高額療養費、患者の自己負担を2年ごとに引き上げ?報じられた「政府案」に全がん連理事長「正気の沙汰ではない」
医療費が高額になった患者の自己負担額を抑える高額療養費制度。
2024年末に出された政府の見直し案は、患者団体の猛反発を受けて25年に再検討されたが、今年2月に入って政府が患者負担額を2年ごとに検証する規定を創設するというニュースが共同通信によって報じられた。
2年ごとに患者の自己負担額を引き上げることを可能にする制度創設が浮上し、自己負担の増加で治療断念も考えざるを得ない患者らからは「政府に裏切られた」「これまでの議論はなんだったのか?」と強い批判の声も聞こえてくる。
患者団体の立場から、高額療養費の見直しが患者の治療や生活に与える影響を訴えてきた、全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長に、緊急で話を聞いた。
天野慎介さん(天野さん提供)
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2年ごとに引き上げるのであれば、正気の沙汰ではない
——高額療養費制度について、政府が患者の自己負担額を2年ごとに見直す、つまり引き上げることも可能にする制度を創設するというニュースが共同通信で配信されました。率直に言って、どう感じましたか?
高額療養費の見直しについては、昨年、石破茂首相がいったん凍結を宣言して、がんや難病の患者団体も参画する厚生労働省の専門委員会で、およそ8ヶ月かけて議論してきました。そこでは全体の方向性、例えば「年間上限」を創設するとか、「多数回該当」(※)の上限額は据え置きにするとか、そういった長期に継続して治療を受ける患者さんへの配慮などの重要な方向性については、議論を行うことができたと思いますし、政府の対応に感謝しています。
※直近12ヶ月で3回以上高額療養費の対象になった場合、4回目以降はさらに自己負担限度額が引き下げられる特例制度。
しかし、具体的な見直しの金額については、財務大臣と厚生労働大臣の予算折衝で決まった後に専門委員会で示されました。もう政府で事実上決まった後に、専門委員会に示されているわけです。
月毎の限度額について、引き上げ金額は2024年12月の当初案のおよそ半分にはなっていますが、まだまだ過重なので、引き上げ金額を十分に抑制することを検討してください、と我々患者団体は共同声明でお願いしていたんです。
その見直し案も、国会の予算審議でまだ決まっていないにもかかわらず、今回報じられた政府案は、「もう次の値上げを考えている」という話なんですよね。
患者の自己負担額を2年ごとに見直す、ということは正直、寝耳に水ですし、仮に2年ごとに引き上げるつもりでいるのであれば、正気の沙汰ではないというのが僕の率直な感想です。
というのは、医療経済を研究する有識者の方々も、現状でも一部の所得区分においては、いわゆるWHO(世界保健機関)が定義している「破滅的医療支出(※)」の水準に該当している所得層の方々がいると分析しています。その水準に達していない方でも、もう引き上げ余地があまりないです。これ以上引き上げをしたら、おそらくより多くの所得区分の方々が破滅的医療支出に該当してしまいます。
※収入から生活費を差し引いた残りの40%を医療費支出が超えると生活が破綻すると定義されている。
扶養家族の人数などを考慮しないで分析していても厳しい状況ですから、引き上げる余地はもう残っていないのは確実です。
そんな状態で、2年ごとに際限なく引き上げていくことになれば、高額療養費制度と国民皆保険は空洞化してしまうと思います。スカスカになってしまう。国民のセーフティーネットが完全に失われてしまうと思います。
「取りやすいところから取る」と考えているのは間違いない
——しかも、患者団体の意見を聞くと政府は表明し、意見を聞いた形を作った後で、後からちゃぶ台返しのような際限なき引き上げを可能とする制度案が出てきました。手続きとしても騙し討ちのようなやり方だと思いませんか?
「年間上限」を創設するとか、「多数回該当」の上限額は据え置きにするとか、いわゆる骨子の部分については議論をしていただいたと理解しています。しかし、具体的な金額については1回しか議論していませんし、しかも政府で事実上決まった後の報告でしたし、ましてや2年ごとに見直しなんて話は検討会でも、専門委員会でも全く出ていませんでした。これについては、患者団体も全く関知していないです。
——現在、衆院選中ですが、自民党が単独過半数を取りそうだという世論調査も出ています。もうこの政府案でいけると踏んでいるから、観測気球を上げているんですかね?
正直、誰がどういう意図でこういう情報を流しているのかは、私にはわかりません。
ただ、1つ言えるのは、厚労省は、2025年12月に出された政府引き上げ案は成立することを前提として、もう次の値上げを考えているということかもしれませんね。
高額療養費だけではなく、社会保障制度の全体の中で考えていくんだという話は繰り返し専門委員会でも出ていて、優先順位をつけて検討しなければいけないという議論となっていたはずです。それなのに、国民皆保険制度の中核をなす高額療養費の引き上げを、今後も2年毎に行うことを考えているということであれば、やはり取りやすいところから取る、特に負担が重くなる現役世代に対して、負担をさらに強いても問題ないと考えているのではないか、と思ってしまいますね。
——高市政権がどこまでこの案をご存じかわかりませんが、これだけ報道させているということは、政権中枢や与党幹部にも話が通っていると見た方が自然でしょうか?
