図書館が多く、充実している街ほど要介護者が少ない 高齢者7万人調査で明らかに

図書館が多く、蔵書が多い街ほど、介護が必要になる人が少ないことが、高齢者7万人を7年間追跡した調査でわかりました。お金がない人でも通えるため、高齢者の健康格差を縮小する効果も期待されます。
岩永直子 2025.05.29
誰でも

図書館が多く、市民一人当たりの蔵書が多い街ほど、介護が必要になる人が少ないことが、高齢者7万人を7年間追跡した調査でわかった。

知的好奇心が刺激されるほか、歩いて通うことが軽い運動にもなり、人との交流の場になっていることも心身に良い影響を与える可能性があるようだ。

調査に当たった慶應義塾大学総合政策学部専任講師の佐藤豪竜さんは、「図書館は介護予防に役立つ可能性があるだけではなく、無料で通えますから健康格差を縮小する役割も期待できます。自治体は図書館という場が持つ豊かな可能性に気づいてほしいです」と話している。

研究グループによると、図書館という場と人の機能障害(介護の必要性)との関係を明らかにした世界初の研究だという。

図書館と介護予防の関係を明らかにした佐藤豪竜さん

図書館と介護予防の関係を明らかにした佐藤豪竜さん

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人口あたり一冊の蔵書が、要介護リスク4%減に相当

この調査結果は、論文「Public libraries and functional disability: A cohort study of Japanese older adults(公共図書館と機能障害: 日本人高齢者のコホート研究)」としてまとめられ、医学雑誌「SSM – Population Health」に掲載された。

この研究は、調査が始まった当時、京都大学の医学部生で読書家だった大谷紗惠子さん(佐藤さんと共に共同筆頭著者の一人)が、「街に図書館があると、要介護者数は減るのではないか?」という仮説を立てたことがきっかけで始まった。

調査は、日本最大級の高齢者調査プロジェクト「日本老年学的評価研究(JAGES)」の19市町村の調査データを使って行われた。2013年時点で身体的にも認知機能的にも健康で自立している65歳以上の7万3138人にアンケートを取り、2021年まで追跡調査。期間中に1万6336人(22.3%)が要介護認定を受けた。

研究チームは、公共の図書館と介護予防の関係を検証するため、人口あたりの図書館の蔵書数と図書館数を合わせて分析した。

その結果、図書館の蔵書数が人口当たり1冊増えると、その地域の高齢者の要介護リスクが4%減少することに相当する関係が明らかになった。また、人口当たりの図書館蔵書数が10冊増えると、その自治体の要介護認定数が約34%減少することに相当する。さらに、街に図書館が一つ増えると、要介護認定数が48%減ることに相当する関係もわかった。

佐藤さんは「蔵書数は、図書館の規模を表す数字として見ています。大きい図書館であればあるほど、いろいろなイベントもやるでしょうし機能が充実していて、より人を集めるのではないかという仮定で分析しました」と話す。

図書館の数と介護予防との間に関連が見られたのは、アクセスが良くなり、訪れやすくなるためだと考えられる。

佐藤さんは「これまで読書習慣が認知機能や死亡率を下げることを示唆した研究はあるのですが、図書館という場の持つ健康効果について調べた研究は世界で初めてです」と話す。

図書館は「認知面」「社会面」「身体面」で健康にいい

それではなぜ、図書館は健康に良い影響を与えるのだろうか?

論文では、健康に良い効果を与える3つのメカニズムが考察されている。

一つ目は、その人の知的好奇心を刺激し、認知機能を向上・維持する認知面での効果だ。目当ての本を探す過程で、他の分野の本に興味が広がり、図書館で開催される読書会やワークショップ、交流会などのさまざまなイベントは個人の関心を広げ、行動範囲も広くする。

二つ目は、図書館を通じて地域のコミュニティに参画する社会面での効果が考えられている。社会参加が心身の健康に効果的なことは先行研究でも明らかになっており、孤独感や社会的孤立感を軽減し、心身の機能の衰えを予防する。

「大規模な図書館だと定期的に催し物をやるところが多いと思います。例えば、高齢者のボランティアを募って地元の子供たちに読み聞かせをするとか、そういう役割を高齢者に提供する場にもなっています。自分で発話すること自体が認知症予防になりますし、コミュニティの中で役割を得て、『誰かの役に立っている』という意識を持つことは、生きがいにもつながります」と佐藤さんは説明する。

三つ目は、図書館に歩いて通うこと自体が軽い運動となる、身体面での効果だ。

イベントに積極的に参加する人は社会参加の刺激も受けられそうだが、一人で黙々と本を読んで帰るだけでも健康には良さそうだ。

「社会的な交流という面では欠けているかもしれませんが、知的好奇心が刺激されるなど認知機能のプラスはありますし、歩いて身体機能にもプラスはあります。どの要素が一番効くというところまでは今回の調査では見ていません」と佐藤さんは言う。

