医療、福祉、性教育......図書館で人と情報をつないだ「名物図書館長」が5年間の活動をまとめたZINEを出版

名古屋市の図書館で様々なイベントを仕掛けて、人と人を繋いできた名物館長、藤坂康司さん。5年間の活動を仲間と一緒にまとめたZINE『ここは本をかりるだけではない図書館  わたしたちの5年間』を出版しました。
岩永直子 2026.03.02
誰でも

名古屋市に「名物図書館長」と呼ばれていた人がいる。

書店や出版社勤務を経て、名古屋市の志段味図書館と守山図書館の図書館長を務めた藤坂康司さん(67)。

図書館を、本を借りる場所としてだけではなく、人が集い、学び、交流する場所にもした全国的にも有名な人だ。

その藤坂さんが、図書館長としての5年間の経験を、一緒に歩んだ仲間と共にまとめたZINE(自主制作冊子)『ここは本をかりるだけではない図書館  わたしたちの5年間』(やしの木堂書店)を出版した。

藤坂さんは図書館をどんな場所にしたかったのだろうか?

藤坂康司さん(撮影・岩永直子)

藤坂康司さん(撮影・岩永直子)

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コロナ禍に図書館長に着任 

本は若い頃から大好きで、高校生時代の部活は「図書部」。でも、大学で司書の資格を取る講義は「面倒くさい」と避けた。書店勤務から、児童書出版の老舗「偕成社」に転職した時は、営業担当として毎年、学校100校ぐらいに本を売りにいっていた。

「そこで全国の学校図書館がひどいことは目の当たりにしていました。本が古いし、下手すると開いていないところさえありました」

学校図書館の知り合いが増え、図書館の大会やイベントに顔を出した。その縁で、定年退職する時に声がかかった「図書館流通センター」に60歳で再就職した。

1年で司書の資格を取り、図書館長として名古屋市志段味図書館に配属されたのが2020年2月のこと。新型コロナウイルス感染症の世界的な流行が始まったばかりだった。

「実はあまり危機感はなかったんです。ただ、コロナ禍で外出を控える人が増え、何かを仕掛けなければいけないという話にはもちろんなりました。民間の指定管理ですから、実績を残さなければいけない。そういう中でイベントを考えるのが面白いなと思っていました」

館長がおすすめの本を展示する「館長展示」にまずは取り組んだ。

「手話は言語です」と名付けた手話の本を集めた本棚(藤坂さん提供

「手話は言語です」と名付けた手話の本を集めた本棚(藤坂さん提供

「でも、それだけでは見てもらえないし、伝わらない。一緒に何かできればいいなと思ってイベントを始めたわけです」

手話の読み聞かせ会をスタート

最初に選んだテーマは「手話」だった。出版社に勤務している時に、東京で手話の講習会に3年間通った経験がある。名古屋市で手話ミュージカルを開催予定だった平井知加子さんをNHKのテレビ番組で知り、すぐに連絡をとった。彼女は4歳の時におたふく風邪の後遺症で両耳の聴力を失い、手話によるコミュニケーションを広める活動をしていた。

しゅわしゅわおはなし会の様子(藤坂さん提供)

しゅわしゅわおはなし会の様子(藤坂さん提供)

藤坂さんは、平井さんに手話で絵本の読み聞かせをしてもらう「しゅわしゅわおはなし会」を隔月で開催した。

藤坂さんは、このイベントについてこう語る。

「聾者の人口はそんなに多くないのはわかっていたので、手話を勉強したい人が来るかなという感じで始めました。でも、コロナ禍なんだから、参加者は少なくてもいいんですよ。むしろ詰めかけてもらっては困る(笑)。だから続けていけばなんとかなると思って、僕は気にしてませんでした」

これは書店員をしていた若い頃の経験も後押しした。

「自分の店しか扱っていないコミックを仕入れたことがあるんです。あの頃はSNSがなかったので、噂が噂を呼んで結構遠くから買いにくる人が増えた。手話のイベントをやっている図書館は全国的に少ないので、情報が届きさえすれば、誰かが来てくれるようになるだろうという考えがありました」

