お金、病気、親の介護——。将来に不安を抱えるすべての人へ「死なないノウハウ」教えます!
日本人の三人に一人以上が単身世帯となり、高齢独居世代は2000年からの20年間で倍増。
地盤沈下が進む日本で誰もが将来に漠然とした不安を抱える中、作家の雨宮処凛さんが独り身が生き延びるための制度や方策を専門家に取材しながら詳しく紹介する『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)を出版した。
自身もアラフィフ、独り身の雨宮さん。この本を書いたらすっかり安心して、無敵の状態になったという。
雨宮さんほど売れっ子ではないが、近い境遇の筆者が切実に話を聞いてきた。
雨宮処凛さん(撮影・岩永直子)
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「普通の人」の生活も破綻したコロナ禍
——今まで雨宮さんは貧困問題の支援に積極的に関わっていましたが、今回はもっと幅広い層に向けて書いていますね。なぜこの本を書こうと思ったのですか?
コロナ禍の中、私が世話人を務めている反貧困ネットワークが開いた生活相談会などで100人以上から話を聞いたり、2500件以上の相談メールを読んだりしてきました。
これまでと違うと感じたのは、経済的に中間層の相談がものすごく多かったことです。「家賃が払えない」ではなくて、「住宅ローンが払えない」とか「大学の学費が払えない」という内容。大学生は「学費が払えないけれど、親も失業して仕送りが途絶えたので親も頼れない」と言うのです。
大学生であれば居酒屋などサービス業のアルバイトをしていることも多いのですが、コロナ禍でそこも休業してにっちもさっちもいかない。
持ち家もあって少し余裕がありそうに見えていた世帯が、実はお父さんはタクシー運転手、お母さんは派遣社員、息子も派遣で結構ギリギリで住宅ローンを返していて、コロナ禍で一気に破綻しています。
今まで見ていた貧困層の人ではなく、いわゆる「普通の人たち」が、急激に生活が破壊されているのを山ほど見聞きしてきました。
経営者であっても、例えばイベント会社を経営していた人は、コロナでイベントがなくなり、借金まみれになってしまう。借金がとんでもない額に膨らみ、ホームレスになって相談にきたという経営者もいて、びっくりしました。
しかし、そういう人たちは、ほとんど社会保障制度を知らないのです。
ある意味、困窮者の人たちはこの20年ぐらいで自分の身を守るために社会保障制度について詳しくなり、力をつけてきました。
でも少し上の層を見ると、これまで生活破綻が他人ごとだったので何も知らない。
私が持っている知識が、困窮者だけでなく中間層にも使えるものなんだなと気づいたのが大きかったです。
『死なないノウハウ』の表紙
——元から知っている知識もたくさんあったのですね。
そもそも貧困問題に関わり始めたのは、自分のためです。フリーランスで、単身で、いつどうなるかわからないじゃないですか。
——私もついにそういう身になりました(笑)。
ようこそ、このサバイバル、綱渡りの世界へ(笑)。私は自分のために貧困問題に関わり始めたことで、知識も持てたし、人脈もできた。借金を抱えたらここ、病気になったらここ、とその問題ごとのセーフティネットが分厚くなったので、それをお裾分けしたいと思ったんですね。
生保・高齢者・障害者バッシングは将来の不安から生まれている
——雨宮さん優しいですね。みんな生活が苦しくなっているのに、助け合うというよりギスギスしています。
生活保護バッシングも、高齢者ヘイトも、障害者ヘイトもそうですが、失われた30年でみんな性格がどんどん悪くなっているし、意地悪度が高くなっている。
それは完全にこの先の不安が原因だと思うんですよ。自分もフリーランスとして働き始めた頃は、不安で、不安定で、ものすごい自己責任論者で、すごく意地悪でした。
でも貧困問題に関わるようになって、困った時に使える制度や頼れる民間団体をたくさん知って、死なない方法が無数にあるんだと思えるようになったら、急に優しくなったんです。やはり人間は心の余裕を持たないとダメですよね。
ただ、困窮者向けの制度は知っていたのですが、親の介護に関する制度などは今回の本の取材で初めて知りました。「1章(お金)」、「2章(仕事)」あたりの情報は知っていても、3章以降(親の介護、健康、トラブル、死)については無防備でしたね。
だからそこもつぶしておけば、すべて乗り越えられるだろうと考えたんですよね。
最終章は「死」。「自分の死後のスマホやパソコン」「孤独死での腐乱死体化を防ぐには」「自分亡きあとのペットはどうなる?」などなど、かゆいところに手が届く情報が盛りだくさんだ。
——死(終活)も50ぐらいになると、意識し始めますよね。
でも、50歳だと日本人女性の平均寿命を考えると、残り37年ですよ。相当長い。赤ちゃんの頃から37歳までってすごく長かったですよね。それをもう一回やるんです。お金どうする?ってなるじゃないですか。子供の頃は親がいたけれど、大人になったら自分でどうにかしないといけないんですよ。
便利な制度はあるが、知らせない?
——この本を読むと、困った時に役立つ制度は手厚く用意されていることがわかります。ただし、必要な人に情報が届いていない。「メニューを見せてくれないレストラン」という言葉を引用されていましたが、行政はわざと知らせていないんですかね?
