ALS患者に「時間稼ぎですか?」2審・東京高裁判決も「強度なひぼう中傷」と認定 介護時間を少なく認定した国家賠償は取り消し

埼玉県吉川市に住んでいたALSの男性が必要な介護時間を認められず、市の職員から暴言も受けたとして起こした訴訟の控訴審判決がありました。東京高裁は、一審と同じ介護時間を認めたものの、一審で認められた関連の国家賠償請求は棄却。一方、暴言は強度な誹謗中傷と再び認定して慰謝料を増額しました。
岩永直子 2025.07.08
誰でも

埼玉県吉川市に住んでいたALS(※)患者の男性(49)が生きるのに必要な介護時間を支給されずに離婚に追い込まれたのは人権侵害に当たるなどとして、吉川市に対して損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が7月8日、東京高裁であった。

三角比呂裁判長は、介護時間を月413時間から605.5時間に増やした一審・さいたま地裁判決を維持しながらも、一審で認められた関連の国家賠償請求を棄却した。

また、市職員が文字盤でコミュニケーションを取る男性に対して放った「時間稼ぎですか?」という発言については、「強度なひぼう中傷との評価を免れ難い」と市側の過失を認定。一審では5万円だった慰謝料を、30万円に引き上げる変更をした。

男性は、「地裁で認められたこと(介護時間に関する国家賠償)が否定され残念です。暴言については裁判所が認めてくれて安心しました。障害を持つ方々が安心して生活を送れる日本になることを願うばかりです」とコメントを出した。

男性側弁護団長の藤岡毅さんは、「前進した面と後退した面が両面ある」とし、最高裁に上告するかどうかは今後、男性と話し合って決めるという。

吉川市は、「判決を受け取っていないので具体的なコメントはできないが、高裁の判断を真摯に受け止めて、判決の趣旨や内容を精査した上で、今後の対応を検討していきたい」とのコメントを出した。

※筋萎縮性側策硬化症 筋肉を動かす全身の神経細胞が侵され、体が動かなくなっていく進行性の難病。

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吉川市が認めた介護時間は1日13時間 「時間稼ぎですか?」の暴言も

まず経緯を振り返ろう。

男性は2015年6月、ALSと診断された。一人で歩いたり手足を動かしたりすることはできず、2017年1月からは胃に開けた穴から栄養を補給する胃ろうを作り、2019年11月からは人工呼吸器をつけた。痰の吸引などをするために、長時間の見守りを可能とする「重度訪問介護」を受けている。

声も出づらくなり、ヘルパーが掲げる透明なアクリル製の50音文字盤の文字を視線の動きや瞬きを使って指定し、ヘルパーがそれを読み上げることで意思を伝えている。

声が出づらくなった男性はヘルパーに透明な文字盤をなぞってもらい、瞬きで文字を指定することでコミュニケーションをとっている。(撮影・岩永直子)

声が出づらくなった男性はヘルパーに透明な文字盤をなぞってもらい、瞬きで文字を指定することでコミュニケーションをとっている。(撮影・岩永直子)

男性が意思疎通のために使っているアクリル製の文字盤。ヘルパーが指で文字盤をなぞり、瞬きを使って文字を指定する。(撮影・岩永直子)

男性が意思疎通のために使っているアクリル製の文字盤。ヘルパーが指で文字盤をなぞり、瞬きを使って文字を指定する。(撮影・岩永直子)

男性は妻と長男、次男と吉川市で同居していたが、2017年から同市に重度訪問介護を申請したところ、同市は「妻が介護すればいいので、介護時間は増やさない」として、当初は月50時間しか認めなかった。

2019年1月、気管切開して人工呼吸器をつける必要性があるほど病状が進行したため、介護時間の申請に詳しい弁護団をつけて、1日24時間、月間744時間(うち介護保険が40時間)の介護時間を申請。

暴言は、吉川市の障がい福祉課の職員3人が介護の必要度がどれほどなのか確認するため、訪問調査をした時に発せられた。

一人の職員が「今、寝返りはご自身でできますか?」と尋ねたのに対して、高田さんが文字盤を使って「できない」と答えた直後に、こう発言した。

「時間稼ぎですか?」

立ち会っていた弁護士がすぐ抗議したが、3人は謝罪や反省の言葉もなく、そのまま調査を進めたという。

市長は当初、発言に対し、謝罪文と発言を撤回する旨を書いた文書を公表したが、裁判の中では市は「発言には違法性がない」と主張していた。

結局、男性は吉川市では最高でも月413時間(1日13時間、介護保険を合わせて14時間)の介護時間しか認められなかった。

その後、家族の介護負担が重くなるにつれ家族関係も悪化し、男性は2020年10月に離婚して、同年11月、一人で隣の越谷市に転居。越谷市では即座に月768時間、1日24時間の介護が認められた。

