高額療養費制度の議論、まだ終わったわけではない 健康被害を受ける患者が多ければ訴訟も視野に(後編)
元旧厚生省の官僚で、高額療養費制度誕生の提案者である尾藤廣喜さんと、難病を抱え、自身も難病認定される前は高額療養費制度の恩恵を受けたことがある青木志帆さん。
患者の負担上限を引き上げた今回の改正について、どう捉えているのか。
さらに深掘りしていきます。

尾藤廣喜さん(右)と、青木志帆さん(右)
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自身も高額療養費の恩恵を受け、切実な関心
——青木さんはどういう問題意識から、高額療養費制度に関わり始めたのですか?
青木 そもそも弁護士になろうと思ったきっかけの一つが高額療養費制度なんです。
——子供の頃から小児脳腫瘍で医療を受けていらしたから、切実な問題だったんですね。
そうなんです。20歳になった時に、小児の特定疾患から外れて自己負担分の3割を払い始め、常に高額療養費の上限いっぱいで医療費を払っていた時期がありました。
当時はまだ償還払い(※)だったので、いったん18万円ぐらいクレジットカードで支払っていました。
※いったん10割を患者が支払い、後で3割を超えた分が還付される給付方法。
この金額を支払って一生生きていくのは無理だろうと思って、国がこのまま制度を変えないなら、自分を原告にして憲法訴訟をしてやろうと本気で思っていました。
でも私の病気は、後で指定難病や特定疾患に入ったので、原告になれなくなって諦めたのです。私自身はそれ以降、自己負担はびっくりするような額にはなっていないのですが、難病でもなく、人工透析でもなく、血友病などでもない病気で、毎月高額な自己負担を支払って大変な思いをしている患者はたくさんいるはずです。
2024年の年末に最初の政府案が出てきて、患者団体の皆さんが反対運動をして、石破茂前首相が撤回する中、私も何かできることはないかと考えていました。
これより前にも、2015年に大きな制度見直しがあり、所得階層区分が細かくなり、患者負担の月額上限が引き上げられたことがありました。あの時も、これでは患者は生きられないと思いながら見ていましたが、特に声も上がらなかったので大丈夫なのかなと思っていました。
でも今回は、患者運動が凄まじいのを見て、やはり困っている人がいっぱいいるんだと思ったわけです。
「年間上限」の創設や「多数回該当」の据え置きの評価は?
——石破前首相が撤回して、また見直しが始まって、年間上限の創設や多数回該当(※)の据え置きはありました。それについてはお二人は評価されているのですか?
※直近12か月間に高額療養費の対象となった月が3回以上ある場合、4回目以降の自己負担限度額がさらに引き下がる特例制度
青木 私はこれができて当たり前だと思っています。現行制度でも限界に達している感覚があるので、1円たりとも上げるなと思っています。下げることこそあり得ても、上げるのはあり得ない。
——患者の立場がわかる一人として、体調や治療だけでも大変なのに、その上お金の不安が加わると患者さんはどういう思いになるのか、代弁していただけますか?
自分としては医療に関して金策に駆け回らなければならなくなったことはないのでわからないのですが、乳がんの友達が5人いるんです。彼女らの話を聞いていると、やはり経済的にも大変そうです。子供もまだ小さいし、生まれたばかりで乳がんになった人もいるので、切実すぎる問題ですね。
また、大規模な健康保険組合だと、付加給付(※)がありますが、その恩恵を受けている人とそうでない人の差があり過ぎる印象があります。
※高額療養費制度とは別に加入している健康保険組合や共済組合が独自に行なっている、公的な高額療養費制度の自己負担限度額をさらに引き下げて、設定額を超過した分の医療費を払い戻す制度。上限2万円〜3万円程度に設定している組合が多い。
——付加給付でさらに格差は拡大していますよね。
尾藤 これが制度間格差の問題です。50年前から議論になっています。
青木 これは本当に問題ですよね。自分が高額療養費制度のお世話になっていた頃、司法修習生になって公務員共済に入った瞬間、自己負担8万円が2万円ぐらいに大幅に減ったことがあります。当時はまだ司法修習生は公務員共済に入れたのです。
これはかなり不平等だなと思いました。付加給付が悪いわけではなくて、国保の保険機能が脆弱すぎるのだと思いますが。
——尾藤さんは年間上限の創設や多数回該当の据え置きについては評価されているのですか?
