ステージ4の小腸がんになって博士課程に進学 患者が溺れる情報の波に薬剤師がどう役立つか?
42歳の時にステージ4の小腸がんと診断された野村洋介さん(44)。
恩師の言葉で諦めかけていた研究の道を再開し、がん患者が偽情報に惑わされないために薬剤師ができることを検証し始めている。
そんな時に、突然知らされた転移の可能性。
再び化学療法を受けながら、野村さんが見ている未来は?
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恩師の言葉に気づかされる
2023年9月、大腸や周囲のリンパ節にも広がったステージ4の小腸がんと診断され、強いショックを受けた野村さん。家族にしか伝えていなかったが、その時、 パッと頭に浮かんで「話したい」と思った人がいた。恩師の薬剤師、岡田浩さんだ。
「もう人生が終わると何となく思ったんですよね。少なくとももう長くないだろうと思って。その時に後悔があるとすれば、博士課程に進まなかったことだったんです。岡田先生は薬剤師としての恩師であり、いろいろ教えていただいたことで僕の薬剤師の人生を大きく開いてくださった人です」
薬剤師としての人生を開いてくれた恩師、岡田浩さん(右)と(野村洋介さん提供)
岡田さんは薬局薬剤師がカウンターで糖尿病患者の療養支援をすることで血糖値が改善されることを実践と研究で証明した元薬局薬剤師の研究者だ。エビデンスに基づいた薬剤師のコミュニケーション研修プログラム「3☆(スリースター)ファーマシスト研修」の創始者でもある。
野村さんは薬局薬剤師として勤めていた2011年にこの研修を受け、実践した患者が次々に治療に前向きになってゆく姿を目の当たりにした。薬剤師の可能性の大きさに目覚め、自身も研修講師になり、岡田さんの「愛弟子」として薬剤師の能力開発に力を尽くしていた。
ただ、修士課程まで研究生活を続けたものの目の前の仕事の忙しさに時間を取られ、博士課程への進学は諦めていた。研究の道を追究できなかった悔いが残っていた。
「研究でも岡田先生に恩返ししたい気持ちがあったのに、それができなかったという思いが強くあったんです。だから、病気になってしまってそれができなくなりましたと電話で謝ったんです」
岡田さんは、静かに野村さんの話を聞いた後、こう言った。
「野村さんがやるべきことは、僕に謝ることではなくて、次世代の薬剤師に繋げられることをやることなんじゃないですか?がんになった野村さんにしかできないことがある。それをやったらいい」
恩師の言葉は、がんになってもう何もできなくなったと窒息しかけていた野村さんに、風を吹き込んだ。
がんになってもできることがある
「ああ、がんになった自分にもできることがあるかもしれないと、初めて思えました。反射的にこんなことが言える岡田先生はやっぱりすごい人です。常にそんな思いがあるからなのでしょうね」
野村さんは、岡田さんの根底に「患者の力を信じる」という信念があるから、そんな言葉をかけてくれたのではないかと推測する。大学時代から1型糖尿病の子供のサマーキャンプに関わっていた岡田さんは、「3☆(スリースター)ファーマシスト研修」の最初の1時間、必ずそこで出会った子供たちが自身の力を見出していく姿を語っていた。
「その話を聞いていると薬剤師の自分達は患者さんが考えることを奪っていたんだなということに気付かされるんです。治らない病気を患いながら、何かを背負いながら人生を歩んでいく人たちの視点を岡田先生はわかっている。医療者はなんでも先回りして対応しがちですが、患者さんが『自分にもできることがある』と思うことはとても重要です。そんなことを岡田先生は伝えたかったんじゃないかと思うし、僕はそう受け止めています」
がんになってもできることはある。病気は、自分を無力にするわけではない。
恩師の言葉で気づかされたことは、その後、日々の治療でも感じるようになっていった。抗がん剤の持続型注入機の操作も自分で行なっている時もそうだ。
「患者によっては難しいと感じる人もいるかもしれませんが、そんな些細なことでも全部誰かにやってもらうのではなく、自分でやることで、自分も治療に参画しているという気持ちになります。そういう一つひとつのことが、『自分でもできることがある』と確認する経験です。そういうことも全部ひっくるめて、患者さんができることを医療者が一緒に考えるプロセスも重要なんだと気づきました」
