マイコプラズマ、百日咳、麻疹......海外でも呼吸器感染症が急増中 日本に上陸する可能性は?

日本だけでなく、中国、韓国、米国、ヨーロッパでも呼吸器感染症が急増しています。日本に入ってくる可能性はあるのか。どう防いだらいいのか。感染症のスペシャリスト、岡部信彦さんに聞きました。
岩永直子 2023.12.16
誰でも

最近、中国で子供の呼吸器感染症が急増しているというニュースが伝わり、アジアでも欧米でも呼吸器感染症が増加しているようです。

海外で流行している呼吸器感染症が日本に広がる可能性はどうなのでしょうか?

感染症のスペシャリストで小児科医でもある川崎市健康安全研究所所長、岡部信彦さんに聞きました。

海外での呼吸器感染症の流行を警戒する岡部信彦さん(撮影:岩永直子)

海外での呼吸器感染症の流行を警戒する岡部信彦さん(撮影:岩永直子)

※インタビューは12月12日に行い、その時点の情報に基づいている。

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中国で急増するマイコプラズマ肺炎

——中国で子供の呼吸器感染症が増えたというニュースに「またか」と不安が広がりました。これは結局何なのでしょう?

WHOなどの発表によると、新たな病原体が現れたということではないようです。今のところマイコプラズマ肺炎が中心で、インフルエンザやRSウイルスも含まれているとのことです。。

マイコプラズマは、以前は「オリンピック病」と呼ばれたように、4年ごとの周期で流行する感染症でした。この周期は今では崩れています。なぜ崩れたかは謎ですが、人や自然の環境の変化などが影響しているのではないでしょうか。

マイコプラズマは肺炎とはいえ、基本的にはそれほど重くならない病気です。むしろ気が付きにくい肺炎で、微熱で咳が続いているぐらいでは、聴診器での診察ではわからないことがあります。

肺炎を疑うのに一番重要なのは、呼吸の回数や息の粗さや聴診での肺の音の変化をキャッチすることです。さらに胸のレントゲン写真を撮って確定となりますが、マイコプラズマ肺炎はこの基本から外れることがしばしばあります。

あまりはっきりしたサインはないけれど、念のためにレントゲンを撮ってみると、肺が真っ白になっていて気づく、というパターンがあります。私もレントゲンを撮ってみて初めて気づき、「うーむ」と恥ずかしい思いをしたことが少なからずあります。

症状があまりはっきりしなくて、咳が続いているぐらいだと外出してしまうことも多く、先日のNHKのニュースでは「歩く肺炎」と表現されていました。それほど気が付きにくいのです。

また、マイコプラズマ肺炎は適切な抗菌薬(抗生物質)を使った方が治りが良いのですが、抗菌薬を使わなくても回復する人が多い、自然治癒傾向が強い病気でもあります。

一方、マイコプラズマ感染症が拡大すると、急性脳炎や髄膜炎、四肢の麻痺、心筋炎、全身の激しい発疹や、血管の閉塞による手足の末梢の壊死など、多彩な重症合併症も現われてきます。

診断と適切な治療、症状の経過に注意することが重要で、流行拡大はできるだけ抑える必要があります

治療には、マクロライド系、あるいはテトラサイクリン系と言われる抗菌薬が使われます。これらが医師の診断なしに「self medication(自己治療)」で広く使われるようになり、その結果として薬が効かない「薬剤耐性菌」の増加を招いているという報告があります。

現在の中国におけるマイコプラズマ流行は、そのような影響を受けた耐性菌の増加によるものであろう、とも言われています。

いずれにしても、抗菌薬は医師の診断と指示のもとに、適切に使用する(無暗に使わない。使う時はきちんと全部飲み切る)ことが、マイコプラズマであるないに関わらず重要です。

欧米でも呼吸器感染症が増加 日本にも来る

中国が注目されがちですが、アメリカでもヨーロッパでも呼吸器感染症は増えていて、肺炎の報告も多くなっています。

ただ、アメリカのCDC(疾病管理予防センター)は「呼吸器感染症が増えているのは事実だが、コロナ流行前に比べて多くなっているというわけではない。コロナ流行の後で目立っているのではないか」と説明しています。

マイコプラズマ肺炎はきちんとサーベイランスを行っている国は少なく、検査も新型コロナウイルスやインフルエンザのように頻繁に行われているわけではありません。なので「原因不明の肺炎」として広がっている可能性はあります。

日本の場合は、全国約500カ所の基幹定点医療機関(入院医療機関)から届けられる5類感染症となっており、これまでのところは、例年に比べて低い報告数で推移しています。

