「正しいがん検診をすべての人に、そして経済的な理由で治療を諦めずに済むように」 がん患者になった専門家がこれだけは伝えたいこと

がん検診の専門家で、ステージ4の肺がんが見つかった医師、松田一夫さん。国のがん検診や治療体制について、患者になった医師の立場から伝えたいことを聞きました。
岩永直子 2025.07.25
誰でも

がん検診のスペシャリストで、この春、両肺や脳、背骨に転移したステージ4の肺がんが見つかった福井県健康管理協会、がん検診事業部長の松田一夫さん(69)。

自身ががん患者になった経験から、がん検診や高額療養費などの制度について、気づくことがたくさんあったという。

どんなことを伝えたいのだろうか?

自身の体験も踏まえて、これからのがん予防、治療制度に意見を言う松田一夫さん

自身の体験も踏まえて、これからのがん予防、治療制度に意見を言う松田一夫さん

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肺がん検診に対する考えは?

——これまでがん検診は定期的に受けていらしたのですよね。

もちろん年1回、受けていて、胸部X線写真は正面と側面から撮っていました。画像は必ず二人で読影しますが、うちの職場は私と大学の後輩医師(現所長)で読んでいたんです。今見ても、昨年の検診での写真では、がんがあるかどうかはわかりません。

——毎年きちんと受けていても早期に見つからなかったのは、仕方ないという受け止め方なのでしょうか?

こういうことは当然あるということでしょうね。胸のX線写真で全部わかるのかと言われるとそうではないと思います。ただ、私の場合のようにここまで進んで見つかるのも、そう多くはないだろうと思います。

普通なら、「ちょっとがんが大きくなってますね、でも、手術はできますよ」というステージで見つけられることが多いはずです。それでも「なんで私がこんなことに?」という思いはありません。それを恨むわけでもないし、そういうこともあるよねということを身をもって体験した感じです。

私たちが日本のがん検診のあり方を決めてきたと思っていますし、自分にこういうことがあったからといって、「胸部X線写真だけではダメだ。今すぐCTも取り入れなければ」と言うつもりもありません。

これまで、がん検診のあり方に関する検討会では「科学的根拠に基づくがん検診を」と散々言い、CTなどはまだ科学的根拠がないから導入しないと言ってきました。私に極めて進行した肺がんが見つかったからと言って、考え方は変わりません。これが現実だと捉えないといけません。

——がん検診の科学的根拠は、基本的に死亡率の減少効果ですよね?

そうです。がん検診を受けた人と受けていない人を比べて、これを受けた人が、受けていない人に比べて死亡率が減少すると確かめられたものです。肺がん検診でCTをもし導入するならば、誰が対象になるかと言えば、まずは喫煙者ではないかと思います。

私は過去に22歳から5年ぐらいタバコを吸った期間がありますが、禁煙してから40年以上吸っていないので、今後、CTが導入されるとしても、対象にはおそらくなりません。

「私が極めて進行した肺がん患者になったから、みなさんCTを受けましょう」なんて手のひらを返したようなことを言うつもりはさらさらありません。

個人の経験を、全体に当てはめるつもりはない

——よく若い女性で乳がんが見つかると、「若い人もマンモグラフィー検査を受けて」と呼びかけることがあります。もちろん遺伝性乳がん・卵巣がんなど若くしてがんになりやすい体質を持っている人は別ですが、検査には被曝などのリスクもありますし、結果通知による不安もあります。個人の経験をもとに根拠のない検診をみんなに呼びかけるのもまた問題がありますね。

よく比較対象になるのが子宮頸がんなのですが、子宮頸がんと比べると、30代後半の乳がんも罹患率が高いのですね。

だから対象年齢をどうするかという議論はあるのですが、それでも乳がんは他の内臓のがんと違い、自分で気づくことができる。しこりに触れることができますから。自己検診でも十分助かるので、これからマンモグラフィーによる乳がん検診はなくなる可能性だってあると思います。

それを踏まえても、20代からマンモグラフィー、場合によっては超音波検査をやらないといけないと、全体に広げるのはやはり違うと思います。

私は乳がん検診の話をする時、乳がんになる年齢を伝えています。乳がんになるのってどの年代が多いかご存じですか?

