「命のために、いったん立ち止まっていただきたい」 患者団体代表の訴えに、総理は直接会うと答弁

高額療養費制度の患者自己負担学引き上げの審議が始まった参議院予算委員会で、参考人質疑に立った、全国がん患者団体連合会理事の轟浩美さんがあらためて全面凍結を訴えました。総理は、患者団体に直接会って、患者アンケートを受け取ることを了承しました。
岩永直子 2025.03.05
誰でも

高額療養費制度の自己負担額引き上げも含まれた新年度予算案が3月4日、衆議院本会議を通過した。

これを受けて審議が始まった参議院予算委員会に5日、参考人として呼ばれた全国がん患者団体連合会理事で、スキルス性胃がん患者・家族会「希望の会」理事長の轟浩美さんが、改めて全面凍結を訴えた。

石破首相は、患者の声を集めたアンケートを、患者団体から直接手渡しで受け取ることを了承する答弁をした。

質疑の模様を詳細にお伝えする。

患者アンケートを手にして、患者の切実な声を伝える轟浩美さん(参議院インターネット審議中継より)

患者アンケートを手にして、患者の切実な声を伝える轟浩美さん(参議院インターネット審議中継より)

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石破首相「物価上昇や賃金上昇分を見なければならない」

轟さんは、立憲民主党の参院議員、田名部匡代氏の質疑に参考人として出席した。

田名部議員は、「衆院予算委員会で我が党の議員から何度も繰り返し、いったん立ち止まって全面凍結をしてほしいということを訴えてきました。なぜ頑なに総理はこれを受け入れなかったのか、答弁を聞いていても全く理解できなかった。なぜ全面凍結されないのでしょうか」と石破首相に質問。

石破首相に質問する田名部匡代衆院議員(立憲民主党)

石破首相に質問する田名部匡代衆院議員(立憲民主党)

石破首相は、「制度を考える時に、十分に患者団体の方々の声を承ることができなかったことの反省を私自身持っているところでございます。その上で一回立ち止まって、ということも考えております。物価上昇分、賃金上昇分、この部分はきちんと見ていかなねばならないことは、他の制度もそうでございますが、この高額療養費の場合も同じでございます」と説明。

その上で、

「高額療養のあり方が、今まで想定しなかったものすごいスピードで進んでいる。金額的にもものすごい額で増えている。しかしながら高額療養費制度を受けている方々が、いかにして引き続き受けていただくことができるか、制度としての持続可能性を維持するか。そして保険者としての負担を考えた時に、この制度の持続可能性の維持と、患者の皆さんの思いをいかに両立するかということでこの制度修正を行なっているものです」

「困っている方々が、『こういう制度になってしまったので、もう受けるのをやめようか』と受診抑制が起こらないようにということの両立を図ってまいりたい」

と、今回の見直しを進める理由について、衆院と同様の説明を繰り返した。

「いのちのためにまずはいったん立ち止まっていただきたい」

田名部議員は、その後、轟さんを招き、「制度見直しに関し、訴えたい思いがあれば率直なご意見を」と質問。

轟さんはまず、こう語った。

「私はスキルス胃がんで夫を亡くした遺族でもあります。高額療養費限度額引き上げが報じられてすぐに、全国がん患者団体連合会が行った緊急アンケートには、3日間で3600名以上の切実な声が寄せられました。それを冊子でまとめたものがこちらにございます(と分厚い冊子を見せる)。その中のスキルス胃がんの20代患者からの声が、衆議院予算委員会で何回か読み上げられました」

「スキルス胃がん患者です。小さなこどもがおり、この子を遺して死ねません。高額療養費制度を使っていますが、支払いは苦しいです。家族に申し訳ないです。引き上げされることを知り泣きました。スキルス胃がんは治らない見たいです。私はいずれ死ぬのでしょうが、こどものために少しでも長く生きたい。毎月さらに多くの医療費を支払うことはできません。死ぬことを受け入れ、こどもの将来のためにお金を少しでも残す方がいいのか追い詰められています」

「という悲痛な叫びです。今回の限度額引き上げが行われる前から、私は、『医療費の家計への負担が申し訳ない。自分はいつか旅立つのだから』と治療をやめて、お子さんの教育費の貯金に充てたり、ランドセルや成人式の着物を用意して旅立つ方々に接してきました」

「また、ここに寄せられた3600名を超える声の中には、がんに限らず、高額療養費制度を利用している様々な疾患の方から、『治療費のために仕事をしている』『現在の限度額でも苦しく、カードのリボ払いを使用している』などの切実な状況が寄せられているのです」

