8年ぶりの流行、マイコプラズマ肺炎ってどんな感染症?
咳が長引くマイコプラズマ肺炎が2016年以来、8年ぶりの流行となっています。
どんな感染症で、どんな風に対処したらいいのでしょうか?
感染対策に詳しい板橋中央総合病院院長補佐の坂本史衣さんに聞きました。
マイコプラズマ肺炎や流行入りしたインフルエンザ、同時流行が危ぶまれる新型コロナウイルスについて解説する坂本史衣さん(撮影・岩永直子)
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強い咳が長引く感染症
——マイコプラズマ肺炎が8年ぶりに大きな流行中ですが、どんな感染症なのですか?
肺炎マイコプラズマという細菌に感染して起こる感染症です。
学童から若い大人までがかかりやすく、強い咳が長引くのが特徴です。発熱や喉の痛み、だるさなども出ることがあります。
最初から「私、マイコプラズマだわ」とわかることはあまりないです。
喉が痛くて、だるい、咳も出るから風邪かなと思っていると、咳がしつこく続くので、受診して診断されるというパターンが多いです。最近、簡便で精度の高い検査法が保険適用になり、病名がはっきりする人が増えました。
咳が長引く場合、結核など別の病気が原因のこともありますので、2週間ぐらいを目安にして改善しない場合は受診した方がいいと思います。普通の風邪で咳が2週間以上続くことは珍しいです。
——重症化することもあるのですか?
幸い入院を要するほど重症化する人は少なく、歩き回ることができる程度には元気な人が多いです。極端に恐れる必要はないのですが、稀に若い人であっても重症化するケースもあります。あまり感染を広げない方がいいとは言えるでしょう。
——今回大きな流行になっているのはなぜでしょうね?
マイコプラズマは3〜7年のサイクルで流行を繰り返します。
今年は8年ぶりの流行で、新型コロナウイルスの流行で感染対策が厳しかった2020年から22年の間は他の感染症もそうですが、すっかりなりを潜めていました。
2023年ぐらいから世界中で新型コロナ対策が緩和されて、欧米やヨーロッパで先に増えていたので、日本にもそろそろ来るかなと思っていたら、今年流行したわけです。
大きな流行になっているのは、前回の流行から時間が経って、過去の感染で獲得した免疫が低下し、まだかかったことのない人も増えたことが一つの要因です。前回の流行とは違うタイプが流行っていることもあり、いつもより大きな流行になったと考えられています。
感染経路と予防法は?
——どんな経路で感染するのですか?
感染経路は飛沫感染と接触感染です。
咳が出て、飛んだしぶきを浴びたり吸い込んだりするのが飛沫感染です。
新型コロナやインフルエンザのように、感染者からやや離れたところに短時間滞在しただけでも感染しやすい感染症とは違って、家庭や保育園のように、長い時間、近くで頻繁に接したときにうつりやすい感染症です。
咳によるしぶきを出さないことが大事な感染対策となります。咳の出る人がマスクをつけると効果的です。咳をする人が周りにいそうだったら、マスクをつけておくこともある程度は感染を防いでくれるでしょう。
手洗いも、家に帰った時、職場についた時など、決まったタイミングでおこなった方がいいです。
感染させる期間、潜伏期間が長い厄介な感染症
——感染力はいつ頃から持ち始めるのでしょうか?
症状が出る2日〜1週間前から感染させることができますが、一番感染させやすい時期は咳などの症状が現れたときです。
厄介なのは、人にうつすことができる期間(感染可能期間)が4〜6週間と長く続くことです。
もう一つ厄介なのは、潜伏期間が長いことです。感染してから2〜3週間で発症するとされています。
人は2〜3週間前のことをなかなか覚えていないですよね?
