当事者らが怒りの声「こんな法律ならない方がまし」 特定生殖補助医療法案が来週にも審議入りか
精子や卵子の提供を受けた不妊治療についてルールを定める「特定生殖補助医療法案」が来週にも審議入りする動きがあり、立憲民主党の議員有志が4月9日、反対の声を上げる当事者らと緊急の記者会見を開いた。
匿名の精子提供で生まれた当事者や母親、そして海外での精子提供で妊娠した性的マイノリティのカップルらが「こんな法案ならない方がまし」と怒りの声を上げ、当事者の声を聞かずに拙速に議論を進めようとする動きを批判した。

「子供にドナーの情報を隠さないで!」と訴えた、匿名の精子提供で生まれた戸井田いちかさん
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
特定生殖補助医療法案とは?
この「特定生殖補助医療法案」は、自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党の4党が議員立法で2月5日に共同で参議院に提出した。
長らく日本には第三者から精子や卵子を提供された行う生殖補助治療のルールを定める法律はなく、日本産科婦人科学会がガイドラインを設け、法律婚をした夫婦に対し第三者の精子提供を受けての人工授精(AID)のみ認めていた。
2003年には厚生労働省の厚生審議会生殖補助医療部会が、「15歳以上の者は、精子・卵子・胚の提供者に関する情報のうち、開示を受けたい情報について、氏名、住所等、提供者を特定できる内容を含め、その開示を請求をすることができる」と出自を知る権利についても盛り込んだ報告書をまとめ、この結論に基づいた法整備を求めていた。
ところが、今回提出された法案は、この報告書とはかけ離れた内容だ。
提供者の情報は、国立成育医療研究センターが100年間保管し、18歳以上の成人した子供から請求があれば、身長や血液型、年齢など、提供者が特定されない情報のみを開示する。
子供がそれ以上の情報開示を求めた場合、提供者の同意が得られた内容だけが開示されるとしており、提供者の意思次第で開示される内容が左右される。
そのほか、この法案では第三者の精子や卵子の提供やあっせん、それを使った人工授精や体外受精は国の認定を受けた医療機関に限る。提供やあっせんにより利益を受けた場合は罰則がある。
さらに、提供を受けられるのは法律婚の夫婦だけとし、事実婚や同性カップル、独身の人には認められない。代理出産は禁じている。
一方、提供を受けた両親は、生まれた子どもがその事実を知ることができるよう、子供の年齢や発達の程度に応じた適切な配慮をするよう努めなければならないと、親から子供へ情報を伝える努力義務も盛り込まれている。
同性カップルらが排除され、出自を知る権利も保証されていない
当事者は今回の法案では、すべての子供が知ることのできる情報が、提供者個人が特定されない限られた情報のみである点や、それ以上知りたい場合は提供者の同意を得なければならない点、子供が開示請求できるのは18歳以降であることなどに反対の声を上げている。
また、婚姻関係以外の同性カップルなどがこの生殖補助医療から排除され、違反した場合は罰則まで設けられていることにも、反対の声が上がっている。
そうした当事者の声を聞いたうえで、法案の廃案か修正を求める議員らが呼びかけ、緊急記者会見は開かれた。同性愛者であることをオープンにしている尾辻かな子衆院議員が司会を務めた。
同じく同性愛者であることをオープンにしている石川大我参院議員は、同性カップルがこの法案で受ける不利益について訴えた。

石川大我議員
「特に訴えたいのは、当事者の皆さんが(こうした生殖補助医療を受けると)罰せられるということです。例えば女性同士のカップルが男性の精子提供者と海外に行って行えばいいかと思いきや、海外で精子提供を受けて財産上の利益を与えると罰せられる。(精子提供者の)飛行機代を出す、ホテル代を出す、仕事を休んで来るので少しそれを補償しようとか、そういうことまで財産上の利益ということで罰せられる可能性がある」
小児科医でもある阿部知子衆院議員は、生まれた子供の出自を知る権利について、不十分だと訴えた。

阿部知子衆院議員
「自分は誰から生まれ、半分はお父さん、半分はお母さん、その見えない半分がどうなるのかというのが出自を知る権利として保証しましょうということでした。でも今回の法律は、保証という言葉を使っていますが、全く保証されていない」
「確かにドナーの情報を18年間、国立成育医療研究センターで預かります。でも開かずの扉。子供達や親御さんはその扉を18年間開けられない。そしてその扉を開けるも開けないも、ドナーの人がいいよと言ってくれないと開けられない」
「自分の半分がどこから来たかわからないまま子供は18まで成長できるだろうか。私は子供というのはその時々、子供の発達段階に合わせて知りたいことを伝えられる権利があると思っています。同性婚やその他のこの法律から排除された方のことはもちろんのこと、一つの生命を生み出すときに、命への責任を国会がどう果たすか。何があったら本当に生まれいづることが幸せと思えるのか、そのことを目指してもっといい法律が作れるはずです」
「他の人に決定権があるのに、どうして『出自を知る権利が保証された』と言えるのか?」
続いて、「非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ(DOG)」代表の石塚幸子さんが発言。

