最低でも長期療養患者の負担は増やさないで がん患者団体代表が見過ごせない高額療養費見直しの問題とは?

様々な患者団体から反対の声が上がる高額療養費の自己負担引き上げ。何が問題なのか。全国がん患者団体連合会に加盟する団体代表の桜井なおみさんに聞いた。
岩永直子 2025.02.10
誰でも

高額療養費制度の自己負担引き上げに、様々な患者団体から「治療が継続できなくなる」と反対の声が上がっている。

がん患者の就労について考える一般社団法人「CSRプロジェクト」代表理事で、全国がん患者団体連合会(全がん連)の加盟団体として、政府や政治家に見直しを凍結・修正するよう働きかけを続けている桜井なおみさんに、何が問題なのか聞いた。

桜井なおみさん(撮影・岩永直子)

桜井なおみさん(撮影・岩永直子)

※インタビューは2月8日に行い、その時点の情報に基づいている。

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がんになると働き盛りも経済的に大きなダメージ

——政府や国会議員にどんなことを訴えているのですか?

がんは高齢者の病気だと言われていますが、実際に見ると高齢になると患者数は減ります。他の病気で死ぬことも影響していますが、75歳をピークにして下がっていきます。

全国がん患者団体連合会

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だから、がん治療は現役世代の課題でもあるのです。

また、見直しによる自己負担の引き上げ分は子育て政策に使われようとしていますが、実は子育て世代のがん患者は女性が男性より2倍多いのです。子育て支援を考えるなら、こちらにも目を向けて欲しいと伝えています。

全国がん患者団体連合会

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がんになると収入が減る実態は、CSRプロジェクトで以前調査していますが、平均で年収が36%下がっています。個人事業主はもっと深刻で、事業そのものが成立しなくなった人もざらにいます。農家などですね。

全国がん患者団体連合会

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一方で、がん治療では、ゲノム医療や高額な薬剤も出てきて、治療費がとてもかかるようになりました。

全国がん患者団体連合会

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70歳未満で年収約700万円の場合、高額療養費の月当たり上限額は8万100円プラス1%だったのが、2027年8月以降は13万8600円プラス1%になります。多数回該当(※)の場合は7万6800円です。

※直近12ヶ月で3回以上高額療養費の対象になった場合、4回目以降はさらに自己負担限度額が引き下げられ、多数回該当の限度額が適用される特例制度。

せめて長期に治療を受け続ける患者は現状維持に

——この見直しに対し、全がん連は反対の声を挙げていますね。

まず昨年12月24日に、最初の要望書を厚生労働相らに出しました。

全国がん患者団体連合会

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最も大事なのは、長期にわたって治療を続けている患者さん、つまり「多数回該当」の自己負担を上げないことです。

全国がん患者団体連合会

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生涯治療を受け続けなければならないケースもあるのですから、これでは生活が詰んでしまいます。だから多数回該当は最低でも現状を維持してほしいと働きかけているんです。

議論のデータが粗い 患者の実際の声を届ける

——患者さんの状況をあまり把握せずに議論が進められた問題も指摘していますね。

二人以上世帯で検討するなど、議論のデータが粗い。

全国がん患者団体連合会

全国がん患者団体連合会

だから、全がん連が「高額療養費制度の負担上限額引き上げ反対に関するアンケート~3,623人の声」で集めた患者さんの声を世代別に伝えています。

全国がん患者団体連合会

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「私はいずれ死ぬのでしょうが、子どものために少しでも長く生きたい。毎月さらに多くの医療費を支払うことはできません。死ぬことを受け入れ、子どもの将来のためにお金を少しでも残す方がいいのか追い詰められています。」(20代スキルス胃がん患者の女性)

全国がん患者団体連合会

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「私は乳癌骨転移ステージ4で、エンドレスの抗がん剤治療を行っています。治療に終わりはなく、治療費はとてつもなく高額で、今の時点で経済的に切迫しています。私には2人の小学生がいますがこれから学費や子供達の将来にかかるであろう未来を想像すると不安しかありません。このまま限度額が引き上げられたら、私を含め癌患者や重い病気を患っている人達は、生きるための必要な治療を諦めるしかありません、生活が成り立たないのですから」(40代乳がん再発患者の女性)

など、切実な声を届けています。

健康格差も是正してほしい

全国がん患者団体連合会

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今回の見直しは、中小企業勤務や自営業の患者に特に厳しい負担増になっています。

大企業の組合健保や国家公務員の共済組合には上乗せの支援である「付加給付」があり、自己負担はさらに抑えられます。企業の組合健保は事業主である企業が経営を工夫して負担していますが、最近では縮小傾向にもあります。しかし、共済組合の負担金は事業主である国が出しており、私たちの税金で賄われています。

