HPVワクチンの男性定期接種化 厚労省「薬事承認が得られている範囲を議論対象に」と消極的な費用対効果分析を提示 了承は先送りへ

HPVワクチンの男性への定期接種化について、厚労省の専門委員会で9価ワクチンの費用対効果の推計が出されました。厚労省は「薬事承認が得られている範囲を議論の対象にし、女性への間接効果は検討しない」として、低く見積もった費用対効果の分析を示しました。
岩永直子 2026.07.22
誰でも

子宮頸がん、肛門がんなどの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。現在、日本では小学校6年生から高校1年生相当の女性が公費で受けられる定期接種となっているが、これを男性に拡大することが検討されている。

厚生労働省の専門委員会「ワクチン評価に関する小委員会」が7月22日に開かれ、男性接種の費用対効果について、2025年8月に男性にも薬事承認され、今年度から定期接種に使われる唯一のワクチンとされた9価ワクチンについての分析結果が新たに出された。

事務局は「現時点では薬事承認が得られている範囲を議論の対象とする」として、基本分析では肛門がんと尖圭コンジローマの予防効果のみを検討し、費用対効果に課題があると提示。より精緻な分析モデル構築に向けて情報収集中であることを理由に、女性に対する間接効果(※)については今回の分析では検討されなかった。

委員からは「費用対効果だけでなく、ジェンダー・エクイティ(性別にかかわらず全ての人が公平に扱われること)なども定期接種化では検討すべきだ」などの意見が出された。

G7主要7カ国の中で現在、男性への定期接種制度がないのは日本だけ。女子の定期接種についてもメディアの偏った報道や厚労省の積極的勧奨の約9年にも及ぶ停止で接種率の大幅な低下が続いているが、男子に関しても消極的な予防接種政策が続いている。

※ヒトパピローマウイルスは膣性交、肛門性交、オーラルセックス、ペッティングなど粘膜が触れ合う性的な接触で感染し、男女ともにうつし合うため、男性の感染防止は、女性への感染防止、子宮頸がん防止にも役立つことがわかっている。よって男性のHPVワクチンの費用対効果を検討する際には、女性への間接的な予防効果も検討することが常識となっている。

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基本分析では費用対効果を低く見積もる仮定で計算

小委員会では、池田俊也・国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授が、男性接種の費用対効果について、9価ワクチンに対する新たな分析を発表した。

池田俊也・国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授提出資料

池田俊也・国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授提出資料

9価のHPVワクチンを中学1年生相当の男子に2回接種するシナリオを使い、(1)薬事承認されている肛門がん、尖圭コンジローマの予防効果、(2)肛門がん、尖圭コンジローマに加え、中咽頭がん、陰茎がんの予防効果も考慮する2パターンを分析。

ワクチンの有効性持続期間を基本分析では20年として計算し、補足的に30年、50年持続した場合のパターンも示した。

その結果、基本分析では、薬事承認の適応範囲内で費用対効果は1億7144万円/QALYとなり、費用対効果があるとする約600万円/QALY以下の基準を大幅に上回った。中咽頭がんや陰茎がんの予防効果も考慮しても8553万円/QALYとなり、事務局は費用対効果には課題があるとの判断を示した。

その上で、

「基本である薬事承認が得られている男性本人に対する予防効果を考慮した解析においては、費用対効果の結果に課題があり、薬事承認が得られている範囲に加えて、薬事承認が得られていない男性本人に対する予防効果を考慮した解析においても、費用対効果に課題があるということ。そして、HPVワクチンの男性接種による女性の子宮頸がんに対する予防効果を考慮するにあたり、精緻なモデルであるダイナミックモデルを構築するために必要な信頼性の高い国内データについて現在情報収集中であるというところを踏まえ、引き続き本委員会において議論を続けることとしてはどうか」

と引き続き議論を続けていく方針を提案した。

池田俊也・国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授提出資料

池田俊也・国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授提出資料

一方、ワクチンの有効性持続期間を50年と見積り、適応外ではあるが科学的根拠がある中咽頭がん、陰茎がんの予防も考慮した場合は、663万円/QALYとなり、ほぼ費用対効果があるとされるラインに達していることが示された。

池田俊也・国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授提出資料

池田俊也・国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授提出資料

委員から意見「限定的な分析」「費用対効果以外のジェンダー公平性なども検討を」

この事務局の意見に対し、委員からは疑問を投げかける意見が相次いだ。

まず、氏家無限・国立健康危機管理研究機構国立国際医療研究センタートラベルクリニック 医長は、女性への間接効果を含まない分析モデルを用いたことについて、「限定的な範囲での評価になっている」と指摘。

