生きるための情報がなく、死ぬ選択肢を選ばせるのはフェアではない 生命維持治療中止ガイドラインに反対する理由
集中治療や救急医療を担う4学会が策定した「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」案に、集中治療を受けた経験のある当事者や難病患者らが懸念を示している。
6日に開かれた記者会見レポートの後編では、記者との質疑応答も詳しくお伝えする。

記者からの質問に答える患者たち
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「脳死判定から蘇生した当事者として、恐怖を感じる」
患者代表3人の後に登場したのは、重度障害がある参議院議員、天畠大輔さんだ。脳死判定や長期遷延性意識障害の経験者として今回のガイドラインに対する意見を述べた。
最初の挨拶は介助者が50音を読み上げ、手を引っ張る合図で言葉を紡ぐ「あかさたな話法」で、その後はあらかじめ用意した文章を秘書が代読する形で意見表明した。

あかさたな話法で挨拶する天畠大輔議員
1996年、14歳の時に若年性急性糖尿病の症状で救急搬送された天畠さんは、医療ミスで入院3時間後に心肺停止状態となった。集中治療室に入った翌日、両親に対して医師は「脳死です。脳波がフラットです」と告げた。
しかし、2度目の脳死判定を受ける前に、血圧や脈拍、体温が回復した。
「もしあの時、私の脳死を両親が受け入れていたらと考えるたびに、言葉に言い表せない恐怖に襲われます。今44歳ですが、私の人生は14年で閉じられ、今日までの30年間はありませんでした。もちろん、今日ここで皆さんの前に立つこともなかったわけです」
天畠さんは、このガイドラインの説明文の最後に「救急・集中治療の医療現場で真摯に患者と向き合っている医療者が患者中心の医療を提供するための一助となると考えています」と書かれていることに触れ、患者不在で議論されたことをこう批判した。
「このガイドラインは、医療職や臨床倫理の方々など専門職がより集まって、基本的には生命維持治療を止めるプロセスを定めたものです。救急医療と集中治療によって命を救われ、生きたいと願い、在宅療養、リハビリ、コミュニケーション支援、重度訪問介護などの社会資源を駆使して、家族や支援者とともに病院外で生きている当事者たちは、今際の際にいる患者さんたちに自分の経験を共有することも、そのプロセスを定める主体として想定もされていません。これでは真摯に患者と向き合っているとは言えません。患者、当事者抜きの乱暴な議論を受け入れるわけにはいきません」
また、生命維持治療の中止や差し控えのガイドラインに、臓器提供についても盛り込んでいることに関して、懸念を表明した。
「これは、臓器摘出を目的とした生存維持治療の中止につながり得る大きな問題です。臓器移植の実務的な方針は、臓器移植法に基づき厚労省が設置する委員会で話し合った上で作られています。この方針に、現在、生命維持医療の中止と臓器提供の説明を紐付ける規定はありません」
「しかし、今回の改定ガイドラインの書きぶりは非常に曖昧で、まるで空気を読んで生命維持治療の意思決定をする時には臓器提供のことも加味せよと言わんばかりです。脳死判定から蘇生した当事者として、恐怖を感じます」
天畠さんはかつて、あかさたな話法で「死にたい」と発したことが何度かある。だからこそ、本人の意思を推定することを掲げるこのガイドラインに、警戒心を持つ。
「障害や疾病に限らず、人は誰しも、困難な状況を前にした場合、時にこの言葉を口に出します。そして、それは、多くの場合、生きたいという願いが閉ざされそうな時の命の叫びなのではないでしょうか。ある瞬間の、あるいはある時期の言葉の内容を切り取って、本人の意思だ、死にたいと言っている、尊重すべきだというのはあまりに乱暴すぎます」
その上でこう訴えた。
「今の社会では、困難な状況に直面した当事者や支援者の目の前に示されるのは、この命は長らえるべき命か、そうでないかという残酷な二者択一です。その時いつも現れてくるのが、役に立つか否かで人間の価値を測る物差しです。でも、この世の中に生きるに値しない人間など1人もいません。生きる方向を指し示さず、生命維持治療を止める環境だけを整えることは、弱い者を排除する差別です」