先日、東京からドバイ経由で南アフリカ共和国のダーバンで行われた国際小児感染症学会に行ってきました。羽田からドバイへの12時間、ドバイからダーバンへの8時間、それぞれの飛行機の隣の席の人がマスクもつけずガンガン咳をしていて「これは感染するな」と覚悟しました。

幸い無事でしたが、海外ではマスクをつけている人は少なくなりましたね。海外との人の往来の回復によって、感染症の持ち込まれ、持ち出しも当然多くなるだろうなと、実感しました。

海外で流行っている感染症は日本にも間違いなく来る、と思っておいた方がいいでしょうね。

韓国やイギリスで急増し、日本でも出てきている百日咳

——韓国やイギリスでも百日咳が増えていると報道されていますね。

百日咳は日本でも増えています。百日咳で学校を休んでいます、という報告があちこちで出ていますね。

しかし、百日咳はうがいやマスクだけでなく、ワクチンという強力な予防法があります。ワクチンを受けているかいないかは大きな差です。

接種済みの人でもかかることがあるのはワクチンの限界なのですが、接種している人の方が明らかに防御率は高く、また重症化を防ぎます。ことに子供ではその効果は明らかです。

日本では百日咳も含めた3種混合(DPT:ジフテリア・百日咳・破傷風)ワクチン、あるいは最近では4種混合ワクチン(DPT‐IPV;DPT+不活化ポリオワクチン)を4回、ほとんどの人が乳幼児期に受けています。

ただ大人になるまで免疫が保たれず、大人での百日咳が世界的にも問題となっています。ワクチンの元々の目的は「子供の重い病気を防ぐ」ことにありますが、免疫は生涯保つわけでないので、このあたりはワクチンと感染症の新たな課題となっています。

大人の長引く咳は百日咳の可能性があり、またそれが小さいお子さん、特にワクチン接種前の新生児や乳児にかかると重症になります。長引く咳や苦しい咳がある場合は、ご自分のためはもちろん、子どもたち、孫たちをも守るため、ぜひ医療機関にかかってほしいです。

ただ、医療機関の中でも小児科医は百日咳に慣れていますが、大人を診る診療科では百日咳を最初から思い浮かべないことも多いと思います。大人は小児科にかからないでしょうから、医療機関には広く、百日咳も想定した呼吸器の病気の診療をお願いしたいと思います。

RSウイルス、海外で増える麻疹(はしか)などへも警戒を

——このほか、この冬、警戒している感染症はありますか?RSウイルスはどうでしょう?

RSウイルスは、コロナ流行中も昨年、今年とかなり大きい流行がみられました。通常はインフルエンザ流行の前に乳幼児を中心に流行するのですが、最近は発生が早めになっています。

昨年の流行はこれまでになく大きく、今年もちょっと心配していました。幸い昨年ほどではなく、現在はかなり低いレベルとなっています。

子供にとっては重大な病気なので、早く良いワクチンが世の中に出てほしいというのが小児科医の願いです。

最近は高齢者でのRSウイルス感染症が世界的に問題となり、高齢者へのRSウイルスワクチンがまず認可され、国内でも任意接種としての使用が可能になりました。

次いで先月、妊婦へのRSワクチンが審議会で了承されました。妊婦をRSウイルス感染から守るだけではなく、母体の免疫がおなかの赤ちゃんに移行します。新生児期・乳児期に重症化しやすい、時に命に関わるようなRSウイルス感染症から、生まれてきた赤ちゃんを守る、という大きい意味があります。

昨年、海外で麻疹に感染した人が帰国後に乗った新幹線車内で他の人にうつし、感染が広がるのではないかとヒヤッとしました。幸いそれ以上の大きな広がりがなかったのは、日本では多くの人たちが麻疹ワクチンを受けているおかげでしょう。

しかし海外では、コロナ流行の影響で、ワクチンを接種しなかった、受けられなかった人が多くなってきている国が増え、麻疹の流行が問題となっています。インドやインドネシアなどのアジア諸国、欧米などでも報告が相次いでいます。

感染症を防ぐために海外から人が来ないようにするわけにはいきませんが、自分たちで感染を予防することはできます。何といってもワクチン接種が重要です。

日本ではすでに多くの人が麻疹ワクチン(MRワクチンとして風疹ワクチンも同時に)を受けていますが、1回しか接種していなかったり、あるいはまったく接種したことがなかったりなどで、十分な免疫を持ってない人がいます。

ぜひ、ちゃんと2回接種してください。ことに多くの人と接触するような職業の人や、海外に行く人たちには、さらに強くお伝えしたいところです。

なお、風疹も麻疹と同じような流行が生じる可能性が、WHO(世界保健機関)などでも危惧されているところです。妊婦に感染すると、胎児に先天性の心疾患や白内障、難聴などの「先天性風疹症候群」が現れる可能性があります。これもワクチンで予防することが大事です。