尾藤 率直に言って、青木さんと同じで、今でさえ自己負担は大変なのだから、これ以上上げるなという考えです。
僕が厚生省にいた頃、人工透析を受けている人たちの話で一番ひどかったのは、家が自分の医療費支払いで潰れそうになっているからと、患者である子供が家出したケースです。家族に迷惑をかけたくないと、家出をして人工透析を受けなくなった子供がいました。
僕らは東京の事例だけでなく、それぐらい悲惨な事例を全国から聞いていました。
今、制度いじりをしている官僚は、そういう実態をまず知った上で、これなら大丈夫だという検討をどの程度しているのだろうかと思うわけです。
我々弁護士は、当事者が制度改正によって具体的にどれだけの負担になるのか、きちんと事例を集めて、「こんな制度の後退は許さない」とか「改善を求めていく」という運動をするべきだと思います。
実態を集めて、第二弾の値上げを阻止
——今回の改正案が通り、格差がますます広がるのではないかと研究者も指摘しています。弁護士のみなさんは憲法の生存権や個人の尊厳の問題にフォーカスされていますが、改正でこれから患者に悪影響が出るとしたら、弁護士としてどのように働きかけていくつもりですか?
青木 今年8月の変更には間に合わないとしても、来年度にもう一段階上限額が上がるのは止めなければいけないと思います。生存権の観点から理屈立てをして、さらなる値上げは阻止しないといけません。
尾藤 やはり今度の制度いじりによって具体的にどのような影響が出るのか、実態を集めなければいけないと思います。こんな矛盾が出ているが許されるのかと問いかける。世論形成して社会的合意を作っていかなければいけません。
理論では人は動かないと思います。現実にこの制度改悪がどういうことをもたらしているかを緻密にデータで集め、事例を集めて、それを問題にして、次のステップの前にもう一度議論してもらうことが一番大事なことではないかと思います。
「低所得者や病気の多い人を医療から遠ざけていいのか?」イタリアの局長の言葉に感銘
今、日弁連の貧困対策本部では、長期的には医療の無料化を目指しています。イギリスは医療費の自己負担ゼロの国ですが、実はイタリアもそうです。あれだけ財政が厳しい国でも実現しているのです。
私は日弁連の調査の一環でイタリアにも行ったのですが、イタリアの局長がこう言っていたんですね。
医療の本質を考えれば、自己負担を設けるのは論理的矛盾があると。
なぜかと言えば、医療を受けなければならない人の多くは、低所得者で病気を抱えている人が多い。その人に負担を求めれば、医療から阻害することになる。
金持ちはいくら自己負担を求めても負担できるわけだから医療から遠ざからない。貧困層と有病率の高い層が医療から遠ざかることになるので、この国の医療保障は崩壊するだろう、と。
そういうことを局長が言ったんです。立派です。日本の局長とは大きな違いです。
僕は「そういうことをやって、財政的に保つのですか?財政対策として自己負担はやはり必要なのではないですか?」と意地悪な質問をしました。
すると、鼻で笑われました。
そんなことを言う人は行政官として無能だ、と。つまり、自己負担を増やしたら、そのしわ寄せは、所得の少ない人と病気の多い人に行くわけで、その人らを医療から遠ざけることになる。それでいいのか?と言うわけです。
——確かに、何のために医療制度を作っているんだという話になりますね。
自己負担を設けて乱療を防ぐよりもむしろ、そのことを広く国民に訴えて、どういう医療であるべきかを議論すべきじゃないか、国民の皆さんが納得する内容で、医療の給付内容を決める。そういう努力こそ政治家がやるべきではありませんかと言われましたね。
——真っ当ですね。
今までいろいろな医療関係者や行政担当者と話してきましたが、このイタリアの局長はピカイチだと思いました。無料の医療が正しいのです。長期的に見たらそうしなければならないのですが、日本では今、真反対の方向に向かっている。それはなんとかしなければならないと思います。
健康被害が出た場合の国家賠償訴訟の可能性は?