そこは全くわからないですね。どこまで通っているのか、厚労省の中だけで考えているのか、あるいはすでに与党の幹部が関知しているのかも、全くわからないです。
ただ、どこまで通っているかは別にせよ、もうこれ以上現役世代に負担を強いるのは、やめてほしいと思います。もう限界ではないかと思います。
——今回の反応で「政府に裏切られた」と厳しい批判の声も聞こえてきます。SNSでも反対の声がたくさん上がっていますね。
実際、私たちの所属する各地の患者団体からも、すでに怒りの声が届いていますし、患者さんたちからも「こんなことを見過ごしていいのか」という声が届いています。2年ごとの見直しについては、私たちもまったく聞いていない話です。
2年ごとの引き上げを前提とした改定は認められない
——全国がん患者団体連合会としては、今後、何を求めていく予定ですか?要望書をまた出すことは考えていらっしゃいますか?
現在は選挙が行われている最中なので、何か具体的なアクションを実行することは想定していません。
ただ、仮に2年ごとに引き上げを前提として検討するという話に今後なるのであれば、患者さんは引き上げた額を請求されても払えません。際限なく引き上げをされたら、それはもう負担が重いというレベルではなく、もう払えないのです。
国民皆保険や高額療養費制度自体は素晴らしいですし、コストと質とアクセスの3つをバランスよく高い水準で満たしているという点でも、日本の医療は素晴らしいです。
しかし、こと患者さんの自己負担だけに関して言えば、海外と比較しても日本はすでに重いと研究者の方々から指摘されています。患者さん、特に、子供がいたり家庭があったりする現役世代の患者さんで社会保障費を負担している世代に、これ以上の負担を強いても支払えるレベルを超えてしまいます。そこはよくよく考えていただかないと困ります。
少なくとも2年ごとの見直しは初耳ですし、引き上げを前提とした2年ごとの見直しということであれば、まったく認められないです。
——選挙後に政治家や行政に訴えていくわけですね。
そういうことになります。
政府や社会保障制度に対する国民の信頼が失われる事態
——これがもし実現してしまうと支払えないとおっしゃったのですが、支払えないということは、治療を断念する患者さんが数多く出てきてしまう可能性があるということですか?
現状でも治療費が支払えずに治療を断念されている患者さんは一定数いらっしゃるので、仮に際限なく引き上げをされていけば、当然その数は増えていくでしょう。
昨年、最初の高額療養費引き上げ案が出た時に、引き上げ額の大きさに私たち患者だけでなく、医療者の方々もショックを受けたのですが、がん患者さんの相談支援をしているソーシャルワーカーの方々と、もしこの案が通ってしまったら、経済的困難で治療を受けられない患者さんをどうやって支援していこうか、と話したことがありました。
突き詰めると、離婚するなどして世帯を分けて生活保護を受けるぐらいしか、現状では対応策は考えつかないという話になりました。
もし本当に際限なく引き上げるのではあれば、現役世代の方々はまだいろんなキャリアプランや家庭、お子さんのことなどがあると思いますが、大きな病気や大きな怪我をした場合には、生活保護を受けることを前提としたライフプランで備えるということになりかねません。
——それは、本来の生活保護のあり方ではないですよね。
生活保護を受けること自体はもちろん正当な権利ですが、今後の日本にとって、それがあるべき姿なのでしょうか。少なくとも現役世代にとっては、全く明るい話ではないですよね。
普段、高額な社会保険料を支払って社会保障制度を支えているのに、いざ自分が大きな病気や大きな怪我をしたら、十分な経済的なサポートを得られない国になるということですから。
——そうしたら、政府に対する信用とか信頼もだんだん失われていくと考えた方がいいですね。
政府に対する信用もそうですし、国民を支えてきた国民皆保険制度は事実上スカスカになって、大変なことになると思います。
実際にSNSを見ていても、患者さんたちももちろんショックを受けていますが、おそらく一般の方々だろうと思われる人たちが、口々に「ショックを受けた」という趣旨のことを書かれています。
中には「この国は終わった」と書いている方もいたので、仮に患者負担を2年ごとに引き上げるという前提であれば、社会にも少なからず衝撃をもたらしているのではないか、と思います。
有権者の意思決定に関わること
——しかし何でこの時期にちゃぶ台返しというか、今までの丁寧な議論をひっくり返すような案を出してくるかなと腹立たしく思います。
正直、全く理解できないですね。なんでこんな選挙中の時期に、こんな案が出てくるのか。こういった重要なことは、選挙前に提示すべきだったと僕は思います。
——その上で国民の信を問うて欲しいですよ。そういうことも踏まえて、やはり投票行動は考えてほしいでしょうか?
そう思います。有権者の意思決定に関わることなので、重要な政策については、しっかり選挙前に出した上で話を進めていただきたいと思います。特に高額療養費制度は国民皆保険の中核をなす話なので、選挙でも重要なテーマになり得る話だったと思います。
——今回のニュースについては、SNSでも意見をいう人が大量にいてトレンドにもなりました。それぐらい、今回報じられている政府案が実現したら、国民の生活に与える影響は大きいと考えた方がいいですよね。
国民全体に与える影響は大きいですし、特に現役世代の方への影響が大きい。実際に仕事や生活をしている中で、誰しも大きな病気や大きな怪我に遭遇するリスクはあるわけです。そういった時に、高い社会保険料を払っているのに、自分が救ってもらえないなんてあり得ない話だと思います。
【天野慎介(あまの・しんすけ)】全国がん患者団体連合会理事長
1973年東京都生まれ、慶應義塾大学商学部卒。 2000年27歳のときに血液がんの悪性リンパ腫を発症。 自身の経験をもとにがん患者支援活動に関わり、2009年から厚生労働省「がん対策推進協議会」の委員と会長代理を2期4年務めた。 2021年度朝日がん大賞受賞。2025年5月より厚生労働省「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」委員。
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