「今回の大幅な引き上げにより、治療を諦める方を生んでしまうことは確実であることから、いのちのために、一旦立ち止まっていただきたいと切に願っております」

政府案では8割の患者が引き上げに 学会、専門家も「いったん立ち止まるべき」と表明

次に、田名部議員は、政府による一部修正についてはどのように受け止めているのかも轟さんに質問した。

轟さんは、次のように答えた。

「今回、多数回該当(※)について修正を行っていただいたことで、救われるいのちは一定数います。修正のためにご尽力いただいたことに関しては感謝を申し上げます」

※直近12ヶ月で3回以上高額療養費の対象になった場合、4回目以降はさらに自己負担限度額が引き下げられ、多数該当の限度額が適用される特例制度。

「しかしながら、修正案をもってしても、多数回該当に当たる方は2割であり、8月の初年度引き上げが行われれば、8割の方が予定通りの引き上げとなります。転職し保険者が変わった場合や、長期治療を無治療に変えて経過観察をしている方が、再度治療が必要になった場合は、多数回該当から外れ、第一回の金額に戻ることなど、懸念すべき点は説明されておりません」

「先週には、日本胃癌学会、日本乳癌学会、日本肺癌学会、日本癌学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会など、がん治療に関わる多くの学会から『いったん立ち止まるべき』との声が上がっています。また、公衆衛生、医療経済の専門家からもデータをもって、いったん立ち止まるべきとの声が上がっています」

「『緊急署名:高額療養費制度引き上げ反対石破首相・福岡厚生労働大臣にがんや難病患者・家族の切実な声を届けたい』には、14万筆におよぶ賛同の署名が寄せられております。3600名の切実な声をまとめたものを、未だ総理にはお渡しできておりません。このような状況の下、衆院予算委員会で今年の8月からの初年度引き上げが含まれた予算案が決定されたことに関しては、率直に申し上げて『なぜ?』という思いしかございません」

「全国がん患者団体連合会、日本難病・疾病団体協議会は今回8月に政府が行う限度額引き上げが多くの患者にとって大きな一撃となり、治療中断に追い込まれ、命を落とす患者が生まれてしまうことを強く危惧しております。今年8月からの初年度引き上げをやめ、いのちのためにいったん立ち止まり、丁寧な審議をしていただきたいという思いは、がん、難病、不妊治療、慢性疾患、そして声を上げることさえ叶わない方々も含めて私たちすべての思いでございます」

超党派の議連が丁寧な審議の力になることを願う

田辺議員はさらに、制度見直しの決定プロセスが丁寧さを欠いていると指摘されている点についても、轟さんに意見を聞き、今後の検討に必要なプロセスについて質問した。

轟さんは、「私は、厚生労働省がん対策推進協議会委員など、いくつかの協議会、審議会の委員などいくつかの協議会、審議会の委員を拝命してまいりましたが、その際、専門家からのヒアリングが何度も行われています。今回、3600名以上の切実な声が3日間で届いたこと、さらに患者団体のみならず、各学会や専門家から一斉に声明や意見が出されたことに、思料や審議が不十分であったことが表れていると思います。その状況で、今年8月からの初年度引き上げが行われることに違和感を抱きます」と批判。

そして、危機感を抱いた全国がん患者団体連合会、日本難病・疾病団体協議会が、これまでがん、難病、疾病対策で協力を得てきた議員に声をかけて、超党派の高額療養費制度と社会保障について考える議連の設立を依頼し、設立準備が始まっていることを説明した。

その上で、「この議員連盟が丁寧な審議の力になることを願っております」と要望した。

総理の「国民の声を聞いて行うのが政治である」という言葉を信じる

その上で、こう石破首相に呼びかけた。

「私は可能な限り、現地で衆議院予算委員会を傍聴してまいりました。総理が『国民の声をきいて行うのが政治である』『必要があれば、患者団体とも会う』とおっしゃっていらしたことを信じておりました。総理に私どもに寄せられた3600名を超える切実な声をまとめたものを直接お手渡しし、いくつかでもお読みになれば高額療養費について私どもが何をお伝えしたいのか、総理ならお分かりいただけると信じて参りました」

答弁する石破首相を見つめる轟さん

答弁する石破首相を見つめる轟さん

「本日、直接お伝えできる機会をいただきましたことに感謝しておりますが、私と総理の間には未だ距離がございます。私どもが願っているのは、アンケートをまとめた冊子を総理に直接お渡しすることです。その思いは今も変わりません」

「今回、たぶん、今も、多くのかたが国会中継をご覧になっていると思います。今回、高額療養費制度限度額引き上げに関して、多くの国民が審議に注目していることを感じています。普段は政治にあまり関心を持たない方も含め、普段以上に多くの方が日本の政治に注目しているからこそ、今も国会中継を固唾を飲んで見守っている方が大勢いらっしゃるのです。これは日本の政治のあり方として、私はとても健全なことであると思います」

「この度、高額療養費制度と社会保障について考える超党派議連のご相談をした時、強い決意をもって行動してくださった議員の姿に接し、私は日本の政治を信じられると思いました。そして、総理は『好きな言葉はふるさと』とおっしゃっていました」

