ALS患者に「時間稼ぎですか?」は「強度の誹謗中傷」 不十分な介護時間しか認めなかった埼玉県吉川市に賠償命じる判決

埼玉県吉川市が十分な介護時間を支給しなかったせいで離婚して転居せざるを得なかったとして、ALS患者の男性が起こした訴訟で、さいたま地裁は男性の主張を一部認め、市に損害賠償を命じました。職員の暴言についても「強度の誹謗中傷的な発言」と過失を認めました。
岩永直子 2024.05.08
誰でも

埼玉県吉川市に住んでいたALS(※)患者の男性(48)が生きるのに必要な介護時間を支給されなかったせいで、離婚に追いこまれたのは人権侵害に当たるとして、吉川市に対して損害賠償を求めた訴訟の判決が5月8日、さいたま地裁であった。

田中秀幸裁判長は男性側の主張を一部認め、吉川市在住時に男性が負担した介護費用の実費や慰謝料など計138万7455円の損賠賠償を命じた。

ただし、判決では当時必要な介護支給量は介護保険も含めて1日に21時間程度だったと認定し、1日に3時間程度、家族らによる介護負担を容認する判断も示した。

また、この裁判では、文字盤を使って意思を伝えようとした男性に同市の職員が「時間稼ぎですか?」と暴言を吐いたことによる精神的苦痛への慰謝料も求めていたが、田中裁判長は「強度の誹謗中傷的な発言」と職員側の過失を全面的に認めた。

男性の弁護団長の藤岡毅さんは「家族介護の課題は残されたものの、国家賠償も認められ、より丁寧に介護の認定をすべきだと批判した価値のある判決。暴言についても『強度の誹謗中傷』だとして強い違法性を認定したことは大きい」と高く評価している。

判決後、埼玉県庁で会見する男性の弁護団。左が弁護団長の藤岡毅さん(撮影:岩永直子)

判決後、埼玉県庁で会見する男性の弁護団。左が弁護団長の藤岡毅さん(撮影:岩永直子)

※筋萎縮性側策硬化症 筋肉を動かす全身の神経細胞が侵され、体が動かなくなっていく進行性の難病。

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吉川市で認められたのは最大1日13時間 「時間稼ぎですか?」の暴言も

まず経緯を振り返ろう。

男性は2015年6月、ALSと診断された。一人で歩いたり手足を動かしたりすることはできず、2017年1月からは胃に開けた穴から栄養を補給する胃ろうを作り、2019年11月からは人工呼吸器をつけた。痰の吸引など24時間の見守りが必要となり、長時間の見守りを可能とする「重度訪問介護」を受けている。

声も出づらくなり、ヘルパーが掲げる透明なアクリル製の50音文字盤の文字を視線の動きや瞬きを使って指定し、ヘルパーがそれを読み上げることで意思を伝えている。

声が出づらくなった男性はヘルパーに透明な文字盤をなぞってもらい、瞬きで文字を指定することでコミュニケーションをとっている

声が出づらくなった男性はヘルパーに透明な文字盤をなぞってもらい、瞬きで文字を指定することでコミュニケーションをとっている

男性が意思疎通のために使っているアクリル製の文字盤。ヘルパーが指で文字盤をなぞり、瞬きを使って文字を指定する。(撮影・岩永直子)

男性が意思疎通のために使っているアクリル製の文字盤。ヘルパーが指で文字盤をなぞり、瞬きを使って文字を指定する。(撮影・岩永直子)

男性は妻と長男、次男と吉川市で同居していたが、2017年から同市に重度訪問介護を申請したところ、同市は「妻が介護すればいいので、介護時間は増やさない」として、当初は月50時間(1日1時間余り)しか認めなかった。

2019年1月、気管切開による人工呼吸器をつける必要性があるほど病状が進行したため、介護時間の申請に詳しい弁護団をつけて、1日24時間、月間744時間の介護時間を改めて申請。

暴言は、吉川市の障がい福祉課の職員3人が介護の必要度がどれほどなのか確認するため、訪問調査をした時に発せられた。

一人の職員が「今、寝返りはご自身でできますか?」と尋ねたのに対して、高田さんが文字盤を使って「できない」と答えた直後に、こう発言した。

「時間稼ぎですか?」「なんか今もできないようにさしているような」

立ち会っていた弁護士がすぐ抗議したが、3人は謝罪や反省の言葉もなく、そのまま調査を進めたという。

市長は当時、発言に対し、謝罪文と発言を撤回する旨を書いた文書を公表したが、裁判の中では市は「発言には違法性がない」と主張していたという。

結局、男性は吉川市では最高でも月413時間(1日13時間、介護保険を合わせて14時間)の介護時間しか認められなかった。

その後、家族の介護負担が重くなるにつれ家族関係も悪化し、男性は2020年10月に離婚して、同年11月、一人で隣の越谷市に転居。越谷市では即座に月768時間、1日24時間の介護が認められた。

