なぜ私は大麻使用罪に反対するのか 当事者や家族を支援してきた田中紀子さんが国会で訴えたこと
大麻の「使用罪」を創設する大麻取締法の改正案が国会で審議されています。
11月10日、衆議院の厚生労働委員会で参考人質疑が行われました。
世界では大麻や薬物の非犯罪化が進んでいる中、なぜか日本は世界の流れに逆行して、厳罰化に進もうとしている特殊な国です。
参考人の中でただ一人、使用罪創設に反対の意見を述べた一般社団法人ARTS代表理事の田中紀子さんの演説を全文書き起こします。
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間違った薬物政策や啓発で苦しむ当事者、家族
一般社団法人ARTS代表の田中紀子です。ARTS(Addiction RecoveryTotal Support)は薬物他、依存症問題の啓発や社会提言を行い、依存症問題に苦しむ当事者や家族の方々の支援をしている団体です。
私はこういった場に立つことも2回目ですし、割といろんなことに緊張しないタイプなのですが、今日は本当に大きな悲しみというか、なかなか現場の声は届かないんだなということを感じています。
本当に小さな、現場で困っている当事者や家族の立場の人間の意見はなかなか反映されないなという悲しみ。そして、だからこそこの機会を与えていただいて、その声を届けないといけないという責任感で、今ちょっと緊張しております。
お手元に私どもの資料をお配りしています。どうかお手に取ってご覧いただけたらと思います。
今日は、限られたお時間ですので、3つのポイントに絞ってお話しさせて頂きたいと思います。
まず第一に、偏見を生み出している我が国の薬物政策についてです。
我が国の薬物問題は、刑罰中心の政策、間違った啓発のあり方、それに伴うメディアの過剰反応により、多くの誤解や偏見を生み出し、当事者や家族に苦しみを与えています。
まずはお手元の資料の図1をご覧下さい。 この図を見て、先生方どう思われるでしょうか?
田中紀子さん提供
これは各自治体が薬物乱用防止キャンペーンの一環として子供達に書かせ、賞を受賞した作品です。ここには薬物問題に苦しむ当事者や家族に対する人権への配慮どころか、人間としてすら描かれていません。
子ども達に長年こういう教育を続けた結果、大人になって審査員の立場になってもこのような啓発に何も疑問を持てないのです。
なぜこのようなことが起ってしまっているのか。 図2の厚生労働省の薬物乱用のパンフレットをご覧下さい。
田中紀子さん提供
驚くことに麻薬・覚醒剤乱用防止運動のキャッチコピーは 、
「薬物の乱用はあなたとあなたの周りの社会を壊します!」となっています。
これではまるで薬物乱用者自身が社会の破壊者のようです。
さらにこのパンフレットの6ページ目にはこんな記載がございます。図3をご覧下さい。
田中紀子さん提供
「薬物乱用により凶悪な事件を起こす」とありますが、本当にそうでしょうか?
