「日本の予防接種の決め方には哲学がない」HPVワクチン、男性定期接種化の議論に感染症専門医がため息をつく理由

HPVワクチンの男性定期接種化の議論が足踏み状態を続けています。感染症専門医の岩田健太郎さんは、「日本にはビジョンがないからデータが恣意的に使われる」と厳しく批判します。
岩永直子 2026.08.12
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子宮頸がんや肛門がんなどを防ぐHPVワクチン。現在、小学校6年生から高校1年生相当の女性が公費でうてる定期接種となっているが、これを男性にも広げようという検討は足踏み状態が続いている。

7月22日に開かれた厚生労働省の「ワクチン評価に関する小委員会」では、現在定期接種で使われている9価ワクチンについて男性に接種する場合の費用対効果分析が出され、「費用対効果に課題がある」という理由で定期接種化は先送りになった。

だが、この分析、そもそも欧米の分析ではあまり使われない分析モデルを用い、ワクチンの効果持続期間を控えめに見積もり、予防効果があるとするがんを最小限に想定するなど、」費用対効果が悪く出るような手法が取られている。しかも女性に対する間接効果(※)は検討されていない。

この審議を感染症の専門家はどう見るのか。神戸大学感染症内科教授の岩田健太郎さんに聞いた。

※ヒトパピローマウイルスは膣性交、肛門性交、オーラルセックス、ペッティングなど粘膜が触れ合う性的な接触で感染し、男女ともにうつし合うため、男性の感染防止は、女性への感染防止、子宮頸がん防止にも役立つことがわかっている。よって男性のHPVワクチンの費用対効果を検討する際には、女性への間接的な予防効果も検討することが常識となっている。

ビジョンがないから、データが恣意的に使われる

——今回、費用対効果の分析が出されたのですが、ワクチンの効果持続期間を短く見積もったり、予防できるがんを薬事承認されている肛門がんと尖圭コンジローマだけに絞り、男性のHPV関連がんで最も多い中咽頭がんなどを入れなかったりなど、結果が悪くなるような仮定ばかり採用した評価です。これについてどう思いますか?

要するに結論ありきでデータをいじっているわけですよね。こういうことをやるから日本はダメなんです。

最大の問題は、誰がどうやって決めるか、意思決定のルールが明確でないことです。いつまでにこれとこれとこれの基準を満たしたら、米国のACIP(※)のような組織にかけて、そこで承認されたら決める、というような明確なルールがない。だから、ズルズル先延ばしになる。

※米国の米国疾病予防管理センター(CDC)が所管するワクチン接種に関する諮問委員会(ACIP、Advisory Committee on Immunization Practices)。科学的根拠に基づいて、どの予防接種をどのように国民に提供するべきか、答申する。

——この小委員会の議論は一応、科学的根拠に基づいて行うと打ち出されています。

何をもって科学的根拠とするかということにもよると思います。それに科学的根拠もさることながら、明確なビジョンを持つことがものすごく大事です。結局、そのビジョンが明確でないと、科学的データのようなものはいくらでも恣意的に使われてしまいます。

例えば女性に対する接種でも、少し前には「子宮頸がんを予防するエビデンスはまだない」と主張する人がたくさんいたんですよ。15、16年前は医師の中でもそう言っている人がいました。

子宮頸がんはがんになる前に、異形成という前がん病変を経るがんです。がん検診で進行した異形成の段階で見つかれば切除し、そこでがんの芽は断っているわけですから、当然、頸がんを予防しているのです。それなのに、子宮頚がんの発生率を比較したランダム化比較試験がない、といった詭弁を用いて、子宮頸がんに対するエビデンスが足りないと主張していました。

厚生労働省HPVワクチンリーフレットより

厚生労働省HPVワクチンリーフレットより

副反応についても、数十万人規模で臨床試験をやって、副反応はワクチンをうった集団では増えていないことが出ているのに、「今度は数百万人単位でやれば増えるかもしれない」などと言う。結論ありきの議論をするから、いくらでも引き延ばせるわけです。議論を先延ばしにすれば、ワクチン接種の実質的な再開は妨げられるわけで、後退状態の維持以外の何ものでもない。

——HPVワクチンでは、どんな「ビジョン」を据えるべきだと思われますか?

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