新しい亜系統「KP.3」に置き換わり、新型コロナ急増中 データと独自の推定で見る現状は?
昨年5月の5類移行から、新型コロナウイルスがなくなったかのように暮らしていますが、データが示されなくなっても感染は広がります。
今、新しいタイプの亜系統「KP.3」への置き換わりが進み、東京、大阪などでの大都市圏、そして沖縄で大きな流行が始まっています。
現状はどうなのか。京都大学大学院医学研究科教授の西浦博さんに分析してもらいました。
「対策を取り始めるべき時」と今の流行状況を話す西浦博さん
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6月下旬には東京で毎週5万人、大阪で1万人
——みんな新型コロナがなくなったかのように暮らしていますが、身近な感染者の増加や、わずかながら残っているデータから、流行が始まっていることがわかりますね。
そうですね。増えている状態に対して社会でどう対応するかも、緩和前と緩和後の今では考え方が変わっています。緩和後の方が、長期的な見通しも厳しくなっています。
——まずは現状を教えていただけますか?
これは私たちが行なっている感染者情報収集サイト「メタコビ」のデータを含めて、既存の有用な流行情報をまとめたものです。緩和を通じてこれまでの継続的なサーベイ実施のための予算が打ち切られましたから、新型コロナのデータはすごく減っています。限られた情報の中でもリスク評価をするために、私たちは流行ダッシュボードを作っています。
今の流行状況で感染者数が何人かをしっかりフォローできるように、自分たちの推定モデルを作っているのと、ほかのウェブサイトで優れたデータを出しているところの数値を引用して見られるようにしています。
メタコビより(西浦博さん提供)
この図で一番上の列は全てメタコビのデータです。登録してもらっている感染者の実効再生産数(※)は1を超える状況が続いています。
※一人の感染者が感染させる二次感染者数の平均値。1を超えると増加傾向になる。
上の列の右二つは、東京と大阪の定点医療機関からの患者報告数を利用して、感染者全数を私たちの開発した技術で推定した数字です。6月後半には、大阪では週合計で1万人を超えるぐらいになり、東京では週5万人を超えるぐらいになっています。
これは定点観測なので2週前の数字です。今の東京では1日1万人を超えるぐらいで、これでピークになっていたらいいなと思う状況です。そんなに甘くはありませんが。
前の流行は超えそうな状況
これは東京都における全数相当の推定患者数の推移を見たグラフです。
灰色が全年齢群で、緑の線が20歳から59歳の生産年齢人口です。
メタコビより(西浦博さん提供)。左から一つ目の山は二つ前の流行、二つ目の山は前回の流行。そして今、再び上がり始めている。
今はほとんどの感染者が生産年齢人口で、子供たちは少なめ、高齢者が前の流行ぐらいに増えています。
——高齢者はいつも後から追いかけて増えていきますよね。
そうですね。高齢者はこれからまだ増えていくものと思われます。
増加率の数値を図の右に書きましたが、最新の数字は前週に比べて東京は+5%、大阪は+10%です。その前の週の+9%、+26%よりは若干スローダウンしていますが、これから夏休みに入って全国的な移動も増えるので、この後の動向は読みにくい。
ただ前の流行をちょっと超えそうな状況にあります。
このグラフの一番左の山は第9波です。5類移行時期のゴールデンウイークから増え始めて、夏はすごく厳しい状態でした。冬の第10波はそれよりは低い山でしたね。
——このグラフで前の流行と比較すると、今回の流行は必ずしも急峻な増え方ではないように見えます。
ものすごくグイグイ増えているわけではないのですが、前回の流行の線をみると、あるところから急に角度が変わっていますよね。今後の動向は、今、若い人たち(生産年齢人口)の間でどれほど広がりつつあるのかに影響を受けそうですね。
リアルタイムの数字も急上昇
リアルタイムの数字を見ても厳しい状況に変わっているのがわかります。
こちらは大阪府医師会で集めているリアルタイムデータです。今日の診療でどれぐらい新型コロナの患者を診たかを報告してもらっているものです。陽性者数を毎日グーグルフォームで登録している有志のサーベイですが、いまこういうリアルタイム情報が命綱のような情報インフラとしての役割を果たしています。
大阪府医師会サーベイランスより
7月に入ると一気に増えています。「ああとうとう来たな」という、流行の立ち上がりが見てとれます。臨床医はこういう変化を肌で感じるのですが、具体的な数値にするとこれくらい程度の増加が一気に7月にやってきた、というのが数字でわかります。
これまでも毎週じわじわと増えてきたのですが、7月に入る前くらいから「医療提供体制の対策を準備しないといけないな」と話しているところです。
——7月頭に増える要因はありましたっけ?
もちろん全て捕捉できるわけではありませんが、雨が続くと屋内にいるので、エアロゾル(飛沫より微小で空気中を浮遊する粒子)による伝播が増えることもよく知られています。
まず沖縄で増加、高齢者の感染拡大が中心の段階に
——大都市でだけ増えているのですか?