介護費用の実費や精神的苦痛への慰謝料を求めて2021年に提訴

一連の問題に対し、男性は2021年9月、さいたま地裁に吉川市を被告として損害賠償を請求する訴訟を提起した。訴えた内容は以下の通りだ。

  • 吉川市の違法な処分により離婚を余儀なくされたことを含め、精神的に苦しめられたことへの慰謝料として250万円

  • 職員の「時間稼ぎですか?」発言により、尊厳を傷つけられたことによる精神的な損害についての慰謝料として50万円

  • 介護事業所に自腹で負担した介護費用実費として250万円

介護支給の認定に違法性を認めるも、家族介護を一定程度容認

判決で田中裁判長は、当時10〜11歳、8歳、6歳の子供の世話や家事、男性の仕事の肩代わりを一手に引き受けた妻の負担が、人工呼吸器の装着によって一層深刻になっていたことを指摘。

月413時間の介護時間支給しか認めてこなかった吉川市に対し、必要な介護時間は月に605.5時間(介護保険も含めて1日に21時間程度)だったと認定した。

その上で、

「職員においては、妻による介護が可能かつ相当であるか、妻にとって過度な負担ではないかといった観点からの検討を怠っていたといわざるを得ない」

「職務上通常尽くすべき義務を尽くすことなくそれら処分をしたと認めるのが相当であり、国家賠償法上の違法性が認められる」

として、男性が負担した介護実費、113万7455円を支払うことを命じた。

一方、田中裁判長は「民法において夫婦の協力及び扶助の義務が定められていることに照らすと、障害者の配偶者において当該障害者の介護を行うことが可能である場合には、当該配偶者が介護を行うことが可能かつ相当な時間を勘案して支給量の決定をすることも、市町村の合理的な裁量に委ねられていると解される」と家族介護ができる時間を支給量から差し引くことは認められると認定。

今回のケースでは、妻がフルタイムの仕事に従事しておらず、在宅で子供の世話から解放される時間もあったとして、妻による家族支援が可能な時間を公的な介護の支給時間から差し引くことは違法ではないとした。

その結果、1日3時間程度、家族らによる介護が可能として、1日21時間の介護時間を認定した。

離婚を余儀なくされたことなどの精神的苦痛に対する慰謝料については、「諸般の事情を考慮」した上で、20万円とした。

「時間稼ぎですか?」は「強度の誹謗中傷的な発言」

さらに、職員の「時間稼ぎですか?」などの暴言については、「重大な落ち度のある、あまりにも軽率な執務態度によるものであったと評価されてもやむを得ない強度の誹謗中傷的な発言であったというほかなく、国家賠償法上の違法性も職員の過失も優に認められるというべきである」と強い言葉で批判。

だが、市長による謝罪文も公表されていることから、「一定の範囲で慰謝の試みがされたと認められる」として、慰謝料は5万円にとどまった。

弁護団「大きな意義ある判決」「家族介護の問題の理解はまだ足りない」

判決後、会見した弁護団長の藤岡毅さんは、まず暴言の違法性が認められたことについて、「特有のコミュニケーション方法を使って生活している人がいることを障がい福祉課の職員が一番理解していなければいけない。(判決は)そういう方々に対しても救いになる。さまざまな人がこの社会に暮らしていることを尊重しようという裁判所のメッセージは大きな意義がある」と評価した。

また、弁護団によると、介護保障の支給量を算定する方法が間違っているとして国家賠償が認められた判決はおそらく初めてだという。

藤岡さんは、男性の障害や家族の状況を丁寧に見て、必要な介護時間を大幅に増加して認定したことについては判決を評価したものの、妻による介護時間を介護支給時間から差し引くことを一部認めたことについては、こう不満を漏らした。

「家族介護の問題に対する裁判所の理解はまだ足りない。子育てや仕事をして、自身の生活がある中で、残り3時間を毎日介護しろと言われてできるでしょうか?その大変さが裁判官に伝わらず、理解が100%得られなかった。この国の障害福祉の課題として残ったのは残念」

「配偶者がいるから介護時間は半分でいいよねと認定され、離婚に追い込まれたケースは珍しくない。家族の介護負担も辛いし、本人も家族に負い目を感じて、ギクシャクしてくる。別々に暮らさないと介護体制も安定しないし、別々に暮らすしかないとなってしまう。家族に介護を負担させるのが無理なのは、今回のケースでも実証されている」

その上で、今回の判決を総括してこう訴えた。

「行政は介護の必要性の調査をする前から『聞く耳は持たぬ』と、支給時間を増やすつもりはなく、上から目線で対応することがよくあります。困り事がどういうことなのか、その人の立場に立って聞き取った上で客観的に判断してほしい。行政にはちゃんと実態を丁寧に汲み取った上で判断するという、当たり前のことをしてほしい」

「暴言の事件と介護支給量の問題は別々のことのようで根っこは同じ。色々な市民がいて、同じ大事な人間で、お互い尊ぶべき存在だという根本姿勢があるか。寝たきりの市民を下に見るような見方だと、結局は暴言にもつながるし、介護支給時間も1日の半分でいいやとなる」

「ホームページでは『ダイバーシティ(多様性)』『互いに尊重する社会』をうたいながら、本当に市は上から下までその姿勢が徹底されているのか。お題目ばかりで本当に人間を尊重する姿勢になっていないから、人を小馬鹿にした態度になるし、小馬鹿にした調査になるのではないか」

男性「全国の障害者が安心して生活できるようになれば」

男性は今回の判決を受けて「最初の支給量が違法だと認められて満足しています。全国の障害者が幸せで安心して生活できるようになればと思います」と、コメントを発表した。

吉川市の障がい福祉課担当者は取材に対し、「まだ判決が手元にないので、それを読んでから今後の方針を決めたい」と話している。

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