高額療養費制度創設の提案者が、今回の改正に疑問を抱く理由 元厚生官僚と制度の恩恵を受けた法律家にインタビュー(前編)

自己負担の上限額を引き上げる改正が行われた高額療養費制度。この制度の創設を50年以上前に提案した弁護士は、今回の改正に疑問を投げかけます。制度を利用した経験のある弁護士とともにインタビューしました。
岩永直子 2026.06.03
誰でも

患者団体の根強い反対の声を浴びながら、政府によって患者負担額の上限が引き上げられた高額療養費制度。

この改正は、憲法が保障する生存権を脅かすと批判してきた弁護士たちがいます。

元旧厚生省の官僚で、高額療養費制度創設を提案した尾藤廣喜さんと、難病を抱え、自身も難病認定される前は高額療養費制度の恩恵を受けたことがある青木志帆さん。

改正健康保険法が参議院本会議で可決、成立した翌日の5月29日、二人にインタビューしました。

尾藤廣喜さん(右)と青木志帆さん(左)

尾藤廣喜さん(右)と青木志帆さん(左)

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附帯決議は意味がない 

——お二人は弁護士として、日本弁護士連合会のシンポジウム「人権としての「医療へのアクセス」の保障~さらなる医療費抑制策を問う~」に関わられるなど、高額療養費制度の改正を批判する活動をされてきました。この制度も関係する健康保険法の改正案が成立しましたが、これについてどう受け止めていますか?

青木 今回、附帯決議(※)に盛り込んだ内容をどこまで条文に入れられるか、これまで患者団体の皆さんは頑張っていたと思います。

※政府が法律を執行するに当たっての留意事項を示した文章。条文には盛り込めなかった内容を盛り込むことにより、その後の運用に国会として注文を付ける意味があるが、法的効力はないとされている。

——具体的には附帯決議のどの部分が条文に入った方が良かったと思われていますか?

患者の生活経済的な状況に合わせて負担額の上限を定めなさいという内容が入っていましたね。

11 高額療養費等の制度は、重い疾病等に直面した場合であっても、日本国憲法第十三条が保障する個人の尊厳及び第二十五条が保障する生存権が著しく毀損されることのないよう、国民皆保険制度において国民の生命及び生活を守る上で欠くことのできない中核的な役割を果たしていることに鑑み、将来の見直しに際しても、高額療養費等の支給を受ける者が療養等に必要な費用の負担により生活に困窮することのないよう、高額療養費等の支給要件、支給額その他高額療養費等の支給に関する事項は、高額療養費等の支給を受ける者の「療養等に必要な費用の負担が家計に与える影響」及び「必要かつ適切な受診に与える影響」を考慮して定めることとし、長期療養者をはじめ療養等に必要な費用の負担が家計の負担能力に応じたものとなるよう配慮すること。                   また、その際には、高額療養費等の支給を受ける者の「給与等の収入の状況及び当該収入の変動状況」、「子等の扶養に係る支出、とりわけ教育費に係る支出等の状況」及び「療養等の状況等の生活の実態」など、可能な限り受給者の多様性を把握しこれを踏まえた検討を行うこと。さらに、高額療養費等の支給を受ける者の収入の状況等に応じ、きめ細かく、かつ、できる限り利便性に配慮した支給要件、支給方法等とすること。

健康保険法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(抄)抜粋

それが条文で入っていたら、実際にそうなっていなかった場合、「ここに違反している」と追及しやすいのですが、附帯決議であると難しい。

もちろんないよりは、いいのですよ。でも法律家としては、「法律の条文にこう書いてあるから」とするよりは、指摘しづらいところはあります。

——附帯決議の法的な拘束力はないということですか?

尾藤 全くないです。そこに書いていても法的には無視していいということになりかねない。裁判の世界でも、附帯決議に書いてあるからどうだという議論になることはまずありません。裁判所は参考程度としか考えないでしょう。

——反対する人たちへの言い訳、ガス抜きのような感じですか?

