精子提供で二人の子供を出産 私が子供の出自を知る権利にこだわるわけ

夫が無精子症のため、第三者の精子提供で二人の子供を出産した伊藤ひろみさん。今では非匿名の精子バンクを都内で運営する伊藤さんが、子供の出自を知る権利にこだわった理由を語ります。
岩永直子 2025.04.19
誰でも

精子や卵子の提供を受けた不妊治療についてルールを定める「特定生殖補助医療法案(※)」。

自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党が2月5日に共同で参議院に提出した法案だが、当事者たちから「子供の出自を知る権利が守られない」などとして、反対の声が上がっている。

非匿名の精子提供を受けて二人の子供を授かり、自身も都内で非匿名の精子バンクを作った伊藤ひろみさん(42)にお話を聞いた。

非匿名の精子提供で二人の子供を出産し、国内でも非匿名の精子バンクを作った伊藤ひろみさん

非匿名の精子提供で二人の子供を出産し、国内でも非匿名の精子バンクを作った伊藤ひろみさん

※自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党が2月5日に共同で参議院に提出した法案。提供者の情報は、国立成育医療研究センターが100年間保管し、18歳以上の成人した子供から請求があれば、身長や血液型、年齢など、提供者が特定されない情報のみを開示。子供がそれ以上の情報開示を求めた場合、提供者の同意が得られた内容だけが開示されるとしており、「子供の出自を知る権利が守られない」と当事者らから反対の声が上がっている。

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夫が無精子症 手術でも精子が見つからず

伊藤さんは証券会社の総合職として働いていた2013年1月、30歳の時に同僚の男性と結婚した。顧客企業の買収や資金調達を支援する部署で、夜中の12時過ぎてタクシーで帰るのも、土日出勤も当たり前。子供を持つことは考えることができないほど多忙な毎日だった。

ところが結婚直後、夫が社費で留学に行くことが決まる。

「1年半か2年行くことになって、子供を持つならこれが最後のチャンスだろうと思いました。一緒についていって、その期間を出産や育児に当てて、帰国したら復帰というのが理想的だろうと考えたのです」

まずは一緒に検査を受けた。医師は青い顔をして、思ってもみなかったことを告げた。

「精子が見つかりません。男性不妊を専門とするクリニックを紹介するので精密検査を受けた方がいい」

ただ、その時はそれほどショックを受けたわけではない。

「二人ともまだ精子がないことがどれほどの意味を持つのかわからなかった。治療すればなんとかなるのかなと思っていました。私自身、仕事が激務で自分でも知らない不妊原因を抱えているのではないかと思っていましたし、できなければできないで仕事をがんばれということなのかなと思っていました」

むしろ不妊治療をするようになれば、仕事どころではなくなるのではないかという方に気を取られていた。

後日、紹介された男性不妊専門のクリニックに行き、 精密検査を受けたところ、精巣で精子が作られていない「非閉塞性無精子症」と診断を受けた。「Micro-TESE」という、顕微鏡を覗きながら精子を採取する手術を受けることを決めた。

2014年1月に手術を受けた。精子がまったく見つからなかった。

主治医は、「海外だったらまだ見つかる可能性がある」と説明してくれた。アメリカのコロンビア大学やコーネル大学で技術が進んでいるといい、コーネル大に留学経験のある伊藤さんは「じゃあコーネル大で2回目を受けたらいいんじゃないか」とまだ希望をつないでいた。

しかし、手術室から戻った夫はつらそうな顔をして「痛い」としか言わなかった。帰りに寄った飲食店でもほぼ無言で、その日の夜は涙も流していた。

精子提供を決断 子供の出自を知る権利が保障されている海外で受けたい

手術翌日、今後のことを夫婦で話し合った時、夫は「もう僕は手術を受けたくない。精子提供を受けたい」と言った。

伊藤さんは、もう一度アメリカで手術を受けて、それでも無理なら子供がいない人生を受け入れるのが一番いいのかなと思っていた。

しかし、普段はあまり自分の意見を言わない夫が、「僕は君が好きで結婚したのだから、君とだけでも血がつながった子供を一緒に育てたい」と言う。養子でもなく、精子提供を受けたいと言うのだ。

「それなら一緒に頑張ってみようかなと、私も具体的な情報収集を始めました。海外に住んでいたこともあって、映画でも精子提供の話が出てくることもありましたし、それがおかしなことだとは全く思っていませんでした。悲しみはあっても『じゃあ次にできることを頑張ろう』と前向きな気持ちに切り替えたんです」

ただ当時、日本語で検索してもほとんど情報はなかった。

夫はフランスの大学院に合格して留学することになり、精子バンクについて英語で検索した。

子供には精子提供のことを話すことは決めていたが、調べているうちに海外ではドナーの情報についても開示され、子供が連絡を取りたいと思った時に取れる可能性もあることを知った。