それ以前から沖縄の流行状況が悪いです。日本全国も沖縄でも、これまで過去最大の流行で、一番被害状況も大きかったのが第8波です。2022年の終わり頃から始まり、2023にかけて起きた流行ですね。
沖縄県の定点データ(西浦博さん提供)
沖縄は定点データでみると、今の流行の患者数は9波、10波は既に追い越した状態です。
年齢群別のデータもとっているのですが、残念ながら高齢者を中心に感染者数が増え始めています。施設の中で伝播が起きたり、その他の寄合いなどの機会を通じて高齢者たちの集団感染が起きたりしていると思われます。
全国と比べて沖縄は救急がしっかりしているのですが、今、苦しみ始めている状況です。
——高齢者から増えたということですか? 珍しいですね。
これはすでに若者たちが感染した後の状況です。流行の始まりが早かったのだと思われます。
これまでずっと高齢者たちは行動を自粛していたわけですが、今回は緩和後の接触で初めてコロナにかかる人もいます。
新しい亜系統「KP.3」への置き換わり
——オミクロンの新しい亜系統「KP.3」への置き換わりが進んでいることが気になります。
増加の背景には、このKP.3への置き換わりが関わっています。
これは東京都のゲノム解析結果の推移です。
西浦博さん提供
これまでは黄緑とピンク、紫が1グループとして「JN.1」と書かれていました。ある時を境に、分解されてJN.1の子孫であるKP.3とかKP.2の分類が出てきたわけです。
今はKP.3という新しい亜系統がほとんどを占めています。これは過去に得た感染を防御する免疫を相当に回避することがわかっています。
重症化予防の免疫がしっかりついていない人には肺炎も起こし得る変異です。
全国でも同様の置き換わりが起きているのですが、まだ完全な置き換えには至っていません。しばらくはKP.3が置き換わりながら今の流行を起こしていく状況で、ゲノム解析データに流行が止まる要素は見られません。まだまだ増えそうだなという印象です。
オミクロン系統だが、全然違う性質のKP.3
——JN.1はいつ頃に生まれた亜系統でしたっけ?
これは、新型コロナの変異の状況を見せたグラフです。横軸が時間、縦軸が変異の数の多さを示して、ウイルスがどう分岐してきたかを見せています。
JN.1の起源は、BA.2.86というオミクロン様の大きなシフト変異を見せたものです。縦軸はウイルスのSタンパクにおける変異を見ているのですが、縦軸の距離が遠いほど抗原性(免疫を規定する性質)が遠い関係になると考えられます。左下の青い塊がアルファ株やデルタ株です。
武漢で流行り始めた時から、アルファ株、デルタ株はほぼ連続的に変異していたわけですが、その後、オミクロン様イベントといって、ものすごく遠いところの変異に飛躍していきました。つまり、性質も大きく変わってそれまでに得た感染防御免疫は効きにくくなったのです。
黄緑でオミクロンのBA.1やBA.2のシフト変異(遠縁の変異)があって、BA.2.75に相当する変異(オレンジ部分)でまた大きなシフトがありました。さらに一番上のJN.1の起源に相当するBA.2.86のジャンプがあった。
つまりオミクロン様イベントが、ここまでに計3回起きているのです。余り皆さんには広く知られていませんが。
今回はその子孫によって起きた流行です。
オミクロンが出てきた時は武漢株から遠い場所へ飛躍(シフト)しました。オミクロンBA.2の子孫がBA2.86ですが、2と2.86では30個以上の変異があってかなり違います。
だからその子孫であるKP.3も、オミクロン株の亜系統とは言っても当初のBA.2やBA.4などといった亜系統とは抗原性がだいぶ違うウイルスであると思われます。だからこれまでの感染防御のための免疫がなかなか効かないのです。
働き盛りも増えている入院患者
——流行し始めているのがわかりましたが、世間の危機感は薄いですね。
問題は医療逼迫です。これは沖縄県の今の入院患者数です。沖縄は緩和後も、新型コロナ患者の受け入れ医療機関での入院患者数をモニタリングしています。グラフからも増えているのが見てとれます。
沖縄県の入院患者数推移(西浦博さん提供)
沖縄でのだいたいの状況では、入院患者数の合計が150人を超えたあたりで、新型コロナを受け入れている数少ない病院のベッドは埋まってしまっているのに近い状況となります。
今回のリスク評価で大事なのは、入院患者に若い世代もそれなりに含まれていることです。右側に棒グラフのデータを数字で出しています。もちろん80代、70代が多いのですが、50〜60代の働き世代もこれまでの流行の比率と比べて結構多い。
元々基礎疾患があって、ワクチン接種も2回はしたけれど、その後アップデートしていない、というような人が入院しています。あるいは、今まで感染には気を付けていたけれど、予防接種で免疫をアップデートしていない状態で感染すると一定割合の人が重症化しているようです。
これまでは70〜80代ばかりが入院患者の中では突出する傾向があったのですが、今回の流行では50〜60代が目立つのが気になります。新型コロナの社会に対するインパクトとしてはとても大きいものになる可能性があります。
沖縄では救急搬送も過去最多に
これは沖縄県の高山義浩先生が作成されているグラフで、沖縄で救急搬送がどんな状態になっているかを過去5年と比べています。最大の流行となった第8波の頃と比べても過去最多を更新しています。
——これは新型コロナだけの救急搬送ですか?
いえ、全ての救急搬送です。たとえば6〜7月は高湿度で気温も上昇するため熱中症搬送も増えます。外傷で搬送される人もいっぱいいます。その中でコロナの流行も重なるので、大変厳しい状態です。
本州でもこの状況は十分起こり得ると考えられます。粛々と準備しておかないといけません。
(続く)
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、その後は新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしてきた。
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