石塚幸子さん
石塚さんは、今回の法案を作るベースの議論をした議員連盟をほぼ全回、傍聴したが、この生殖医療によって生まれた当事者へのヒアリングは一度もなかった。
「どうしてそれで生まれた当事者が何を望んでいるかをここ(法案)に盛り込んでいると自信を持って言えるんだろうというのが疑問に思っている」
石塚さんは父親が遺伝性の病を発症したことをきっかけに、自分が父親と血をつながっていないことを告知された。
「私が一番問題だと思っているのは、長い間親に秘密を持たれていたということと、突然自分が思っていた出自が違うと言われると、自分がいったい何者なのかという大きな不安に陥らされてしまうこと。私は23歳の時に知りましたが、母や父がこんなにも人に言いたくないと思っているような恥ずかしいと思うことで自分が生まれてしまったということはすごく悲しかった」
「私は母親と、精子というモノから生まれているような感覚がしていて、そうではなくそこにきちんと人がいて、提供者という実存する人がいるということを確認させてほしいと思っている。一度でもいいので提供者に会いたい」
さらに、今回の法案では、提供者が情報を開示するかどうかを決められることに一番の問題があると指摘。
「生まれた人が知りたいと思っても、知れるかどうかは提供者に決定権があるということが一番大きな問題だと思っています。他の人に決定権があることを、どうして知る権利が保証されたと言えるのでしょうか?また仮に自分が知りたいと思っても、それを他人の許可を得られないと知れないというところが、子供の出自を知る権利を保証するものになっているとは私は到底思えない」
また、こうした生殖医療で生まれた当事者の声を聞かずに法案が提出されたことにも疑問を投げかけ、こう批判した。
「私たちはこんな形で法律が成立してしまうなら、ないほうがマシなんじゃないかと今は思っています」
「子供にドナーの情報を隠さないで!特別視しないで!」
精子提供や卵子提供、代理出産など様々な形で家族を設ける親子を支援する「ふぁみいろネットワーク」共同代表の戸井田かおりさんは、夫の無精子症が理由の不妊症で精子提供を受け、子供を授かった。

戸井田かおりさん
「この法案に対して、どの立場の親も強く憤っております。婚姻状態にない女性カップル、選択的シングル、事実婚の人たちは子供を持つことを実質禁止され、身体的に不妊ではなくても、社会的不妊とされてしまうような法律になっている」と訴えた。
最近では国外の精子バンクや国内の一部の医療機関で、非匿名の精子提供を受ける選択肢を選ぶ当事者が年々増えているという。しかしこの法案が成立した場合、一律に情報が管理され、非匿名のドナーという選択肢がなくなることを戸井田さんは危惧する。
戸井田さん自身が治療を受けた時は、匿名ドナーの治療しか選べなかった。そうして授かった長女には6歳の時、精子提供で生まれたことを伝え、日常的に語り合っているという。
「我が家は匿名ドナーですが、日本人であること、医大生であることはわかっていたので、どんな人か(子供に)答えることかできていました。しかし新しい法案では、ドナーの情報がわからないまま親は子供に告知をし育てていかなければならなくなるのです。子供に『ドナーはどんな人なの?』と聞かれても『ごめんね。何もわからないの』と答えるほかありません」
「今は子供の心理的ウェルビーイングのためにも、幼少期から告知をして育てることが一般的になりつつあります。10年以上もの月日を何の情報もないまま、親子の対話をし続けることがどんなものか、その中で育つ子供の心情はどんなものか。法案作成の段階で親子の告知の対話のヒアリングなどはされているのでしょうか。告知をして育てる親子の営みがすっぽり抜け落ちている法案だと思います」
続いて、戸井田さんの中学1年生の娘、いちかさんが自身の体験を語った。いちかさんは、法案ではドナーの国籍さえ情報開示が保証されていないことに疑問を投げかけ、さらに18歳まで情報が開示されない問題に疑問を投げかけた。
「なぜドナーさんの情報を18歳まで子供に隠すのですか?精子提供で生まれたことが隠さなければいけない、変わったことだと言われているようでとても嫌です。隠さないでほしいです!子供にちゃんと伝えてください。教えてください」
「私は社会にも言いたいことがあります。精子提供で生まれた子を特別視しないでほしいです。普通の子供と同じです。かわいそうな子供だと言わないでほしいです」
当事者の声を聞くよう申し入れ
超党派の議員連盟には立憲民主党も参加していたが、同党の意見が盛り込まれないまま4党での法案提出に至ったという。
立憲民主党は対案を出す予定はあるのか問われると、阿部知子議員は「15日で質疑して、16で参議院を通過させようと、非常に拙速な審議過程が伝えられるところとなりました。私たちはより良い不妊治療を求めて、まず当事者の声を聞く。今の法案に足らざるところを、今日お聞きしたことをもとにもう少し前向きに提案できないかということは念頭にあります。ただ時間がすごく短い」と回答。
打開するためにより多くの人にこの問題を知ってもらおうと記者会見を開いたといい、「誰も正直言って(この問題について)知りません。もっと言えば議員だってほとんど知らない」とまずはこの法案の問題について広く知ってもらい、修正を求めていくとした。
福山哲郎参院議員は、「簡単な修正案では多岐にわたる、今日お話し頂いた当事者の懸念を払拭することができないかもしれない。何が何でもこの国会でというよりは、より払拭できる形にするにはどうしたらいいのかということを仲間とも相談し、野党にも与党にも話をしながら進めていきたい。超党派のPTの皆さんにもぜひ当事者の皆さんの話を聞いてくれと申し入れもしていきたい」と答えた。
「非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ(DOG)」は2月25日に記者会見を開き、子供の出自を知る権利から見て問題のある法案であることを緊急声明で指摘した。ただ、与党の議員からの問い合わせは全くなかったという。
(同性カップルの訴えについては、別の記事で詳報します)
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
すでに登録済みの方は こちら
提携媒体
コラボ実績
提携媒体・コラボ実績

