国立成育医療研究センターが100年間保管し、18歳以上の成人した子供から請求があれば、身長や血液型、年齢など、提供者が特定されない情報のみを開示する。

子供がそれ以上の情報開示を求めた場合、提供者の同意が得られた内容だけが開示されるとしており、提供者の意思次第で開示される内容が左右される。

そのほか、この法案では第三者の精子や卵子の提供やあっせん、それを使った人工授精や体外受精は国の認定を受けた医療機関に限る。提供やあっせんにより利益を受けた場合は罰則がある。

提供を受けられるのは法律婚の夫婦だけとし、事実婚や同性カップル、独身の人には認めず、代理出産は禁じている。

提供を受けた両親は、生まれた子どもがその事実を知ることができるよう、子供の年齢や発達の程度に応じた適切な配慮をするよう努めなければならないと、親から子供へ情報を伝える努力義務も盛り込まれている。

子供の立場の当事者は何を問題としている?

今回、匿名の第三者の精子提供で生まれた当事者グループは、この法案に対し、主に3つの問題点を指摘した緊急声明を発表した。

一つ目は、すべての子供が知ることのできる情報が、個人が特定されない情報のみ(身長、血液型、年齢等)である点だ。

これについて、「私たちが何を知りたいかを決めるのは、私たち生殖補助医療で生まれた子ども自身です。私たちは人としての提供者を知りたいのであって、個人を特定できない細切れの情報を欲しいわけではありません。子どもが知ることのできる情報を政府は限定しないでください」と説明している。

二つ目は、生まれた子どもがそれ以上を知りたい場合には、提供者の了解を得ないといけない点だ。

これについては、「『出自を知る権利』は子どもの権利です。それにもかかわらず、権利を行使する主体が子どもではなく、提供者側にあることは納得できません。子どもが自分の権利を正当に行使できる法律にしてください」と求めている。

三つ目は、生まれた子どもが開示請求できるのが、成人(18歳)以降である点だ。

これについては、「生まれた子どもが一律で成人(18歳)になるまで開示請求できないのは、子供の健やかな成長と発達に不利となる可能性があります。親に対しては子の年齢や発達に応じて適切に告知努力をするように促す一方で、子どもの開示請求可能時期を一律で制限するのは矛盾しているとも思います」として、再考を求めている。

これは私たちの考える「出自を知る権利」ではない

名前や顔出して会見に臨んだ石塚さんはまず、「この法律案が、生まれた人の出自を知る権利を認めるためのものであるとする報道や議員の発言が多いが、本当に子供のためになっているのか。当事者の立場からこの法律案にすごく問題があると思っている」と指摘。

「出自を知る権利」の捉え方が、立法府やメディアでズレていることを批判した。

「私たちが考える出自を知る権利はどういうものであるか知ってもらいたい。また立法するのであれば、当事者である私たち生まれた人の声をきちんと聞いて、取り入れた上で法律を作ってほしいという思いがある」と記者会見の趣旨を述べた。

同法案を議論した議員連盟のヒアリングには、特定生殖補助医療で生まれた子供の立場の人は呼ばれたことがないという。

会見に実名、顔出しで臨んだ石塚幸子さん(右)と加藤英明さん(左)撮影・岩永直子

会見に実名、顔出しで臨んだ石塚幸子さん(右)と加藤英明さん(左)撮影・岩永直子

石塚さんは、育ての父親が遺伝性の疾患を発症し、同じ病気を遺伝しているかもしれないと悩んでいた23歳の時に、母親から告知を受けた。

「自分のルーツが知りたい」と訴えた記事がつないで、3人の当事者が知り合い、この自助グループを立ち上げた。

「提供者を知りたいか知りたくないかは人によって様々。そもそも告知をされなければ、知りたいのかどうかも考えられないし、知りたくない人もいると思います。今回の法律案で親が子供に真実を告げることが努力義務に入ったことは評価できます。その上で、提供者の情報として全ての人が知ることができる情報はこれだけなのかというのが正直な感想です」

「なぜそんなに提供者のことを知りたいの?」と聞かれたら、石塚さんはこう答える。

「一度でも会ってみたいと、いつも言っています。私自身は父と母から自分が生まれた感覚がある。そこには人から一度切り離されたものではなく、実在する人の存在があって今の自分がここにいると確認したい。人としてその人に一度でいいから会いたい」

提供者について知りたい内容や理由は様々だ。

「多くの人が知っていて当然だし、自分の遺伝的ルーツに興味を持つことはそんなにおかしいことではないはずです。なぜ私たちがそれを求めることがこんなにも許されないのか、おかしいと思っています」

この法案は、そんな当事者の思いが無視されているように感じている。

「生まれた人の現状をもっと知ってもらわなければならなかったんだなと思っています。本当に子供のための法律というのであれば、生まれた人の現状やこの人たちが何を望んでいるのかきちんと知った上で作ってほしい」