医療保険にもう余裕がないことを理由に高額療養費を見直すならば、今すでにある社会格差を広げないよう、セーフティネットとしてのあり方を議論する必要があるでしょう。

全国がん患者団体連合会

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組合間の格差がどうなっているか、乳がんの治療で試算してみたのが上の資料です。

初発の患者に再発予防のためにアベマシクリブを投与した場合で、年収約650万円の患者さんを想定します。

もしこの患者さんが協会けんぽに加入していたら、見直し後は2年間の治療で合計166万3200円かかり、49万円の負担増になります。

しかし、国家公務員共済に加入していたら、2年間で合計60万円のままです。

所属している組合が違うだけで、100万円もの差になります。医療財政を健全化しようとするならば、足元の付加給付の見直しも必要になるはずです。

医療費を抑制したいなら、まずは無駄を削る努力、医療のエコ活動を

——医療費はこれからどんどん増えていくでしょうけれど、何で増加分を賄えば国民皆保険は維持できるでしょう。

私たちが注目するのは、「低価値医療」です。つまり、市販薬があるのに病院で処方されて、保険が使われる医療です。湿布薬、保湿剤などですね。

全国がん患者団体連合会

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日経の記事によると、こうした低価値の医療での処方額は、2016年度で5000億円に上るそうです。アメリカでは病院に行くと、このような薬は出さない。薬局に売っているから、薬局で買ってくださいと指示されるのだそうです。

しかし、日本では諸外国と違ってOTC(市販薬)化がなかなか進んでいないことはかねてから指摘されています。国は医療体制を維持するためにもセルフメディケーションを推進しているのに、真逆のことがなされています。

全国がん患者団体連合会

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日本は医薬品に占める市販薬の割合が6.9%とG7の中でも最低ランクです。

全国がん患者団体連合会

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日本では処方薬から市販薬に切り替えるのも海外に比べて遅れていて、「スイッチ・ラグ」と呼ばれます。要望から30年近く留め置かれているものもあります。

少なくとも最初に手をつけるのは、患者がすぐさま困る高額療養費ではなく、こちらであるべきだと思います。

不十分なデータと不十分な議論で決めないで

それに、五十嵐中先生の記事でも書かれていましたが、今回の見直しの議論で患者が主に使っている「現物給付(※)」ではなく、「現金給付(※)」の資料しか検討されていない問題があります。

全国がん患者団体連合会

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※現金給付は法定の自己負担額をいったん支払い、高額療養費の上限額との差額を後で保険者から還付される支払い方法。現物給付は事前に「限度額適用認定証」を申請し、上限までしか窓口で支払わなくてもいい支払い方法。

議事録のやりとりをみていても「現役世代の負担軽減」、「現役世代が負担、高齢者が給付」という言葉や、セーフティネットとしての高額療養費制度の確かさを委員が言及しています。口では「現金給付のみの数字です」と言われても、実際の表で数字として示されていなければ、理解は難しいと思います。おそらく現金給付のデータだけを検討して、若い人で多数回該当が少ないと判断したのではないでしょうか。

もし現役世代でも多数回該当がたくさんいることが示されていたとしたら、議論の方向性が変わっていたのではないかと思うのです。こんな粗いデータで、患者の命が左右されてはたまりません。

大阪大学医科薬科大学の伊藤ゆり先生達の解析によれば、例えば二人世代の場合などでも、今回の上限額では破滅的支出(40%)を超えることが指摘されています。

※標準報酬月額に換算すると、一つずれる形になるのでこの値になる。全国がん患者団体連合会

※標準報酬月額に換算すると、一つずれる形になるのでこの値になる。全国がん患者団体連合会

多数回該当の患者は働く世代でも結構高い割合でいるのです。セーフティネットとして十分機能しています。それが減らされたらどうなるのか。生きるか死ぬかの問題が、適切なデータや十分な議論、当事者抜きに決められた。内容ももちろんですが、政策決定のプロセスにも、我々は怒っているのです。

医療費の増大や人口減少を考えると、医療財源の見直しは避けて通れない課題です。

今回の改悪を、前向きに考えれば、みんなでこれからどうすればいいのか考えるいい機会です。我々が集めた緊急署名活動にも、たったの12日間で13.5万人以上が署名してくれているのですから、見直しのプロセスも含め、今回の改訂はおかしいと考えてくれた国民がそれだけいます。国には改めて丁寧な議論をお願いしたいと思います。

【桜井 なおみ】一般社団法人 CSR プロジェクト代表理事】

東京生まれ。 大学で都市計画を学んだ後、卒業後はコンサルティング会社にてまちづくりや環境学習な どの仕事に従事。 2004年、乳がん罹患後は、働き盛りで罹患した自らのがん経験や社会経験を活か し、小児がんを含めた患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。

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