「迷った時に生命維持治療を始めやすくなる」 救急医がTLT(期限を決めた治療の試行)に込めた願い
救急医療を担う4学会が策定中の「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」に患者から懸念が示されている問題。
作成した委員の一人で、日本救急医学会の「救急医療における終末期医療のあり方に関する委員会」委員長でもある名古屋市立大学救急科主任教授の舩越拓さん(46)に、前回に引き続き、医療現場の考えを答えてもらう。
なお、このインタビューは組織を代表せず、個人の救急医としての立場で答えることを条件に受けてもらった。
3回連載の2回目。

ICUのベッドの脇で
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思い描いてきた未来が急に変わったショックを受容する時間は取れるのか?
——正直、心ある先生方のことはみんな心配していないんです。でも優生思想を持っている医師も中にはいて、そういう人に治療の差し控えや中止の言い訳として使われてしまうことを心配しています。
受けたい医療は受けられると同時に、受けたくない医療は受けないで済む権利が患者さんにはあると思うんです。治療って、患者さんにとってはすべからく負担ですよね。どんな治療であっても、侵襲的だと思います。ただ、良くなるためにその負担を頑張って引き受けている。
だとしたら、受けたくない治療を受けなくて済む権利も守るべきだと思うんです。そうした時に、患者さん自身が望まない姿、なりたくない状態になっても治療が継続されてしまうのは、患者さんにとっておかしなことです。
やっぱりそのような状況はなくしたいし、ガイドラインの根底の狙いはそこにあると思います。
ただ、皆さんが問題視してるのは、受けたい治療を受けさせてもらえない人たちが出てきてしまうのではないかということですね。しかも受けたいかどうか自分でもわかってない、そのような治療の選択肢の詳しい情報提供は受けていないことが多いということですよね?
——もっと言えば、救急や集中治療の現場は、それまで元気だったのに急に危険な状態になって運ばれてくる人が多いわけです。自分の思い描いていた未来がガラッと変われば、それを受け入れるまでの時間はある程度かかるはずです。その時間がないままにバタバタと大事な決断をしなければいけない。先生も患者さんから「死にたい」と言われたことがたくさんあると思います。
そうですね。何度もあります。
——だけど、「死にたい」という言葉は、そのまま受け止めていいかというとそうではなく、「死にたいほど辛いから、助けてほしい」という心の叫びの場合もある。それを考えずに、「患者さんはこのような状態になったら生きていても仕方ない。死にたいと言ってたから、意思を示している。じゃあ治療をやめましょう」と単純に解釈されると困るわけです。そこはもう少し障害受容までの時間とか、思い描いてた人生とは違う道筋が急に現れた時のショックを受け止めるだけの時間が患者にも家族にも必要です。その時、重い未来ばかりを医療者から説明されたとしたら絶望しか生まれないわけですが、家に帰って介護を受けながら生きている人もいるよと別の選択肢の説明を受けたら、もしかしたら生きる希望が湧いてくるかもしれない。そのような様々な選択肢の説明や十分な時間が患者さんやご家族に与えられているのかは、すごく大きな懸念点です。
それはおっしゃる通りですが、このガイドラインのせいでそれが難しくなるという解釈はしにくいですね。
ガイドラインの根幹としては、1人で判断しないことが掲げられています。多職種で話し合いましょうとなっている。そこに対立が生じている場合は、然るべき倫理委員会や会議体にちゃんとかける。
「川崎協同病院事件(※)」もそうですが、1人で判断して1人だけで実行することは明らかに不適切なので、ガイドラインでもそれは戒めています。
※医師が患者の気管内チューブを抜いた後に、患者が苦しむような呼吸を始めたため、筋弛緩剤を投与して死亡させ、殺人罪に問われた事件。懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決が確定した。
ちゃんと多職種で話し合い、多職種で決めなさいと言っていて、それでも対立が解消されないなら、倫理委員会などにはかりましょうと書いています。
でも、病院の中で、集団として一つの価値観に染まってしまった時に、全て悪い方向に行ってしまったらどうしようもないでしょうね。でもそうなったとしても、それはガイドラインが原因でしょうか?そうではないような気がします。