「法律なしで安楽死させるようなもの」
難病患者らの在宅療養支援をするALS/MNDサポートセンターさくら会の川口有美子さんは、ALSになった母を介護した経験がある。当時は介護制度がなかったため、家族だけで24時間介護をしていた。

川口有美子さん
「母は、みんなに迷惑をかけるんだったら、呼吸器をつけないで自分の臓器を提供したいと言いました。私はそういう発想になるんだとびっくりしました。みんなに迷惑をかけるよりは人の役に立ちたい人間だったので、そういう発想になるのも当然だったと思います」
結局、母は人工呼吸器をつけ、自分を取り戻すのに8ヶ月かかった。
「本人が絶望から立ち直るまでだいぶ時間がかかる。それを待つのが医療ではないでしょうか。救急搬送されて、集中治療室で一生懸命救命してくださるんでしょうけれども、なぜ、その場で、そこだけで解決しようとするのかが非常に不思議です。命を救ったら、完全に治せなくても生活の場に戻すのが、日本の医療だったと思います」
今回のガイドラインに新たに盛り込まれた、「Time Limited Trial(TLT)(期限を決めた治療の試行)」を導入しているアメリカやイギリスでは、ALSの人は最初から人工呼吸器をつけないという。
「報道では今回のガイドラインはすごくいいもののように書かれていますが、騙されている。呼吸器を使って安定した人を取り外すのも治療の選択だというふうに書かれていますが、確実に安楽死です。法律なしの安楽死をさせているようなものなので、もっとちゃんと勉強してみんなで考えていかなければならない問題だと思います」
質疑応答
続いて、記者との質疑応答が行われた。
【幹事社】これまで学会に対して意見を伝える機会はあったのか。今後伝える予定があるならば、ガイドラインの全体的な削除や見直しなのか、部分的な削除ならどういうところを見直してほしいと考えているのか。
【川口有美子さん】今までこういうガイドライン改訂が進んでいるという情報がなくて、非常にびっくりしている。パブコメが募集されているが、たいていパブコメを出しても取り組みを聞いていただくことはできない。だから、こういう形で記者会見をした。障害者や難病患者の患者会から続々声明文が出てきているので、それをどういう形で共有しようか今話し合っている。
全面的な撤回を求めるというよりは、ちゃんと話し合いをしてほしい。拙速だと思う。全面撤回を求める患者団体もあると思う。遷延性意識障害や低酸素脳症の患者会など植物状態と言われているような人たちにとっては非常に危ないガイドラインなので、そういうところがどう考えているのかは私の方からは言えません。
【幹事社】具体的な要請予定は?
【川口さん】今のところないです。これから考えたいと思います。
ガイドラインがあったら、治療停止を説得させられていた
【岩永】これまでも色々な価値観の医師が救急現場にいて、その価値観の下で生命維持治療が行われたり行われなかったりが現場レベルではあったと思う。今回のようなガイドラインで具体的に明記することで、全国の医療現場にどの程度影響があると考えているのか。逆に今までこういうガイドラインがなかったことが歯止めになっていたとお考えなのか。このガイドラインが全国の医療現場に与える影響を伺えたら。

質問に答える川口さん
【川口さん】これまでも現場ではアドバンスケアプランニング(ACP ※)がありましたし、終末期医療のガイドラインもあり、それに従って無駄な治療はしないということはあったと思う。
※人生の最終段階までどう生きたいか、どんな医療やケアを受けたいか、受けたくないかを、患者が家族や医療者と繰り返し話し合い、分かち合うこと。
もちろんそこで呼吸器を外すこともあったと思います。
しかし、こういう形でガイドラインを作って、しかも広めるということは、むしろこういうことをしていきましょうと号令をかけているような印象を強く受ける。
それによって、重度の障害を持って長く生きそうな人の命を早めに断つ、そういう言い方をしてはいけないのかもしれないし、そういう思いを持って作られたガイドラインではないと信じたいですけれども、やはり悪影響を考えざるを得ないです。
