「生」を諦めるべきじゃない、と伝えたい 当事者になったからこそ、これからも社会にもの申す  

ALSになった弁護士、西村武彦さん。支援する側から、支援される側になり、自分ごとになったからこそ、これからも声を上げ続けると誓います。
岩永直子 2025.09.16
誰でも

障害者を支援する活動を続け、昨年8月、自身がALS(※筋萎縮性側索硬化症)の診断を受けた弁護士、西村武彦さん(69)。

数々の障害者に対する差別と闘ってきた西村さんが、今度は障害当事者の一人としてどう生きようと思っているのか。

ロングインタビュー第3弾。

※手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだん動かなくなっていく進行性の神経難病。治療法がまだ見つかっていないが、人工呼吸器や胃に開けた穴から栄養を補給する胃ろうなどを作って長く生きられるようになった。体が動かなくなっても感覚や内臓機能などは保たれる。

札幌市内の事務所で(撮影・岩永直子)

札幌市内の事務所で(撮影・岩永直子)

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人工呼吸器をつけて生きる意思は固まっている

ALSは全身の様々な筋肉が動かせなくなっていく進行性の難病だ。呼吸するための筋肉も働かなくなるため、人工呼吸器をつけて生きるかどうかが、その後、長く生きるために重要な判断となる。

「リビングウィル(事前指示書)はもう書いていて、今のところ、自分としては呼吸する力がなくなってきたら人工呼吸器をつけていく。そして、できるだけ長い時間ヘルパーを入れて生活する。今自宅のある小樽市はヘルパーがあまりいないから、別の場所で介護を受ける予定です」

「呼吸器はつけてしまったら外せない。外したら、別の事件が起きてしまう。リビングウィルには他にも、他の病気、がんなどで治療ができなくなったら、特別な延命処置はしなくていいとも書きました。そこで戦うつもりはないからね」

弁護士として、障害のある人が24時間の公的介護を受けられるよう、役所と交渉した経験は豊富にある。今後、自身が全面的に介助を受けるのが必要になったら、できる限り、公的な介助を利用しようと思っている。

「精神的支柱としてはまゆみさん(妻)が中心にいるに決まってるけど、可能な限り福祉を使ってまゆみさんは自分のために時間を使ってほしい。彼女が自分のことをやりたいのに、僕のために我慢することになればきっとストレスになる。人間だからね。だから早めにヘルパーさんを入れて、身体的な介護は福祉に分散できたらいいかなと思います」

学生時代から障害のある人の介護に携わってきたから、自分が介護を受けることにも抵抗はない。

「僕は、他人のおちんちんをつまんで尿瓶に入れることも、お風呂に入れることも、体を拭いてあげることも、歯磨きも、うんちを拭くことも経験済みなので、何をやられるか知っています。だから、介護を受けることは、もうなんとも思ってません。心配はしていませんよ」

「完全閉じ込め状態」に対する考え

ALSになった人が最も恐れるのは、まぶたや眼球の動きまでが止まって、意識があるのに伝達できない「完全閉じ込め状態(Totally Locked-in State、TLS)」になることだ。

「まずは視線入力の機械を間もなく買うつもりで、3月頃にすでに練習もさせてもらいました。問題は目がだんだん動かなくなることですが、そうなるとまさに閉じ込め状態になります。そうなった時には、一応、好きな音楽を聞かせてくれとは言っているけれど、自分から発信のしようはない」

「期待しているのは、今の科学が進んで、少しでも神経が反応したら足が動くロボットウェアが開発されたり、脳波で自分の意思を伝えられたりするようになることです。そんな実験をしている人もいますよね。その進展を期待するしかないですよね」

「TLSの可能性があるのが、みんなが怖がる病気である理由の一つになっていると思うのですが、それがあったとしても、自分は人工呼吸器をつけて、好きな音楽を聴きながら生きるんだという意思は固まっています」

そんなふうに、できる限り生き抜こうという意思はどこから生まれたのだろう。

「一つは、閉じ込め状態を具体的に知らないことです。家族の閉じ込め状態のことを書いた本はあっても、本人がその中でどう苦しんだかはわからない。これからもっと当事者の情報を集めていこうと思っているし、それによって考えは変わるのかもしれません。世界では人工呼吸器をつけない方が中心ですよね。呼吸器をつけるかつけないかというギリギリの状態になるまで調べていこうと思うし、色々な人に情報をくれと言っています」

自身が支援した中で、人工呼吸器をつけて暮らすALSの人はいない。このインタビューの後、札幌市で開かれたALSの患者支援の集会に参加し、ALSの人が生きるための支援を続けている川口有美子さんにも話を聞いた。

川口さんは「相談が早くて良かった。『病人』にならないようにして、死ぬまで弁護士でいてほしい」と語り、西村さんがALS患者を生きやすくする力となることを期待している。

後見人業務や無料の電話相談はできる限り続ける

今は、新たな案件はほぼ受けていない。過去に受けた破産案件や、短い期間で終わる簡単な交通事故の民事裁判だけ担当し、自身が運営する「NPO法人ふくろう成年後見センター」の後見人業務は他の弁護士と共に引き続き行っている。

つい最近も生活保護を受けている79歳の女性・被補助人と一緒に区役所に行ってきた。軽度の認知症があるため新しい住居に転居すると生活がままならなくなる。家賃が上がってしまったが、住みなれた現在の住居に住み続けられるよう役所と交渉したのだ。

「意思を表明できる限りは後見業務に関わっていきます。私が意見を言うことで、安心できる被後見人や被保佐人もいますからね。そしてそのやり方を若い弁護士に繋げられればいいなと思っています」