——40代から増えるのではないでしょうか?

今、一番罹患率が高いのは、70代です。年齢はどんどん上がっていて、40代、50代は確かに多いのですが、それよりも60代の方が多いし、さらに70代の方がもっと多い。80過ぎも増えています。他のがんに比べたら若くから見つかるのですが、閉経になったから大丈夫というわけではないこともきちんと伝えなければいけません。

また、乳がんは自分でも気づけるので、「最近胸を何で洗っていますか?」とよく聞いているんです。岩永さんは何で洗っていますか?

——タオルを使っていますが、石けんを手につけて自己チェックもしていますよ。

自己チェックは、最近あんまり勧めていないです。今は、手に石けんをつけて普通に洗ってくださいと言っています。それでおしまいです。

——がっちりとしたチェックまでは勧めていないのですね。

手で洗って、これはおかしいかなと思ったら、乳腺外科に行くことがすごく大事です。

ブレスト・アウェアネス(乳房を意識する生活習慣)」という言葉をよく使っていますが、私に言わせると、乳がんだけではないですよ。何か体調がおかしければ、受診して調べたほうがいいのは他のがんも一緒です。

私も今から思えば、首のリンパ節の腫れを軽く見ない方が良かった。がんの転移などあり得ないと思い込んだのが間違いでした。

——先生ほどのがん検診の専門家でも、「まさか自分が」と思ってしまうわけですから、一般人はなおさらそう思ってしまうでしょうね。

あの時はそう思ってしまったんですね。

鎖骨の上のリンパ節は転移が多いのですが、腹部超音波検査もしているし、大腸の内視鏡も何回もやったことあるし、胃のピロリ菌の除菌もして毎年胃の検診を受けている。だから、胃や大腸は大丈夫だし、糖尿病もないし、お腹のがんが転移したとは考えにくいよなと思っていました。

まさか肺がんとは思っていなかったのが、あの時点で気づけなかった要因でしょうね。

リンパ節の腫れに気づいた1月に病院に行っていたら、その後の結果がどうなっていたかはよくわかりません。

でも3月終わりや4月の初めは、健診施設は暇な時なので、休みも取れたし入院もできました。でも1月~3月初めには会議がたくさんですから、どう対処できたかわかりません。だから、今回の見つかり方で良かったのかなと思いますね。

高額療養費制度は重要

——先生は患者になってわかったことを発信したいとおっしゃっています。具体的にはどんなことを伝えたいですか?

治療費の問題はやはり大きいです。がん保険はすごく助けになりますので、いざという時の備えも重要ですね。しかし、こんなに進んだがんになるとは想像もしていなかったので、手術になったら保険金が出るような保険しか入っていませんでした。抗がん剤の治療費が保険では出ないのです。そういうものまでカバーできる保険も必要かなと今は思います。

それに関連して、今話題の高額療養費制度はとても重要です。

がん治療に使う薬剤は高いです。私が毎日服用している錠剤は1錠が3082.5円、2週間に1回点滴している薬剤は月に2回で103万700円。1か月で薬剤費だけでも112万円を超えます。

高額療養費制度を利用しても、私の収入だと最初の3ヶ月間は毎月26万円ぐらい支払っていました。4ヶ月目からは多数回該当(※)が適用され、14万円程度になりましたが、それでも毎月の自己負担額は相当高額です。しかも効果がある間は使用し続けるとなると、経済的負担はかなり大きいものです。

※直近12ヶ月で3回以上高額療養費の対象になった場合、4回目以降はさらに自己負担限度額が引き下げられ、多数該当の限度額が適用される特例制度。

幸い私は、現行の高額療養費制度の下でも治療は継続できますが、経済的に治療を続けるのを断念する人がいても不思議ではありません。私も1年4ヶ月前に定年退職したこともあり、収入は以前より減っています。この負担がずっと続くとなると大きいなと感じています。

手術や内視鏡治療で治る場合や、再発予防のための6ヶ月間の補助化学療法と違って、手術不能のステージ4のがん患者では、費用負担が極めて大きいことを今回、患者になって初めて知りました。

これまでの私の活動は、がん検診の体制整備に重点を置いていました。それに加えて、HPVワクチンや禁煙によるがん予防が重要であり、経済的に不安を感じることなく誰もが正しいがん治療を受けられる体制づくりが必要だと痛感しています。

今の高額療養費制度でも不十分ですし、自己負担金の引き上げは論外です。一方で、持続可能な医療体制をも考えなければなりません。

——国は医療制度を持続可能にする目的をうたって、制度を見直すと言っています。どんな見直しであれば受け入れられると思いますか?