【心筋梗塞になった夫の治療停止を医師に促されたことがある佐藤ひろ子さん】
ガイドラインを示されたら、「もうちょっと考えさせてください」と家族が言うのは難しくなるのかなと思う。医師からは「もう諦めた方がいいですよ。延命を続けていますがどうします?」と皆さん聞かれている状況だと思います。

医師から何度も生命維持治療の停止を促されたが、突っぱねた結果、夫が回復して元気に生活できるようになった佐藤ひろ子さん(左)
おまけに「まだ64歳で若いから、介護が20年も続くことになるし、皆さんその時は助けてくださいと言うけれど、たいていの人が10年も介護をすると本当に疲れちゃって、 あの時やめておけばよかったなんて家族の声も聞きます」とお医者さんに言われると、やっぱり躊躇します。
唯一、川口さんが「大丈夫、呼吸器つけていても在宅で介護できるから」と言ってくださった。私も呼吸器をつけた子供たちの支援をして、みんな笑顔で生きることを楽しんでいるから、命さえあればきっと人生が開けるんだろうという期待があった。この人を生かすことに決めて、管は外さないと決めたら、本当に奇跡が起きて、医者もびっくりしていました。
だから、10日間待ってくださって本当によかったなと思います。このガイドラインができていたら、ずっとその前に、ガイドラインで説得されていたかなと思っってしまいますので、やはりそういう取り決め方には反対いたします。
人が生きている価値を誰が判断できるのか?
【TBS】佐藤さんの奥様に伺います。川口さんがいたから、治療の中止を勧められても、続ける選択ができたということだが、出会った経緯は?また、そういう相談する窓口はないまま決断してしまう人が多いと思う。そういう風に周知するシステムは担保できないか。
【佐藤ひろ子さん】川口さんのお母様がALSになる前にご近所だったので、知り合いだった。そういう経緯で、娘さんの川口さんを知ったことがあったのと、元々障害児者、それも重度の医療的ケアの必要な障害児者の居場所が20年前はなかったので、その行き場を作ろうと、ボランティアで中野医師会の方と一緒に行き場を作ったところだった。
その子たちがちゃんと生きていることを、ご家族も一生懸命大事に思って育てている。でも、きっとこういうガイドラインがあったら、きっと小さい時に「介護大変ですよ」と言われて、お子さんも命を断ち切られていたかもしれないなと思う。
生きている価値は、誰が判断するんだと思います。生きているだけで得られるものは家族も感じているし、私たち支援者もすごく感じている。人それぞれ、いろんな状況で生きていることが大事です。それを見て、色々と関係性を持っていることが人間社会なんだと思う。
それを、こういう基準で断ち切りましょうというのは、多分医療費とか介護の大変さとかからです。この人たちの命を断ち切っていたら、健康な臓器をすぐ提供できたんじゃないかと思うので、やっぱりそういうことがベースになっているのかなと思います。
家族以外が介護する制度の情報提供をしないで決めさせるのはフェアじゃない
【NHK】話を伺っていると、総じてTLTに対する拒否感、反対の意見が強かったと思う。生きるための情報提供や、意思決定支援がなかなか弱い中でTLTが進むことへの懸念だったかと思うのだが、情報提供や意思決定支援が弱いことについての認識を改めて伺えれば。
【川口さん】この4学会のガイドラインは、コピペもできない、印刷もできない形で今は公表されています。ということは、まだたぶん改稿してくださると思う。
だから、こうやって意見を言っているのだが、退院に向けての流れは1つも書かれていなくて、しかも集中治療室の中だけで完結することが書かれている。
なんで、命を救ったのに、そこから家に戻すとか、地域に戻すとか、退院させるとか、リハビリに戻すことが書かれていないのか。終末期医療ではない人の治療停止が書かれていて、終末期医療でなければ、完全に治せなくても自宅に戻すとか、制度につなぐことができるのに。
特に日本は、重度訪問介護という、24時間、家族以外の者が介護できるという障害者の制度がある。そういう制度に全員がつながる対象者です。
