「生きる気力を支えてくれた介護保障ネット」 仙台市の筋ジストロフィーの詩人が共同代表に就任

重い障害があっても地域で暮らすために、必要な介護を受けられるよう支援する介護保障ネット。その共同代表として新たに就任した仙台市の詩人、岩崎航さんにインタビューしました。
岩永直子 2025.08.24
誰でも

重い障害があっても地域で当たり前に暮らし続けるために、必要な公的介護を受けられるように支援する「介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット(介護保障ネット)」。

弁護士の藤岡毅さんに加え、新たに共同代表として、仙台市に住む岩崎航さん(49)が就任した。

筋ジストロフィーがあり生活の全てに介助を必要とする岩崎さん自身も、24時間の公的介護を確保するため介護保障ネットの支援を受けた一人だ。

<a href="http://kaigohosho.info/" target="_blank">介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット</a>の共同代表に新たに就任した岩崎航さん(撮影・岩永直子)

介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネットの共同代表に新たに就任した岩崎航さん(撮影・岩永直子)

岩崎さんに、介護保障ネットとの関わりと、今後、どのようなことをしていきたいのか聞いた。

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自身も介護保障ネットの支援を受けて

——介護保障ネット共同代表ご就任おめでとうございます。

ありがとうございます。前任者の岡部宏生さんが少し前から療養されていたのは聞いていたのですが、急逝されたと聞いて大変ショックを受けていました。

——岡部さんとは面識があるのですよね。

面識もありましたし、仙台の私の自宅まで来てくださって、励ましていただいたこともあるんです。自分の生活を作るにあたっての具体的な助言もいただいていました。お話するだけでその存在自体から生きる力を呼び起こさせてくれる方で、稀有な方でした。全国にもそう感じている方は多いと思います。亡くなられたのはとても残念です。

その岡部さんの後任としてのお話をいただいて、どうしようか少し考えたのですが、私自身、24時間の介護を実現するにあたって、介護保障ネットに支援していただいたことがあります。

当初、行政との交渉は難航していて、どう打開したらいいか悩んでいた時、介護保障ネットの弁護士さんたちの力を借りていろんなアドバイスも受けました。それによって、行政から理解を得られて、24時間の介護を獲得することができた。

全国では今も必要な介護が得られない人がいて、生きていくのに必要なのにもかかわらず、地域によって行政の理解には差があります。このことで困っている人は、全国にまだたくさんいらっしゃる。その人たちの支援は引き続き、介護保障ネットの法律の専門家が今まで通りやってくださると思います。

私は五行歌という形式の詩の創作を続けてきましたが、重度の障害者として生きていく中で介助の問題についても個人的に発信してきました。

今回共同代表のお話をいただいたので、できることは少ないと思いますが、もう一歩深く踏み込んで自分なりに発言をしていこうとお引き受けしたところです。

これまでも弁護士の先生と当事者が共同代表を務めてきた組織ですが、私は当事者代表として関わり、当事者の思いがより反映されるように力を尽くしたいと思います。

家族介護、両親が高齢になり限界に

——岩崎さんが2017年、介護保障ネットの支援を受けた時、介護体制はどのような状況だったのですか?

日中は、ヘルパーさんに来ていただいていましたけれど、夜の時間帯はほぼ全面的に両親の介助を受けていました。家族介護に頼って生活が成り立ってきたんです。

しかし、両親も高齢になってきて、それを続けるのは限界、と言いますか、もうすでに限界に達していました。夜間に介助してくれる人は他にいない状況だったのです。高齢の親が、夜中にコールボタンに応えて起きて介助をするのは無理なことですし、みんなが倒れてしまいそうな状況になっていました。

——お母さんは手の痛みで涙を流しながらが介助していたそうですね。

両親はそれぞれ持病があって、母は手の関節炎、父は首の骨の難病を抱えています。その二人が苦しみながら私の介助をする姿を見るのは私にとってもつらいことでした。

介助で何かあったら両親も体を動かせなくなりますし、抱き上げた時の痛みで私の体を落としそうになったこともありました。夜中に起きることができなくて、コールボタンを押しても来られなかったこともありました。呼吸器トラブルなどがある時だったら、どんなことになっていたか。

もう限界を超えていて共倒れになってもおかしくない状態だったので、夜中もヘルパーさんに入ってもらえるように、24時間の介護を支給するよう申請し直したのです。

——それを仙台市は突っぱねたのですよね。

私は鼻マスク式の人工呼吸器を使っています。気管切開をしておらず、たん吸引が頻回に必要になるわけではないので、夜中の介助の必要性はそれほどないだろうと表面的な理解をされてしまいました。

現状についてお伝えし、一定の理解は得られたのかなと思っていたのですが、現実には家族介護を前提とした判断をして、夜間の介護の必要性は認められませんでした。

最後の拠り所として頭の片隅にあったネットワーク

——しかしそれでは困りますよね?