本を読まなくても、図書館が良い影響を与える可能性も

また、高齢者の中でも特に、より若い「75歳未満」や、「女性」、「読書習慣のある人」ほど、図書館と介護予防の関連性はより強く現れた。

佐藤さんは、「若い方が関連が強いのは、身体機能がより維持されているので、街に図書館があったら出かけやすいところが大きいと思います。女性は男性より活発に社会参加するからでしょう。読書習慣がある方が、図書館に行くモチベーションが上がるでしょうね」

ただ、興味深いのは「読書習慣があるかどうか」の影響を取り除いてもなお、図書館が介護予防に役立つという関連が見られたことだ。

「本を読まなくても、ただ図書館に散歩に行くだけかもしれないし、イベントに参加するだけかもしれない。ただ涼みにいくだけかもしれない。つまり街に図書館があるだけで、本を読まない人の健康にも良い影響がある可能性が示されたのです」

佐藤さんは、図書館が無料で利用でき、冷暖房が完備されていることが大きいだろうと話す。

「お金のない人でも利用できる場ですから、高齢者の健康格差も縮める方向に働くと思います。それに最近は夏が非常に暑いので、図書館に行くと常に冷房が効いているのも、『ちょっと涼みに行こうか』と高齢者に足を運ばせる要因になります。夏は涼しいし、冬は暖房が効いて暖かい。雨が降っても凌げるし、公園のような施設とはそこが違うと思います」

図書館が多く、蔵書数も充実している自治体は、もともと財政力が強く他にもいろいろな施設やサービスが充実しているだろうから、その影響もあるのではないかと考える人もいるかもしれない。

「私たちの研究が示しているのは、あくまで相関関係で、『図書館を増やすと要介護者が減る』という厳密な因果関係は言えません。自治体による違いも当然あるでしょう。しかし、今回の研究では、自治体の経済力の差や人口の多さを考慮するために、『財政力指数』や『人口密度』の影響も取り除いています。そうした影響を取り除いてもなお、図書館が要介護リスクと関連していることがわかったのは、興味深い発見だと思います」

佐藤さんは言う。

「図書館はそこに住む人たちの健康にも資する豊かな可能性を秘めています。図書館で働く人たちにとっても勇気を与える研究結果だと思いますので、ぜひその重要な力に気づいてほしいです」

名物図書館長はこの研究結果をどう読んだか?

この研究結果を取材して、真っ先に頭に浮かんだのが、名古屋市志段味図書館の元館長、藤坂康司さんの存在だ。藤坂さんは、名古屋市の図書館で、さまざまな医療や健康、文化関連のイベントや講演などを企画しては、地域の交流の場としての図書館の魅力を全国に発信してきた。

藤坂さんは今回の研究結果をどう読んだのだろうか?コメントを寄せていただいた。

図書館で講演会の司会をする藤坂さん

図書館で講演会の司会をする藤坂さん

所蔵する本の数に左右されるというのはにわかには信じられません。図書館に力を入れている自治体は、他の医療健康の取り組みも進んでいるから、と考えるのが普通かなと思います。またそういう地域なら知的好奇心や医療健康情報にも関心のある人が多いのかとも思います。

とはいえ、私たちの志段味と守山図書館でのさまざまなイベントや講座を通して、多くの中高年層の方が図書館に定期的に足を運ばれるようになった実感はあります。本を読むのは年齢的にきつくなったかたでも、講座に通い、そこでの参加者や講師との会話を楽しむことが図書館に通うモチベーションになっていると思います。

ただ、講座を受けるだけではだめで、人との会話が一番必要だと感じています。男性の高齢者はなかなかイベントには参加されないと言われますが、健康講座やがん教室などに参加される男性が多いことも意外でした。

ですから、所蔵する本の多さに関係なく、志段味のような小さな図書館(所蔵約7万冊)でも地域の健康に大きな貢献ができると思います。保健センターや病院での講座はハードルが高くても、図書館の講座のハードルは低く感じられるようですので、図書館は積極的に医療健康情報サービスに力をいれるべきだと考えます。

ただ、現在志段味や守山ほど医療健康情報サービスのイベントや講座に取り組んでいる図書館は全国的にはほとんどないとおもいます。あったとしても年に数回程度で、ほとんどが読み聞かせなどの児童サービスに偏っています。

今回の研究を図書館界がよく検討して、中高年層向けの講座(医療健康に限らず)を増やすことを期待します。図書館での講座は安全で安心なので、それも大事なことですね。

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