高額療養費で始まり、高額療養費で終わった2025年を振り返る
いよいよ大晦日になりました。
私は29日でいったん仕事は終えて、実家に帰ってきました。
30日から母と一緒におせちを作るのが恒例行事です。
今年も読者の皆さま、特にサポート会員の皆さまには大変お世話になりました。皆様が応援してくださるから書き続けていられます。
来年もどうぞよろしくお願いします。
おせちを作る合間に、今年を振り返りたいと思います。
実家に帰って、おせち作成中です。
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高額療養費制度に始まり、高額療養費制度に終わった今年
今年のニュースレターでの取材を考えると、高額療養費制度に始まり、高額療養費制度に終わった年でした。
年明け、全国がん患者団体連合会が緊急で患者さんたちにアンケートをした結果(「高額療養費制度の負担上限額引き上げ反対に関するアンケート取りまとめ結果(第1版)~3,623人の声」)を読んで、遅まきながら問題に気付いた私。
理事長の天野慎介さんにメッセンジャーで取材を申し込んだものの、忙しく走り回っていたからか既読にもなりません。それでは自分に何ができるだろうかと考えて、医療財政や医療経済の専門家に政府当初案の見解を聞こうと思いました。まず、二木立先生に取材を申し込んで書いたのが、この問題に関する最初の記事でした。
現役世代への配慮を掲げて打ち出された政府当初案に対し、「高額療養費制度は高齢者だけでなく、現役世代の患者、特にがんサバイバー等も利用していますから、『現役世代への不公平感への配慮』、『世代間格差の軽減』には、本来はならない」と厳しく批判した内容です。
それを読んだ五十嵐中先生から、記事についてご意見をいただき、「じゃあ取材に答えてください」とお願いして書いたのが次の記事です。
レセプトのデータを使った分析で、政府当初案に基づいて現役世代は楽になるのか検証し、そうはならないことをデータで示していただきました。
一連の記事を読んだ伊藤ゆり先生から、またご意見をいただき、「じゃあ取材に答えてください」とお願いして書いたのが次の記事です。
制度の改正が健康格差を広げ、WHOの定義する「破滅的医療支出」の増大につながることを指摘しました。
この記事を読んで感想をくださったのが、全がん連にも所属するがんサバイバーの桜井なおみさんです。政治家へのロビー活動に使っている資料を見せながら、なぜ政府の見直し案が通るとがん患者が困るのかを具体的に示していただきました。
「がん患者ばかりが話題になっていて、リウマチ患者など他の患者がこの制度改正で困ることは何も取り上げられない」と読者からコメントがついたのを読んだ五十嵐先生がリウマチ患者の医療費についても分析してくれたり、
五十嵐先生の取材の中で出てきた「経済毒性」の研究についても取材したり。
こんな風に、一つの記事が次の記事を呼ぶ数珠つなぎ方式で取材を広げていったのです。
なぜ私が高額療養費制度の見直しについてこんなにしつこく取材するかといえば、これは私たちみんなが関わる制度だからです。
そして、積極財政と称して、企業や金持ちは儲かるものの、低所得者は一向に暮らしが楽にならない政治が行われている今日この頃、金のあるなしで受けられる治療が変わってくれば、日本が誇る国民皆保険制度の精神が崩壊しかねません。
日本は良くも悪くも和の精神が浸透し、「困ったときは助け合う」のが美徳とされる社会だったと思います。それが、人が最も困る局面の一つである大病をした時に、「困った時は自己責任」となったら、他者や社会に対する信頼は足元から崩れます。私はそれを危惧しているし、そんな事態は絶対に食い止めなければならないと、医療記者として強く思っています。
今年前半、よく取材した特定生殖補助医療法案
そのほか、今年前半によく取材したなと思うのは、精子や卵子の提供を受ける不妊治療についてルールを定める「特定生殖補助医療法案」です。自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党が2月5日に共同で参議院に提出した法案ですが、当事者らから「子供の出自を知る権利が守られない」などとして、反対の声が上がっていました。
私が記事を出し始めたのは、法案が審議入りするかもしれないというタイミングでした。この法案が通ると、精子や卵子提供で子供を授かる道が閉ざされてしまうかもしれない性的マイノリティも声を上げ始めていました。
実はそれ以前にも、こうした問題が起きないように、大きくなった子供が希望すれば交流を持つことも了承したうえで非匿名で精子を提供する「精子バンク」を立ち上げたクリニックや匿名精子で生まれた当事者の取材もしていました。でも取材が進まず、保留になっていました。その取材記事もこのタイミングでどんどん出していきました。
