誰一人取り残さない図書館を 「公共の仕事で、タイパやコスパを言うのは間違っている」
名古屋市の図書館で様々なイベントを通じて、利用者に正しい知識や人とつながる機会を提供してきた元図書館長の藤坂康司さん(67)。
5年間の経験を、仲間と共にZINE(自主制作冊子)『ここは本をかりるだけではない図書館 わたしたちの5年間』(やしの木堂書店)を出版しました。
何を伝えたかったのでしょうか?

アメリカ手話で「I LOVE YOU」とやってみせてくれた藤坂康司さん(撮影・岩永直子)
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筆者も登壇
実は、藤坂さんが図書館長時代、筆者も講師として招かれたことがある。怪しい医療情報の見分け方をテーマに話したのだが、参加者から質問がバンバン寄せられ、終わった後の語り合いも含めて、一方通行ではない濃厚な交流の時間になっているのが驚きだった。

自身が「怪しい医療情報に惑わされないで」と称して講演した際、一般市民はもちろん、当事者や医療者ら様々な属性の方が熱心に質問してくださった

岩永が登壇した時のチラシ
この時、私は依存症専門のオンラインメディア「Addiction Report」を創刊したばかりだった。参加者の一人に、アルコール依存症についても定期的な発信イベントを始めるという話を聞いていた。
「アルコールの健康問題について、図書館で取り組めないか探している研究者が東京にいると聞いて、志段味図書館でも良ければと開催を決めたんです。他の依存症にも広げたいと思っており、岩永さんにきてもらったところもあります。図書館を辞めなかったら、松本俊彦先生にも来てもらいたいと思っていたんです」と藤坂さんは言う。
「街に出たい」医療者とのコラボレーション
この時驚いたのは、藤坂さんのフットワークの軽さだった。登壇の依頼があり、日程調整からチラシ作りまで、数日で全てが決まった。
「こういう活動を続けていると、人とは自然につながっていっちゃうものなんですよ。図書館のおはなしの部屋や集会室がコロナ禍の時に一時使えなかったんですが、建物全体を民間の指定管理で預かって運営するのに、市民の税金で作った施設なのに市民に提供できていない部屋があることに違和感を覚えたのです。1日1時間でもいいから何かできないかと考え、イベントをいろいろやっていったんですね。体力ありましたね(笑)」
様々なテーマがある中で、手話や学習障害、がん教室や依存症など、医療や福祉のイベントが多かったのはなぜだろう?
「図書館の最近の動向をまとめた本を読んでいると、社会のいろいろな困り事に対して図書館が取り組み、認知症に対する取り組みも始まっていたので、僕も何か医療のことができればと思ったんです。そのうちに助産師さんや患者会の人、医療関係者とつながり、それがどんどん広がっていった感じです。逆にそういうことが、図書館に求められていたのかもしれないなと思います」
様々なイベントを企画していると、医療従事者から「街に出たい」という声を聞くことが増えた。
「お医者さんでも、理学療法士さんでも、助産師さんでも、『病院で待っているだけではダメだ』とおっしゃる。例えば、お年寄りのフレイル(加齢による心身の活力低下)の予防などを考えると、病気になった人を病院でみるのでは遅い。医療従事者の方が街に出て、先回りして伝えていかなくちゃダメだと言うわけです」
守山図書館でお年寄り向けの健康講座をやり始めた時、地元の社会福祉協議会の人ともつながるようになった。そこから福祉のテーマでのイベントがどんどん増えていった。
公共の図書館は、「誰一人取り残さない」
また藤坂さんは、公共施設である図書館では「誰一人取り残さない」という意識が強かった。
手話や聞こえの問題、学習障害のイベントなどに力を入れたのは、困りごとを抱える子供を取り残してはいけないと思ったからだ。
「図書館で読み聞かせイベントをしますという時に、耳が聞こえない子供はどうするのか。絵本を提供しますといって、字が読みにくい子を無視していいのか。例えば、聾者のお母さんの多くは耳が聞こえる人です。そして意外と手話を勉強していない。だから絵本を読み聞かせしてあげたことがないことが多い。つまり耳の聞こえない子供の多くは、読書体験の入り口で、本を読んでもらったことがないんです。それなら図書館がやらないとダメだと強く思いました」
自動車関連産業が盛んな名古屋でも増えていた外国人に対するサービスとして、やさしい日本語教室に取り組んだのもその一環だ。
「役所も教育者も、口では『誰一人取り残さない』と言いながら、目立つところしかやっていない。やっていないなら自分ができることをやるしかないです。『手話のイベント参加者は少ないですね』と言われたことがありますが、誰一人として残さないなら、一人のためにやればいい。税金を使ってやる公共の仕事で、タイパやコスパを言うのは間違いです。民間では絶対できないことを、公共施設はやるべきです」