犯罪に結びついているのは、薬物よりもむしろギャンブル
警察庁が発表している「年間の犯罪」という統計を、グラフにしてみました。図4をご覧下さい。
田中紀子さん提供
このように、実は薬物の作用で起きている犯罪は、異常酩酊及び精神障害またはその疑い、パチンコ依存、ギャンブル依存と比較しても最も少なく、突出しているのは実はギャンブルによる犯罪です。ギャンブル依存とパチンコ依存をあわせるとどれだけ多い数字かおわかり頂けるかと思います。
では、犯罪の種別で動機をみていくとどうでしょうか。異常酩酊には他の精神障害も含まれておりますので、これを除きギャンブル及びぱちんこ依存と薬物の作用で比較してみたいと思います。(図5~8)
殺人・強盗・放火・強制性交等といった凶悪犯でもギャンブル依存とパチンコ依存の方が犯罪が多いのです。
田中紀子さん提供
粗暴犯も同様です。
田中紀子さん提供
窃盗犯や、詐欺や横領といった知能犯に至っては比較にもならないほどです。
田中紀子さん提供
田中紀子さん提供
ちなみにこれら薬物の作用は大麻だけでなく、覚醒剤他処方薬や市販薬も含めた数字です。
薬物乱用者をさらし者にし、再起を許さない日本
このように薬物乱用者は凶悪犯、といういわれなき偏見、そういった啓発をされて、社会で居場所を奪われてきました。 それはアルコール・ギャンブルが一部を除いて、手を出しただけでは犯罪にはならないという違いがあるからです。
では法律に反して未成年者がアルコールやギャンブルに手を出した場合に、いちいち逮捕されているでしょうか。
アルコールやギャンブルに手を出したという微罪で「逮捕」という処分が下されれば、あまりにも失うものが大きい。それは誰でも理解できることです。
だからこそ、これまでそういった青少年には生活習慣の見直しや、背景にある生きづらさ、または家庭や学校という環境要因の見直しがなされてきました。大麻も全く同じです。
アルコールやギャンブルでも、習慣から依存症になれば精神に異常をきたし、事件や事故が起るのです。一度でも手を出せば、リスクを背負うのは大麻と全く変りません。
にもかかわらず日本では、薬物乱用者に対し刑罰を科し、懲らしめ、さらし者にし、社会の厄介者として、人間扱いせず、再起すら許してきませんでした。
これ以上、犯罪者というスティグマを増やすべきではありません。
ちなみに申し上げますが、私たちが求めている「非犯罪化」ということは、「合法化」ということとは全く別です。薬物全てを合法化しろと求めているのでは全くありません。そこのところ、誤解なきようお願いします。
世界では薬物問題は非犯罪化の流れ 逆行する日本
次に世界の薬物政策はどうでしょうか?
まず、アメリカですが、2022年10月6日、バイデン大統領は、大麻の単純所持での有罪者全員に恩赦を与えました。
日本と同じく刑罰で大麻を取り締まってきたアメリカの薬物対策に対して、「アメリカの大麻に対するアプローチは失敗であり、あまりにも多くの人の人生を狂わせてきました。大麻所持の犯罪歴は雇用や住宅、教育の機会にも無用な障害をもたらしている。この過ちを正すときがきたのです」 と述べました。
また、2023年6月23日、国連人権高等弁務官事務所は、 「薬物問題への刑罰は、すでに社会から疎外されている人々に汚名を着せます。薬物問題の犯罪化は、医療サービスへのアクセスを深刻に妨げ、人権侵害をもたらします」と声明を発表しました。
このように世界では、薬物乱用者を犯罪者として汚名を着せ懲らしめるのではなく、非犯罪化へと舵を切り、薬物を使わざるを得ない状況の人びとを医療サービスへ繋げる方向に進んでいます。
大麻はゲートウェイ仮説は本当? むしろ問題は市販薬、処方薬依存
こういうことを伝えると、先ほどの委員の発言にもありましたが、「日本は、海外ほど薬物問題はない。日本の政策こそ成功している」という声があがります。本当にそうでしょうか。
図9をご覧下さい。
田中紀子さん提供
確かに大麻の検挙数は増えていますが、だからといって覚醒剤等のよりハードなドラッグが増えているわけではありません。むしろ薬物事犯自体は減っています。
これは「大麻はハードドラッグのゲートウェイ」という仮説を否定しています。
そして図10をご覧下さい。これは薬物依存症治療の第一人者である、松本俊彦先生からお借りしたデータですが、2014年に危険ドラッグが流行しましたが、取締りが強化されると、結局、合法薬物である処方薬や市販薬の乱用が増えてしまいました。
田中紀子さん提供(松本俊彦さんの資料)
薬物にも流行廃りがあるのです。大麻の取締が強化されれば、同様のことが起きるでしょう。
そして松本先生によれば、大麻の害よりも、処方薬、市販薬の方がよほど依存症は難治性になるとのことでした。
大麻の捜査を強化すれば、大麻使用罪を作れば、難治性になっていく、市販薬や処方薬に流れていく青少年が増えていくことが懸念されます。
つまり海外と逮捕者数が違っても問題の本質は同じです。
大切なのは、薬物乱用者に対する「犯罪者」というスティグマを軽減させ、早めに医療サービスへアクセスさせることです。
先ほど委員たちの間でもこのことはみなさんおっしゃっていました。「最初はいいけれども、そのうち色々重大な問題を引き起こす」。その通りです。
アルコールもギャンブルでもなんでもそうですが、早期に相談、早期に治療が大切なんです。
だからこそ、早期治療を実現するには、相談したら逮捕されるかもしれないという、そういう懸念があっては誰が早期に相談できるでしょうか?