そうだと思います。生活保護についてあれほど水際作戦をやることからも分かるように、現金給付されるような制度について、行政は際限なく出したら破綻するという考えがどこかにあると思います。
だから申請の現場でも、行政はしつこく「これは公金なので」と言うし、門前払いされる人や生活保護申請をさせてもらえず施設に入れられる人も見てきました。申請が通ったとしても、職員が「この制度は人をダメにする制度だから、すぐに抜け出すんだよ」と若い人に言う。
——でも、料金滞納で携帯電話が作りにくくなった人向けに、携帯を作りやすい業者のリストを厚生労働省が作っていたり、大学の学費を補助する高等教育の修学支援制度なんてあったりするのに驚きました。これを知ったら救われる人がたくさんいそうです。
そうなんですよ!奨学金の返済地獄の解決策が2020年にできているのに、全然宣伝されていないし、大学の教授に聞いてもこの制度を知らない人が多い。それって問題じゃないですか。
高校や大学の教員、職員は絶対に知っているべき制度なのにあまり知らせていないのは、使われすぎたら継続できないからなのかなと勘繰ってしまいます。ものすごくいい制度ができているのに、がんがんアピールしないのはなぜ?と思います。
——自分で制度を探して、申請して、掴み取ることが必要なわけですね。でも日本人は受け身な人が多いので、待ちの姿勢になりがちです。
いい制度は、探せばあるんです。ただ、ネット検索では偽情報もたくさんあるので難しいのですが、そのためにもこの本を読んでほしいです。ここに書いてあるのは確かな情報です。
——雨宮さん自身、「こんなのあったんだ!」と驚いた制度はありますか?
困窮者向けの携帯電話会社のリストはありがたいなと思いました。生活費が足りなくて困った時に使える「生活福祉資金」もそうですね。ネットカフェ生活をしている人もこれがあれば生活を立て直せる。ただ、貸付制度なので返さなければいけませんが。
他にも、プレカリアートユニオンの清水直子執行委委員長に聞いた話は驚くことが多かったです。
無理な業務を強いられて大怪我をしたトラック運転手が、「労災申請はしないでくれ」 と会社に言われ、1730円しか補償されなかったのが、組合を通じて交渉したら1000万円近くの解決金が支払われた。こういうこともきっと知らない人が多いでしょう。
仕事でミスをして会社から弁償金を求められても、払わなくていいという情報も驚きでした。
私が飲食店でバイトしていた時、コーヒーカップを割ったら罰金100円でした。こういう罰金ってきっと多くのところである。食器ならまだしも、車などだと金額も洒落にならないのに弁償させている会社があると思います。
組合に対してある世代より下の人は嫌悪感があったり、意義を感じていなかったりすると思うのですが、いやいや使えるんだよと伝えたいですね。
時代にそぐわなくなっている制度
——面白かったのが、雨宮さんが制度にツッコミを入れているところです。遺族年金は妻を亡くした夫に渋く、夫を亡くした妻には手厚い。逆に子供のいない30歳未満の妻には5年しか支給されない。「『子どもがいなけりゃ若い女は再婚できるだろ』『男たる者、妻の遺族年金なんてあてにしないで自分で稼げ』という、制度設計したおじさんの心の声がダダ漏れな制度なのである」と。古い家族観や男女観が制度に反映されているのも驚きでした。
遺族年金の男性差別に顕著だと思うのですが、日本の社会保障制度のほとんどが、1960年ぐらいに作られて、高度経済成長の標準モデルに合わせられています。正社員、終身雇用の父親と専業主婦の妻に子供二人の世帯などを基礎にしている。パート女性の103万円の壁などもそうですね。
撮影・岩永直子
でも今や単身世帯が38%以上で、制度が時代に合わなくなっています。制度疲労は、すべての制度について共通して言えることです。
国が今、「終活支援」をすると言っていて、ワンストップで身寄りのない高齢者に対して支援を始めると報道され始めています。
それこそ、単身高齢への支援はイエ制度と絡めてほしくない。家族や戸籍をたどって面倒をみてくれる人を探すとかはやめてほしいです。
今、都心では空き家問題が深刻になっていますが、処分するにしても家族の了承を取らなければいけないので手がつけられないという手続きが問題解決を難しくしています。
全部、家族と結びつけることで不合理なことになっているので、民間の家族代行業が親の最期の後始末を手がけていることなども参考にしてほしい。今までのようにイエ制度や家族をベースにすると、使い勝手の悪い終活支援になります。
——ただ、生活保護の扶養照会(生活保護申請に対し、親族の中で面倒をみてくれる人がいないか確認すること)はなくなっているんですね。親族に連絡が行くのが嫌で、申請をためらう人が多かったですよね。
運用が変わりました。ただその後もしつこく聞いている役所はあるようです。
制度の案内役を置いて迷子にならないように
——役所の縦割り問題も指摘されていますね。役所の人は担当部署以外の制度は全くわからない。
役所や年金事務所、労働基準監督署もお互いが管轄する制度を全然知りません。本当はもっとお互いのことを知って、一つの役所で手続きをしたら他の役所のことも全部教えてもらえたらいいのですがそうはなっていません。また一から自分で探さなくてはならない。増改築を繰り返した、使い勝手の悪い家のようになっています。
ワンストップで、一括で案内してくれる人がそれぞれの役所にいれば、誰も制度の迷子にならないし、取りっぱぐれることもないはずです。
——元読売新聞の記者で、行政書士や精神保健福祉士、社会福祉士など様々な資格を持つ原昌平さんが様々な支援につなぐ「相談室ぱどる」も本の中で紹介しています。まさにそういう役割を民間で果たしていますね。
そうですよね。あんな人が役所に必ずいるといいですよね。
(後編に続く)
【雨宮処凛(あまみや・かりん)】作家、活動家、反貧困ネットワーク世話人
フリーターなどを経て2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版、のちにちくま文庫)でデビュー。06年から貧困問題に取り組み、07年に出版した『生きさせろ!難民化する若者たち』(同)はJCJ賞を受賞。
著書に『非正規・単身・アラフォー女性』(光文社新書)、『コロナ禍、貧困の記録、2020年、この国の底が抜けた』 (かもがわ出版)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
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