「そのようにおっしゃった石破総理であれば、私どもに寄せられた3600名以上のアンケートをまとめたものをお読みになってくだされば、今年度8月以降の引き上げも取りやめ、いのちのためにいったん立ち止まることを英断してくださると信じたいです」

3600名以上の声は、丁寧な審議に必要な、国民の声です。お渡しできる日が来ることを心から願っております」

患者アンケートの直接受け渡し 首相「承ります。ちょうだいしましょう」

田名部議員がこれを受けて、患者の願いに応えてもらえないか問うと、石破首相はこう答弁した。

患者団体に直接会ってアンケートを受け取ると答弁した石破首相

患者団体に直接会ってアンケートを受け取ると答弁した石破首相

「私どもが考えているのは、いかにしてこの制度がずっと続いていくことができるか。これから先、今のお話にありましたような患者の方々が増えなければいいのですけれども、医療の高度化によって、そういう方々は増える。そしてまた療養費は上がっていく。そうしますと、実際にこの制度を続けていくためにはどうすればいいだろうかと考えていかなければ無責任だろうと考えております」

「そういう(患者の)声には可能な限り答えてまいります。しかし同時に私どもは、いかにしてこの制度を持続させるかも考えていかなければなりません」

「国民皆保険制度ができました時に、主な疾病は結核と労働災害でした。多くの方々がリスクを共有しておりました。今それは、がんであり、生活習慣病であり、いわゆる認知症でありということになっています。そうするとリスクが偏在していることが起こっています。その中でいかにしてこの制度を持続させていくかを考えていかなければなりません」

その上で、「そういう方のお声を大切に思うからこそ、いかにしてこの制度を続けていくかを、国家に対する責任、国民に対する責任として考えていきたいと思っています。今のお話は十分承っております。これを聞いて、心震えない人間はいないと申し上げておきます」と答えた。

田名部議員が再び、直接患者団体に会って、アンケートを受け取る時間を設けてもらえないか問うと、石破首相は「結構です。承ります。ちょうだいしましょう」と、直接受け取ることを了承した。

田名部議員は、「制度を守るための命じゃないですよ。命を守るために制度をどうしていくのか」とし、患者の生活実態や、見直しが与える影響について、患者や医学会、有識者のデータや意見を通じて精査することが重要だと指摘。

「持続可能な制度にすることは大事ですよ。それは否定していません。だったらご負担をどうするのか、合意や納得を得る中で制度を作っていくために、ここはいったん凍結する、立ち止まるべきではないか」と訴えた。

石破首相は「制度を守っていかなければ命を守っていくことはできません」と答弁し、見直しは制度の維持のためだと同じ説明を繰り返した。

「一番命につながるところになぜ手をつけるのか?」

田名部議員は予算審議の間に患者団体に面会して話を聞くことを求めた。その上で、石破首相の答弁について意見を聞くと、轟さんはこう訴えた。

「確かに治療費の値段は上がってきております。しかし、それは命につながる革新的な治療です。そして、衆院の予算委員会で総理が商品名を具体的に挙げて、値段をおっしゃったもの、その中の一つは世界に誇るべき日本がノーベル賞を取った治療です。その治療に関して、これが日本の医療経済の値段を上げている、だから保険者が保たない、だからこの制度を維持するために(高額療養費制度の自己負担)限度額を上げる、そのことで患者が(治療を)受けられなくなる、それは本末転倒ではないかと私は思います」

「制度があっても、届かなければそれはないのも同じです。ですから、私どもはやみくもに反対しているわけではないのです。どこか何か手を打たなければいけない。そのことに関しては理解しております。でもなぜここに手をつけるのか。一番命につながるところになぜ手をつけるのか」

「そのことが、私どもだけでなく、学会や専門家などから多数声明が出ていること、そのことに重要性を感じていただきたいと思います」

田名部議員は、「国民の皆さんにもご理解いただきたいのですけれども、今、制度を利用している方々だけでなくて、これはまさにいつ誰がこの制度を利用することになるのかわからない。自分で望んで病気になっているわけではない中で、その時にしっかりと、生きる希望を持って治療を続けることができるように、我々はこうした提案をさせていただいているわけであります」と、訴えた。

石破首相は、高額ながん治療薬「オプジーボ」や「キムリア」を具体的に挙げてこうした薬剤が医療財政を圧迫していることを説明して炎上した答弁を轟さんが引用したことについては、「こういうような高額な治療を受け続けることができるようにどうするかという答弁を申し上げた」と、釈明。

その上で、こう答弁し、高額療養費制度の見直しはあくまでも制度の維持のためとする説明を繰り返した。

「この制度を支えているのは、保険者であり、国民全てが支えているわけで、いかにしてこの制度を維持するか、持続可能なものにするか、広く国民の理解を得るために、さらなる努力を致してまいります。この制度を守ることが一番大事だ、そして経済的に困窮しているからそういうような高額治療が受けられないという方がないようにするということは政府として申し上げておきます」

これに対し、田名部議員はあらためていったん全面凍結することを求めた。

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