個人としての提供者が知りたい、直接会って話したい

医師の加藤英明さんは、医学部の5年生だった2003年に実習で両親の血液と自分の血液を調べ、父親と遺伝的なつながりがないことがわかり、母親からAIDで生まれたことを聞いた。

「私はいったいどこから来たんだろうという気持ちを強く持ちました。遺伝上の父親に会いたい、話をしたいと強く思っています。海外でも身長や髪の色を教えるバンクがあることは聞いています。ただ、私たちにとって、髪の色や身長などは単なる情報に過ぎない。私はよく『提供者と飲みに行きたい』と冗談混じりに言っています。提供者の男性がどんな男なのか、どんな仕事をして、どんなことを思っているのか知りたいと思います」

そこまで知る必要があるのか、と問われたこともある。

「では身長だけ教えればいいのか。そこは違うと思うんです。法律で前進はしたと思いますが、子供の声を聞いていただけていないということは強く感じています。子供としては、個人としての提供者がどんな人柄なのか、直接会って話したいという思いが強く持っている。この医療は、親が選んでいるのですが、最終的に出てくるのは子供であるということを知ってもらいたい」

姉妹で第三者から精子提供「自分のルーツを探る機会を奪わないで」

あおいさん(撮影・岩永直子)

あおいさん(撮影・岩永直子)

20代後半のあおいさん(仮名)は妹と共に、慶應義塾大学でのAIDで生まれた。

告知されたのは、中学3年生の時。母と二人で実の父親がよそにいる人の再現ドラマをテレビで見ていた時、「私も実はパパが血が繋がっていなかったりして」と軽い冗談を言ったら、母の顔が強張り、事実を告げられた。

同じ境遇の妹とだけは気軽に話ができた。

「お互いの顔を見つめ合っては、『この部分はママに似ていないから、提供者似かな?性格はどうだろうね?』と自分の容姿や性格から母の要素を抜いて、出来上がった像を思い浮かべ、会えない提供者に想いを馳せていました」

子供の頃は、特に妹の方が提供者に会いたがっていた。

「自分の血縁者に会ってみたいというのはごく自然な感情なのです。しかし提供者に会えないからこそ、良くも悪くもかえって想像を膨らませてしまいます。自然な形で提供者をたどることができず、その結果、提供者の存在を正しく認めることができなかったこともあり、過度な期待を寄せてしまったこともありました」

「目に見えないものを追い続ける。しかもそれが自分のルーツとなるものを追い続ける苦しさがどれほどのものか想像できますでしょうか?子供の知る権利を掲げているのであれば、当事者にしかわからない声を聞いてください。提供者の年齢を知れば、身長を知れば、血液型を知れば、いいというのでしょうか?細切れの情報をもらってどうしようというのでしょうか?」

父は成人や結婚など、節目のタイミングで話そうと考えていたらしい。

「成人や結婚の時に事実を知らされたらどれほど落ち込み、それまでの人生に恨みを持っていただろうかと思い、中学生の時に知れて良かったと思います。幼い頃から家族間でAIDについて話し合える機会が増えれば増えるほど、お互いをより良く知るきっかけになり、家族を構成する時間を作ることができます」

父は「子供は案外理解できるものなんだな。安易に理解できないものと思って先延ばしにしようとして申し訳ない」と言ってくれた。

妹は最近、網膜剥離が進行し、今も十分回復していない。医師は遺伝性疾患の可能性を言っている。提供者側の家系が原因である可能性が高いが、提供者がわからないので原因はわからない。妹は「なる前に知り、心の準備をしておきたかった」と言っている。

あおいさんはこう言う。

「非配偶者間人工授精を行うのが親であっても、そこにはやがて生まれてくる子供が関わります。その子供にとっては、提供者の存在は親とはまた別の大きな存在になります。親が違うと言われるだけで、自分の存在の拠り所がどこか不安定に感じるようになる瞬間が訪れます。その時、一人ひとりの子供が自由に誰かに制限されることなく、自分のルーツを探れるようになる機会を奪わないでいただきたいです」

「自分の中に空いた穴を埋めたい」

大羽やよいさん(撮影・岩永直子)

大羽やよいさん(撮影・岩永直子)

中部地方に住む40代の大羽やよいさん(仮名)は、29歳の時に告知を受け、ショックを受けた。父は既に他界。母と二人暮らしだった。地元の病院でAIDを受け、医学部生の精子を使ったという説明だった。

数ヶ月後、自分について知りたいと生まれた産院に連絡したが、AIDを行った院長はすでに他界し、院長の息子があとを継いでいた。カルテも残っていないと言われ、詳しいことはわからなかった。