——確かに、そのあたりはこのガイドラインがあろうがなかろうが、そんな病院に運ばれてしまったのが運の尽きとしか言いようがないかもしれません。
ガイドラインによってそうした問題が顕在化するかどうか。ガイドラインが、性善説に立っているだけなのかもしれないですけどね。
ただ、色々と課題はあると思います。
コミュニケーションの問題はやはりあります。ちゃんと本人の価値観を聞いて、それをもとに判断できるか。自分の価値観の押し付けじゃないのか。そういうことができるよう、ある程度ちゃんとコミュニケーションのトレーニングを受けましょうと書いてあります。
このガイドラインを読んだからすぐできるかといえば、やはり最善の医療を模索するための現場のジレンマは多くなるかもしれません。本当に、その選択は、患者さんの希望に沿ったものなのか。医療者は、そこには、しっかり自覚的であるべきとは思いますね。
救急医が特定の患者に抱くネガティブな感情の問題
——「推定意思」と言いますが、患者の意思も家族の意思も、状況が変わるにつれ変わっていくものだということを、どれほどの医療者が意識しているかも気になります。あの時は「死にたい」と言っていても、状況が変わればその気持ちが変わることなんていくらでもあります。
例えば「死にたい」と言う自殺未遂者はよくいるわけですから、例えば、「搬送される前に死にたいと言って首を切っていたので、何も縫わないでおきましょう」なんていう医者は、少なくともまともな救急医にはいないですよね。
だけど、「そういう医者もいるんじゃないか」と問われたら、わからないです。いるかもしれません。
——私の取材経験でも、たとえば自殺未遂を何度も繰り返している患者さんとか、薬物のオーバードーズを繰り返して救急で運ばれてくる患者さんに陰性感情(ネガティブな感情)を抱いている医療者はものすごく多いと患者さんから聞いています。
確かにいわゆる過量内服とかアルコール中毒とかで運ばれてくる患者さんに刻まれているスティグマはすごく問題だと僕も思います。
でもそれはまた別の問題というか、このガイドラインから離れて、ソーシャルジャスティス(社会正義)として、救急医療の存在とか役割を考えていかなければなりません。その役割が救急医にうまく伝えられていないし、トレーニングされていないことは私も非常によく感じます。
また構造的な問題もあります。一次・二次救急と三次救急の境界は近年曖昧になっていて、重症ではない患者を診る機会が増えて、診たくない患者を診なければならなくなっている、という捉え方をしている救急医は少なからずいます。
そこで「面倒くさいな」となってしまう人は結構多い。そういう人たちの心持ちをどう変えていくかは、学会や救急医の集団が意識していかなくてはなりません。
ただそういう医師も最初からそうではなかったと思うんです。いわゆる無力感に陥っているんですよね。一生懸命対処しても繰り返し受診することになってしまうとか、夜間に繋ぐことができる社会的リソースが全くないとかいう状況で、孤軍奮闘している気持ちになってしまう。
行政も原則的に9時5時でしかつながらないですからね。夜間になると医療機関だけで対応せざるを得ない。そうした時に「俺たちに全部押し付けられている」という感覚があるし、どれだけ頑張っても解決できない無力感がある。
だからその無力感や、そこから来る陰性感情の問題は、医療全体、社会全体で考えなくてはならないでしょうね。ソーシャルワーカーが配備されているのか、行政の窓口はいつでも繋がるようになっているのか。すべて医療で解決できるものではないんです。特に夜間は、医療の外側とのつながりがなさすぎます。
そういうところをきちんと整備しておかないと、現場の医者は陰性感情を抱くようになる。スターウォーズのダースベイダーも最初はああではなかった。でも世の中の不条理に翻弄されて、ダークサイドに転げ落ちてしまったのと似ている気がします。
——ダークサイドに落ちないようにするにはどうしたらいいのでしょうね?個人の倫理観には頼れないですよね。
個人の倫理観だけに頼ることは難しいです。もちろん過重労働など、組織要因はあるにしても、救急に運ばれてくる人を支えていこうという社会的リソースの少なさは問題だと思います。そういう人たちは往々にして、家族や社会とのつながりが乏しい。行政やNPOの出番なのでしょうけれども、それが全てカバーできるかといえばそうではない。難しいところだと思います。
一定の価値観が身についた医療者に言い訳に使われないか?