最初の3回目ぐらいまでは上限を少し上げても仕方ないのかなという思いはあります。そこから多数回該当になって、4回目以降から減らして、7回目ぐらいからもっと長くなってきたら、上限をもっと下げてほしいと思います。

それだけ長く治療を続ける人はそんなに多くはないのですよ。回数が少ない人の方がはるかに多いので、そこは申し訳ないけれど、少し上げることを皆さんに許してもらえれば、制度にある程度の余裕が生まれます。

治療をしないと生きられないのに、負担が大きすぎて治療継続を諦めざるを得ない人たちに目を向けないのは非常に問題だと思います。

一つは私のように抗がん剤を長く使うがん患者。もう一つは自己免疫疾患の患者さんです。難病に指定されると負担は減って定額になったりしますが、高い負担が延々と続く人がいます。そういう人たちのことを我々は見ないふりをしてきたのではないかという反省があります。

がん検診に感じる課題

——がん検診に関する課題は感じていますか?

「日本の医療は世界最高だし、がん検診だってみんな真面目にやっている」とよく言われるのですが、正確な受診率さえ把握できていないのが日本です。検診を受けられない人たちもいるのに放置して、現状を変えようとしていない。そして「検診を受けないあなたが悪い」という考え方が根本的にあります。

大企業だと職場の健康診断にがん検診も含まれている場合が多いですが、小さな会社では健康診断でがん検診を受けられない人たちもいっぱいいます。それが問題だという意識が国にはないようです。

私がよく言ってきたのは、地域、職域を問わず、正しいがん検診をすべての人にということです。しかし、私が国の委員を務めた10何年前から、全く改善がされてない。

行政や省庁で変えられないなら、今回の高額療養費制度と同様に、政治家が超党派で変えていくしかないです。

——今回、一記者である私にも病状を知らせてくださったのはなぜですか?

それは、私が長く国のがん対策に関わってきたからです。

がん検診をみんなが受けられるようにしないといけない、そうすればがんで手遅れになるリスクが下がると散々言ってきました。それにもかかわらず、私がこんな進んだ状態で見つかったのは、がん検診の限界です。それも知らせなければいけないと思いました。

がん検診は万能ではないのだから、もっといい方法を探ることは必要ですが、本当にいいものが見つかった場合、みんなに提供できなければいけません。お金持ちだけが受ければいいという問題ではない。みんなに提供できる体制をぜひ作らないといけない。一方で、科学的根拠がない検診は、やっぱりやってはいけないとも知らせたい。

私は進行して見つかりましたが、その状況でもしっかりとした治療が受けられて、今のところはとても効いています。進行したがんでも、こんな治療ができるようになったということも知ってもらわないといけません。治療をしながら仕事だって普通に続けられています。

敵は手強い

——先生ががんを公表されて書かれた文章で気になったのは、「がん検診の専門家としてがん検診の推進を訴え、毎年胸部X線検査を受けていながらステージ4の肺がん患者となってしまったことを大変申し訳なく思う」と謝罪されていることです。がんになることは謝ることではないですよね?

それは、がん検診を完璧のように言っていたことは、申し訳ないという意味です。いわゆるステージ4というのは、かつては「手遅れ」という意味では使われていました。今は必ずしもそうではありませんが、私が勧めてきたがん検診はそんな状況になるのを防いでいたつもりなのに、そうとも言い切れなかったということが申し訳ない、という意味です。

だから同時に、「やっぱり敵は手強い」ということを改め知らせることもすごく大事なんじゃないかなと思っています。

私はみんなのためにがん検診を勧めてきて、国にも「もっとやる気を出せ」と責め、今のままでいいのかとも散々問いかけてきました。それでも、がんは一筋縄ではいかないということでしょうね。

だからこそ、もっといい方法を模索して研究を進めていくことは大事です。いいか悪いかまだ科学的にわからないものに飛びつくのも正しいやり方とは言えません。個人でそういうものを利用する人がいるのは自由ですが、政策として私たちが率先してそれを進めるのは間違いです。

——根拠のない治療法を勧める人は先生の周りにもいらっしゃいますか?