今振り返ると、告知を受けて良かったと思う。しかしもっと早く知りたかったとも思う。

「どんな人がドナーなんだろうと、ドナーを探したり、当時私が住む地域でどんなことがあったのか知りたいと行動したりしたことがあります。でも生まれた産院に『もう手紙を書いてこないでほしい』と言われ、従事していた産婦人科医に会いたいと言っても断られます。時間が経つほどに色々なものが手遅れになっていきます」

大羽さんは提供者を知りたい理由について、こう語る。

「自分の中に空いた穴を埋めたいからです。アイデンティティに空白になっているところがあり、そこに私のドナーという人が存在したということを知りたい」

だからこそ、この法案に反対する。

「この法案は個人を特定する情報が得られないことで、私の『どんな人か知りたい』という気持ち、その人そのものを知りたいという気持ちを、推しはかってくれるものではありません。生まれた人の気持ちを無視した法案だと思っています」

提供者のプライバシーを守る権利より、優先されるべきは子供の出自を知る権利

22歳の海道明さん(仮名)は、告知を受けたのは小学校中学年の頃だ。告知後すぐはそれほど思い悩まなかった。早くに親から知らされた海道さんは、今回の法案で18歳以上でなければ提供者の情報が開示されないことに疑問がある。

「中学になってから思い悩むようになって、自我が育つにつれて自分の大元の半分がわからない悩みが追いついてきたのかなと思います。その時、自分から主体的に動いて出自を知る選択肢があれば良かったなと思います」

親が告知をしないのは「言語道断だ」と言う。

「ちょっとしたきっかけで出生の事実を知ってしまうことはかなりある。その時に親子関係を不可逆に壊しかねません。早い段階での告知とアフターケアの両方をセットで行えるようにしていくのが不可欠だと考えています」

「そもそも思春期を終えるまで、アイデンティティの根幹ともいえる部分を知るための行動さえ規制されるのは、酷ではないか。普通は知っているものとされる自分のアイデンティティを突然失われるのは本人にとって重いことを知ってほしい」

そしてこう話す。

「提供者のプライバシーを守る権利と、生まれてくる子供の出自を知る権利が対立するとしたら、子供の知る権利を優先すべきだと考えます。それで制度が立ち行かなくなるなら、そもそも制度のあり方自体を問い直すべきだと思います」

「報告書が活かされていないことに失望」「子供は蚊帳の外」

続く質疑応答で、2003年の生殖医療部会の報告書が議論され、やっと提出された法案に書き込まれた「出自を知る権利」についての感想を問われ、石塚さんはこう強く批判した。

「報告書は15歳以上は(提供者)個人を特定できる範囲までの情報を知ることができるという、今の私たちの主張に近いものが出ていました。それを何年にもわたる議論があった上で今これを出して、20年動いていなかったのが初めて動いたと言われても、本当にこれは揉まれて出てきたものなのだろうかというのが正直なところです」

「がっかりしていますし、2003年の報告書が全然活かされていないことに、失望しています」

加藤さんもこう述べる。

「治療を受けるのも金を出すのも親。生まれてくる子供は誰が配慮するかといえば、結局治療の当事者でありながら、子供は完全に蚊帳の外に置かれてきたんです」

「それまでは日本産科婦人科学会の1996年のガイドラインしかなかったので、それがちゃんとした形になるのは前進ではあると思います。でもその中で一番立場の弱い子供の意見は残されたままになって、これが『出自を知る権利』の既成事実になることには強い懸念を感じています」

この法案が成立することで、ルーツを知りたいという気持ちに対して、かえってマイナスになる可能性について問われると、加藤さんはこう答えた。

「一番懸念しているのは、『国が身長やその他の属性を伝えることで良いと言っているのだから、ここまででいいだろう』という既成事実ができることです」

石塚さんはこう語る。

「法案では、私たちができるのは、国立成育医療研究センターに情報が保存されているか知り、保存されていれば3情報を知ること。それ以上知りたい場合は、提供者がどこまで開示してもいいかを決められます。私たちが懸念するのは、この法案が通ってしまうと、この枠組みが通ってしまう。3要素以外何が増えたらいいのかではなくて、子供が知りたいと思った時に知れるかどうかを判断するのが提供者になるのがそもそもおかしい」

「0だったのがそうでなくなるのは、前進と言わざるを得ないのですが、逆に通ってしまうと、何を開示するのかを全て提供者が判断する枠組みが固まってしまう。それが懸念しているところです」

また、提供者の個人情報を開示することになると提供者が減るという意見については、個人情報を開示することを条件に提供を受けているクリニックも十分な数の提供があることを石塚さんが説明。

「出自を知る権利を認めて、提供者の情報を開示することにしても提供者は確保できると思う」と答えた。

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