でも、そういうものを紹介しないで、家族が患者の意思を推定して、家族が決めるということになっているのですが、きちんとした情報提供はない中で、突然倒れて非常にショックを与えられた状況で短時間で決めろというのは、家族にとってもほんとにひどいことだと思う。
ガイドラインの中に、ぜひとも障害福祉とか、在宅でのこういう介護や医療が受けられるとかそういう情報を盛り込んで、その上での意思決定という形にしていただかないと、フェアじゃない。それは、ガイドラインの作成チームに対して強く求めていきたいと思います。
「重度障害者の口減らし、死人に口無しの印象」
【読売新聞】これまでのガイドラインだと、終末期は「2、3日で命がなくなるようなケース」と提示されていたと思うが、今回のガイドラインでは、生命維持装置の機能の向上とか医療の向上で、終末期自体を定義しないと書かれている。そこで多分、拡大解釈の余地が出てしまう恐れがあると思うのだが、終末期を定義しないことについてはどのように懸念を感じているのか。
【川口さん】今まで何度も、終末期医療のガイドラインとか、意思決定プロセスガイドラインとか、何回も改定されるたびに、私たちは終末期はないと言ってきた側だ。終末期は定義できないだろうって言ってきたら、今回のガイドラインでは「終末期じゃない」と言っているので、あれそう来たかっていう感じです。
終末期ではない人の治療を停止するということなので、それははっきり申し上げると、終末期関係なく、重度の障害を持つかもしれない人の命を断つガイドラインになってしまっているなという感じです。終末期の話ではないかなと思います。
重度障害者の口減らしって言ったら変ですけれども、死んでしまったらわからないので、死人に口なしだなという印象を持ってます。
法律関連との働きかけは?
【京都新聞】その関連で、終末期でない人を対象にした(生命維持治療の差し控え)は、世界的に見ても立法を経ずに医療のガイドラインだけで決めるのは稀な気もしますし、これまで安楽死をめぐる法的な問題からしても、かなり突出した印象を受ける。今後、安楽死法案が出た時に意見を出していた日弁連とか、法学者とか、刑法との関係であるとか、このあたりで法律家たちとの協働を考えているか。また立法府への働きかけも含めて、医療だけではなく、法との関連で動きを考えているか。
【川口さん】もちろん考えています。これまでも何回かこういう手法が出てきて、日弁連と一緒に反対してきた。日本医師会の方も、法律を作ることについてはあまり積極的ではなかったと思う。
ただ、今回、ガイドラインということなのでまだわからないが、これは安楽死ではないとガイドラインの解説に書かれていて、伊藤香さんが今回のガイドライン改訂のリーダーですが、彼女が答えている日経メディカルの記事によると、安楽死ではなく、単なる治療の選択であると書かれています。
でも、私たちからすると、治療の選択ではなくて、明らかに命を絶たれてしまう。しかも本人の意思は関係なく、推定意思です。「こう思うだろう、この人は」のような感じで、本人の意思の推定によって、家族が医師から強く言われたらその通りにしてしまう印象がある。
こういうガイドラインが急に出てきて、まだ世の中に知られてない。一応日弁連の知り合いにも聞いているが、「知らない」と言いますし、研究者も知らない。生命倫理学者の一部の人たちで作って、急に出てきた感じがある。
厚生労働省にも聞いたが、知らないと言われている。
救急車で運ばれて、いったん救命しても、またすぐやめるという話なので、これは非常に大きな話です。医療の構えは変わります。
医者は命を救うために医者になっているのに、それをやめるということなので、医学教育の中にも非常に大きな影響が出てくると思います。
私たちは現時点では医療を信じています。日本の医療って素晴らしいと思っていますし、世界に誇るのは日本の医療だとも思ってます。
ですけれども、これが置き換わっていくんじゃないかなという嫌な予感がしています。
(終わり)
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
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