「知らないまま後悔しないで」医学生の私が若い世代にHPVワクチンについて発信する理由
医学生を中心として、HPVワクチン(※)の正確な情報を若者に伝えるために活動する学生団体「Vcan」。
現在、二代目の代表として団体を率いているのは滋賀医大4年生の大坪琉奈さん(22)だ。
どんな思いで参加し、どんな社会を目指しているのか、話を聞いた。
大坪琉奈さん(撮影・岩永直子)
※子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐワクチン。日本では2013年4月に小学校6年生から高校1年生相当の女子を対象に定期接種となったが、接種後に訴えられた症状をメディアが薬害であるかのように書き立て、不安が広がり、国は対象者にお知らせを送って接種を促す積極的勧奨を停止。接種率は激減し、安全性が確認され2021年11月に積極的勧奨が再開されて以降も伸び悩んでいる。
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
対象であることも知らずに定期接種を逃して
大坪さんは2002年生まれ。HPVワクチンの定期接種対象になる直前に副反応騒ぎが起きて、自分が対象者であることも知らないまま、定期接種の対象期間を終えてしまった。
このワクチンについて知ったのは、大学受験が終わり、母から「子宮頸がんが防げるHPVワクチンというものがある」と聞いた時だ。
「積極的勧奨を再開するための議論が始まって、母も気になったようです」
HPVはセックス、ペッティング、オーラルセックス、肛門性交など、性的な接触で感染するため、性的なデビューの前に接種するのが効果的だ。
「母は、『昔、危険だという報道もあったけれど、今は医師たちも安全だと言っている。でも若干不安はあると思うから、どうするか一緒に考えてみない?』と言ってくれました」
仲の良い同級生や保護者に聞いてみると、接種した子も考え中の子もいた。
「その頃、キャッチアップ接種(※)をそろそろ導入するという話もあったので、大学に入って先生たちの話を聞きながら決めようと思っていました」
※定期接種の期間に接種を逃した対象者に対し、公費で受ける再チャンスを与える制度。 2022年4月から25年3月まで、平成9年度生まれ~平成19年度生まれ(誕生日が1997年4月2日~2008年4月1日)の女性を対象に実施している。
サークルの一つ上の先輩がVcanの代表
入学して入ったダンスサークルの1年上の先輩に、Vcanを設立した中島花音さんがいた。
Vcan提供。大坪さん(左)と、Vcanを立ち上げた中島花音さん(右)
中島さんやVcanがSNSで積極的にHPVワクチンについて発信しているのを読むようになり、HPVワクチンの安全性や効果について、理解が深まっていった。
また、1年生の秋に開かれた学園祭で大学の産婦人科の教授が、HPVワクチンについての講演をオンラインで行っていた。それを母親と聞き、「やっぱり接種しよう」と心が固まった。
「親世代は信頼できる専門家の情報が必要ですが、私には友達が接種していることや、同世代が頑張って発信していることが響きました。私も仲間に加わりたいと思ったのですが、自分が接種していないのに発信するのは違うなと思ったんです」
キャッチアップ接種が2022年4月から始まることも決まり、この制度を使って接種することにした。
HPVワクチンを接種 コロナワクチンと似た感じ
住民票を移していなかったので、キャッチアップ接種の知らせは東京の実家に届いた。接種券を滋賀に送ってもらい、2022年6月に1回目をうった。
「うった瞬間は痛かったけれど、コロナワクチンと同じような感じの痛みだなと思いました。直前まで緊張していましたが、お医者さんたちやVcanの発信を事前にたくさんみていたので、まあ大丈夫だろうと落ち着くことができました」
その後の接種も問題なく終えた。滋賀でうったので費用はいったん自分で負担したが、後で住民票のある実家の自治体で返還してもらった。
2代目代表に就任
接種後、Vcanの活動に本格的に加わった。自身は外部とコミュニケーションをとる渉外担当になった。
男性の定期接種化を実現するための署名活動をしていた学生団体と協力して学内にチラシを貼ったり、企業と啓発活動を行う準備をしたりした。Vcanの活動資金を集めるクラウドファンディングの設計や交渉も行った。
大阪、京都で行ったHPVワクチン啓発のためのライトアップイベント(Vcan提供)
目標を大きく超える359万の活動資金が集まって、大阪と東京で開かれたライトアップイベントに参加し、2023年3月の国際HPVデー・クラファン達成イベントの準備に駆け回った。
「コロナ禍もあって、なかなか外部の人と知り合う機会がなかったので、Vcanの活動で全国の学生と知り合えたことはすごくプラスになりました」
クラファン終了後、中島さんは代表を降り、大坪さんが後を引き継いだ。
「私より前から活動しているメンバーもたくさんいる中で、自分が上に立つなんて思っていなかったんです。むしろ周りの先輩たちのようにかっこよく活動できたらいいなと憧れを持っていました。でも花音さんや先輩たちに『やってみない?』と言われ、引き受けることにしました」