「そこで行政がそう判断したなら仕方ないですね」というわけにはいきません。鼻マスクが少しでもずれて、疲れ果てた両親がその時たまたま起きることができなかったら、死に直結します。

生きるために、生活するために必要なことなので、諦めるという選択はありませんでした。

——岩崎さんの場合、創作や外部とのコミュニケーションのために生活必需品となっているパソコンの出し入れなどもヘルパーによる介助を認めないと、行政は当初言ってきましたよね。

現在は改められていますが、こうした電気製品の準備には対応すべきではないというような、当時の内部基準のようなものを、当初は示されましたね。

私は手足が不自由ですから、それを代替する意味でもパソコンやインターネットは大事な手段です。生活の中で欠かせない一部であるのですけれど、それが必要がないと言われたら、外部の人とのやりとりも、執筆もできないということになります。

それも理解不足というか、障害と共に暮らす者の実態がよくわかってないのは明らかでした。だからその必要性をどのように伝えたらいいのか悩みました。

——そこで介護保障ネットに連絡したのですね。

元からその存在は知っていましたし、活動を報告する本も読んでいました。さまざまな手段で障害者の状況を伝え、行政としっかりと交渉して介助時間を勝ち取ってきた事例が、とても詳細に書かれていました。

もしどうしても困った事態に陥った時には、最後の拠り所としてこういう活動をされている団体があるから、そこに助けを求めようという気持ちが、頭の隅にずっとあった。現実、自分にもふりかかってきて、こちらを思い出したということです。

生きる気力を支えてくれた専門家たち

——相談すると、全国の介護保障ネットの弁護士さんと、実際に具体的な手続きをとる地元の弁護士さんが家に来てくれましたね。介護保障ネットでは、経験豊富な全国の弁護士が、地元の弁護士の指導役になってノウハウを伝授しながら手続きを進め、その地域全体の交渉力を底上げする活動をしています。実際に弁護士さんたちに相談にのってもらって、何がプラスになりましたか?

自宅に全国から集まってきてくれた介護保障ネットの弁護士たち。左端が共同代表の一人、藤岡毅さん

自宅に全国から集まってきてくれた介護保障ネットの弁護士たち。左端が共同代表の一人、藤岡毅さん

行政に対して色々な手続きをする中で、理解が乏しい対応をされると、精神的に強いダメージを受けるのです。こちらは生きるために必要だから申請しているのに、「そこまでは必要ないでしょう」と言われると、萎縮してしまう。

もっと言えば、こういう体で生まれてきて、介助を受けて生きるのは迷惑なこと、余計なことなのかなと思ってしまう。「そんなにしてまで生きていなくていいですよ」。相手方はそんなことを思ってもいないし、言ってもいないのですが、現実に生活のために必要な介護を「必要ない」と却下されてしまうと、そんなふうに言われてしまったかのように受け止めてしまいます。生きる気力が奪われてしまいます。

そういう行政との交渉を経て、介護保障ネットの弁護士さんたちと関わると、「いや、そういうことではないですよ。生きるために必要なことですよ。あなたは求めていいし、その権利があるのだから大丈夫ですよ」と言ってくれる。

そして、実務上もさまざまな役立つ助言をくださるわけです。交渉するに当たっても、プロの方達ですから、形式的にも必要なことを教えてもらい、大変に助けになりました。

何よりも、専門家の方たちから気持ちを支えてもらったのがかなり重要なところです。

「障害を持って生まれてきたのだから、やっぱり諦めるしかないんだな」という方向に気持ちが傾いてしまった時に、「いやそうじゃないよ」とはっきり言ってくださる。そして、助けてくださる人がそばにいるのは、自分の中で一番大きいプラスでした。私の生きる気力を支えてくれたと思います。