そこのところの弊害についてよくお考えいただきたいと思います。
捜査機関と報道との”共犯関係”
最後に、捜査機関と報道のあり方についてです。
最も望むことは、捜査機関が大麻の個人使用のような微罪の逮捕者を、報道機関に個人情報を提供することをやめて頂きたいということです。
先日大麻所持で逮捕された芸能人は、逮捕の前から自宅等を報道機関に張られていました。これは捜査機関と報道機関の情報漏洩と思われ、人権が侵害されています。
また日大の大麻所持事件では、わずか0.019gの大麻片を持っていただけで、連日繰り返し学生の実名報道がなされ、教育の機会も奪われました。
一方、島根県警は自宅で大麻を所持していたとして県内の警察署勤務の男性巡査長(26)を大麻取締法違反(所持)の疑いで書類送検し、懲戒免職処分にしましたが、県警は証拠隠滅や逃亡の恐れがないなど「総合的な判断」として逮捕せず、プライバシー保護を理由に名前や勤務場所も公表しませんでした。
私たちはこのことを責めているのではなく、全国的にこの島根県系のこの取り組みが広がってほしいと願っています。
その後、この事件は所持量が少量だったこともあり、後に不起訴になっています。
大麻を個人で使用所持したという微罪で、デジタルタトゥーが残り、若者の将来が奪われてしまうべきではありません。島根県警のように現在でも実名公表を控える捜査機関もすでにあります。
報道の自由も大切ですが、この国の未来を考えれば、何よりも若者の再起に配慮することが優先されるべきだと考えます。
実名報道で奪われる生活
また、このような実名報道のお陰で、当事者だけではなく家族が職を奪われたこともございます。「暴力団との関係を疑われる」と上司に暗に圧力をかけられ、退職を余儀なくされてしまいました。 この会社は公共事業の入札業務を行っている会社でした。そのため、このようなことが起こってしまいました。
また、大麻と覚醒剤の使用と所持で逮捕経験のある、俳優の高知東生さんは、SNSで「事件から7年たった今も駐車場すら借りられない」と仰っています。
こういった逮捕の後、再起を目指す人たちのフォローが何もないまま、またさらに刑罰を増やすことに私どもは大変心配しております。
このように困っているご家族まで社会から疎外し、薬物乱用者の再起を阻んでしまう、さらし者のような報道のあり方には問題があり、今回の改正では配慮を求めます。
「ダメ。ゼッタイ。」運動が押す「薬物乱用者がダメ」という烙印
長年行われた「ダメ。ゼッタイ。」運動は、「薬物がダメ」なのではなく、「薬物乱用者がダメ」という烙印を押してきました。
依存症者は、社会や他人の厳しさでは変われません。依存症者の背景にはもう十分に厳しい環境にさらされた経験があります。逆境体験があるんです。
政治家の先生方、官僚の皆様、そして学者の先生やお医者様、立派な大学を卒業された皆様が頭で考えた政策だけでなく、社会から取り残された当事者や家族の声を取り入れた改正を望みます。
「大麻のあり方検討会」では、薬物問題を抱えた家族はメンバーに入れていただくことすらできませんでした。メンバーの選定にも恣意的なものを感じています。
人は厳しさで変わるのではなく、優しさと希望で変わる
どうか大麻使用という微罪で、これ以上若者の未来を奪わないで下さい。問題を抱えた青少年、そして依存症者は、厳しさで変るのではなく、社会の優しさと希望で変れるのです。
以上です。
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
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