弁護士としての業務をこの1年でかなり縮小したが、事務所にかかってくる無料の相談業務は今も続けている。

「電話で話すことはまだできますから、電話が来たら40分ぐらい相談に乗ってあげている。そんなのでお金を取ろうなんて昔から思ったこともないですよ。僕の言葉が聞き取れる限り、続けようと思いますよ」

札幌の事務所の入っているビルが取り壊しになるため、次の事務所となる一軒家を新札幌駅近くに買った。今後、業務ができなくなった時のために、一緒に仕事をしている弁護士に全て任せる手筈もつけた。

5月10日に講演で配った文章で、西村さんは今後の生き方についてこう書いている。

ALSというのは、知的能力・聴覚機能の低下をもたらさないので、西村は重度心身障害者などの障害者のために開発された情報発信機器を使って、発信をし、自分の意見はいえます。ですから、3年や4年で死ぬというわけではありませんので、弁護士活動は可能な限り続けます。他の病気が進行しているかどうかはしりません。弁護士を辞めても、後見業務などはできるので、福祉的意見は発信します。なにより、自分のALSについても発信します。それが生きることを選んだ私の道義的義務かもしれません
「西村武彦の履歴」(5月10日配布)より

そして、診断を受けてからまもなく、親しい人たちに病気のことを積極的に伝えるようになった理由についてこう書く。

西村が早期の段階でカミングアウトをしたのは、情けをかけてほしいからではありません。正しい情報を知ってほしいからです。また、ALS患者の多くは、絶望の中でうろたえているからです。そういう私も日常のつまらない「出来なさ」次第では「うろたえています」。そのような仲間に勇気を出そう、と発信したいからです。だから、6月で69歳になる爺さんは、ALSの発症による新しい出会いもあるんだ、治療法も開発されるかもしれない、だから、「生」を諦めるべきじゃない、と伝えたい。だけど、重度訪問介護(※)は事業所かなり経営が危機的だということなので、今後西村が適切な介助を受けうるかは、社会情勢次第、法律次第、共生社会の熟成度次第なのでしょう。
「西村武彦の履歴」(5月10日配布)より

※重度障害者に対して、長時間の見守りを可能にする介護制度。

価値観は一つではない 支え合いながら楽しめる社会を

医療費や介護費が膨らむ中、高額療養費制度の自己負担上限は引き上げられようとし、「終末期の延命治療の全額自己負担化」を主張した政党が先の参院選でも若者の支持を集めた。困っている人を切り捨てる圧力が徐々に強まっているのを、障害当事者になった西村さんはどう見るのか。

「危機的な状況だと思っていますよ。世論が今そうなってるのは、日本がこの30年間、働いている人の給料を上げないで非正規雇用を増やしたから。賃金体系を壊してしまった。その結果、今、30代や40代は未来を考えることもできないぐらい給料が少ない。そんなふうに追い込まれてる中で、自分の将来と他人の将来考えたら、自分の将来を考えるのが普通です」

そんなふうに社会全体が貧しくなっていることが、他者に不寛容な空気を生んでいると西村さんは考える。

「障害者に死ねと言っているだけではなく、健康に働いてる人だって、働けなくなったらあんたも死んでいいよと言われているようなもの。労働者の半分が非正規だなんて、死ねという意味です。みんな生活保護に向かうしかないし、40代や50代の人たちは年金もいくらもらえるかわからない。生きるために強盗や殺人をやるしかないところまで追い込まれています。だから、まずはそういう状況を変えるしかない」

「障害者は不幸しか作らない」と語る青年が起こした相模原事件や、「生産性がない」とマイノリティを切り捨てた政治家の発言が批判を受けた頃から、さらに社会全体は余裕をなくしている。そうした人を差別する思想に抗ってきた西村さんは、今、自身が障害が進行していく病気になってどう生きようと考えているのだろう。

「僕が障害者運動をやってきたのは、生産性があるかないかではなくて、命をもらった以上、共に支えながら生きようぜと思っているからです。優秀でものを生み出せるから価値があるわけではない。楽しく笑えるとか、ほっとできる空間とかを、障害のある人が作り出す時だってありますからね。価値観は一つではないんです」

抑圧される側になったからこそ 全体にもの申す

これまで、金儲けより、人を救うことを目指して弁護士活動を続けてきた。

「僕は医者じゃないから命は救えない。でも弁護士は個人の尊厳を救うことはできる。障害者だけでなく、アイヌだって、外国人だって、意味なく叩かれる必要はないよ。家柄とか、貧乏かどうかもそうです」

そして、当事者になった今後も、人間の尊厳を奪おうとする圧力と戦い続けたい。

「今の医療や福祉の中で、十分な支援を受けられないかもしれない。しかもALSなど難病と言われているものは、まだ『変なあり方をする人』『変な喋り方をする人』と見られ、『なんで存在しているの?』と言われる人ですよ。医療も福祉もこういう人たちのせいで高くなっていると言われている」

「そういう抑圧される側にいるわけだから、やはり声を上げ続けなければいけない。高額療養費の問題だってそうだし、もっと福祉が手厚くなるようにしてほしいと言わなくちゃいけないでしょう」

「立場は変わりましたよ、明確に。でも、自分の周りだけでなくて、社会に対して声を上げることをやらなくちゃいけないと思ったのは、自分も当事者になって生きづらさのようなものを感じているから。自分ごとになったからこそ、身の回りの小さなコミュニティだけじゃなく、国全体にもの申していかなければいけないと思っています」

(終わり)

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