逆に日本で行われているような匿名の精子提供で自分のルーツの半分を知ることができないと、子供は自分のアイデンティティを確立できず、混乱し、苦しむ可能性があることも知った。

親として子供の幸福は最大限守りたい。日本ではなく海外で提供を受ける方が、子供の出自を知る権利を守ることができる。

ただ、フランスでは当時、ドナーが特定される情報は開示されていなかった。さらにアジア系のドナーも少ないし、待機時間も長い。フランスに留学している間に提供を受けられない可能性が高かった。

世界最大の精子バンクを運営するデンマークの「クリオス・インターナショナル」に問い合わせると、「子供が出自を知る権利を守りたいなら、イギリスかデンマークに行けば治療が受けられますよ」という返事が来た。

イギリスならフランスから2時間半で行くことができる。イギリスで治療を受けることを決めた。

「たまたまイギリスで不妊治療をしている友達がいて、彼女の通っている病院が一番治療成績がいいと聞きました」

デンマークの違う精子バンクから提供精子を輸入して、そのイギリスのクリニックで人工授精を受けることになった。

求めたのは、「身元を開示できるドナー」と「日本人」という二つの条件。当時、日本人のドナーはいなかったが、日本人とデンマーク人の間に生まれた人が二人いた。一人目に見た人の子供の頃の写真は、伊藤さんの子供の頃に少し似ていた。髪の色も目の色も黒色に近い。性格診断テストの結果は夫と近かった。

最終的な決め手となったのは、その人がドナーになった動機の言葉だ。

「『人助けのためにドナーになりました』と優しい言葉が書かれていて、この人にしようともう一人のプロフィールは見ずに決めました」

子供の頃の写真や性格が似ている人の提供で出産

それが2015年の2月か3月の頃。その後、このクリニックでは必須となっている、病院とは独立したカウンセラーのカウンセリングを受けた。

「子供が生まれたらどういう風に伝えるのか、ちゃんと受容はできているかを聞かれました。きょうだいは持ちたいか、どんな親を目指していくのかもカウンセラーさんと私たち夫婦で話し合い、最後に『あなたたちはきっと良い親になりますね』と言っていただくとホッとしました。本当に前向きな気持ちで4月から治療を始めることになりました」

提供を受けた精子を子宮内に入れ、受精するかどうかは自然に任せる「人工授精」と、顕微鏡で見ながら採卵した卵子に精子を注入する顕微授精と両方選べたが、最初の子は人工授精から始めることにした。

人工授精は1回20万円、顕微授精は1回300万円。フランスからイギリスへの渡航費用など諸々の出費を考えると、受精の可能性は低くてもそちらを選ばざるを得なかった。

他人の精子を自分の体に入れることは、自分にとって精神的な負担が大きかった。毎回、その時はつらい思いをした。

購入した精子は7回分。幸い、4回目で妊娠した。

妊娠中は幸福だった。

「お腹の中に自分の子供がいて、一緒に過ごすのはすごく幸せな時間でした。夫と一緒に毎日のように話しかけて、妊婦健診も夫婦で一緒に受け続けたので、生まれた時は『二人の子供として無事に生まれてきてくれてありがとう』という気持ちでしたね。自分たちにとっては奇跡のような出来事ですから」

夫も自分と血がつながっていないことは気にする様子はなかった。出産後、その証券会社では男性として初めて育休も取って、喜んで母娘の世話をした。

「同じ境遇のきょうだいを作ってあげたい」 同じドナーの精子で第二子も出産

無我夢中の初めての育児。それでも長女が1歳になった頃、同じドナーの精子を使って、次の子供を授かるための不妊治療を始めた。

「長女にとっては親は親でしかないので、同じ境遇の家族が近くにいた方が望ましいんじゃないか思ったんです。この境遇についてつらいことがあるかどうかはわからない。でも分かり合える人がそばにいるというのは大きなことなんじゃないかと考えました」

2017年の夏休みにデンマークの精子バンクを訪ねた。

「日本には進出しないんですか?」と尋ねると、「日本にも提供精子を送っていますよ」と日本で対応している病院の名前まで教えてくれた。

そこに問い合わせると、「体外受精なら引き受けてもいいですよ」と言ってくれた。同じ人の精子を追加で数回分買って、全て日本に送ってもらった。

ちなみに日本産科婦人科学会のガイドラインでは、法律婚をした夫婦で第三者からの提供精子で不妊治療をする場合、人工授精しか認めていない。

同年9月から治療を始め、5つできた受精卵を凍結。1つ目では妊娠に至らず、2018年の初めに子宮に移植した2つ目で妊娠した。2018年10月に長男が誕生した。

伊藤さん一家。娘は9歳、息子は6歳になった。どこにでもいる仲の良い家族だ。(伊藤さん提供)

伊藤さん一家。娘は9歳、息子は6歳になった。どこにでもいる仲の良い家族だ。(伊藤さん提供)