個人的に私がすごく聞いてみたかったのは、他者の精子提供を受けて父親になる立場の人の話でした。提供を受けることを決めるまで揺れうごいた気持ちも、実際に子供が生まれて何を思ったのかも正直に語っていただき、こうしてできる家族のリアルの一端を知ることができました。
当事者たちから批判の声が上がる法案を作った政治家も取材に答えてくれました。非匿名の提供も可能にする法案だったため、激しい議論のようになったことを覚えています。
非匿名の精子バンクに提供した男性にも話を聞くことができました。自身の子供もいるこの男性は、「非匿名だからこそ提供したかった」と話し、提供する側がどんな思いでいるのかも理解することができました。
こうして集中して取材した法案でしたが、結局審議入りはせず廃案になりました。いまだに法整備はされず、SNSでの精子売買など危険な方法がの話になっています。私自身は何が問題になっているか理解が深まりました。
正直、私自身は第三者の精子や卵子を使って子供を授かることに対しては賛成でも反対でもありません。完全にニュートラルな立場で取材をしているのですが、何より大事だと思っているのは、生まれた子供が親や法制度の不備で取り返しのつかない苦悩を背負ってはいけない、ということです。
今後もウォッチングしていこうと思います。
自身が、大切な人が、大きな病を得てどう生きるか?
高額療養費制度の見直しは、国会で全がん連事務局長の轟浩美さんが、当時の石破茂首相に直接「いったん立ち止まっていただきたい」と訴え、一時凍結になりました。
その後、患者団体が再見直しの議論に参画してからの流れもずっとお伝えしてきた通りです。
その患者団体で活動する轟さんが、10月にリンパ節に多発転移したステージ4の胆嚢がんと診断されたことには、非常に驚きました。
不安を抱えながら、高額療養費制度を守るために自分がなすべきことをやる、と決意を新たにする姿に感銘を受け、人の底力のようなものを感じました。
自身や大事な誰かの大きな病に直面し、どう生きるのかは、医療記者としての生涯のテーマでもあります。
読売新聞時代からがん検診の取材でお世話になっていた松田一夫先生から、ステージ4の肺がんが見つかったとお知らせ頂いた時も非常に驚きました。ぜひ取材させてもらいたいと思い、福井の先生の職場にインタビューしにいきました。
また、愛する人が突然の事故に遭い、一緒に語り合ったり、街歩きできなくなったりした写真家の小池紀子さんはとても話を聞きたい人の一人でした。小池さんがSNSで自身の心の叫びを発信することを支えにしていると聞いて、言葉や表現の力を改めて感じました。
この連載の1回目は今年私が配信した記事の中で一番たくさん読まれた記事となりました。
障害者支援をライフワークとしてきた弁護士の西村武彦さんは、ある記事に入れてくださったコメントで自身もALSと診断されたと知らせていただいた人です。すぐさま取材にいきました。
冷静に自身の症状に向き合いながら、泣き叫んだ過去もあることを語っていただき、胸を衝かれました。自身が関わってきた障害者たちの姿勢が、今の自分を励ましているという話を聞き、自分がどう生きてきたかが危機に直面した時の自身の心を決めるのだなと感じました。
岩永の今年の漢字は「膝」
私個人としては、やはり5月ごろから痛みを覚え始めた膝の問題が、ずっと心身に重くのしかかっています。私が今年の漢字を選ぶとしたら「膝」で間違いないでしょう。
記者としての仕事やアルバイトにも支障が出て、今では痛くない時にどう歩いていたのかを思い出すのも難しいぐらい、痛みがあるのが当たり前の生活になりました。
公私混同記事として、変形性膝関節症の専門家に取材して、聞きたいことを根掘り葉掘り聞きもしました。
痛みも怖いですけれども、痛みで諦めることが増え、自分を卑下したり、自分がダメになったと、自分自身に負のレッテルを貼ってしまうことがとてもつらいことです。
それを励まし、痛みを取ろうとしてくれる主治医の言葉に救われた経験も書きました。
他にも色々と心に残る記事はありますが、こうして振り返ると、このニュースレターは私がその時に一番関心のあることを心の赴くままに全力で取材して書ける場です。改めてありがたく感じています。
繰り返しますが、ここで書き続けられるのは皆様の支えのおかげです。本当にありがとうございます。
来年もいい記事が書けるよう、精一杯努めてまいります。どうぞよろしくお願いします。皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
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