「自分の人生を歩むことは誰にでも開かれていること」介護保障ネット当事者代表としてのメッセージ

重い障害がある人が、必要な介護を得られるように支援する「介護保障ネット」。その当事者代表に就任した岩崎航さんに、家族介護の問題や全国の当事者へのメッセージを語ってもらいました。
岩永直子 2025.08.25
誰でも

介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット(介護保障ネット)」の共同代表に就任した、筋ジストロフィーの詩人、岩崎航さん(49)。

重度の障害がある人が必要な介護時間を確保できるよう支援するネットワークだが、いまだに障害者の介護の必要性に無理解な自治体も多い。

何が必要なのだろうか?

人工呼吸器と胃ろうを使い、生活の全てに介助を必要とする岩崎航さん。自身も24時間の介護時間を確保するため、介護保障ネットの支援を受けた。

人工呼吸器と胃ろうを使い、生活の全てに介助を必要とする岩崎航さん。自身も24時間の介護時間を確保するため、介護保障ネットの支援を受けた。

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家族介護を前提とすることがなぜ問題か?

——介護保障に関しては、交渉だけで解決しないと裁判に持ち込まれることもあります。最近では埼玉県吉川市のALS男性の訴訟の控訴審判決がありましたが、行政はもちろん、裁判所もなかなか介護の必要性を理解するのは難しいのだなという印象です。

現場でケアに従事したり、家族や親しい立場で関わったりしていないと、障害を持つ人が置かれている現実はわかりにくいもので、介護の必要性についてはどうしても理解不足のところがあります。

——吉川市の事案では、現場に介護の必要性を確認しにきた担当職員が、文字盤を使って話そうとしている男性に向かって、「時間稼ぎですか?」と侮辱的な発言もしています。障害福祉担当の行政職員でさえこのレベルかと驚きました。

そういう発言をするということで、理解が不足しているのだとよくわかります。

吉川市の事案の場合は、家族介護を前提として介護時間を決めている問題もあります。一日数時間とは言っても、外で仕事をした後、帰ってから介護することを、自分に置き換えて考えてみたらどういう事態になるのか。ちょっとこれは無理な話だよなとすぐわかると思うのですが、担当職員でさえ、そこまで想像が働かない。

——外で仕事をして、一人で子育ても家事もして、その上で人の命がかかっている緊張感のある介護をつきっきりで1年中、毎日3時間行うということがどれほどの負担なのかわかっていないわけですね。

家族がずっと障害のある人の介助をするために張り付いていなくてはならないなんて、過度の負担です。「家族なんだからやるのも当たり前でしょう?」という考えに慣れてしまっているのかもしれませんが、その考え方は、家族にも家族個人の生活や人生があることを考えていない。

介護をしている時は、他の自分のためのことができないし、もしやりながらだとしても限界があります。それが休みなく毎日続くということになったら、難しいなとわかるはずです。

そういう想像力が及ばないのは、家族は病気の家族の面倒を見るのが当たり前だという考え方がベースにあるのではないでしょうか?

——確かに、家族同士がケアするのはある意味、当たり前と言えば当たり前ですね。しかし、過度な負担がずっと続くとなると話は違います。

もちろん、家族が困った時に手助けをしたり、お願いされなくても自然な心情で世話をしたりすることはあると思うんです。そうしたいと望む場合もあるでしょう。それは当然あっていいし、公的な介護がなくても、本人も困らない、家族も困らないという中でやるのは自由だと思います。

しかし、それが「他に手立てがないから自分がやるしかない」と一歩追い込まれた状況で介護するとなると話は別です。「家族としてのケアは普通にやることなんだから、別におかしいことじゃないよね」という考えに追い詰められた形で介護するのは違う。

また、もし当初は大丈夫だったとしても、その人の仕事の都合だったり、家族が高齢化して体が思うように動かなくなったりして、介護をすることが難しくなった場合など、個別の事情に応じて、公的な介護の必要性も変わってくると思います。

行政はそういう生活状況の変化も考慮して、介護時間の申請を受け止めてほしいと思います。

家族だけが介護するのが固定化されると、普通の家族関係ではいられない

——岩崎さんの家族は、両親がとても優しくて、子供のために最善を尽くしたいという気持ちを持っていらっしゃいます。その両親が若くて元気な時は家族介護でなんとかなっていた時もあったと思います。でも、そんな関係性がいい家族であっても、介護する・される関係になると、通常の親子関係ではいられないとおっしゃっていましたね。

親子関係だけではないかもしれませんが、介助する・される関係になると、通常の親子のやり取りの中でも介助者としての面が現れてくるのですね。そうすると、親子関係が普通ではなくなってきます。

——意見を言うのを遠慮したりとかですかね?

