相次ぐ芸能人の性暴力事件をかばう声が多いのはなぜ? 子供たちは学び始めている性的同意の重要性

芸能人が女性から性暴力を訴えられたのに対し、かばう声も多い日本。そんな大人たちを飛び越えて、子供たちは性的な同意について学び始めています。性教育の専門家、サッコ先生こと高橋幸子さんに取材しました。
岩永直子 2025.02.26
誰でも

人気お笑い芸人の松本人志さん、元タレントの中居正広さんなど、女性から性加害を訴えられたのを理由に芸能生活を停止、引退する事案が相次いだ。

それに対し、芸能人側をかばう声だけでなく、「自分で部屋に行ったのだろう」「売名行為だ」などと女性を非難する声さえ上がる。「どのように距離を詰めたらいいのかわからない」と戸惑う声も聞こえてくる。

これは、「性的同意」の概念が十分に理解されていないことが背景にあるのではないだろうか?

日本では2023年から、性暴力の加害者にも被害者にも傍観者にもならないことを目指す「生命(いのち)の安全教育」が本格的に始まったが、十分に広がっているとはいえない。

性教育の専門家で埼玉医科大学医療人育成支援センター・地域医学推進センターに所属する産婦人科医の高橋幸子さんに取材した。

高橋幸子さん(撮影・岩永直子)

高橋幸子さん(撮影・岩永直子)

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子供は「性的同意」を学び始めているが、大人は?

——芸能界で性暴力が絡む問題が相次いでいますが、男女の反応に温度差を感じます。社会的に許されないという空気が広がり、女性は「やはり声をあげても良かったんだ」と驚き、男性側は芸能人側を一生懸命かばう人もいます。

おそらく、かばう側の感覚で生きてきた人たちは、松本さんや中居さんの行為を否定されると、自分たちも否定されることになる。だから「それの何がおかしいの?」と思わず声をあげてしまうのだと思います。でもそんな行為が社会としては許されないという空気を感じて、ヒヤヒヤしているところではないでしょうか?

——子供たちはそんな感覚は間違っているということを幼い頃から教えていかなければいけませんね。

最初から「そんな一方的な性的な行為はおかしいよね」と、同意を得ることを教えていかなければいけません。

また、そうした教育が始まっていることを大人も知らないといけません。

今の子供たちは幼稚園、保育園の頃から、「性的に嫌なことがあったら、信頼できる大人に言おうね」と教育を受け始めています。でも大人たちは子供たちの概念が変わっていることを知らないので、そのSOSを受け取ることができないかもしれません。

学校の先生だったら、「生命(いのち)の安全教育」が始まっていることを知っているでしょう。でも、「やらなくちゃいけない」とはわかっていながらも、始まっていない地域が多いのが現状です。

文部科学省の「生命の安全教育」の特集ページ

文部科学省の「生命の安全教育」の特集ページ

——「生命(いのち)の安全教育」とはどういう教育で、どこが提唱しているのですか?

文部科学省が提唱しているものです。性暴力の加害者にも被害者にも傍観者にもならないことを目指すことが掲げられ、子供の発達段階に応じて「プライベートゾーン」「SNSの性被害」「デートDV」「性的な同意」を学んでいきます。

2020年に内閣府主導で性暴力を許さない社会を作る事業を、厚生労働省と文科省と法務省が始めました。この一環で、文科省は幼保から小中高大学生までを対象に「生命の安全教育」を始めたのです。

2021年には手上げ方式で先行して始めた地域には予算が付きました。2023年には日本中のすべての学校でやるように言われているのですが、新型コロナウイルスの流行もあり、まだ十分広まっていません。

