アダルトビデオで性を学んできた大人も学び直す必要性 子供たちのSOSを受け取れるように
相次ぐ芸能人の性暴力事件に対し、芸能人側をかばう声や、何が悪いのかわからずに戸惑う声が後を絶たない。
そんな中高年世代を尻目に、子供たちに対して「性的同意」が大事だということを伝え始めている性教育。
どんな課題があるのか、前編に引き続き性教育の専門家で埼玉医科大学医療人育成支援センター・地域医学推進センターで働く産婦人科医の高橋幸子さんに取材した。

性的同意について子供達に教えている性教育の専門家、サッコ先生こと高橋幸子さん(撮影・岩永直子)
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
嫌よ嫌よはやはり嫌
——日本では「嫌よ嫌よも好きのうち」が浸透していますね。
そうなんです。中学生から高校生に対しては、「YES means YES(いいよだけが同意を意味する)」、つまりYES以外は全てNOだということを徹底して教えています。
——嫌よ嫌よは本当に嫌なんですよね。それを「本当は喜んでいるんだろう」と勘違いするから、トラブルになる。
そうです。言葉で同意していないものは同意ではない。お互いに積極的にYESと言った時が同意なんだよと伝えています。これは思いやりの話ではなく、人権の話なんですよという話も最近はしていますね。

高橋幸子さん提供
特別な触れ合い(性的なコミュニケーション)に入る前には、一人ひとり自分の意見を持って、このスライドで示したようなそれぞれのチェック項目に同意するかどうか話してからでないといけないとも話しています。
子供たちはこうしたことを習っていません。だからちゃんと学ばなければ、性行為に進むべきではありません。
性行為についてもさらっと話せばなんてことはないのに、大人たちは「聞かれたらどうしよう」と戦々恐々としています。精子や卵子がどれぐらいの時間妊娠する力を持っているのか、避妊方法など、科学的なことを知っていれば、色々な不安も減るということも教えています。
デートDVについて知る資材も
デートDVについては「デートDVチェッカー」や「暴力定規」というものですが、チェックする資材があります。性教育に携わる人は、セイシルという性教育サイトから、ダウンロードできます。

セイシル
黄緑が良いコミュニケーション、黄色から赤に行くにつれて暴力に変わっていくというものです。例えば、「機嫌が悪くなると無視する」「あなたのことをバカにする」「あなたの行動を束縛する」は黄色信号。殴る蹴るではないけれど、こういうのも暴力に当たるよと気づいてもらうためのものです。
赤まで行くと、自分だけでは解決しないから、周りにSOSを出さなければならないレベルです。
「気に入らないことがあるとキレる」「ポルノ動画を見るよう強要する」「セックスを強要する」などが赤信号ですね。
これを紹介すると大人からも「自分の家庭環境を見直して、ヒヤッとします」という感想が聞かれます。これも大人が使ってもいいものだと思います。
アダルトビデオでセックスを学ぶ前に
——私ぐらいの年齢だと、特に男の子はアダルトビデオでセックスを学んでいました。まさに「嫌よ嫌よも好きのうち」がてんこ盛りの内容で、レイプさえも女性が喜んでいるかのような誤った描写が盛り込まれています。
はい。レイプなんて犯罪ですし、多くは女性が被害側で、モノとして扱われ、最初は嫌がっていても、最終的には楽しそうにしている。嫌がっている、傷ついている感じでは終わらない。だから見ている人も、無理やりセックスをして嫌がっている瞬間があったとしても、行為を続けていれば相手も最後には楽しくなるのだろうと誤解している節があります。
——そういうものでばかりセックスを学んできた人に正確な情報を教えたとしても、頭や心にしっかり入るでしょうか?
だからそういうアダルトビデオなどで見せられる嘘の世界が頭に定着してしまう前に、「あなたの体はあなたのもの」ということを教え込まなければいけません。同時に、あなたの体が大事なように、他の人の体も大事なんだよということを、性行為を始める前に伝えなければいけないのです。
本来、性教育に限らず、通常の教育の中で教えられていることのはずなのですが、性に関することになると、なぜかそうなってはいないのが現実ですね。
——そういう強烈なアダルトコンテンツをファンタジーとして楽しむならいいですが、自分の体は自分のもので、その扱いは自分が決めていいということを学ぶ前にどっぷり浸かるのはある意味、危険な感覚を身につけることになりかねませんね。
中学生や高校生向けに言うのは、「アダルトビデオは18歳以上の分別ある大人のためのものなんですよ。主に男性側の『こうだったらいいな』という妄想に基づいて作られている世界なんですよ」と伝えています。
今の子供は一人1台スマホやタブレットを与えられていて、見ようと思えば見られるような環境にさらされています。みんなの目に入ってきた時に、どこまでが本当の描写で、どこまでが妄想なのか、線引きがわからないのに目にしている状況です。
これが正解という動画はありません。「じゃあどうしたらいいの?」とよく聞かれるのですが、「目の前の相手に聞くしかないんだよ」と伝えます。
お互いの積極的な「YES」で行為をスタートしたとしても、途中で怖くなった、痛くなった、やっぱりストップしたいと思ったらそれを言って、聞いた方もそれを受け止める。目の前の相手が言うことに耳を傾けることが大事なんだよ、と伝えています。
大人がまず先に学ぶ必要性
——こういうコンテンツにどっぷり浸かってきた大人が教えられるでしょうか?まず教える側の大人が性教育を受けた方がいいような気がします。
そうなんです。教えるのもそうですが、性被害を訴えられた時、大人がSOSを受け止める準備をしておかなければいけません。

