「あの時はしかにかかっていなかったら、どんな人生を歩んでいただろう」 重症脳炎で寝たきりになった息子から奪われた夢
国内で麻しん(はしか)が流行する中、感染症の専門家や当事者が登壇して7月9日に開かれた国会内学習会「麻しん(はしか)流行を止めるには 最新情報とその対策」(ワクチンパレード実行委員会主催)。
はしかは発症時に重症化しかねないだけでなく、数年から十数年後に重症の脳炎を引き起こす「SSPE(亜急性硬化性全脳炎)」にかかる可能性もある怖い病気だ。
この病気の患者・家族会「SSPE青空の会」事務局の辻治仁さんと息子の海人さん(28)も登壇し、ワクチンでの予防を呼びかけた。

SSPEの恐ろしさを訴える辻せ治仁さん(右)と息子の海人さん(左)
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
60歳以上での発症の報告も
海人さんは8歳の時にSSPEを発症し、現在は28歳になっている。この日は車いすで、治仁さんが講演する間そばにいた。
SSPEは、ワクチン接種前にはしかウイルスに感染し、治った後に、体内に潜んでいたウイルスが数年から十数年後に活性化し、重症の脳炎を起こす病気とされる。

辻治仁さん提供
しかし、最近ではもっと年齢を重ねてから発症する例もあるのではないかと言われているという。
「海外や国内でもあるようなのですが、認知症と思われている方を調べたところ、はしかのウイルスが脳内から発見され、SSPEじゃないかと診断がついた60歳以上の方もいらっしゃる。去年も30歳代の現役の会社員の男性が発症したケースもあって、昔から言われている以上に高齢でも発症する可能性が出てきているようです」
そして治仁さんは「脅すようで恐縮ですが」と、はしかに自然感染する人が多かった世代は他人事ではないことを強調した。
「1歳前後にはしかを発症していた場合、ここにいらっしゃる皆様にも可能性はあるかもしれません。それほど怖いということを、認識していただけたらなと思います」
やんちゃで活発 サッカーが得意な少年時代

辻治仁さん提供
海人さんは生後11ヶ月で麻しんを発症した。
「あと一ヶ月で予防接種を受けられたので、あと一ヶ月遅かったらSSPEにならなかったんじゃないかというのが正直な思いです」
治仁さんは悔しそうにそう振り返る。

辻治仁さん提供
親から見てもとても可愛い子で、活発でやんちゃ。いつも体を動かしている元気な子だった。3歳後半から近所のサッカーチームに入り、サッカーにのめり込むようになる。

辻治仁さん提供
左は幼稚園の年長の時に、東京都の幼稚園100チーム以上が集まる大会で優勝した時の記念写真だ。
「親として、この子はプロのサッカー選手になれる可能性があるんじゃないかなと本当に思って喜んだ時でした」
わんぱく相撲大会では準決勝まで進み、優勝した相手と互角に戦った。どんな運動も得意な子だった。

辻治仁さん提供
これは小学校1年生の時に所属していたサッカーチームでコーナーキックを蹴った時の写真だ。所属していないチームから請われて助っ人として試合に出た時は、優勝してしまった。
その後、本格的にサッカーがしたいという本人の希望で、Jリーグ・東京ヴェルディのスクールにも通い始めた。一人でバスや電車を45分乗り継いで練習に通った。

辻治仁さん提供
運動能力を高めたいと通ったテニススクールでもセンスの良さを買われ、地元の野球チームからも勧誘を受けた、白馬岳、槍ヶ岳など3000m級の山々に登った——。海人さんがどれだけ運動神経が抜群で、体力のある子だったか、思い出話は尽きない。

辻治仁さん提供
だからこそ、突然、息子の身体の自由が奪われたことはショックなことだった。
小学校2年の秋に発症 寝たきりの生活に
異変を感じたのは、小学2年生の秋頃からだ。
急に誤字脱字が増え、成績も悪くなった。廊下で転び、家で勉強している最中に急に眠ってしまう。学校の先生からは「クラスのムードメーカーでリーダーだった海人くんが、なんでこんなことになったのかわからない」と相談を受けた。
「だんだん親としても心配になって、大学病院に連れていき、SSPEという診断結果が出ました」

