「生きるか死ぬかを二者択一にするな」重度障害者の地域生活を支援する介護保障ネットシンポでALS当事者が講演
重度障害者が地域で公的介護制度を使って暮らせるように行政との交渉などを支援する「介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット(介護保障ネット)」(共同代表=藤岡毅、岡部宏生)が10月14日、オンラインで11周年のシンポジウムを開いた。
ALS(※)患者で介護保障ネット共同代表の岡部宏生さんは、重度障害者が生きるか死ぬかを二者択一のように迫られている現状に疑問を投げかけ、当事者や社会に対し「自分自身の中に存在している優生思想に縛られないでほしい」と訴えた。
※筋萎縮性側索硬化症。手足、喉、舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだん動かなくなっていく進行性の神経難病。治療法は見つかっていないが、人工呼吸器や胃に開けた穴から栄養を補給する胃ろうなどを造って長く生きられる。感覚や内臓機能などは保たれる。
文字盤を目で追って介助者に言いたいことを読み取ってもらう岡部宏生さん
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重度障害者で深刻な介助者不足
岡部さんは建築不動産事業コンサルタント会社を経営していた2006年、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。09年に胃ろうを造り、人工呼吸器を装着して生きてきた。
ALSになると通常、3〜5年で自分で呼吸をするのが困難になり、人工呼吸器を着けて生きるかどうかを選ばなければいけない。その先の人生に希望を感じられなかったり、家族の介護負担を考えたりして、人工呼吸器を着けずにそのまま亡くなる人も多い。
生活の全てに介助を必要とするそんな岡部さんの生活を支えてきたのは、公的な「重度訪問介護制度」だ。
常に介護を必要とする重度の障害者に認められている制度で、入浴や排泄、食事や外出、痰の吸引など、見守りの時間も含め長時間の生活介助を可能とする。ヘルパーによる介護が24時間認められれば、家族の介護に頼る必要もなくなる。
ところが制度はあれども、この制度を実際に利用するのには大きな壁が立ちはだかる。
障害者が24時間の重度訪問介護を自治体に申請しても、どれぐらいの介護時間を認めるかは、自治体の裁量で決まる。この制度や患者の生活に対する担当者の理解がないと、十分な時間の介護が支給されない場合があり、そこで人工呼吸器装着を諦めるケースもある。重度障害者にとって、自分の命綱を行政に握られているような状況が今もあるのだ。
もう一つの大きな壁が介助者不足の問題だ。岡部さんはあらかじめ用意していた文章をヘルパーに代読させた形でこう話した。
「介助者不足は日本社会全体の問題です。私のような重度障害者のケアができる介護者は約1〜2%と言われています。私たちのケアの場合は命も預かるという仕事になるのです。しかも、その特別に高いスキルを持って思い責任を担う仕事に見合った報酬が伴わない場合がほとんどなのです。このような状態ですから、私たちの介助ができる介助者の不足は極めて深刻になっているのです」
なぜ重度障害者は「死なせてあげたほうが良い」と言われるのか?
さらに岡部さんが強調したのが、「社会全体の理解」だ。
「障害者について、何か事件が起きる度に、『本人が死にたいなら死なせてあげたほうが良い』とか『あんな姿で生きるなら、死んだほうがマシだ』とかいう意見をたくさん聞きますが、本当に死んだほうがマシなのでしょうか?」
「私は毎年10〜20くらいの学校で講義をやらせてもらっています。中学校から大学までですが、この『死なせてあげたほうが良いか?』という問いについては、だいたい8割の学生が『死なせてあげたほうが良い』という意見です」
ところが、学校によっては、この数字が極端に振れる場合がある。
滋賀県のある大学の看護学部ではある学年80人のうち79人が『死なせてあげたほうが良い』という意見であった一方、宮城県のある医学部では『死なせてあげたほうが良い』という意見の学生は1%だったそうだ。
「この宮城県の医学部では繰り返し、このような内容の講義をしているそうです。『死にたい原因を取り除けないのだろうか?死にたい原因を取り除けば、その人は生きるのではないか?』と」
岡部さんは毎年東京大学で「障害者のリアルに迫る」というゼミの講義をしている。その中で、学生たちが「生と死の二者択一」のような表現をしていることに違和感を覚えた。
「私は学生たちに伝えました。『生きることが前提で生物は存在しています。生と死の天秤は、元々釣り合っているのではなくて、大きく生の方に傾いているのです。その天秤をひっくり返して死を選ぶのは、とても不自然なことです。その不自然さはどうして起こるのかについても考えないとということです、と」
自身の中の優生思想、「尊厳」にさえも縛られないで
その不自然さの背景にあるのは、「ある価値観に縛られる」ことだと岡部さんは言う。