青木 患者団体の運動の素晴らしい成果を考えると、意味がないとは言いづらいのですが、附帯決議の位置付けは、「国会でこういうことが話し合われたんですよ」という記録ぐらいのイメージです。

——尾藤さんはどうですか?

尾藤 今回の見直しは話になりません。まず哲学がない。医療保険をどうしていくかという哲学がないのです。あるのは財政対策だけです。保険給付の額をどう少なくするかを考えていますが、医療保険の本質はそうではありません。

対象者たちの生活や医療を支えるものであり、社会保障の一環としてどのような形にするかが重要なはずです。今回はそういう理論がまったく示されていないし、そういう発想がない。もっぱら財政対策で考えている。今の厚生労働省の姿勢の表れです。だから話にならない。

そもそも給付は平等であるべき

もう一つの問題は、保険制度がわかっていないことです。

保険というのは、保険料を徴収し、それを元に給付するものです。所得に応じた負担をすることに一応はなっていますが、給付は本来、平等であるべきです。所得によって保険給付の額が変わることは論理的にあり得ない。

そんなこともわからずに制度運用しているから、昔の医療保険制度を作った人からすると、なんてことをやっているんだと言うことになるでしょう。

——今回の改正前から問題があったというご認識なんですね。

前から問題でした。保険の給付で所得制限があるなんておかしい。

保険制度は、みんなからお金を集めて、共に助け合いましょうという制度です。医療を受ける可能性がある人もない人からも多く集めて、所得の多い人も少ない人も給付を受ける場合は平等に受け取るのが原則です。医療保険は、病気になった時のためにリスクを分散する仕組みです。にもかかわらず、高額療養費だけ所得による給付の差があるのは問題だと思います。

——一般的な感覚ではつい、お金に余裕のある人は多く払えばいいじゃないかと思ってしまいがちですが、青木さんはどう思われますか?

青木 私もそれが当然だと思って生きてきたので、お金を多く持っている人は支払えばいいよねと、疑問には思っていなかったのです。でも尾藤さんの話を聞くと、確かに保険料は既に多く支払っているわけで、給付のところで差がつけば二重に負担が重くなっていることになる。言われてみればおかしいなと思いました。

尾藤 今の日本の社会保障は、それが根本的な問題です。いわゆる普遍主義(※)というものが理解されていない。つまり選別主義(※)なんです。所得の少ない人には給付するけれど、所得の多い人には給付なしか少なく給付する形にしていますが、需要は同じはずです。

※所得や年齢による区別・選別(選別主義)を行わず、すべての国民に無条件で給付やサービスを提供する制度。

生命保険の保険料を払って、所得が多いからあなたは給付を少なくしますと言われたらおかしいですよね。

——確かにそれはあり得ないですね。

社会保障は本来そういうものです。

例えばスウェーデンだったら医療は全て無料です。大学の費用も無料です。金持ちであっても無料ですよ。

社会保障はみんなでお金を出し合って、みんながもらうためにあるんです。所得の多い人に給付をしなかったら、誰が保険料を出す気になりますか?お金を取られるだけで給付は受けられない。そんなことでは制度は成り立ちません。

世帯収入が30万〜40万あるけれど、人工透析で使い果たしてしまう世帯に生活保護

——尾藤さんは大学を卒業してすぐに厚生省に入り、その後、弁護士になったのですね。

尾藤 そうです。昭和45年に厚生省に入り、最初は医療保険の担当になりました。その頃、医療保険の抜本改正が議論されていて、その審議会の事務局をやっていたのです。だから僕は当時の医療保険のあり方に関する議論はほとんど全部聞いているし、資料も調べて提供していたので、医療保険のことは少しはわかっていました。

——その後、生活保護担当になったのですね。その時に東京都から持ち込まれた問い合わせ案件がきっかけで、高額療養費制度を提案されたと書かれています。

そうです。当時の私の給料が月給2万〜3万円ぐらいだったのですが、自営業で月額30万〜40万円世帯収入があった人が生活保護を申請していると東京都の係長が問い合わせてきました。当時は、生活保護の運用で疑問があるけれど、なんとかしなくてはいけないケースは、必ず厚生省に持ち込まれてきたのです。

ただ持ち込む方は、事前に理論的な整理もしてきているので、持ち込まれた時は認めざるを得ないことがほとんどでした。

このケースは最初、「30万〜40万円あるなら生活保護なんて受けられるはずないじゃないですか」と答えました。

——当時の30万、40万円は、今でいうといくらぐらいですか?