身近にいる人がマイコプラズマと診断されたら、自分が発症したときにマイコプラズマを疑って周囲に感染させないような行動をとれますが、そうでなければ、2〜3週間前のことを思い出して感染源を特定したり、自分の症状からマイコプラズマをすぐに疑ったりすることは難しいでしょう。
——最近、学校で流行ると学級閉鎖や学年閉鎖も行われています。それだけ感染可能期間や潜伏期間が長いと、あまり効果的ではなさそうですね。
そうですね。感染可能期間と潜伏期間が短いインフルエンザやウイルス性胃腸炎は、伝播のサイクルが短いので制御しやすいのですが、どちらも長いマイコプラズマはコントロールしにくい、厄介な感染症です。
医療従事者の院内感染もまれに起こることがあるのですが、感染可能期間が4〜6週間と長いからといって、軽症な人をそんな長く休ませるのは現実的ではありません。つらい症状が収まったら、マスクをつけて働くことになります。
潜伏期間も長いので、前の人の症状が治まりかけたころに、別の誰かが発症します。感染可能期間と潜伏期間が短い感染症なら、かかった人を一定期間休ませ、発症する可能性のある人には万が一発症しても広がらないよう対策を講じることで感染のサイクルを断ち切ることができるのですが、マイコプラズマはそれが困難です。伝播のサイクルが長いので、抑え込むのが難しい感染症です。
治療法は?マクロライド系抗菌薬
——どのように治療するのですか?
自然治癒することが多い感染症なので、抗菌薬は必須ではありませんが、必要と判断されるケースではマクロライド系の抗菌薬が第一選択として使用されます。
ただ、近年、このマクロライド系抗菌薬が効かない耐性菌が増えています。東アジアはもともとこの耐性菌が多い地域で、日本も2012年頃には80~90%と高かったのですが、最近は20~30%ぐらいに減ってきました。
効く抗菌薬が無いという危機的な状況ではありませんが、抗菌薬が処方されて、2~3日間飲んでも解熱しないような場合は、再度受診してみるとよいかもしれません。そうしたことがなければ、抗菌薬は取っておいたりせずに、飲み切って、耐性菌をこれ以上作らない努力をすることも重要です。
——子供に対しては使わない方がいい抗菌薬もあるようですね。
マクロライド系以外にもう2種類使えるものがありますが、子供に関しては副作用が出やすいものがあるため、注意が必要とされています。医師が抗菌薬の投与が必要と判断した場合は、保護者に説明しながら適切な薬を選ぶと思います。
感染を広げないためには? 咳エチケットを復活させて
——つらい症状がなくなったら学校や会社に出てもいいのでしょうか?
学校保健安全法で、急性期(重い症状が出ている期間)は出席停止となっていますが、停止期間は定められていません。症状が軽くなったら登校できるようになります。感染させる期間は休ませようとすると1ヶ月以上休ませなければならなくなり、現実的ではありません。
——感染させる時期に集団生活に戻る時、どんな感染予防策を取ったらいいのでしょうね?
咳が出ている間は、他のお子さんにうつす可能性があるのでマスクをした方がいいでしょう。ただ、給食やお弁当をみんなで食べる時に、一人だけ遠慮する子供もなかなかいないでしょうし、感染の機会はどうしても生じるでしょうね。コントロールは難しいと思います。
——コロナでの感染対策の議論で、学校でのマスク着用には反発も出ていますね。
積極的につけなさいと学校側から指示することは減ったと思いますが、通学途中にマスクをつけている子供たちはよく見かけます。
家庭の方針もあるでしょうけれども、咳が出ている時は、一緒に昼食を取るタイミングでもなければ、マスクをつけていた方が感染機会は減ると思います。
このあたりは「咳エチケット(咳やくしゃみによる飛沫が飛び散らないように防ぐ対策)」として、コロナ以前から長らく推奨されていた対策です。
ところが、新型コロナが5類になってから、それまでもが一気に吹っ飛んで無くなってしまったかのようです。コロナ以前から日常的な感染症対策としてやっていたことを、もう一度思い出すことが子供も大人も大事だと思います。
マイコプラズマに限らず、既に流行り始めているインフルエンザや、これから流行り始めるコロナもひっくるめて感染の機会を減らせるので、咳エチケットを忘れているなら、復活させたらいいなと思います。
(今冬のインフルエンザ、新型コロナ流行については続編で)
【坂本史衣(さかもと・ふみえ)】板橋中央総合病院院長補佐
聖路加看護大(現・聖路加国際大)卒、米コロンビア大公衆衛生大学院修了。Certification Board of Infection Control and Epidemiologyによる認定資格(CIC)取得。聖路加国際病院QIセンター感染管理室マネジャーを経て、2023年11月から現職。日本環境感染学会理事、厚生労働省 厚生科学審議会専門委員などを歴任。著書に『感染対策40の鉄則』『感染対策60のQ&A』(いずれも医学書院)、『泣く子も黙る感染対策』(中外医学社)など。
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