排除したからといって終わりではない 娘を先天性風しん症候群で失った母が守り続けたいこと
国内で麻しん(はしか)が流行する中、感染症の専門家や当事者が登壇して7月9日に開かれた国会内学習会「麻しん(はしか)流行を止めるには 最新情報とその対策」(ワクチンパレード実行委員会主催)。
MRワクチン(麻しん・風しん混合)2回接種での予防が訴えられたが、このワクチンでもう一つ防ぐことができるのは風しんだ。
風しんが怖いのは、免疫のない妊婦が妊娠初期に感染すると、胎児に感染し、先天性風しん症候群(CRS ※)という病気になるためだ。
妊娠中に風しんに感染し、長女の妙子さんを18歳で亡くした風疹をなくそうの会「hand in hand」共同代表の可児佳代さんもつらい経験を語り、ワクチンによる予防を訴えた。
※風疹の免疫のない妊娠20週頃までの女性が風疹に感染すると、ウイルスがお腹の中の赤ちゃんにも感染して、難聴、白内障、先天性心疾患などの障害を持つ病気。2012~2013年の全国的な流行では、14年までに45人のCRSの赤ちゃんが誕生したことが報告されている。

妙子さんの写真を手に持って体験を語る可児佳代さん
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不妊治療中に風しんに感染
可児さんは不妊治療中の1982年、風しんに感染した。熱や発疹が出てリンパ節も腫れた。今月もたぶん子供はできていないだろう——。そう思っていたのに、妊娠が発覚した。妊娠初期の感染だ。呆然とした。
前年から風しんが流行しており、テレビや新聞では「妊娠中に風しんにかかったら、障害児が生まれるから妊娠はあきらめましょう」と平気で流していた時代だった。
可児さんは前年に通院2年目でやっと授かった赤ちゃんを流産していた。
「この妊娠を諦めることはできませんでした。毎日のように家族会議を開きました」。同居していた義父母は「あんたらの気持ちに従う」と言ってくれた。不安でいっぱいだったが、産むことを決めた。
予定より1週間早く、帝王切開で2050グラムの女の子を出産した。赤ちゃんは、すぐにNICU(新生児集中治療室)に運ばれた。心臓が悪いようだった。

生後4か月の頃。目がグレーがかっていて、反応もなかった(可児佳代さん提供)
「生まれて1ヶ月もしないうちに心臓の病気、先天性白内障、高度難聴、見えない、聞こえない、心臓病と全部告げられました。正直言ってすごいショックでした。本当に娘に申し訳なくて、『ごめんね。お母さん、元気に産んであげられなくて、ごめんね』。もうそれしかありませんでした」
少しでも元気になるように、毎日母乳を持って病院へ通った。
「何にでも耐えて頑張る子に」という願いを込めて、妙子と名付けた。
「生まれてきて良かったと思ってほしい」手術と生活の工夫
4ヶ月後に退院し、目や耳や心臓に障害を持った我が子との生活が始まる。
「最初のうちはもう泣いて泣いて、『なんで私が?』『どうしてこの子なの?』そんな思いしかありませんでした。でも時間は止められません。いやでも動いているし、彼女も大きくなっていきます。少しずつでも成長していく」
どうやって生きていけばいいのか。親として何をしてあげるのが一番なのか。
主治医に相談したところ、まず目を治すことが必要だと告げられた。眼科を探して、手術を受けた。1歳になる頃には、眼鏡をかければ親の顔の区別がつくぐらいになった。

生後11か月の頃。目の手術をして、反応を確認したくておもちゃも赤いものを揃えた(可児佳代さん提供)
難聴も手術ができないか探したが、「訓練しかない」とのことで、補聴器をつけての訓練に通った。
心臓は安定した状態を保てていると思っていた。これで元気になる——。そう安心していたら、年長の頃に小児循環器内科の医師に「妙ちゃん、あと半年しか生きられないよ」と言われた。
心臓の手術に踏み切った。
手術は成功したが、主治医から「この子は成人するまでは生きられないかもしれないね」と言われていた。
ショックだった。しかし、それと同時に、母親として腹が据わった。
「私はこの子と、とにかく毎日笑って過ごしたい。この子と話をしたい。この子に生まれて良かったと思ってもらいたい。とにかく私が楽しければ家族も楽しいだろう。子供も楽しいだろう。勝手な思いかもしれませんけど、そんな思いで18年間育てました」
高等部に進学し、パソコンなどの画面を使ってコミュニケーションも豊かになっていった。さまざまな色合いの糸が重なり独特の風合いを見せる機織り「さをり織」にも没頭し、美しい作品を次々と作っていった。
そんな日々がずっと続くかのように思っていた。
「お父さんお母さんと私はがんばりました」18歳で息を引き取った娘
1月のある朝、学校に出かける支度をしているとき、妙子さんは苦しそうな呼吸になった。「えらい(苦しい)」とだけ言って、呼びかけにも答えない。緊急入院した4日後、心臓の悪化で息を引き取った。18歳2ヶ月の生涯だった。