高橋幸子さん提供
性犯罪についての刑法の改正も大人は知らない人が多いです。強姦罪が2017年に強制性交等罪になり、2023年に不同意性交等罪に改訂されました。不同意性交等罪が適用される暴行や脅迫の内容の例が明文化され、被害者の同意がない状態で行われる性交が対象になりました。

高橋幸子さん提供
16歳未満に対し、脅したり嘘をついたり、金銭や物を渡したりしてわいせつ目的で会ったり、性的な画像を送るよう要求したりする「面会要求等の罪」も新設されました。性交同意年齢も13歳未満から16歳未満に引き上げられ、わいせつな画像を撮影したり、第三者に提供したりする行為を処罰する条項も作られました。
子供のSOSを的確に受け止めるためにも、こういう変化を大人がまず知らなくてはいけませんね。
厚生労働省科学研究班(荒田班)で作成された「まるっとまなブックレベル4」に刑法改正についてまとめられたページがあります。
ただ、刑法から入ると「法律で禁じられているからダメです!」という問題に矮小化されてしまいます。
自分で性について考えられるようになり、性的な欲求を誰かの体を使って解消するのではなくて、自分自身でコントロールできるようになることが思春期にはとても大事です。
世界標準では、選択肢を知るのが中学生、それを自分で選び取って自分の人生を掴み取っていくのが高校生です。
また、性的に気持ちよくなることは恥ずかしいことやいけないことではなくて、とても自然なことで、その仕組みをちゃんと知っていることが自分と相手を守ることにつながることなどを高校生では学びます。高校生では、自分で自分の人生をつかみ取れるようになることが目標なんです。
世界標準では、選択肢を知るのが中学生、それを自分で選び取って自分の人生を掴み取っていくのが高校生です。
それに対して、日本の性教育はセックスや避妊の話が高校生で初登場。理由は「中学生はセックスをしないから」だそうです。5%はしているという調査があるにもかかわらずです。20人に一人ですから多いですよ。無視していい数字ではありません。
おかしな知識をはじくことができる正しい共通認識を
——人は自分の心身や人生を大切にする権利があり、性はそれを豊かにし得るという視点から性教育を進めることが必要ですね。
そうなんですが、性に関すること以前に、「あなたの体はあなたのもので、あなたはとても大事な存在なんだよ」というふうに育ててもらっていない子供がいます。虐待を受けている子です。
その子たちに「あなたは大事な存在だよ」と言っても、たぶん届きません。自分が大事にされた感覚がないと、人を大事にする感覚もわからない。それを考えると、虐待環境下で育っている子供たちをいかに早く救い出して、大事にされる環境で育つことができるように働きかけることも大事です。
——その上で、性を前向きに捉えられるような教育になるといいですよね。
命が生まれてくるとても大切な仕組みであることは間違いありません。そこを隠す必要はないと思います。むしろそうやって一人ひとりの命がこの世の中にやってきたんだとお互いに知ることが、お互いを大事にすることにつながると思います。
——性暴力やエロばかりのアダルト動画に先に触れるのではなく、そちらからまず頭に入れてほしいですね。
歪んだ情報はどうせ入ってきますから、それと出会ったときに「学校で習ったことと違うな。おかしいな」とはじくことができるように、先に学校で正しい知識を伝えてあげてほしい。学校で習ったことはちゃんとしたことだと、みんなが共通認識として持てるのも学校教育のメリットです。
——家庭だと伝える内容も質もバラバラになりますよね。
しかも家庭の価値観によって、一般的でないことを学ぶ恐れもあります。学校ができることは、先に正しい知識を持たせて、歪んだ情報をはじくことができるようにしてあげることと、みんなに共通認識を持たせることです。大人になってもとても大事なことですので、性教育という教科を作ってほしいぐらいです。
傍観者にならないためにどうする?
——「生命の安全教育」の目標の一つ、傍観者にならないというのはどのように教えたらいいのでしょうね。
能登半島地震が起きた時に、避難所で性被害が多発するので、「一人でトイレに行かないで。被害に遭うから」という文言が拡散されたんです。
でも私たちのように性教育をやっている者は、被害を受ける人だけに注意しようねというのではなくて、加害者に加害者になるなという呼びかけも必要だし、周りの人ができることを呼びかけるポスターを作ろうという話になったんです。
そこで作ったポスターがこれです。