5倍ぐらいと考えていいと思います。150万円〜200万円ぐらい月収があるイメージです。でも東京都の係長は、「実はこの世帯には、人工透析を受けている人がいる」というわけです。当時、人工透析は月に30万円から40万円の自己負担をする必要がありました。世帯の月収を全て人工透析に費やしていたわけです。

東京都の係長は、「医療費を払うと生活できなくなるので、生活保護を出さざるを得ないんじゃないですか?」と言ってきたわけです。NOとは言えないだろうとわかって持ち込んできたわけですね。

——立派な方ですね。

立派ですよ。今の自治体の職員では考えられないかもしれないですね。当時は生活保護の現場に、そういう人がきら星のごとくいました。

——さらにこの係長は、このケースだけが特例扱いされたら問題だとして、厚生省に通達まで出させたのですね。大したものですね。

そうなんです。彼の視点は、東京都だけ先進的な対応を取って、これを東京だけにとどめていたら、全国の人から見て不平等だ、そんなアンフェアな行政はできません、というものだったんですね。全国でも同じように通用するようにしなければいけないんじゃないですかと言ってきた。

僕は「おっしゃる通りです。一例認めたら、他も認めないとおかしい。たまたま制度を知っていたから利用できるということはあってはならない」と言って、通達を出しました。

「生活保護でやることなのか?」と問いかけられ

——その後がまたすごいです。尾藤さんの上司で、後に内閣府の事務次官となった方が、生活保護でやることなのか?と問いかけてきたわけですね。

河出英治さんですね。彼は京都大学の経済学部出身で、経済企画庁から出向していた人でした。どうやって経済合理性をもって運用するかという発想が常にあり、私たちが思い付かないようなことをいつも言う人でした。

彼がそう問いかけたのには二つの理由があります。

一つは、最低限度の生活を維持できなければ、生活保護を利用するのは当然ですが、そうなると問題がある世帯は全て生活保護を利用することになる。生活保護の費用は膨大になってしまい、高額な医療に関してすべて生活保護を適用したら、財政に占める割合は大きく膨れ上がる。それはおかしいという、財政対策の意味があります。

もう一つは、そもそもこれは医療保険の矛盾の問題だから、保険制度の根本を正さなければならないという視点です。

この二つの理由でなんとかしろと指示されたんです。物事の本質をきちんと掴んで、僕に指摘してきたわけです。

——そこで、入省して1年半の若手官僚だった尾藤さんが、自己負担分を定額払いにできないかと医療保険担当に提案したわけですね。

そうです。もちろんその前に課長にも相談しました。感覚的にそれがいいのではないかと思ったんですね。

当時は、健保と国保で医療給付率に差がありました。大手企業に勤める人が入る健保の方が給付率が高くて、所得の少ない国保の人ほど自己負担分が多かった。この制度間格差をなんとかすることが、医療保険の抜本改正の議論で一番大きな問題になっていたのです。

だから、人工透析の自己負担も、生活保護でカバーする問題ではなくて、健康保険の問題だとピンときました。

最初は、高額な医療については保険の給付割合を変えてもらえませんかと提案して、自己負担をもう少し抑えようとしました。でも医療保険担当者からは「そんな制度の根本に触れることができるかよ」と言われてしまった。

受診抑制を説得材料に、高額療養費制度を償還払い方式で提案

次に、生活保護を受けていたら全額医療費が無料で給付されるけれど、生活保護を受けていない場合は多額の自己負担のままなのはおかしいと思いませんか?と問いかけました。そうすると医療保険の担当者も「そうだね」と言う。そこで「そういう場合に、後日、お金を出すのはどうですか?」と提案しました。思いつきです。