亡くなる一ヶ月前に撮った最後の写真(可児さん提供)
葬儀が終わった後、可児さんは夫から1枚の紙を見せられた。亡くなる2〜3時間前に妙子さんが病院のベッドで書いていた手紙。
そこには乱れた字で「お父さんお母さんと私はがんばりました」と書かれていた。
優しい娘が遺してくれた、最期の労いの言葉だった。

妙子さんが遺した最後の手紙(可児佳代さん提供)
「すべてが終わった後に、主人からその手紙を見せられました。重い障害を持った娘が18歳で、私はがんばったと言われたら、残された私はどうしたらいいのか。その時はもう何もわかりませんでした」
2012〜13年の流行で先天性風しん症候群の子が45人誕生
2012年から13年にかけて、再び風しんの全国的な流行が起きた。この時の流行の影響で、先天性風しん症候群を持って生まれた赤ちゃんは45人にものぼった。
この時、可児さんはNHKの取材を受け、同じ特集に出ていた別の母親、西村麻依子さんの年齢を聞いて愕然とした。
「1982年生まれ、娘と同じ歳のお母さんでした。『人になんて思われてもいい。とにかく風しんを無くしたい』。娘と同じ歳のお母さんがそんな力強い言葉を発して頑張っている。私は何をしてきたのか。風しんのことをちゃんと伝えてきたのだろうかと思いました」
可児さんは、インターネットで風疹予防対策を求める署名活動を始め、2013年6月、厚生労働大臣あてに要望書を提出した。その年の8月には西村さんと共に共同代表となり「風しんをなくそうの会『hand in hand』」を設立した。風しん排除まで、長い道のりの始まりだった。
それから13年、hand in handは厚労省や全国の地方自治体、関連学会などに対策を働きかける運動を続け、マスコミの取材にも積極的に答えて風しんの怖さを啓発し続けた。
風しんの流行は、それまで定期接種を受ける機会が一度もなく、免疫を持っている割合が他の世代と比べて低い1962年4月2日~1979年4月1日までの間に生まれた男性が中心となっている。可児さんらの粘り強い働きかけで、厚労省は「風しんに関する追加的対策」を取りまとめ、この世代の男性に抗体検査と定期接種(第5期定期接種)を実施することを決めた。
そしてついに2025年9月26日、WHOは日本を風しんを排除した国として認定した。
可児さんらは、風しん排除に力を尽くした関係者たちと共に今年2月、祝う会を開催した。

祝う会で風しん排除に力を尽くした関係者と記念写真
「本当に達成できたんだ、私たちのやってきたことは無駄じゃなかったんだ。そんな思いから感謝の会を開かせていただきました。本当にたくさんの先生たちや看護師の子たちが来てくださって、皆さんで一緒にお祝いすることができました」
「ワクチン不足でうてなかった」は許されない 国は責任を果たして
しかし、排除を達成したからといって、終わりではない。コロナ禍の間、MRワクチンの接種率は下がった。また風しんがいつ流行るかはわからない。
自分たちは子育てが終わったから大丈夫、というのも違う。孫の世代やその先の子孫も、風しんが流行り、隣に妊婦がいたら、先天性風しん症候群の子供が生まれるかもしれない。
「とにかく一人でも先天性風しん症候群のお子さんを出さないことが私たちの希望です。そのためにはどうすればいいのか。やっぱり防御する策しかありません。MRワクチンです」
妊婦が2回接種すれば、まず先天性風しん症候群の子供が生まれることはないだろうと言われる。だから特に女性は2回接種が必要だし、周りの人も妊婦に感染させないために高い接種率で守る必要がある。
定期接種で受けられてこなかった中年男性への第5期接種は2025年3月31日で終了した(ただしこの日までに抗体検査を受け、抗体価が十分でなかった人は2027年3月末まで予防接種を実施)。しかしその間も、全国でMRワクチンが不足していて可児さんたちは厚労省への働きかけを続けた。
1歳代と小学校入学前にうつ子供の定期接種も、そのタイミングでMRワクチンが不足したら、定期接種の期間は延長されない。ただうてなかった子供は公費でうつチャンスを失い、無防備に生きていくことになる。
「なんの保証もないわけです。国はワクチンが偏在しているとか、自分たちがやったわけではないと言うかもしれませんが、国の定期接種なのですから、ある程度の責任を取るのが本当じゃないのかなと思います」
「私のお願いは、とにかくワクチンをきちんと流通させていただく。そして、接種できる機会をなくさないようにしていただきたいと思います」
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