女性が安心して性や生殖の健康を守れるように 産婦人科医の宋美玄さんらが女性向けメディアを創刊へ
3月8日は国際女性デー。
産婦人科医の宋美玄さんが、信頼を置く医師やライターらと一緒に、女性のための新しいメディア「Crumii(クルミイ)」を創刊する。
女性のヘルスケアに関わる科学的根拠に基づいた記事を発信するだけでなく、安心してかかることのできる産婦人科を検索するシステムも作る予定だという。
編集長に就任する宋さんに話を聞いた。

新しい女性メディアを作る産婦人科医の宋美玄さん(撮影・岩永直子)
運営資金などに充てるために、クラウドファンディングを10日まで募集している。
正確な記事発信と、真っ当な医療機関検索システム
——なぜ女性向けの新しいメディアを作ろうと思ったのですか?
メディア自体はたくさんあると思うのですが、産婦人科医が企画や編集にも携わるのがポイントです。
Xなどで、常に我々産婦人科医は「産婦人科に行ったらこんな目にあった」とか「痛い」とか「女性の権利の侵害だ」と言われます。
でもどこに行ったら、ちゃんとした医療を受けられるかわからない。なので、正確な情報が手に入り、ちゃんとした産婦人科を見つけて受診できることができるプラットフォームを作りたいと思ったのです。
——記事を発信するだけでなく、受診のための紹介のようなこともするのですか?
送客のような形になったらいけないので、記事を読んで、お住まいの地域でそうした医療が受けられるお医者さんを探せるようにするイメージです。
しかもかゆいところに手が届くようにしたい。
例えば生理痛で病院にかかってピルを処方してもらおうとしても、保険適用のものを出してもらえないことがあったり、ミレーナ(子宮内に装着する避妊具)を入れたいと希望しても、「子供を産んだことがないからダメ」と言われたりすることがあります。
どちらも本当は可能なのに、病院や医師の方針で希望する医療が受けられないことがある。
または、小学生で生理がきて毎月症状が重い子を病院に連れていっても、「小学生は診ません」と言われることまであるんです。
自分がアクセスしたい医療をちゃんと提供してくれる医療機関を探せるようにしたいと思っています。
——検索システムを作るということですか?
例えば地域と受けたい医療の種類を入れると、医療機関の一覧表が出てくるイメージです。飲食店検索システムの「食べログ」などでも「個室あり」などの希望する条件の検索ワードを入れると該当するお店の一覧が出てきますね。それの産婦人科版を作りたいのです。
——結構手間がかかりますね。どうやって医療機関は登録してもらうのですか?
医療機関からお金をもらうと、広告になってしまいます。ですから無料で掲載します。
そして、質の担保のために、「SRHR(Sexual Reproductive Health Rights: 性と生殖の健康と権利、からだの自己決定権)」に対する考え方や、診療態度、患者さんの権利を大切にしているかなど、質問票に事前に答えてもらいます。細かくどういう診療に対応しているか、この質問票で調べて確認できるようにします。
どこでもいいから載せるわけではありません。
——全国の医療機関に質問票を送って集めるのですか?
まずは自薦・他薦で始めようと思います。
もし掲載後に「ここに行ったけれど、情報と違っていた」という申し出があれば、その都度掲載を辞めるか考えることになります。
日本のメディアでよく見かける解像度の低い記事
——記事を書いて、掲載もしていくのですね。
サイトにためていって、いつでも見られるようにします。お医者さんのインタビューもあれば、病気や治療の紹介記事もあるでしょう。
SRHRに関する一般の記事を読んでいると、時々、とても解像度の低いものを見かけることがあります。何か問題があった時、「これは女性蔑視だ」と批判だけして終わるような記事です。
——例えば、どんな内容でしょう?
HPVワクチンの記事のようなミスリーディングな報道は論外ですが、そこまでいかなくても、例えば「経口中絶薬」を取り上げた時、「中絶薬は10万円は高いとの声が上がっています。海外では原価は1000円で、日本はけしからん」などと書いている記事をよく見かけました。
そのソースはUNFPA(国連人口基金)などなのです。UNFPAが発展途上国に1000円ぐらいで配っているのは事実でしょうが、先進国にその値段で入るはずがない。
実際、日本での原価は五万円以上しますが、「原価は1000円」とNHKのような大手メディアでさえ報じてしまう。放っておくと、活動家のような人の意見を鵜呑みにするような報道がなされてしまいます。
——前に所属していたBuzzFeedでも、エディターとしてそういう原稿を通した記憶があります。
読んだ気がします(苦笑)。でもそれは産婦人科医がぼったくっているわけではない。そういう批判は薬の流通の仕組みを知らず、浅いと思うのです。
なぜ日本で薬が高いのかといえば承認に時間もお金もかかる仕組みだからです、海外では、こうした薬にフランスのように公費を出す先進国もあります。
しかし日本では中絶自体が全額自己負担です。自己負担額が高いのはそこが問題なのであって、「ぼったくっている」と窓口の産婦人科医を敵視しても仕方ないと思います。
自宅での早産死で逮捕 専門家の目線で見ると?