既に学んだ地域の子供は守られ始めています。やっていない地域には、「性暴力が蔓延する社会に対して、子供たちを無防備なまま放って大丈夫ですか?」と問いかけたいです。

子供に「プライベートゾーン」を教える理由

——こうした知識を身につけるだけで、子供は大人による性暴力から守られるものなのですね。

内閣府がこの事業を始める時、私もどういう内容を入れるべきかヒアリングを受けました。そこでプライベートゾーンや性的同意を教える必要性を訴えました。

カナダにメグ・ヒックリングさんという性教育を熱心に行っている看護師さんがいるのですが、彼女はプライベートゾーンについて子供に教え、カナダの性暴力被害を激減させたのです。日本でも2003年に『メグさんの女の子・男の子からだBOOK』という本を出し、何度か来日してワークショップをやってくれました。

このワークショップで学んだことを参考に、私も小学生に対してプライベートゾーンを教える性教育を行ってきました。

——「プライベートゾーン」は、どのように教えているのですか?

まず、「赤ちゃんが産まれる通り道で、大事なところだからパンツを履いて守っているでしょう?パンツをはいているのは、プライベートゾーンだからだよ」から始めて、水着で隠れる部分は大事なところでプライベートゾーンだと伝えます。

そして、他の人のを勝手に見たり触ったりしてもいけないし、他の人に勝手に見られたり触られたりしないようにしようね、と教えます。もしそんなことがあったら「嫌!」と言っていいし、逃げようねと伝えます。

NHK for schoolのキキとカンリで、プライベートゾーンや自分と人の境界線について伝える動画を監修しています。こうした動画も活用してほしいです。

SNSでの性被害防止も教育

そのほか、小学校高学年からは、SNSで同じ年だと思い込んでいたら大人だったなどネット上で出会った人を信用しないようにしましょうなど、SNSの性被害について学びます。また一人一人の距離感や境界線について学んでいきます。

相手によって境界線や距離感も変わってくるし、同じ相手でも違う場面ではその距離感も変わってきます。そういうことも教えます。

万が一、被害に遭った場合は、悪いのは加害者であり、あなたは悪くないということを伝えます。友達が被害にあった時も、友達を責めるようなことは言わないという二次加害予防もします。被害にあった時の相談先も紹介したりします。

ただ、文科省が「生命の安全教育」の特集ページで提供している教育資材を見ると、防犯教育にとどまっていて、人権教育になっていないのが気になるところではありますね。

「あなたの体はあなたのもので、あなたの体のどの部分に誰がどう触っていいか決めていいのはあなただけなんだよ」という人権視点ではなく、「ここは触らせません」という結論から入っている。禁止から始まっているのがもったいないです。

——性行為は他者に自分の体を前向きに触らせる行為ですしね。

でも小中学生には歯止め規定があって、性交は教えないことになっているんです。「触らせません!」ばかりを教えていると、いずれ誰かと性的なコミュニケーションが始まる時に整合性がつかないですよね。

日本性教育協会が6年ごとに行なっている調査によれば、2023年のデータで性的な経験がある中学生は約5%いました。2005年の若者の性行動のピーク時に比べると高校生や大学生は逆に下がり、早く経験している子と、大きくなってもしない人の二極化が進んでいます。新型コロナの流行で、恋愛どころではなかったという影響もあるのだと思います。

——子供たちの意識は変わりつつありますか?

この教育がまだ広がっていないので、まだまだですね。学校に任せていても埒があかないということで、性教育の本が売れているのですが、我が子だけが知っていてもうまくいかない。

集団でみんなが同じ認識でいないと、触る側は何の気なしに触ってしまうし、「やめて!」と拒否しても、SOSを出しても受け止めてもらえない。だから学校で集団で学ぶことが大事なのだと思います。

自分の体は自分のものと幼い頃から学ぶ必要性

——そもそも、防犯の意味だけでなく、プライベートゾーンや性的同意を知っておいた方がいいのはなぜなのでしょうね?