非匿名の精子バンクの日本窓口を創設

自分は幸い運よく妊娠できたが、海外で生殖医療を受ける負担は大きかった。だが、子供の出自を知る権利を守ろうとすると、海外に行かないと精子提供が受けられない。日本でも非匿名の精子提供ができるようにならないか。

第一子の出産後から、第三者の提供精子による生殖医療について、慶應大学で長年、携わっていた産婦人科医や後に「生殖補助医療の在り方を考える議員連盟」に関わることとなる政治家に話を聞きにいき、非匿名の精子バンクの必要性を訴えた。

多くは「必要だけど難しいよね」という言い方だった。日本産科婦人科学会の当時の倫理委員会委員長と面会した時は、「そんなことはやってはならない」ときつく叱られた。

「『医療は、特に生殖医療は法整備を待たずに民間が勝手にやってはいけない』ということをおっしゃっていました。和田心臓移植事件(※)の本を紹介され、これを読みなさいとも言われましたね」

※日本初の心臓移植で、提供者が不可逆的な脳死状態であったかどうかを疑われた事件。この事件によって、脳死による臓器移植への不信感が広がり、日本における臓器移植は停滞したと言われている。

2017年の年末に、世界最大の精子バンク「クリオス・インターナショナル」の創業者が日本進出にも興味を示していると語る記事がネットに載った。

「それを見た私はクリオスにメールを送って創業者にも転送してもらったのですが、『興味はあるけど難しいよね』という返事でした。そこからメールで1年間やり取りをして、第二子妊娠中の2018年に、日本にまず、精子を輸入する拠点を作りませんかと提案しました」

出産2ヶ月後の2018年末には企画書を作り、翌2019年2月からは外部コンサルタントとして業務委託を受ける形で自分の提案した事業に関わることになった。

「日本で密かに輸入した精子を使って治療をしてくれるところを見つけ、患者さんからの問い合わせを受けてマッチングするのが主な事業内容でした」

働き始めてすぐの2019年3月にはクリオスの創業者が来日し、一緒に生殖補助医療に携わる学会や政治家の重鎮に会いにいった。日本産科婦人科学会には面会に応じてもらえなかった。厚労省は、法整備が行われるまでは難しいというスタンスだった。民間から状況を動かそうとしても、国や学会は頑なに姿勢を変えなかった。

クリオスの日本窓口では、最終的に受け入れてくれる20ぐらいのクリニックとつながった。しかし、営利目的での精子のあっせんや非匿名精子による体外受精など、日産婦のガイドラインに触れることもやっていたため、こっそりしかできなかった。

それでも500人を超える患者が利用してくれた。

日本法人を作る計画が頓挫 「本当にやらなくていいの?」

ところが、日本法人を作る準備をしていた頃、第三者の精子や卵子提供による生殖補助医療の法案作りを議論していた超党派の「生殖補助医療の在り方を考える議員連盟」が法案のたたき台を公表した。クリオスのような民間の精子バンクを禁止する内容だった。

この動きを見て、クリオスの本部が計画に待ったをかけた。「法律がどうなるかわからないので、はっきりしてから動き出すべきだ」と言われ、計画は凍結された。2023年6月には、再度作った企画書も見ずに、「今はやりません」と突き放された。

「私の中で心の糸がぷつんと切れて、転職活動を始めました」と伊藤さんは振り返る。

不妊治療分野に投資しようとしている投資ファンドから声をかけられ内定をもらったが、そこでまた「これでいいのかな」と悩み始めた。

その頃、たまたまニュース番組で見たのが、パレスチナのガザ地区付近の危険地域で取材する同世代の記者の姿だった。

「子供もいるのに命がけで仕事をするその人の姿を見たら、この人がこんなに全力で働いているのに、自分は精子バンクを諦めていいのかなと思ったんです。なんだか情けないなと。本当に自分のやりたいことをやらなくていいの?と鼓舞され、ずっと頭に引っかかっていた小堀善友先生に連絡をしました」

小堀さんとは、クリオスが日本法人を作ろうとしていた時に、一緒に組む医療機関の医師の一人として相談をしていた。その後も学会などでたまに再会しては語り合い、学会や医学界の狭い価値観にとらわれない患者第一の姿勢に共感を抱いていた。一緒に仕事をするパートナーとして、一番合いそうだとも感じていた。

小堀さんもこの時のことをこう振り返る。

昨年5月に非匿名の精子バンクを作った小堀善友さん(右)と伊藤ひろみさん(左)

昨年5月に非匿名の精子バンクを作った小堀善友さん(右)と伊藤ひろみさん(左)

「私も大学からプライベートケアクリニック東京の院長に転身したばかりだったので、クリオスの計画がダメになったという話を聞いて、『やるんだったらうちで作っちゃおうか』という話になりました。会ってその日のうちにそんな話になりましたね」

非匿名の精子バンクを作る計画が動き出した。

(続く)

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