現実には11歳〜13歳ぐらいに接種するワクチンで、子宮頸がんを発症するのは40〜60代であることを踏まえると、ワクチンの有効性持続期間を「20年」と置いた分析方法は、実際の予防効果をどう考えているのか疑問を投げかけ、こう述べた。

「海外の評価においては、生涯有効性が続くという前提で費用対効果を評価している審議会がほとんどなので、有効期間に関してはかなり保守的な評価になっているというところは指摘しておきたい」

また、「事務局提案のところで『また入手可能なものができたらやりましょう(分析しましょう)』というような提案であるが、それが揃わなかったらやらないのかという話になってしまう。海外のデータを代替して評価を進めるようなことは選択肢にならないのかとか、より具体的なタイムラインを含めた計画がないと、またずるずる判断や評価が遅くなってしまう」と指摘した。

さらに費用対効果が論点になっているが、最近、男性に対する定期接種を始めた韓国など、費用対効果で優れていることを理由に男性への接種を始めた国ばかりではないと指摘。

「それ以外の部分においても、ジェンダー・エクイティ(性別にかかわらず全ての人が公平に扱われること)であるとか、接種率の社会全体での向上であるとか、費用対効果以外の部分を含めた制度設計も重要な観点」と主張した。

原めぐみ・佐賀大学医学部社会医学講座予防医学分野教授からも、「費用対効果以外の部分で審議する国があるのも事実かと思うが、タイムラインなどがない中でデータが揃うのを待つというのは、ずるずると議論が長引いてしまう感じはある。このあたりの方針は私たちが話し合うところではないのかもしれないが、事務局の方で何かご意見などありましたらお伺いしたい」と疑問が投げかけられた。

「今年度中にダイナミックモデルにを構築予定」

これについては、費用対効果分析を担当している池田教授がまず応答。

より精緻なダイナミックモデルを構築するためには、年齢別のパートナーの数や性的な活動、性的接触のパターンを反映することが必要であることを述べ、日本における性的接触のパターンを調査している研究グループのデータがまとまり次第、提供を依頼していることを明かした。

その上で、「今年度中をめどにこの日本のデータを用いたダイナミックモデルを構築して、女性接種による既存の集団免疫と、男性接種を追加することによる増分の効果を、より精緻に分析できると考えている」として、今年度中により精緻な分析を出す予定であることを示した。

厚労省事務局はこれを受けて、「定期接種化のプロセスにあたり科学的知見に基づいて議論を行うことを1番の軸としてこの審議会では進めてきたところで、事務局としてもそのように考えている」としたうえでこう述べた。

「ダイナミックモデルでの解析の目処などを踏まえ、委員の先生方から科学的知見以外の観点についても様々指摘いただいたところなので、科学的知見以外の観点について、どういった場で、どういったタイミングで進めていくか、ダイナミックモデルの解析の目途も踏まえまして、事務局において改めて検討をさせていただければ」

「費用対効果の分析結果だけが定期接種化の必須要因ではない」

最後に、委員長の鈴木基・国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所感染症疫学センター センター長は、「研究班の方でできるだけ早くダイナミックモデルの方を構築していただいて結果を揃えていただくということで、それを待ちたい」としつつ、こうまとめた。

「費用対効果分析の結果だけが、定期接種を進めていくための必須要因というわけではありません。海外諸国等も含めて、ジェンダーニュートラルなどの考え方も含めて、様々な論点があるかと思います。そうした点も含めて今後は議論を続けていく必要があろうかと思います」

費用対効果分析、悪く見積もる計算を重ねて

HPVワクチンの男性への定期接種化をめぐっては、2024年3月、「第24回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会ワクチン評価に関する小委員会」に提出された費用対効果を推計した資料に基づいた議論によって、費用対効果が悪いと結論づけられ、定期接種化が見送られた経緯がある。

ところが、この費用対効果を検討した資料については、疫学者や産婦人科医らの専門家から、「現実より低く見積もられていないか?」と疑問が相次いでいる。

通常こうした費用対効果の検討には必須なダイナミックモデルが使われていないことや、発症予防効果の継続期間が海外よりも短く見積もられていること、女性の接種率が低い日本で現実離れした高い接種率を前提に計算が行われていることなどが指摘されてきた

学生団体などHPVワクチンの男女両方に対する普及を望む当事者たちや、HPVワクチン推進議員連盟からは7月8日、早期の男子定期接種化を求める署名や決議が出されている。

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