クラファンの時に決めた「知らないまま後悔しないで。」というキャッチフレーズを引き続き打ち出し、「HPVワクチンの正しい知識を日本の中高生に広めていくこと」を主要な目標に据えた。
歳の近い私たちが伝える意味
トップとなった2023年の夏からは、中高生にHPVワクチンについて伝える出張授業を始めた。
中高生ツアーで肩を並べてHPVワクチンについて伝える大坪さん(右上、Vcan提供)
初めて担当した京都での出張授業では、中学2年生の男の子が、「自分は男だけど、妹がいるからこれは自分にも関係があることなんだ」と言ってくれたのが嬉しかった。女の子たちも「自分たちのことなのでもっとしっかり知りたい」と熱心に聞いてくれて、手応えを感じた。
中高生に向けて話す時は、具体的にイメージしやすいように伝え方も工夫している。
「1年間で交通事故で亡くなる人よりも、子宮頸がんで亡くなる人の方が多いと話すとみんなびっくりします。『副反応のないワクチンはない』という説明にも納得してくれる人が多い。HPVワクチンだからとりわけ副反応を心配する必要はないという説明で安心してもらいます」
出張授業では、後半はワークショップ形式にして、参加者とVcanメンバーが同じテーブルで肩を並べて語り合う形式をとっている。
「偉い先生が講演してくれるのももちろん勉強になるんですが、どこか授業を受けている受け身の感じになってしまう。でも私たちのやり方だと、気軽に本音を語ってもらいやすい強みがあります。私自身、歳の近い先輩たちが話してくれて初めて身近に感じられたし、私たちがこういうふうに伝えることには意味があるのかなと思うんです」
これまで出張授業には、中高大合わせて約2800人が参加してくれた。
日本思春期学会や日本性感染症学会でも、自分たちの活動について発表した。
日本思春期学会でも発表した(Vcan提供)
「当事者としてHPVワクチンの現場についてどう思うか話してほしいと言われ、知らないままチャンスを逃したくないと訴えました。みなさん温かく聞いてくれて、私たちの活動についても応援してくれて、当事者世代として活動する意義を感じました」
批判の声も「あなたたちの活動で亡くなる人がいる」
一方、HPVワクチンに反対する人たちから、批判の声が届くこともある。
2023年10月には滋賀医大の近くにあるスーパーマーケットで、「じぶんごとcafe」という啓発イベントを行った時のことだ。
スーパーの飲食スペースを借りて、人体模型などを展示し、胸骨圧迫(心臓マッサージ)を教えながら、HPVワクチンについて学ぶビンゴゲームを行った。
買い物帰りの60人ぐらいの参加者のうち、一人の女性が大坪さんに近づいてきて、HPVワクチンに反対の姿勢を見せ、「もうちょっと考えて発信した方がいいですよ」と批判してきた。
「反対意見を示された初めての経験でした。『今は安全性に関して、こういう根拠も示されているんですよ』と説明したのですが、相手には全く響かず、届かないこともあるんだなと残念な思いになりました。でも意見を言ってもらえるのは少なくとも関心があるからだろうと思い直しました」
SNSでは、「あなたたちの活動によって亡くなる人がいる」「大嘘つき」などと心無い言葉を投げつけられることもある。
「そういうコメントを読みすぎると傷つくこともありますが、反対する人がいるのは事実です。それに、反対する人も、2013年当時に過剰に報道したメディアも、『女性たちを救わなくてはいけない』という思いで発信していたのだろうと思います」
「でもその意見は、現在、科学的に見たら正確ではありません。少なくともメディアの皆さんは、2013年当時、誰かを救おうと願ったその時の気持ちを思い出して、今、積極的に修正する報道をしてほしいなというのが正直な思いです」
「知らなかったからうてなかった」をなくすために
現時点でも、医学生でさえ接種していない同世代もいる。
今年4月に滋賀医大の医学生、看護学生の女子全員アンケートし、回答者のうち約65.6%が少なくとも1回は接種していて、「意外と多いな」と思ったが、それでもまだ3分の1には届いていない。
キャッチアップ接種は来年3月までで終わり、今月中に1回目をうたなくては、3回とも自己負担なしで接種するのが間に合わなくなる。
「『うった方がいいんだよね?』と迷っている同級生によく聞かれます。頭ではうった方がいいとわかっているのですが、やっぱり少し怖いと思って後回しにしている子はまだまだいます」
「知らなかったからうてなかったと後から気づく人がいっぱい出てくるでしょう。その中から子宮頸がんになってしまう人もいる。『国がもっと熱心に啓発していたら、子宮頸がんにならなかった』と訴える方も出てくるのだろうと思います」
「手遅れになる前に予防策として提供できるものがあるのに、そこにアクセスできない人がたくさんいるのは大きな問題です。産婦人科や小児科の医師は発信してくれますが、他の診療科で知らない医師もいる。それでは弱い。将来、医師になる私たちがもっと伝えていかなければと思います」