介護費用の実費や精神的苦痛への慰謝料を求めて提訴、一審では市側の過失を認める判決

一連の問題に対し、男性は2021年9月、さいたま地裁に吉川市を被告として、介護時間の支給を704時間に変更するよう求め、損害賠償を請求する訴訟を提起した。請求した内容は以下の通りだ。

  • 介護時間の支給量を1ヶ月413時間とした市の決定を取り消し、1ヶ月704時間(1日24時間介護)とする変更決定。

  • 吉川市の違法な処分により離婚を余儀なくされたことを含め、精神的に苦しめられたことへの慰謝料として250万円

  • 職員の「時間稼ぎですか?」発言により、尊厳を傷つけられたことによる精神的な損害についての慰謝料として50万円

  • 介護事業所に自腹で負担した介護費用実費として250万円


さいたま地裁は2024年5月、男性側の主張を一部認め、介護支給時間を月605.5時間に増やす変更と、吉川市在住時に男性が負担した介護費用の実費や慰謝料など計138万7455円の損賠賠償を命じた。

ただし、判決では当時必要な介護支給量は介護保険も含めて1日に21時間程度だったと認定し、1日に3時間程度、家族らによる介護負担を容認する判断も示した。

また、職員が「時間稼ぎですか?」と暴言を吐いたことについては、「強度の誹謗中傷的な発言」と職員側の過失を全面的に認めていた。

市側はこの判決を不服として、控訴。男性側も時間数の見直しが不十分で、暴言に対する慰謝料5万円は低いとして、附帯控訴していた。

「強度なひぼう中傷との評価を免れ難い」

三角裁判長は、介護時間については一審判決と同じ時間数を認めたものの、国家賠償請求については、「障害者の介護が客観的に可能な配偶者による介護時間を考慮してこれを控除すること自体は、障害者総合支援法等の規定に照らし、許容されている」として、妻による介護時間を公的な介護時間から差し引くこと自体は行政の裁量の範囲を超えるものではないと判断。

また、介護時間の決定がなされた2019年12月時点では、同居の親族がいる場合であっても700時間を超える介護時間が認められることが多くの自治体では一般的ではなかったなどとして、「国家賠償法上の違法があったということはできない」と、一審では認められた国家賠償の請求を棄却した。

また、市側は「時間稼ぎですか?」という発言について、立ち会った弁護士に向けて発したもので問題はないと主張していたが、裁判長は「(男性が)自身に向けられたものとの受け止めをすることは自然なこと」と市側の主張を認めなかった。

その上で、「職員は、福祉行政に関する重要な職責を担っており、本件の発言は強度なひぼう中傷との評価を免れ難い。本件の発言により被控訴人が受けた精神的苦痛も、小さいものということはできず、被控訴人の精神的苦痛を慰謝すべき慰謝料は、30万円をもって相当と認める」と一審よりも大幅に引き上げた。

国家賠償を取り消し 弁護団「公務員の違法性のレベルを非常に緩く捉えている」

弁護団長の藤岡さんは、介護時間の認定が一審と変わらなかったことについては、「介護時間を減らす判断をしなかったことについては我々の主張に沿った判断をしており、そこは満足している。他方、もっと増やせという我々の請求は認めなかった意味では痛み分け」と評価。

一方、一審では認められた133万7455円の国家賠償が取り消された判断については、「他の自治体ではもっとひどいところがあるよということで、ひどいところに照らしてみたらものすごくひどいということではないよね、という判断。自治体公務員の違法性のレベルというのを、非常にゆるく捉えてしまっているのは問題」と批判。

「こういう考え方を一般化されると、他への悪影響が出ることが危惧される」「誤った行政活動をしたらちゃんと賠償が命じられるんだということが前例にならないと、同じことが繰り返されてしまう。賠償命令については維持してほしかった」と語った。

そして、「時間稼ぎですか?」という発言に対する慰謝料が引き上げられたことについては、「(行政が)障害当事者や家族に対してひどい対応をしたという話はちょくちょくあるが顕在化していない。今回、こういうことで障害福祉のケースワーカーがこうした不適切な対応をすると、たった一回の対応でも30万円という賠償があるのだと示したことは、日本の障害福祉に対して警鐘を鳴らす判決になった」と評価した。

家族介護を前提とした介護支給の判断「公権力が不可能を強いること」

今回の判決でも一審判決と同様、同居している妻は1日3時間程度、介護できるという認定で算出されている。これについて、家族に相当の緊張感を持たせる介護の負担を負わせるべきでないと24時間の公的介護を求めていることについて、藤岡さんはこう語った。

「家族の健康も害されるし、家族の幸福追求権や権利が侵害されて、生活が成り立たなくなる。家族には家族の人権があるわけです」

男性の妻は当時、3人の幼い子供の子育てをし、家事全般をやりながら、夫の世話もしていた。

「一回でも怠ったら旦那さんが死んでしまう立場で絶対、毎日3時間介護しなければならないことは現実に不可能を強いることと同様です。家族であるからといってそれが義務であるということは実態からしてもおかしいし、公権力としてそれを強いる構造になっているのはおかしい」と話した。

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