——特定の患者に陰性感情を抱かせる構造的な問題に対処しなければならないのはわかります。それでも、医師に一定の価値観が染み付いてしまった後に、終末期の定義がなくなったり、「Time Limited Trial(TLT)(期限を決めた治療の試行)」が導入されたりすることで、とりあえずの治療の試行が終わればすぐに止めてしまい、「この人はもう救う必要はないだろう」という方向に誘導しやすくなってしまうことを心配しています。待つことをしなくなるのではないかという懸念です。医療チームの中でどうしても医師の声は大きい。薬物のオーバードーズや自殺未遂で運ばれる人へ冷たい態度を取る医療者の話を聞くことが多いので、そういう人に悪用されてしまわないか心配しています。
そうですよね。でも、繰り返しになりますが、このガイドラインは逆にそういう医師が必要な治療を差し控えないようにすることを目指しています。
「もう高齢だからやらなくていいだろう」とか、「何度も繰り返しているからもう亡くなってもいいだろう」という医師は、「一度生命維持治療を始めたらやめられませんので、やらないでおきましょう」と話していそうな気がします。
そういう人は使命感に燃えて、心臓が止まるまで必死に治療をしているでしょうか?
僕はそれにはとても懐疑的で、むしろ「いったん生命維持治療を始めたらとやめられませんよ」ということを言い訳にして、本当に必要な治療が開始されていない世界線の方がよほど問題だと思います。そしてそちらの方が現状では多数派なのではないかと思います。
だからこのガイドラインは、本来は受けた方がいい治療を受けられていない人が多い現状を心配しています。
まず治療を始めてみて、やっぱりダメだったねとなったら止めることができるようになると、最初から「やめておきましょう」と言われて治療されなかった人たちが、「ちょっとやってみてから考えましょう」という方向になるんじゃないかという期待を持っているわけです。
でもおっしゃる通り、強い信念を持っている医師が「もう治療をやめる」と決めた時に、このガイドラインを根拠に押し切られてしまう人が出てきてしまうかもしれない懸念は非常によくわかります。
迷った時に開始しやすくするのが今回のガイドライン
——ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんもそのあたりを懸念されています。そもそも7割程度しか人工呼吸器をつけていない状況なのが、さらにつけなくなるのではないかと。
僕もALSの患者さんを診たことがあります。でもこのガイドラインができることによって、医者が「あなたにとっては人工呼吸器をつけるのは意味がないですよ」と言い出すようになるでしょうか?僕はそこにすごく違和感を覚えます。
——「人工呼吸器をつける・つけない」は基本的には普段診ている神経内科の先生と話し合っていると思います。ただ、まだ決めていない段階で、急に呼吸困難になって救急に運ばれた時は、救急の先生との話し合いで判断しなければならないかもしれません。その時、「ALSになったら全身が動かなくなって、もしかしたら意思疎通もできなくなるかもしれない。家族にも介護の負担がかかるかもしれないから、人工呼吸器はつけない方がいい」と説得する先生もいるかもしれないなとは思います。自宅で重度訪問介護制度を使って生活している人の知識や情報がそのお医者さんにないとしたら、なおさらその方向に流れそうな気がします。
でもこのガイドラインは、そういう方向性を推奨はしていないですよね。むしろ、「まったく見通しが立たないならとりあえずつけてみようか、止めるかどうかは後から考えればいいよね」という考えだと思います。
——そういうことがこの中に書いてあるといいですよね。見通しがわからないのであれば、とりあえずつけて後からどうするかじっくり考えようという方向性が書かれていれば、今回懸念を示している人たちも、もう少し安心するのかもしれません。
それはまさにTLTのところに書いてあると思うのですが、書いていませんか?
——TLTのところで書かれているのは、まずはその治療が効果を示すかどうかを期限をつけて確認するという書きぶりですよね。期限が決められていることで、それ以上は待つことがなくなるのではないかと懸念されています。
TLTはまさに、患者が、医師が、医療的にどうなるのかわからない。その時はとりあえずやってみて、それで患者が例えば良くなってきて、もう呼吸器いらんとなったら外せばいいわけですよね。
でも今はいったんつけちゃったら外せませんとなっていて、「なんでつけちゃったんですか?」と言われても、「もうつけちゃったんで、外せません」と答える形になっています。そして、外したいのにこの状態がずっと続くというのが、今の問題ですよね。
——だからとりあえずつけてみることが、従来のガイドラインよりやりやすくなるんだというのが先生の見解ですよね?