HPVワクチンのトークイベントで、Vcan代表としてHPVワクチンの啓発の必要性を語る大坪さん(右)(撮影・岩永直子)
8月には横浜で開催したHPVワクチンに関するトークイベントにも、Vcanの代表として登壇した。
「私たちが中高ツアーで直接情報を届けた2800人と同じ数、毎年子宮頸がんで亡くなる方がいる事実が悔しいし、やるせない思いでいっぱいです」
そして今年1月、一緒に啓発活動をしていた先生を子宮頸がんで亡くしたことを打ち明けた。
「お子さんと手を繋いでいる姿が忘れられません。初めて知り合いをがんで亡くしました。今は友人や出張授業で出会う皆さんから子宮頸がんで亡くなる方をなくしたいという思いで活動しています」
同世代にも情報を届けたい
Vcanは、今、定期接種の対象である中高生を中心に情報を届けている。「今のHPVワクチンに対する風潮を変えていくには、若い世代にアプローチした方が効果的だ」という方針だからだ。
だが、大坪さんとしてはやはり、「同世代にも届けたい」という思いが強い。
「同世代がせっかく防げるがんを防げないのは悔しい。大学で集団接種の機会を作ったり、大学病院でHPVワクチンの接種外来を作ったりしたくて、大学での出張授業も積極的にやってきました」
想いが連鎖して各地のメンバーと共に、8大学で約850人に対して出張授業を行い、長崎大は集団接種が実現した。滋賀医大では休日にHPVワクチンを接種する日を設けてくれた。
「中高生は親が不安に思って反対している人が多いのに対し、大学生は自分が不安な人が多い。自分ごとの悩みに対して同じ立場で向き合えるのが、私たちの出張授業のいいところです。質問も多いし、切実で具体的な質問が多いです」
授業後はこんな感想をもらうことが増えた。
「話を聞いて受けようと思った」「同世代がこれだけ言っているなら考えてみようと思った」「同世代が頑張っていることに心が動かされた」
自分たちの働きかけで接種に前向きな姿勢に変わった姿を見るのが何より嬉しい。
「男性は自費なんです」と言うのが心苦しい
最近では、メディアのHPVワクチンの啓発記事も増え、学生の意識も変わってきていると感じている。
「Vcan以外にもHPVワクチンの活動をしている学生団体が各地で生まれ始めていて、私たちに『どんなふうに活動したらいいのか教えてほしい』『どう発信したらいいの?』と問い合わせてくれています。当事者たちの考え方も変わってきているのが嬉しいです」
大坪さんは、忙しくなる10月に入るタイミングで代表を降り、前代表の中島花音さんに交代する。今後は関西地区のリーダーとして活動する予定だ。
「出張授業は変わらず続けますし、キャッチアップ接種も9月をすぎたら『もう3回無料でうてないや』と諦める人が出てくるのが心配です。さらに働きかけていかなければいけないと思います」
HPVは男性もかかる肛門がんや中咽頭がんなどにも関係するため、先進国では男女ともに定期接種化している国がほとんどだ。
国は男性の定期接種化を「費用対効果が低い」として先送りにしている。
「女性の接種率がまだまだ低いのに、男性接種の費用対効果が低いだなんて、どうやって算出したんだその数値はと思います。現状を反映しないシミュレーションなんて意味があるのかなと思います」と手厳しい。
「啓発活動をしている中で、男の子は無料でうてないから強くは言いづらいんです。『男の子は自費なんですけど......』と言うのが毎回心苦しいですし、聞いてくれる男の子も『無料だったら受けるんですけど......』という感じです。男性の定期接種も早く実現してほしいです」
新団体設立 「親に言えなくて受診を断念」をなくしたい
さらに大坪さんは9月に「i-wanaGo(イワナゴ)」という新たな団体を立ち上げた。「I wanna go(私は行きたい)」という言葉から、名付け、若者が心身に不調が起きた時に受診しやすい環境作りに挑む。
若者が受診しやすい環境を作るために新たな団体を立ち上げた大坪さん
HPVワクチンでは、本人がうちたくても親の反対があるとうてないことがよくある。また、生理不順などで病院にかかりたいと思っても、婦人科受診やピルを飲むのを反対する親もいまだにいる。
「『妊娠したかも』『死にたい』など、親に言いづらいことがあっても、医療にかかる必要があったら学生でも気軽に医療にかかれる社会を作りたい。不安になってネットで検索すると色々な情報が溢れ、何が正しいのかわからないからとりあえずお医者さんに相談したいけれど、親には言えないという子はたくさんいます」
「大学内で簡単なアンケートをとったのですが、3分の1ぐらいが『親に言えなくて病院にかかるのを断念したことがある』と答えていました。それを解決するために何ができるか、これから考えて活動していこうと思っています」
4年生の秋、医学部の勉強はもちろん、同世代の健康を守るためにやりたいこと、やらなければいけないと考えていることはますます増えている。しばらく忙しい日々が続きそうだ。
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
すでに登録済みの方は こちら