「こういうおっかない人がいるよ」という脅しではなく、「あなたの体はあなたのもので、嫌な時は嫌だと言っていいんだよ」と子供達に身につけさせることが大事です。それは性暴力だけの問題ではなく人権であり、人間関係の根本を学ぶことになるからです。

日本ではそういう感覚が薄くて、「いやよ嫌よも好きのうち」が大人にも染み込んでいます。小さい頃も、大人が「くすぐり地獄」のような遊びを子供に対してしますよね。くすぐって「やめて」と子供は言っているのにやめない。

だけど「やめて!」と言われたら、1回やめることが大事です。子供が本当に楽しんでいるのかを確認するため、いったん手を離して「本当にやめちゃうよ?」と聞き、「ううん。やめなくていい」と言ったら、再開する。

——親子の間でもそうした「確認」や「同意」の癖をつけることが必要なのですね。

そうです。「やめて」と言ったら、やめてもらえた経験の積み重ねが、性行為を始める段階になった時に、嫌なことは嫌と言えて、それを受け入れてもらえる関係の構築につながります。相手に嫌と言われた時に、言われた側も「相手の言葉をちゃんと受け止めなくちゃいけないんだな」という意識が育ちます。

子供の頃から「あなたの体のことは自分で決めてもいいんだよ」というところがなく、いきなりセックスの時だけ「嫌なら嫌と言いましょう」と言われても言えないでしょう?「嫌」と言われた側も、くすぐり地獄のように続行してしまう。だから小さい頃からの積み重ねが必要なんです。

子供に同意について伝える動画も

——しかし、同意の重要性について教育されてこなかった大人が子供に教えるのは難しそうですね。

CONSENT for KiDS(子供のための同意)」をご存じですか?

これはすごくいい動画で、イギリスの警察が子供に同意を教えるために作ったものなんです。

——紅茶の動画ですか?

いえ、紅茶の動画(「Consent – it’s simple as tea 同意——それは紅茶の話と同じようにシンプルな話」 )は大人用の性的同意の教育動画で、同様にイギリスの警察が作っています。

CONSENT for KiDS(子供のための同意)」はそれの子供向けバージョンなんです。自分の体をどう扱うかは自分で決めてよくて、何を嫌と思うかはそれぞれ違う。同意するか聞いて、その答えを聞くことが大事なんだというメッセージです。

エッチなことは子供はすべきではないから、もし何かされても君は悪くないよ、大人に相談してね、ということをすごくわかりやすく伝える内容です。

——しかし、ジャニーズの性暴力事件のようなやり方だと、「自分は同意して応じたんだ」と思いこまされるところがまた巧妙ですね。

圧倒的な力の差があり、しかもその行為で身体的な快感も得ている場合、本人も後ろめたい気持ちになりますよね。ただ痛いことをされただけではないので。でもそれは、権力を持つ人の言うことに従わなかったら不利な扱いを受けるという暗黙の脅迫の下で行われたわけですから、本当の同意ではありません。

福岡県が作った「小学校高学年向け性暴力根絶啓発動画『境界線ってなに?』」もよくできています。自分と相手の間の境界線について学ぶ動画です。

——これを教える大人も先に性教育を受け直した方がいいですね。

はいそうだと思います。古い価値観のまま子供のSOSを聞いても、「あんたが悪い」と言っちゃう人がいるかもしれません。

福岡のこの動画は「境界線、透明バリアのお話は、大人になっても役にたつ、生きていくコツ」と結んでいます。大人も学んでないでしょ?「大人にとっても自分を守る力になるよ」という心に刺さるメッセージが入っているので、大人も見てほしいですね。

(続く)

【高橋幸子(たかはし・さちこ)】埼玉医科大学医療人育成支援センター・地域医学推進センター勤務/産婦人科医

性教育がやりたくて産婦人科医になった。年間180回以上の性教育の講演会を、全国の小中高校で行なっている。NHK「あさイチ」「NHK for school キキとカンリ」「ハートネットTV」など様々なメディアに出演。性教育サイトの監修。性教育関連の書籍の監修を手掛け、性教育の普及や啓発に尽力している。主な著書に『サッコ先生と!からだこころ研究所 小学生と考える『性ってなに?』(リトルモア)、『12歳までに知っておきたい 男の子とのためのおうちでできる性教育』(日本文芸社)がある。

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