がんと公表してから勧められた健康食品や宗教
博士課程への進学を決め、2024年2月、野村さんは当時、岡田さんが教授として勤めていた和歌山県立医大の薬学部の大学院を受験した。3月に合格し、4月に進学。普段はオンラインで授業を受け、節目節目で研究室に行く研究生活が始まった。
同時期に8クールの抗がん剤治療を終え、腫瘍マーカーも基準範囲内に収まった。2024年4月、あらためて2回目の手術に踏み切り、残りのがんを切除した。検査の結果、周辺組織にはがん細胞は見当たらなかった。
治療が一段落し、研究テーマを何にしようか考えた時、自信ががんになって一番大変だったことが頭に浮かんだ。
それは、「情報の波」。言い換えれば、有害ながん治療情報に翻弄されることだ。
例えば、小腸がんの治療法をインターネットで調べようとすると、一番上に出てくるのはスポンサーのサイトだ。「ステージ4でもあきらめないがん治療」などの宣伝文句で、科学的根拠に乏しい高額な自費診療の免疫療法などが並ぶ。
厄介なのは、科学的根拠のように見せかけた研究結果や、「東京大学が研究している」などの宣伝文句が書かれていて、一般の人は正しいのか正しくないのかまったくわからないことだ。患者が望むような耳障りのいい言葉を返してくれる、有料の相談窓口を用意しているサイトもあった。
「僕らは『効かないかもしれない』化学療法を標準治療で受けているので、『効くかもしれない』と期待をもたせる文句のウェブサイトを見たら、光って見えるんです。少なくとも一般の人はそう見えてしまうだろうし、それが自然です。商売方法が巧妙過ぎて、藁にもすがる患者の気持ちにつけ込む。腹立たしく感じました」
がんをSNSで公表してから、友人や知人からも健康食品や宗教などを勧められもした。
「善意なので否定はしませんが、情報が読み解けないから勧めてくるのだろうと思います。健康食品は『がんに効く』とは宣伝できないのですが、『あなたの免疫力はあなたの体が知っている』とか、そんな曖昧な文言であたかもがんに効果があるように書かれている。そして動物実験の結果などが添えられている。一般の人では、これが怪しい情報だとは読み解けないだろうと思いました」
そんな治療を勧めてきた薬剤師の知人へは、他の患者に勧める可能性もあったので、冷静に「動物実験の結果を人に当てはめることは微妙ですよね」などと問題を指摘した返信をした。宗教を勧めてきた人へは「今病院で受けている治療方法を優先したい」とお礼を添えながら断った。
「こういう情報の波に飲まれている患者さんを救えていないことがあると思うので、健康食品やサプリメントへの対応方法を、薬局の薬剤師さんが患者さんに問いかけることができたら頼りにする人ができるのではないかというのが私の仮説です。その問題意識をベースに研究を始めました」
薬剤師が資材を使いながら、がん患者の相談に
薬局の薬剤師が患者に働きかけるには、2つのポイントがあると考えた。
一つは、コミュニケーションの入り口となる、問いかけの仕方だ。
「『あなたは健康食品やサプリメントを使っていますか?』と、薬剤師ががん患者さんに尋ねたら、たぶん心にブロックがかかってしまうと思うんです。『たぶんやめろって言われるな......』と警戒して、『飲んでないです』と答えるのが普通だと思います」
ここは、「3☆(スリースター)ファーマシスト研修」で学んだことを活かすことにした。患者さんに経験を聞く方法だ。
「つまり、『どなたかから健康食品やサプリメントを勧められた経験はありますか?』と聞くと、人のせいにできるのでカミングアウトしやすくなるんです。だからそんな質問の仕方にしました」
もう一つのポイントは、文章で説明する資材を使うことだ。これも「3☆(スリースター)ファーマシスト研修」で学んだことの応用となる。
「薬剤師が資材をお渡ししながら話をします。患者さんは後で読み返すこともできるし、資材を通じてコミュニケーションもとりやすくする。患者さんが薬剤師に話しやすくする工夫です」