そうですね。私も親子関係が悪いわけではないですが、親に介助者としての側面があることで、顔色を伺ったり、気兼ねしたりする感じが出てきてしまう。それが過剰な負担になってくると、互いにストレスがかかり、言い争うことも増えてきます。

——岩崎さん、親と喧嘩してもその場を立ち去ることができない、少し離れて互いに頭を冷やすことができないとおっしゃっていましたよね。

障害や病気があると介助がどうしても必要になるのですから、それを家族だけに求めてしまうと逃げ場がなくなり、家族関係が奇妙な状況になります。介助は、障害者本人に必要なのと同時に、障害ゆえの介助があることで家族関係が損なわれないように家族にも必要なのです。本人も家族も個人としての生活を全うしていく方が、穏やかな家族関係を保てることになります。

でも、現実には、行政が家族による介護を前提として、障害のある人に張り付く生活を求めることが起こっています。私自身も8年前まで、両親がかなりの時間を私の介助に振り向けてもらう状況で生きてきたわけです。

介護保障ネットの支援もあり24時間公的な介護が得られるようになって、家族介護によりかかる生活は終わりました。両親も、自分たちが亡くなったとしても、息子の生活は大丈夫だなと安心したと思います。いろんな支援者の方と繋がって、自分でなんとかして生きていけるだろう、理解のある人たちに囲まれて一緒に生きていけるだろうという感情を持つことができたと思うんですね。

高齢な親は、自分が先に亡くなっていくことを考えると、その後の子供の介護をどうするかは、大変、精神的な負担だったと思います。その不安が解消されて、おそらく精神的にもかなり楽になったのではないでしょうか。

つつがない暮らしを守る 最優先に考えるべきこと

——最近、日本が経済的に落ち目になり、少子高齢化も進んで、世代間格差を強調しながら、医療や福祉にかかる費用を削らなければいけないという声が高まっています。高額療養費の上限引き上げもそうですし、参院選でも高齢者の終末期医療を自己負担にするという公約を掲げた政党が若者の人気を集めていました。それについてはどう感じていらっしゃいますか。

いろんな考え方がありますが、全体の流れとして、景気を良くするとか、経済的なプラスか、マイナスかで、色々なものごとや政策が決められているような気がします。

例えば、リスキリング、学び直しというのは最近出てきた言葉ですが、これも結局、新たな時代に合った仕事に就くために別な能力を磨いて、それで生きていってくださいというような感じで、学ぶことを経済中心にとらえて人の生活を見ています。

本人がどう生きたいかとか、どのようにして暮らしていきたいか、または人は自由であるべきだとかはわきに置かれ、流されている気がします。

世代間格差の問題で言えば、生活基盤を支える介護や医療に携わる人たちの公的な処遇は相変わらずよくない。しかし、不安におびやかされない日常があって、無事につつがなく暮らすことが、最も重要なことです。

障害があるかどうかは関係なく、何か将来大きなことを成し遂げるかどうかも関係なく、1日穏やかに、普通の気持ちで過ごしていけることがベースになければ、自分なりの自己実現をしたい気持ちも生まれてこない。生活基盤が整って初めて色々なものが芽吹いていくわけです。その生活基盤が脆弱な人がいることは、誰にとってもあまりいいことではないと思います。

政策上、何を大切にしていくのがいいかは議論があると思うのですが、国民一人ひとりが、最低限の穏やかな暮らしを作って維持していけることが、一番大切に守らなければいけないことなのではないかと思います。

実例が共同代表にいることで、相談しやすい空気を

——生活の基盤を支えるということが最も重要ということですが、重度の障害を持っている人が地域で暮らすことを支える介護保障ネットは何ができるでしょう?