高額療養費制度の発想ですが、なぜ償還払い(いったん自己負担分を全額支払った後、還付される形式)の形を提案したかと言うと、現物給付(医療が直接給付される制度)は制度運用者は嫌いなんです。まず自己負担分を負担してもらい、後から還付する形にすれば、受診抑制になるわけです。

だから高額療養費制度を提案した時、「償還払い方式にしたら受診抑制になりますよね」と説得しました。後から返ってくるにしても、一度高額を支払わなければならないのは本人にとっても大変ですから。現物給付でやれば乱診乱療があるかもしれないけれど、わざわざ高額な費用をいったん負担してまで給付を受けることはないでしょうと説明したのです。

——受診抑制を餌に説得したというのも、またすごい話ですね。

いや、これは役人の常套手段なんですよ。どうやって財政対策をするのかを考えない提案は、政策にならないのです。

——それで納得してもらえたのですか?

納得しなかった。「君みたいな若手が言ったことが通るはずないじゃないか」ということで、僕が提案した時は採用されませんでした。

ところが1年後ぐらいに採用されたのです。担当者が、当時の僕のようなペーペーが言ったことでも一応検討してくれて、内部で議論してくれた。いつまでも生活保護でカバーするのはおかしいんじゃないかと議論し、福祉元年といわれた時期に制度化してくれました。

この時は、僕は厚生省を辞めた後だったのですが、担当者がわざわざ連絡してきてくれました。「君が提案したものが実現したよ」と言ってくれた。

——その後、現物給付も実現しましたね、

いったん自己負担分を立て替え払いしなくてもいい制度に前進しましたね。

給付内容が不平等で、しかも格差は拡大する改正

——尾藤さんが提案された1970年代半ばから、高額療養費制度はさまざまな改正がありました。今回の改正についてはどう見ていたんですか?

医療保険制度の基本についてわかっていないと思いました。とにかく財政対策しか考えていないので、論理的にもおかしい。

繰り返しますが、所得に応じて保険料を取っても、給付の内容だけは平等なのが保険主義の考え方です。しかし今回の改正は、さらに格差を拡大する内容になっているわけですからおかしいです。

もう一つおかしいのは、実態を見ていないことです。今回の上限引き上げがどんなふうに当事者の負担になるのか、受けるべき医療が受けられなくなるのかを考えていない。

東京都の係長が持ち込んだ案件は、お金がないということで命に不平等があってもいいのかという問題提起だと思います。当時は地方自治体の係長でもそういう発想があったのに、今の厚生労働省の幹部は、何のための行政なのか、何も考えていないと思います。

(続く)

【尾藤廣喜(びとう・ひろき)】弁護士

1970年、京都大学法学部を卒業後、旧厚生省に入省。75年、京都弁護士会に弁護士登録。以後、薬害スモン訴訟、水俣病京都訴訟、薬害ヤコブ訴訟、小西原爆症認定訴訟などの多くの公害・薬害裁判、社会保障裁判を担当。また、生活保護問題をはじめ「貧困」問題についても、全国的な活動を行っている。現在、日本弁護士連合会貧困問題対策本部副本部長、生活保護問題対策全国会議代表幹事、生活保護基準引き下げにNO!全国争訟ネット共同代表。主な著書に、「改訂新版これが生活保護だ」(高菅出版)、「『生活保護法』から『生活保障法』へ」(明石書店)(いずれも共著)がある。

【青木志帆(あおき・しほ)】弁護士

2009年12月、弁護士登録。日弁連貧困問題対策本部幹事。同高齢者・障害者権利支援センター幹事。6歳で頭蓋咽頭腫(小児脳腫瘍)の手術を受けた後、汎下垂体機能低下症等の難病のため医療を継続的に受けている。成人後しばらくの間は高額療養費制度を利用していた経験がある。

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