別の観点で言うと、少し前に、自宅で出産した29歳の女性が赤ちゃんを放置して死なせてしまったとして、保護責任者遺棄致死の容疑で逮捕されたことがありました(後日、嫌疑不十分で不起訴)。
710グラムの早産児です。産婦人科医なら、「これは突然生まれてしまったんだな」とわかるし、自宅でそうなると、命は助からないとわかる。突然出てきたら当事者は呆然とすることもあるし、知的レベルも含めてその人の背景も何もわからない状態です。
でもこれに対して、男たちから「こんなの逮捕に決まってるだろ」という声が上がっていたのです。
香川県でも、数年前に妊娠に気づいていなかった女性が流産した出来事がありました。推定5〜6ヶ月ぐらいです。病院に電話をかけたのに、「今は診られない」と断られたんです。だから女性は出てきた赤ちゃんを冷蔵庫にしまっていた。しかしこの夫婦は死体遺棄容疑で逮捕されました。
両方とも似た例だと思いますが、妊娠に気づいていなくて突然そのような状況に置かれて、誰もがベストな対応が取れるでしょうか?救急車を呼べばよかったのかもしれませんが、「呼んでいいのかな」と思う事情のある人もいますよね。
——知的障害などがあったり、孤立した夫婦だったりしたら、適切な判断や相談もできないかもしれませんね。
咄嗟にベストな判断ができなかったからといって、逮捕までするのはおかしいと思うんです。
世の中自分の身に絶対起こらないようなことに関しては、すごく厳しい目を向けがちです。でも産婦人科医ならみんな、「これで逮捕って、おかしいのではないか」と思うはずです。でも報道は、警察発表に従って、逮捕記事をそのまま書く。
3000グラム前後で生まれた健康な赤ちゃんを放置して死なせたなら、色々な事情が背景にあるにせよ、何らかの罪に問われるのはまだわかる
でも早産で突然、赤ちゃんが生まれたのに、逮捕が妥当だとするのはおかしいです。
赤いきつねやら緑のたぬきなどの話題で男女が対立していますが、そんなことよりこちらの方がより深刻です。専門家の目線なら、これは不可抗力だった可能性が高いと当初から指摘できます。
安易に犯人探しをしたり、対立軸を作ったりするのではなく、その問題が起きた背景を掘り下げようよと思うのです。専門家が入るこのメディアでは、そういうことをやりたいと思っています。
我々は医者として今まで色々なことと対峙してきたわけですが、ポジティブな未来を作るために、今までのメディアとは違うスタンスで情報発信をしたい。
そして「SRHR(Sexual Reproductive Health Rights: 性と生殖の健康と権利、からだの自己決定権)」の実現のため、産婦人科にかかるハードルを少しでも下げたいです。
そして、読者のかた同士が安心して性や体のことについて語り合えるコミュニケーションの場も作りたいと思っています。
——監修医も豪華ですね。
今の段階では、稲葉可奈子先生、太田寛先生、重見大介先生、柴田綾子先生、高橋孝幸先生が入る予定です。実名で発信している産婦人科医があまりいないので、今のところ少数精鋭です。
——女性医療に限って発信するのですね。
いえ、女性医療に限るつもりはないです。女性医療から始めて、他の分野にも広げていけたらと思います。
——メディアの一員として反省ですが、自分たちでメディアを持たなければダメだと今のメディアの発信について感じてらっしゃるのですね。
色々なメディアから取材を申し込んでいただくし、私がSNSで「分娩を保険適用にするのは良くない」などと発信すると、そこから取材して広めてくださる方もいます。
それもそれで続けるつもりですが、例えば、分娩の保険適用もやめた方がいいと何度も書いているのに、その都度、消えてしまって忘れ去られてしまいます。だからそういう発信をストックしていきたいというのが、一つの狙いです。
さらに私一人ではできないことを、大勢の仲間による様々な視線が入ることで、やっていきたいとも思っています。
一般の人だけ利用してもらうのでなく、医師にも「今こんなことが話題になっています」と伝えて、認識をアップデートしてもらうようなサイトになればと思っています。
——ライターも信頼できる人に声をかけたのですね。
そうですね。山本尚恵さん、大西まおさん、三浦ゆえさん、山田ノジルさん、丹羽永理奈さんです。山田さんにはトンデモ産婦人科医やトンデモ助産師の話題を書いてもらいたいですね。
——どれぐらいのペースで記事を出す予定ですか?
月に30本を目指します。医師たちも自分で書きますし、監修もします。
深掘りして、理解して、声を上げられる場を作りたい
——クラウドファンディングは、人件費も含めたサイトの運営費ですか?
そうですね。システム代とライターの費用に加え、ウェブディレクター、コンテンツマーケターを入れてSEO対策もし、より読まれるようにします。
——クラウドファンディングはいつまでですか?
国際女性デーの週末まで行い、3月10日までです。
——どんなサイトにしたいですか?
産婦人科医として24年、情報発信をして17年ぐらいになるのですが、世の中に起こっている社会問題は、実は女性の権利や健康に関係するものがすごく多い。それを深掘りして、理解して、多くの人が声を上げる場を作りたい。
そして、女性の権利と健康の実現のためには、SRHRの提供者である産婦人科医と安心して繋がれる場が必要です。そんな場をCrumiiで作っていきたいと思います。
——そういえばCrumiiってどんな意味が込められているのですか?
「Create You and Me(あなたと私を創る)」という意味です。サイトの利用者との対話を通じて、女性にとってより明るく希望に満ちた未来を創りたいと願ってます。
【宋美玄(そん・みひょん)】丸の内の森レディースクリニック院長
1976年、神戸市生まれ。2001年、大阪大学医学部卒業。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。2017年9月に東京・丸の内に「丸の内の森レディースクリニック」を開業した。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)、『産婦人科医宋美玄先生の女の子の体 一生ブック』など。
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