2025年9月から3ヶ月間、薬局薬剤師38人に参加してもらい、19人は介入をしたグループ、19人は介入しないグループに分けて比較分析をする。まだ結果は出ていないが、介入したグループの薬剤師が、「このチラシを使って話をしたら、患者さんとコミュニケーションを取りやすくなった」と言ってくれたのがとても嬉しい。
「まさしくそれが狙いだったんですよね。ターゲットの健康食品やサプリメントの話だけではなくて、がん治療中に『ちょっとこういうことに困っているんだけど』という困り事を、薬剤師に気軽に相談できるきっかけになったことが一番いい。それが自然な形だと思うのです」
一方で課題も感じた。
「たとえば、患者さんが使っている健康食品に対して、『これは科学的根拠が薄いですから、よくないですね』と真っ向から否定してしまったら、たぶんその人はそれ以降相談しなくなります。そこの匙加減はとても重要で、だからこそ研修が必要なのかもしれないと思っています」
「先日医療の質・安全学会で一緒に登壇した島根大学の大野智先生は、患者さんは健康食品やサプリメントでがんが治るとは思っていなくて、お守りや希望として使っているケースが多いので、患者さんがこの健康食品やサプリメントを服用してどうありたいのか等も丁寧にくみとりつつ対応しているとおっしゃっていました。ただ抗がん剤以外にも循環器系のお薬等も服用していることもあり、医薬品の代謝経路に影響を与えるものがないかは注視するとのことでした。それは確かにそうだろうなと思いましたね」
転移の疑い 支え続けてくれる妻
この研究を行っている最中の2025年10月、大腸がんの腫瘍マーカー、CEAがまた上がり始めた。造影剤のCTを撮ってもよくわからない。造影剤のMRIを撮ると、S字結腸の少し上に5ミリ程度の腫瘍があるかもしれない、と主治医に告げられた。
「主治医は『カンファレンスで色々な先生の意見も聞くと、人によってはまだ経過を見た方がいいという人もいた』と話してくれました。転移しているのか、実際にはよくわからない。僕は主治医が赤裸々に微妙な状況だと話してくれたことでかえって信頼して、『治療に踏み切るべきだ』という先生の言葉を受け入れることにしました。小腸がんが再発や転移リスクの高いがんであることも踏まえてのことです」
前回の抗がん剤の組み合わせが効いたので、今回もオキサリプラチンとカペシタビンのカポックス(CAPOX)に、分子標的薬のベバシズマブの組み合わせで治療は行うことにした。しかし、投与後にアレルギーが発現し、すぐに第二の選択肢に移ることになった。
次に選択した抗がん剤治療(FOLFIRI+ベバシヅマブ)でも、再び医療者とのコミュニケーションの問題に悩まされた。もしかしたら転移しているかもしれないという不安を抱えている時に、聞く、厳しい現実をつきつけるような言葉が投げかけられたのはきつかった。
「『あまり効果は期待しない方がいいですよ』という言葉から、説明を受けたのですが、事実であっても、本当に心理的にはきつくて、その後の言葉が耳にはいってこないんですよね。医療者の言葉は患者にすごく影響を与えると日々実感しています。すごく重いですし、残りますからね」
妻の里瑛子さん(38)は変わらず、楽観的に支え続けてくれる。治療の影響で食欲がない時も、食べやすい料理を工夫してくれたり力になっていてくれたりしている。
がんがわかってから変わらぬポジティブな姿勢で支え続けてくれる妻、里瑛子さん(右)(野村陽介さん提供)
「大丈夫だよという無責任な言葉は言いませんが、どこかにきっと大丈夫という心を持ちながら態度で示し続けてくれています。ニュートラルに接してくれて、本当にありがたいです」
病気になってから、学会や大学、薬剤師会などで、薬剤師に自分の体験や伝えたいことを話す機会も増えた。そんなふうに活動をますます増やしていく野村さんを、後押ししてくれるのも里瑛子さんだ。
「僕が大学院に行くこともそうですが、講演も研修も全く止めようとはしない。むしろ『やりたいならやりなよ』と背中を押してくれる。病気なんだから控えた方がいいんじゃないの、と言うこともなく、全て自由にさせてくれる。そういうのがすごく助かっています」
がんに抗う がんを患いながらも納得できる人生を歩むこと