性教育コミュニティ「kokoro color」
性暴力に関して周りの人ができる5つのDというものがあって、それを紹介しています。 大きい音などを出して「Distract(加害者の注意をそらす)」、「Delegate(他の誰かに助けを求める)」、「Document(写真や記録など証拠を残す)」、「Delay(時間をおいて被害者に話しかける)」、自分の安全を確保しながらですが「Direct(現場に直接介入する)」です。
そうやって周りの人もできることがあると知ることが、社会を変えることにつながります。
性教育の現場では傍観者にならないという部分の教育は、遅れていますね。
次の世代に被害を受け継がせないために
——今回、著名な芸能人でこうした性暴力の問題が指摘されたことは、日本人の意識に影響を与えそうでしょうか?芸能人側を擁護するような人がいなくなるまで、こうした問題が繰り返されると思うとゾッとします。
みんなの人気者が袋叩きになっているのを見ている人たちは、あ!今までの自分はまずかったなと気づき始めているはずです。少なくとも「これをやったらいけないかもしれないな」と意識させる抑止力にはなってほしい。
あれは芸能人だからと思わないで、一人ひとりが「自分は大丈夫かな?」「人を傷つけていないかな?」と自分を振り返るきっかけにしてほしいですね。
これまでの社会で気兼ねなく生きてきて困っていなかったという男性たちも、実は色々な人の犠牲の上に成り立ってきていたのだ、と気付くべきです。犠牲になってきた側が「これは嫌ですよ」、と言えるようになってきた時に、「自分たち別に困っていないんだけど」と言い続けるのは、横暴です。
それに気がつく人と気がつかない人がいて、気がつかない人は早くこの社会から退場していただきたいですね。
——私もセクハラが横行していたおじさん企業で、軽く受け流したり、笑ってごまかしたりすることで次世代にこの問題を受け継がせてしまった負い目があります。
私も若い頃、痴漢の被害を受けた時、親にも言わなかったし、仕方ないことなのかと思って嫌だとも言わないできました。それが30年後に今の若い人たちにそのまま引き継がれてしまう一因になっているのかもしれません。
年をとって、そういうのは嫌なんだと声をあげられるくらい図太くなった私たちが今こそ言えることです。30年前に見過ごしてしまったことを、今、言わなければいけないと思っています。
(終わり)
【高橋幸子(たかはし・さちこ)】埼玉医科大学医療人育成支援センター・地域医学推進センター勤務/産婦人科医
性教育がやりたくて産婦人科医になった。年間180回以上の性教育の講演会を、全国の小中高校で行なっている。NHK「あさイチ」「NHK for school キキとカンリ」「ハートネットTV」など様々なメディアに出演。性教育サイトの監修。性教育関連の書籍の監修を手掛け、性教育の普及や啓発に尽力している。主な著書に『サッコ先生と!からだこころ研究所 小学生と考える『性ってなに?』(リトルモア)、『12歳までに知っておきたい 男の子とのためのおうちでできる性教育』(日本文芸社)がある。
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
すでに登録済みの方は こちら
提携媒体
コラボ実績
提携媒体・コラボ実績