岡部さんは、スポーツ界で日本代表になった選手の2割が試合で結果が出なかったり、自分が本当にそれを望んでやっているのかわからなくなって死を考えたことがあるというデータを示しながら、これは重度障害者だけの問題ではないことを示した。
「もしかしたら、人は何かのフィールドに縛り付けられているから、生きづらいのではないかと思うのです。人としての価値なんて無限にあります。そのフィールドの一つだけに縛り付けられないでほしい」
「そして、尊厳にも自分を縛り付けないでほしいです。人は自分の尊厳に縛られてしまうから、人の尊厳にまで思いを致してしまうのだと私は思います。自分自身の中に存在している優生思想に縛られないでほしい。『こんななら死んだほうがマシ』がそれぞれにあるし、また、それは変化もするものです。その時やその人になってみないとわからないものです」
「人の介助を受けることは自分の尊厳を失うことだとよく言われますが、それは身体が動かないということを指しています。そうすると私などは全く尊厳がないことになりますし、介護者を利用できるようにするための介護保障ネットの活動は、一体なんなのであろうかということになってしまいます」
「死にたい」と思う原因を取り除く活動
岡部さんはある大学での講義の際、身近な人が身体が動かなくなった場合は「死なないでほしい」という意見が8割を占めたことを示した。ただし、中には「自分にとって大事な人や身近な人が苦しんでいるのを目の当たりにしたら、死なせてあげたほうが良いと思うかもしれない」という意見もあったという。
その上で岡部さんはこう問いかけた。
「私はここまで考えて、やっと生死について考えていると思うのです。考えに考え抜いて、その死にたいと言っている人の死にたいという原因が取り除けないか、もしくは小さくできないかということだと思うのです」
そして、岡部さんは、介護時間の支給を渋られた自治体に弁護士が赴いて交渉し、時には裁判を起こして介護時間を勝ち取ってきた介護保障ネットの活動は、そうした活動だったと振り返る。
「介護保障ネットが行ってきたこの11年間の活動は、まさに『生きよう』と、人が思える活動であるとともに、死にたいと思うような原因を取り除いてきた活動だと思うのです」
私たちは誰もが当事者
岡部さんは社会の理解を広げるには「当事者意識」が必要だと言い、若い時から障害者を知り、接する機会があることを願う。
そして「当事者意識」をもっと広く捉えられないかと問いかける。
先日、鎌倉で車椅子のまま海水浴を楽しむ「バリアフリー海水浴」というイベントを開催した時、人工呼吸器をつけた岡部さんは自分では海に入らず、サポーターや寄付を募る役割を果たした。
「私はこのイベントにおいては、障害当事者の立場ではなく、サポーターの当事者です。つまり、当事者かどうかはその時々で変化するということです。そもそも一人ひとりが違うのです。何をもって障害者の当事者だと分けるのでしょう?私たちは一人ひとり違いがあって、一人ひとりが当事者なのではないか?」
考えてみれば、健常者と言われる人も、生きていれば誰かの助けが必要な場面が必ず出てくる。突然、大きな病になったり怪我をしたりする可能性も常にある。歳をとれば心身のあちこちは衰え、多くの人が公的な介護を受ける。
そうした意味でも、今は健常な人も、支援や介護を受ける当事者予備軍であることは変わらない。
人と人との関わりが人を生かす
最後に岡部さんは、京都のALS患者の「死にたい」という訴えに医師らが手を貸した嘱託殺人事件について触れた。
「この事件について、本人が望むなら死なせてあげたほうが良いと言う意見もたくさんありました。『本当にそうなのでしょうか?』と問いかけました」
「私は、このALS患者に直接支援者として関わっていた人と大変親しいのですが、その人が言っていました。『人の関わり方によっては林さん(亡くなったALS患者の林優里さん)は決してあんな死に方をしなかったと思う』と」
シンポジウムで議論。岡部さん自身も希望を失いかけた時があったが、仲間や支援者とのつながりで生きる気力を取り戻してきた
「人と人との関わりが私たち障害者にとっても健常者にとっても最も重要なことは明らかです。その関係を、制度利用という立場から支えているのが介護保障ネットの活動であるわけです。こういうことが根本的に社会で理解されたら、人との関係はもっと良いものになると思うのです」
「どうぞ皆様、何か機会がある際には、それぞれが当事者であることと、介護保障ネットの活動は、一人ひとりを支えるとともに社会でのつながりをもたらすことを発信していただきたいと切に願います」
「介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット(介護保障ネット)」は全国各地の弁護士と連携して、地域で生活したい障害のある人の相談にのっている。連絡先はこちら(kaigohoshou@gmail.com)。
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