実は、私の同級生にもいるんです。いくらでも紹介するよと言われていますが、今のところそれを頼るつもりはありません。そういう治療に惹かれるのは、正しい情報が伝わってないということだと思います。

一方で、今は保険でカバーされていない新しい治療でも、治験に参加する方法はあると思います。「患者申出療養(※)」についても主治医とよくご相談ください。

※未承認薬など保険適用されていない薬を、患者の申し出に基づいて、安全性や有効性を確認しながら臨床試験として受けられるようにする制度。該当する治療は、原則患者の自己負担となるが、保険診療と併用することができる。

治療がうまくいかなくなったら、何かいい治療法がないのか、どこに行ったらそんな治療が受けられるのか、そういうことをよく説明を受けて判断することが大事なのだと思います。

藁にもすがる思いはわからなくもないです。でも私は今のところ、信頼できる後輩たちに治療を任せています。もちろん、彼らから治療法の提案があって、自分で納得した場合に受けるわけですが。

何より、ステージ4のがんでもそれなりにしっかり科学的根拠のある治療が受けられることを知ってもらいたい。根拠のある治療をお金の問題で受けられないのは、非常に問題です。何かしらカバーする手立てがなければいけません。

まずがん検診の現状を明らかに

——最後に伝えたいことはありますか?

がん検診は、100パーセントではないということを私は身をもって体験しました。それでも、治療はちゃんとできています。だから、どんな場合でも、きちんと主治医と相談をして、正しい治療をしてほしい。そうした科学的根拠のある治療を、お金がなくて受けられないなんてことがないようにしなければいけません。

がん検診は、今みたいに受けられる人、受けられない人がいて、どれだけの人が受けているか国が正確に把握していないことが延々と続くなんてことは許されません。

今、検診受診率は、国民生活基礎調査で出しています。市区町村で受けた検診と職場で受けた検診と、人間ドック、全て入っています。ただ自己申告による調査は非常に不確かです。そういうことを20年前から私は言っていますが、全然変わりません。

——どんな改善策がありますか?

正確に把握できるような仕組みを作るには、マイナンバーを使うしかないと思います。

マイナンバーには現在、特定健診と市区町村で受けたがん検診が紐づいています。私が自分の施設で受けたがん検診は一切マイナンバーには紐づいていません。

まずは、全体像や現状を把握する必要があるということに、おそらく誰も反論がないと思います。マイナンバーを使って全体像を把握し、みんなが受けられるような対策を立てていく。正確な受診率が不明で、他の先進諸国に比べて死亡率減少につながらない現状に大いに危機感を覚えています。

私の主張は「地域、職域を問わず、正しいがん検診をすべての人に」です。

その上で、がんが見つかればすべての人が適切な治療を受けられなければなりません。第4期がん対策推進基本計画のキャッチフレーズは、「誰一人取り残さない」です。経済的理由で治療を続けられない状況は改善が必要です。

ぜひ、がんを他人事とせず、自分の事と考えていただきたいと思います。今のままでは、自分ががんになった時に適切ながん治療を受けられないかもしれません。国民が声を上げて日本のがん予防・治療体制を変えなければなりません。

(終わり)

【松田一夫(まつだ・かずお)】福井県健康管理協会 がん検診事業部長

1981年、自治医科大学医学部卒業。福井県立病院での研修、県内の病院に勤務。1990年からの市立敦賀病院外科勤務を経て、1994年より福井県民健康センターに赴任。2000年4月より同センター所長(2022年3月退任)。2011年4月からのがん検診事業部長は定年退職後の嘱託となった今も継続している。

長年、がん検診の精度管理や受診率向上について研究を続け、厚労省のがん対策推進協議会委員、がん検診のあり方に関する検討会構成員を務めた。

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