辻治仁さん提供
国立精神・神経医療研究センターに転院して、「根治治療はないけれど、良くなる人3割、悪くなる人3割、変わらない人3割」と言われた治療を、親としては望みを持って受けていた。しかし結局、悪いと言われた方に入ってしまった
「家内によると、夜中に最後『お母さん!』って叫んで、その後、発語がなくなってしまったという非常に悲しい話があります」
入院中には、元気だった頃の仲間が見舞いに来てくれた。半年後、症状が安定して退院。祖母が田舎から出てきて手伝ってくれて、自宅での介護生活を続けた。

辻治仁さん提供
そんな風に動けなくなっても、サッカー仲間はエースストライカーだった海人さんに敬意を払い、ずっと仲間として接してくれた。試合前には観戦しにいった海人さんの方を開けて円陣を組み、一緒に試合に出るんだという姿勢を見せてくれた。

辻治仁さん提供
Jリーガーになるという夢ははしかで奪われた
治仁さんは言う。
「海人には夢があって、将来、絶対Jリーガーになるんだ、といつも目を輝かせてサッカーボールを追いかけていたんですね。しかし、そのキラキラとした彼の夢は、はしかというウイルスによって残酷に奪われてしまった」
ふとした瞬間に考えることがある。
もしあの時はしかにかかっていなければ、今頃どんなふうに成長して、どんな人生を歩んでいたんだろう——。

海人さん(撮影・岩永直子)
「そう思う時に、胸が締め付けられるような、言葉にできないような悲しみに襲われる時があります」
でも、親として悲しんでいるだけで終わるわけにはいかない。
「海人が命がけで教えてくれた、このSSPEと戦ってきたこの苦しみを、絶対に無駄にしたくないなと思っています」
「はしかは子供の未来を一瞬で奪い去るような恐ろしい難病を起こすウイルスだと知ってほしい。これ以上海人のような苦しい思いをする子供を、そして家族が私たちのように涙するようなことを絶対に無くしたい」

辻治仁さん提供
そのために訴えたいのは、MRワクチンの2回接種だ。周りが2回接種した人ばかりになれば、海人さんのように予防接種をしていない子供も「集団免疫」によって間接的に守ることができる。
「それを社会全体で守っていただければ、海人のこの苦しみも少しでも救われるかなと思っています。それが私たち家族と青空の会の願いであります」
高齢での発症の報告も
2回接種してもはしかに感染することはある。しかし、治仁さんは「2回うってもかかるんだったら、うってもしょうがないんじゃないかなと言うのは全く間違いであることを認識してほしい」と訴える。

辻治仁さん提供
2回接種すれば、重症化しないし、肺炎や脳炎などを起こす可能性も減る。
「何よりも周囲への感染拡大を起こさずに、SSPEの可能性から赤ちゃんを守ることができる」と説明する。

辻治仁さん提供
学会でも患者会として、生後6ヶ月〜1歳が母親からもらった免疫が落ちる頃で、はしかにかかってSSPEになるリスクが高まる可能性があるから気をつけてほしいと訴えている。周囲の人の接種率を高めて集団免疫を作ることで、赤ちゃんを守ってほしい。
さらに、60歳で発症した人も報告されていることにも触れ、「何歳でも発症する可能性がある怖い病気であることを認識してほしい」と他人事ではないことを強調した。

辻治仁さん提供
そして、さまざまな危険性が明らかになっているはしかを防ぐために、MRワクチンの2回接種を徹底してほしいと繰り返し、訴えた。

2回接種により、自分だけでなく、周りの免疫を持っていない子供たちも守ってほしいと訴える治仁さん(撮影・岩永直子)
「2回接種はぜひともみんなで進めてほしい。そして、海人のような夢を喪失してしまった人生にならないよう、子供たちや赤ちゃんを守ってあげてほしいと思います」
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
すでに登録済みの方は こちら
提携媒体
コラボ実績
提携媒体・コラボ実績