発信を聞いてくれた人からは「患者さんの声を聞くことの大切さを感じました」と感想をもらうことが多い。
「少しでも貢献ができるのであれば、やった価値があるのかなと思っています」
若くしてがんになったのは運が悪かったと感じることもある。でもそこでがんになった薬剤師だからこそ伝えたいことに気づき、次世代の薬剤師のために確実に何かを届けている。
「僕は『抗がん剤』っていい言葉だと思うんです。『がんに抗う』という言葉ですが、僕の『がんに抗う』は、がんという病気を患いながらもその人らしい生き方を選択することができる状態にあること。治療も大事ですが、治療だけでなく、その人が納得できる人生をそれでも歩めることだと思うんです。そういう意味で僕はがんに抗っている」
こうして取材に答えたり、記事を書いたり、講演をしたりすることを「病気を使った売名行為だ」と言う人もいる。
「僕はそれでもいいと思っています。僕が講演して誰かに役立つのだったら、それが一番の目的なのだから。逆に僕はそういう風にがんであることを患者さんに役立てなければ、がんを受け入れられないのかもしれませんね」
振り返ってみれば、がんになる前も薬剤師としてやっていたことは同じだ。
デリケートな悩みを抱えている患者さんが薬局に来れば、個室に招いてじっくり耳を傾ける。全面解決はできなくても、その人の困りごとを聞いて、必要な情報や医療につなぐ。それだけでも患者さんはすごく喜んで、何かあれば薬局に相談に来てくれるようになっていた。
「そういう姿勢は僕ががんになる前から変わらないし、そんな薬剤師が増えたら患者さんが助かるんじゃないかと思いもずっと同じです。言っていることはがんになる前と変わらない。でも、当事者となって、より受け取ってくれる人が増えたことは実感しています」
「ただじゃ死ねない」
がんになってからは、「今できることをやる」が一番のモットーになった。
「治療にしても、今やっている仕事にしても、研究論文を書くのもそうですが、先がそう長くないかもしれないと思って生きている。だから今できることを最大限やる」
そして、人と人をつなぐことも意識するようになった。
「幸いに僕は人間関係に恵まれているし、専門家の人もいれば、薬局で勤務している人もいれば、業界団体の人もいる。そんな別の世界活動している人をつなぐことのできる立場にいます。あまり考えたくないですが、僕がもしいなくなったとしても、そのつながりが続くことで誰かの役にたつことができるかもしれない。だから繋ぎを今、一生懸命やっている」
そして、最後にこう言って笑顔を見せた。
「ただじゃ死ねない、という思いがありますよ」
病気は患者を無力にしない。むしろ、自分の役割をより鮮明にした。そんなことに気づいた。
(終わり)
【野村洋介(のむら・ようすけ)】薬剤師、日本保険薬局協会特任部長
昭和薬科大学薬学部卒業。
2006年、旧株式会社阪神調剤薬局(現・スギ薬局)に入社。4~5店舗にて従事薬剤師として経験を積んだ後、店長・管理薬剤師に就任。2015年からは8店舗を統括するブロック長として、薬局運営およびマネジメント業務を担当。
臨床業務と並行して、エンパワーメントアプローチを主軸とした糖尿病療養支援に関する研修(スリースターファーマシスト研修)講師活動に従事。2019年に帝京大学大学院公衆衛生学研究科に入学し、行動経済学(ナッジ理論)をテーマに研究を行い、2021年に公衆衛生学修士(MPH:専門職)を取得。
現在はスギホールディングスに在職し、日本保険薬局協会へ出向。
2023年8月にステージ4の小腸がんを発症し、2度の手術および化学療法を経験。自身の患者経験を契機に、薬剤師とがん患者間のコミュニケーションの在り方に強い課題意識を持つようになり、2024年4月、和歌山県立医科大学大学院 医学薬学総合研究科(博士課程後期)に進学。
現在は、がん患者に対する薬剤師のコミュニケーションに関する研究に取り組んでいる。
外部活動として、患者目線でのがん医療の講演や執筆活動を行い、患者経験と専門職としての視点を生かしながら、患者中心の医療の実現に向けて研鑽を続けている。
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