日本では、ワクチンを十分接種していない成人男性に対する風疹の検査と、抗体陰性者へのワクチン接種が定期接種として臨時的に行われています。期間も来年度(令和6年度)末まで延長されています。風疹の予防にもぜひご注意いただければと思います。

※風疹第5期定期接種制度

【対象】1962年4月2日~1979年4月1日生まれの男性(2023年度 45~61歳になる男性)

【期間】2019年2月〜2025年3月

【内容】風疹抗体価を測定(公費)し、HI抗体価1:8以下の場合に、麻しん風しん混合ワクチン(MRワクチン)を公費接種 

「死の病気」ジフテリアも広がり始めている

もう一つ、海外で流行り始めて心配しているのがジフテリアです。

僕も若い時に少し診たことがあるぐらいで、国内では今は無くなりました。

ジフテリアは喉が腫れて呼吸が苦しくなるだけではなく、症状が回復した後に菌の持つ毒素によって、心筋がおかされ突然心停止が起きる「死の病気」として恐れられています。

この病気の重症度や、海外からいつ持ち込まれるかわからないことなどから、国内ではジフテリアワクチン(DPT, DPT-IPV, DPT-IPV-Hibなど)が、すべての子どもたちを対象に定期接種ワクチンとして提供されています。世界中どこの国でも、定期接種として子どもたちにワクチン接種が行われている感染症です。

しかし、最近、ヨーロッパでは難民を中心に流行しています。アフリカやアジアの近隣諸国でも、ワクチン接種率が低い国や低下してきている国で、ジフテリアの発生報告が相次いでいます。

日本では幸い100%近いワクチン接種率となっているので、今すぐ流行するようなことはないでしょう。

ただMRワクチン(麻疹風疹ワクチン)が典型的ですが、今まは97~98%だった接種率が、95%を割ってくるなど、わずかな減少傾向が見られていることは要注意です。「普段のワクチン」をきちんとやっておくことが改めて重要となります。

日本でせっかく抑えてきた病気も、油断してしまうと海外から入ってくる可能性があります。

毎日ピリピリして過ごすわけではなく、日常生活の中で少しずつできることをしていけばいい。予防する方法はあるので、頭の片隅に置いて気をつけておくことが大事です。

ワクチンは自然に抵抗する行為ではあるけれど......

コロナで痛感しましたが、ワクチンは本当に自然に抵抗する行為です。病気あるいは病原体の自然な流れ、経過を無理くりに捻じ曲げようとしている。ある意味、自然を破壊している行為だと言い換えてもいいでしょう。

でも自然の流れのままにしておくと、一人ひとりはもちろん、人の集団(社会)は大きな被害、損害を被ってしまいます。だから、人間は自然に抗って、感染症を治療し、防いできました。

病原体は、その人間の抵抗を、隙さえあれば自然に戻そうとしているようにも見えます。

新型コロナウイルスも何もせずに放置していれば、どこで、どのような人の間で流行り、重くなるのか軽く治るのか、どのくらいで感染力は消えるのかなど、自然史としての病がやがてわかるはずです。

けれども、そのように放置した場合の被害はやはり大きいと考えられるので、医学・科学の力により、これを急速に捻じ曲げようとしてきたことになります。

人類が暮らしやすくするために、やむを得ず環境(自然)を破壊しているのと共通しているなと感じるところです。

ワクチンは人体に人工的に免疫を与えるので、それによって不測の事態、予想外の現象が起きてしまうこともあります。

しかし、自然に任せてしまっていたら、被害は大きくなる。

そのバランスをどうとらえるか。より良い暮らしを求めて、人と病との闘いは果てしなく続くことになります。

——ワクチンで重症化を防がないと、失われる命や長期にわたる合併症や後遺症などがたくさんあったと考えられるわけですね。医療の進歩が自然を歪めるとしても、ワクチンを使わないと命が失われるなら使わざるを得ません。

ワクチンは自然に反しているものだという印象を最近、強く思っています。でも自然の流れが人にとって不利ならば、出来るだけスムーズに、その流れを変えていかなくてはいけないのだろうと思います。

とはいえ、自然の流れを変えることによって生じる不測の事態や、人にとって不利な状態が起きる(ワクチンでいえば副反応)ことは、できるだけ少なく、小さくし、早く解決しなければいけません。これも工夫を重ねていかなければならないのは当然です。

(続く)

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員などを歴任し、 西太平洋地域事務局ポリオ根絶認証委員会議長、世界ポリオ根絶認証委員会委員などを務める。日本ワクチン学会・日本小児科学会・日本小児感染症学会・日本感染症学会名誉会員、アジア小児感染症学会会長(現在理事)など。

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