行政の「内部基準」ではなく、本人の個別具体的な状況を

——ご両親の証言など、いろんな証拠を細かく集めて出すとか、具体的なノウハウも教わったのは大きかったですね。

行政の人たちは、実際に現場に入ってケアにあたっているわけではないので、どうしてもわからないことがあります。そこをわかってもらうために、自分が思う以上に詳しく説明することが必要なんですね。

より詳しく、誰が見てもこの人にはこれぐらいの介助が必要なんだと明確にわかるように説明するため、資料をしっかり作ることもしました。

——介護保障ネットは、写真や動画などビジュアル的な資料もかなり駆使していますよね。

何が必要なのか詳細をしっかりと説明できるような資料を整えて、もう一度申請し直しましたね。

——目からウロコだったのは、仙台市役所の判断に使われた「内部基準」について、弁護士さんたちが「それは法律を上回るものではないから、囚われる必要はない」とピシッと言ってくれたことですね。「そんな基準が存在するなら難しいのかな」と一瞬思ってしまったけれど、そうではないとしっかり教えてくれました。

行政は判断の目安としてそういうものを設けているそうですが、それはあくまで目安なので、申請した人の個別具体的な状況を見て個別に判断することであり、「こちらでこう決めてるから、ここまでしか出せないよ」という考え方は間違っています。

誰が見ても納得する正当な理由で申請すれば、内部基準に合わなくても適切な介助は支給されるし、それを求めていくというシンプルな話なんですよね。

最初、役所は「内部基準がある」と言ってきたので、弁護士さんたちから「それは目安であり、それに基づいて判断するのではなく、本人の状況や現実に従って判断すべきものである」と教えてもらいました。「内部基準があるから、そちらに本人の状況を合わせる」という筋は通らないわけです。

介護保障ネットの支援で24時間介護が実現

——そうした助言を受け、証拠を細かく揃えて再申請したら、24時間介護の申請は通ったんですね。

そうですね。やっぱり自分1人でやっていたら、本当に生きる気力まで奪われそうになっていたと思います。ある意味、社会から、そこまでして生きなくていいよって言われているような気持ちにまでなってしまう。

それを跳ね返して、自分の権利を主張して、必要な介助を獲得するのは結構なエネルギーが必要です。そこを支えてもらったのがすごく大きかった。

しょうがなくないのに、しょうがないと思って諦めることになりかねない人はたくさんいます。そこで諦めずにやりきれたのは、そんな支援のおかげだったと思います。

——介護保障ネットは、その地域で一人の人に介護を認めさせると、行政は前例踏襲主義ですから、次の人も認めてもらいやすくなることを狙っているそうですね。その地域に風穴を開けるような活動といいますか、仙台も岩崎さんの事例がそれに続く人を生きやすくさせています。

私もそうですが、仙台でも他に重度障害のある方で長時間の介助を得て暮らしている人がいます。

どんな状況であれ、気管切開しているかどうかなどの単純な線引きではなく、24時間の介助が必要な人はいっぱいいるはずです。

その人の個別の事情を丁寧に見ていただけると、必要性がわかるはずです。そういうことを行政に適切に理解してもらうために、最後の砦として介護保障ネットの支援があるのだと思います。

(続く)

【岩崎航(いわさき・わたる)】詩人、介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット共同代表

詩人。1976年、仙台市生まれ。本名は岩崎稔。3歳で筋ジストロフィーを発症する。現在は胃ろうからの経管栄養と人工呼吸器を使い、在宅医療や介護のサポートを得て自宅で暮らす。2004年から五行歌を書く。2013年に詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』、2015年にエッセイ集『日付の大きいカレンダー』、2018年に兄・岩崎健一と共著の画詩集『いのちの花、希望のうた』、2021年に詩集『震えたのは』(いずれもナナロク社)を刊行。2016年NHK「ETV特集」で創作の日々がドキュメンタリー「生き抜くという旗印 詩人・岩崎航の日々」として全国放送される。同年7月から医療情報サイト「ヨミドクター」に自身の自立生活実現への過程を綴ったコラム『岩崎航の航海日誌』(全10回)として連載。以降、病と生きる障害当事者として社会への発信を続けている。2025年7月に介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット(介護保障ネット)の共同代表に就任。他、メディアへの寄稿、対談、講演、朗読会などを行う。

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