忘れ去られないように、市民と活動を1冊にまとめて
そんな熱意や喜びを持って取り組んでいた図書館長としての仕事は、突然終わりを迎えた。
所属していた図書館流通センターの定年がコロナ禍で1年延長されてたので、来年度も続けてできるだろうと思っていたら、2024年9月に突然、「来年度は名古屋市の図書館にはあなたのポストはない」と言われた。会社からは県外の大きな図書館の館長職を提案されたが、単身赴任になるので断って結局やめることになった。
「なんでここまでやっているのに辞めさせるんだよ、とがっくりきて、一時、精神を病んでしまいました。精神科のクリニックに行って、薬を飲むようになって初めて、そうした心の問題や薬物の問題が我が身のことになってきた。こんなふうに困っている人がたくさんいるんだなと実感できて、それはそれで良かったと思っていますけれどね」
そんな精神を病む経験をしたからこそ、まだ図書館にいたならば、若者に広がる市販薬のオーバードーズの問題も取り上げたかった。若い人の自殺予防に関しても何かできたらと願っていた。
「最終的に子供たちやお母さんが健やかに育つことが地域の公共施設の一番の目的だと思っていましたから。それができなくなったのは残念です」
そんな5年間の活動を今回、ZINEとしてまとめたのは「忘れ去られると思ったから」だ。
「記録をしておかないと、忘れられて無かったことになってしまう。図書館で一緒に働いていたスタッフも、活動の全ては知りません。図書館年報に記録は残っていますが、実際に一緒に汗をかいてくれた市民の人に書いてもらうのが一番伝わりやすい。僕が全部書いたら、昔話と自慢話で終わってしまいますからね」
そうやってこのZINEは誕生した。
図書館の可能性は無限大 市民活動を育てる場所
藤坂さんは2025年3月から、名古屋駅前の名古屋関連の書籍を置く本屋「NAgoyaBOOK CENTER」の店長として働いている。
そして、店のスペースを使って、著者を招いたイベントもちょこちょこ開いている。この場所では、医療や福祉だけでなく、社会的な幅広い課題を扱うようになった。
「今はやはり先日の選挙結果を受けて、この先どうしていくかというのが気になりますね。昔、ヨーロッパのカフェでみんなが集まっては議論して市民活動が活発になっていったように、街中で人が集まれる場所としての本屋になれたら嬉しいですね」
図書館と違って少し残念なのは、子供のお客さんが少ないことだ。
「子供らに絵本をずっと読んできたので、子供らが来ないのは寂しい。図書館の良いところは、子供が一人でも来られるところです。とはいえ、図書館では大人向けのイベントがあまりできていなかったし、まだここでもできることはあると思っています」
今回のZINEも店に置いている。本屋の店長としての活動とは別に、全国のZINEの情報を繋ぐネットワークを作ろうと新しい仲間たちと活動中だ。
図書館を離れ、改めて図書館が持つ可能性をどう感じているのだろうか?
「みんな図書館という宝の山を見ていないし、わかっていないのでもったいない。可能性は無限大です」
「当事者カフェを作ったのは、小さい声を集めて行政などに届けるためです。それにはやはり安心して、集まることができる場所がないとダメなんです。図書館は誰でも無料で使えます。そして司書という情報を扱う専門職がいて、最新で確実な情報が調べられる。公民館や街中のカフェではできないことです。そんなふうに小さい声を集めて、大きくして社会に届けていくことができるのが図書館です。市民活動を育てていく場所。ある意味、権力者にとっては危ない場所なのかもしれません」
藤坂さんは、この本を街の図書館関係者はもちろん、多くの市民にも読んでもらいたいと願っている。
「図書館は、静かに本を読むだけだとか、本借りるだけだと思っている人も多いかもしれません。だから、そうじゃない、こんなこともできるんだと知ってほしい。実際、やった経験がこの本に書いてありますからね。いずれこの本は韓国語、中国語、英語に訳して、海外でも販売しようと思っています。図書館の無限大の可能性を、世界中の人に届けたいです」

5年間の活動をまとめたZINE『ここは本をかりるだけじゃない図書館 わたしたちの5年間』
※このZINEの取り扱い店舗などはこちら。
(終わり)
【藤坂康司(ふじさか・こうじ)】NAgoyaBOOK CENTER店長
1958年、広島県呉市生まれ。大学卒業後、丸善などの書店長、児童書出版社「偕成社」取締役販売部長などを経て、2020年、名古屋市志段味図書館長に就任。2023年からは守山図書館長を併任。2025年に退職し、名古屋にゆかりのある本を置くNAgoyaBOOK CENTER店長になり、ここでも様々なイベントを仕掛けている。
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