——今、真反対の方向に向かっているとおっしゃいましたが、全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長が、今回の改正案が通った後に本当に困る人がいたらどうしたらいいか、ソーシャルワーカーに相談した時、世帯分離して生活保護を受けてもらうしかないですねという話が出たそうです。尾藤さんがせっかく生活保護利用から高額療養費制度を提案したのに、はじめに戻すようなことをやってしまっています。
僕が提案する前に戻す感じですね。当時の僕の上司は「それ(生活保護でカバー)でいいのか?」と問いかけましたが、まさにそう問いかけたいですね。
当時の一係長でもそういう発想があったのですから、厚生労働省の局長や幹部クラスになったらもう少し医療保険の本質を考えてもらわなければ。
——これから日弁連でも、制度改正の影響の実態把握を進めてほしいと思います。おそらく患者団体とも連携していくのでしょうけれど、たとえばもしこの改正で困り果てて医療を諦め、健康被害を受ける人が出てきた場合、国家賠償訴訟なども手段として考えられるのですか?
尾藤 私は、数々の集団訴訟をやってきましたが、訴訟は勝訴のための法的枠組みがきちんとしているかどうかが鍵を握るので、どういう理論構成をしたらそれが違法だと説得できるかを考えるのが重要だと思います。
その理論を、生存権によって構築するに可能性はあると思います。生き死にに関係してることですからね。また、理論だけでなく、本当に困っている状況があったら、訴訟をやらざるを得ないのではないでしょうか。
——青木さんはどう思いますか?
青木 尾藤さんに全て言っていただきました。今年の春に出版された西村章さんの『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』(集英社新書)で、新潟の齋藤裕弁護士が司法から見た高額療養費ということで答えていらっしゃいます。この方も本当に問題があったら国家賠償訴訟をしたらいいとおっしゃっていて、そうなり得る問題だろうとは思っています。
——確かに「破滅的医療支出(※)」がこれで増えたり、治療を諦めたりする人が増えたら、あり得ますよね。
※医療費の自己負担額が、世帯の可処分所得の40%以上を超える場合、生活が破綻する可能性のある「破滅的医療支出」とWHOが定義している。
あり得ると思いますし、我々には継続的医療を必要とするがん患者も障害者のうちに入るという発想があります。そうなると、障害者権利条約との関係でどうかという問題も出てきます。国際的な人権の潮流として、昭和、平成に比べたらまだものは言いやすくなっていると思います。
本当に大変な状況の患者さんが出てきた時に、我々弁護士業界がどう反応するかということでしょうね。
——では改正案が通っても、まだ全然終わった話ではないということですね。
青木 はい。ラウンド1が終わったぐらいですね。来年の二段階目の値上げは止めないと、あれこそ本当にシャレになりません。どんどん上限が上がる中で、ギリギリ上限に届かなくて無理せざるを得ない人が出てくるはずです。
尾藤 いつも言っていることですが、やはり要求のあるところに運動あり、なんですよ。要求がないのに運動を組織しても無理です。影響を受ける患者さんたちの要望をきちんと受け止め、集めて、それを理論化していくのが我々の仕事ではないかと思います。
(終わり)
【訂正】「イギリスやスウェーデンは医療費の自己負担ゼロの国ですが、実はイタリアもそうです。」と書きましたが、スウェーデンは自己負担がありますので、削除します。
【尾藤廣喜(びとう・ひろき)】弁護士
1970年、京都大学法学部を卒業後、旧厚生省に入省。75年、京都弁護士会に弁護士登録。以後、薬害スモン訴訟、水俣病京都訴訟、薬害ヤコブ訴訟、小西原爆症認定訴訟などの多くの公害・薬害裁判、社会保障裁判を担当。また、生活保護問題をはじめ「貧困」問題についても、全国的な活動を行っている。現在、日本弁護士連合会貧困問題対策本部副本部長、生活保護問題対策全国会議代表幹事、生活保護基準引き下げにNO!全国争訟ネット共同代表。主な著書に、「改訂新版これが生活保護だ」(高菅出版)、「『生活保護法』から『生活保障法』へ」(明石書店)(いずれも共著)がある。
【青木志帆(あおき・しほ)】弁護士
2009年12月、弁護士登録。日弁連貧困問題対策本部幹事。同高齢者・障害者権利支援センター幹事。6歳で頭蓋咽頭腫(小児脳腫瘍)の手術を受けた後、汎下垂体機能低下症等の難病のため医療を継続的に受けている。成人後しばらくの間は高額療養費制度を利用していた経験がある。
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