そうです。だから迷った時に開始しやすくするのが今回のガイドラインです。逃げ口があるから。それがTLTの根幹だと思います。
——どちらかというと、時間を決めて試して、時間が来たら治療終了としやすくなると受け止められている気がします。先生は、そこは誤解されているのではないかと思っているんですね?
そうですね。そこはうまく伝わっていないかもしれません。
先生がALSの人の呼吸器を中止した経験
あとはALSの人も、それぞれ大事にしていることがあると思うのですね。
僕の診た患者さんで、人工呼吸器をつけていて、パソコンで趣味の活動ができるぐらい元気な方がいらしたんです。
その人がある日、意識が悪くなったので、家族が心配して救急搬送されました。脳の画像を撮ったら、脳出血を起こしていました。意識はなく、治療をしても目を覚まさなかったんです。
家族は呼吸器をつけるときに散々議論していて、その時は、コミュニケーションも取れたし、呼吸器をつけていれば趣味も続けられるということを大事に思ってつけたそうなんです。
だけど今脳出血を起こして、意識がなくなった時に、呼吸器がただ生命を維持する治療になっている。この人はそういうことを目的につけたわけではないじゃない。脳出血がひどくて治療してももう目を覚まさないなら、もう外してほしい——。
そんな風に家族に言われました。私は然るべき手続きをとった上で、それが患者の意思だろうということで外して亡くなりました。本人の価値観がはっきりしていましたから。
——それはそれでいいと思うのですよね。
でも、それが今、できる施設はどのくらいあるでしょうか。
——でもそれは医師の躊躇というか、病院の倫理委員会とか、医療安全担当の部署からストップがかかるからですよね?
ストップもかかる施設もあるでしょうし、個人の考えもあるかもしれません。よく言われるように、一回つけた呼吸器は外せないと考えられていることもあるからです。機械さえ動かしていたら、生命は維持できますから終末期という解釈もされにくいです。
だけど本人がなりたくない状況になってしまって、それを家族もしっかりと理解しているのに、病院によっては呼吸器を取れないままだったかもしれません。それって本当に患者さん中心の医療なんでしょうか?
ALSの人も、このような脳出血を起こした時に、意識のないまま「もう呼吸器は取れません」となって生き続けることが、本人の望むべき状態なのか。そこは難しいと思います。
——ただ、その患者さんは実際、ガイドラインができるまえに止めたわけですし、新しいガイドラインがなくてもできたことなんですよね。
本来はできるけど、一般的と言えるほどやられていないわけです。
——それは本来中止もできることも理解されていないからですよね。
前のガイドラインでも今回のガイドラインでもできることをガイドラインそのものが広げているわけではありません。
しかし旧ガイドラインは終末期が狭義で捉えられたことが多かったが故に広まらなかった。だから終末期を「亡くなるまで2〜3日」と狭義に捉えるものが旧ガイドラインだったと認識するなら、この脳出血を起こしたALSの患者さんも呼吸器を取ることはできないかもしれません。そこが問題なんです。
だから、今回は終末期の定義をあえてしないことにして、終末期をもっと広く捉えられるようにしています。
——そうすれば、呼吸器をつけたら命だけはずっと続くはずのこのALSの患者さんも、本人が望むような療養生活が送れなくなったということで外しやすくなると。そしてそれは本人も家族も望んでいない生き方をさせなくて済むということで倫理的な判断なのだというのが、ガイドラインを作成した先生たちの考え方なんだよと。
そういうことです。
(続く)
【舩越拓(ふなこし・ひらく)】名古屋市立大学病院 救命救急センター長、同大医学研究科先進救急災害医学主任教授
2005年、千葉大学医学部卒業。千葉大学総合診療部、国保旭中央病院を経て、2012年3月から東京ベイ浦安市川医療センター救急科。2017年、東京ベイ・浦安市川医療センター救急集中治療科(救急外来部門)部長、放射線科(IVR部門)部長に就任。2025年11月より、現職。日本救急医学会「救急医療における終末期医療のあり方に関する委員会」委員長。「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」作成委員。
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