介護が必要な人はどんどん増えてきていると思うので、本来は通常の手続きで必要な介護の時間が支給されるのが一番だと思います。

しかし、それができない人がいる状況があるわけですから、その人たちに対して引き続き支えていき、成功事例を積み上げていくことが最も期待されていることでしょう。私も当事者の一人としてそう思います。

胃ろうから経管栄養を入れる作業をするヘルパーさんと(撮影・岩永直子)

胃ろうから経管栄養を入れる作業をするヘルパーさんと(撮影・岩永直子)

最終的にはこうした活動をしなくて必要な介護支給量が得られる社会になることが理想的です。でも今はそうはなっていない以上、困っている人を困らない状態にしていく。

どれだけ行政に働きかけても事態が動かず、追い詰められたとしても、最後に頼ることができる、助けを求めることができる拠り所として活動してきたネットワークですから、これからもそういう存在であり続けることがとても大事だと思います。

——実働部隊は、専門的な知識やノウハウを持っている弁護士の先生たちです。ケア界隈では、当事者抜きで当事者のことを決めないことが当たり前になってきていますが、当事者代表として、このネットワークに関わる意味を改めて教えてください。

やはり、当事者と一緒に切り開いていく姿勢が大事なのだと思います。私のような人間を共同代表にしてくださるのは、当事者の思いを大事にして活動するという姿勢を表していると思うので、一緒に取り組んで切り開くという意味で、私にも役割があるのかなと思いますね。

——岩崎さんとしては、今後どういう活動をしたいと思いますか?

私自身、法律家の先生に依頼することはハードルが高くて、日常的なことではありませんでした。

実際は、すぐさま裁判を起こすとかではなく、その前の段階で、行政の人たちと交渉し、理解を得るための手助けをしてもらうわけです。しかし、その相談をすることさえ、一般の感覚からするとハードルが高い。ある程度の思い切りが必要です。

弁護士の先生に相談すると、すぐ法律だのなんだの言う面倒な人間と周囲に思われるんじゃないかとか、当事者は色々なことを心配します。敷居が高くて、私自身、相談する前に1歩立ち止まったことを覚えています。

だけど、実際相談してみると、行政とケンカしにいくわけではなく、相手がきちんと理解してくれるように丁寧に話していく、伝えていくという姿勢が基本にあります。決して私が事前に懸念したようなことはなかった。

そして、24時間介護が実現した後は、仙台市行政の姿勢も変わって、その後に必要性が生じて出した追加の増量申請に対しても非常に丁寧で理解のある対応になりました。

だから今、個人的にいろいろ頑張ってみたけど、なかなか事態が動かないで悩んでいる人も、「ここに相談してみて、切り開けた人もいるんだな」と、私という実例を見て知ってほしい。私はそういう発信もしてきたので、私がこのネットワークにいることで、より相談しやすい空気が生まれたらいいなと思いますね。

自分の人生を歩むことは誰にでも開かれていること

——では最後に、今困っていて、誰にも相談できずに悩んでいる障害のある人に向けてメッセージをお願いします。

介護時間は、自分の暮らしに必要だからこそ申請しているわけです。

自分なりに暮らしを作り、自分の人生を歩むことは誰にでも開かれていることで、本来、誰にも気兼ねする必要はないことです。

どうしても自分の暮らしに必要なのに行政から断られると、「もう諦めなきゃダメなんだ」と心折れそうになります。けれども、それはちょっと待ってもらいたいです。

私自身、自分の人生を生きるという気持ちを持ち続けて今に至っています。最後までそういう気持ちを持って生きていってほしい。これは呼びかけでもありますが、自分自身にも言い聞かせていることもあります。

介護時間を確保しても、今は介護の世界も人手不足でなかなか実際にケアに当たってくれる人を確保することも難しいです。24時間介護だったら尚更です。

だけど、まずは必要な介護時間の支給という初めの一歩を進めなければ、その段階にもたどり着けません。

社会情勢の変化はありますが、諦めないで声を上げ続けることは続けたい。そのために介護保障ネットで助けられることがあったら、相談してほしいと思います。

(終わり)

【岩崎航(いわさき・わたる)】詩人、介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット共同代表

詩人。1976年、仙台市生まれ。本名は岩崎稔。3歳で筋ジストロフィーを発症する。現在は胃ろうからの経管栄養と人工呼吸器を使い、在宅医療や介護のサポートを得て自宅で暮らす。2004年から五行歌を書く。2013年に詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』、2015年にエッセイ集『日付の大きいカレンダー』、2018年に兄・岩崎健一と共著の画詩集『いのちの花、希望のうた』、2021年に詩集『震えたのは』(いずれもナナロク社)を刊行。2016年NHK「ETV特集」で創作の日々がドキュメンタリー「生き抜くという旗印 詩人・岩崎航の日々」として全国放送される。同年7月から医療情報サイト「ヨミドクター」に自身の自立生活実現への過程を綴ったコラム『岩崎航の航海日誌』(全10回)として連載。以降、病と生きる障害当事者として社会への発信を続けている。2025年7月に介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット(介護保障ネット)の共同代表に就任。他、メディアへの寄稿、対談、講演、朗読会などを行う。

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