図書館内では当時、マスク着用が義務付けられていたが、手話は表情が大切だ。講師の平井さんは思い切ってマスクを外して臨んだ。

平井さんは図書館での活動を今回の本の中でこう振り返る。

図書館という公共の場でやるということは、聞こえないという障害の特性を幅広く知ってもらえる機会だと気づいた。興味がある、ないではなく、図書館に足を踏み入れたら自然と得られる情報であり、無料、誰でも、そしてやろうとしている人の確かな身元がわかる安心感が大きい。図書館はとても身近な公共の施設であり、知的好奇心を満たしたいと欲する人には、もしかしたら手話という世界は惹かれやすいのではないか。

(『ここは本をかりるだけじゃない図書館』平井知加子さん「手話言語と日本語は対等である」より)

そして、このイベントは利用者だけでなく、講師の平井さんにも大きな影響をもたらした。

私にとっても、自分の活動が社会や地域のためになっていると思うのは、自己肯定感も高まる。そして参加者と交流を通して、もっと他人と関わりたいという欲求も生まれ、それは共存の道に繋がる。今の私は、共存をさらに進んだ協働という素晴らしいステージに立たせてもらっている。

(『ここは本をかりるだけじゃない図書館』平井知加子さん「手話言語と日本語は対等である」より)

藤坂さんは、会場の熱気を感じ、図書館という場がマイノリティと呼ばれる人の力を引き出す可能性を実感した。

ギフテッドの子供が自分を表現できる場に

次に焦点を当てたのは、知的な発達に遅れはないのに文字の読み書きに障害がある「発達性ディスクレシア」だ。子供の8%がそれに当たると言われているが、あまり知られておらず、支援も薄い。

「出版社にいた時に学校図書館の団体で勉強して知ったのですが、出版社は何もできていなかったんです。いい児童書を出していても、それが読めない子に何もできていないことがずっと頭にありました」

保護者と支援者の会「ディスレクシア協会名古屋」に連絡を取り、すぐに講演会が決まった。講演後、講師に個別に相談する利用者が何人もいたため、後日、無料相談会も開くようになった。

ディスレクシア相談会の様子(藤坂さん提供)

ディスレクシア相談会の様子(藤坂さん提供)

反響は大きく、講演会や相談会は名古屋市の複数の図書館で定期的に開催されるようになった。当事者の母親同士が語り合えるカフェ「いちにちいっぽ」も始まった。

(あの図書館長に相談したら、何か面白いことができる)

そんな評判はすぐに広まった。

藤坂さんはある日、ディスレクシア協会から不登校のギフテッド(生まれつき高い知能や才能を持つ子供。周囲と馴染めず生きづらさを抱えることも多い)の女の子を紹介された。小学3年生の「ちゅんちゅん」さんだ。「藤坂館長なら、この子の才能を活かすことを考えてくれるはず」と紹介された母親が連れてきたのだ。

藤坂さんは小説を書くのが得意というちゅんちゅんさんに、いくつか作品を持ってきてもらった。その中に、日本の昔話のほとんどを読んだ経験がある藤坂さんも驚くほど完成度の高い昔話があった。

「図書館で彼女が書いた昔話を朗読するイベントをやろうと提案しました。学校に馴染まないところがあるようなので、一緒に楽しんでできることをやれたらいいなと思ったんです」

彼女の父親が旧優生保護法違憲訴訟(※)の名古屋原告団の弁護士で、父と共に裁判所に行き、この訴訟についてもよく調べていた。別の日には、この訴訟についてもちゅんちゅんさんに発表してもらう機会を設けた。それぞれのイベントの構成や、案内のチラシの作成、当日の司会も全て彼女に任せた。

※1948年に制定された旧優生保護法に基づき、強制的に不妊手術を受けた障害者たちが、国に対して損害賠償を求めた訴訟。最高裁は2024年7月、原告側の訴えを全面的に認め、国に賠償を命じた。

「こうした特別な能力を持っている子供に対して、本来なら学校でやるべきことを学校はできていない。じゃあ図書館でやればいいと思ったんです。僕にとってこれは、図書館の児童サービス。図書館として当たり前のことでした」

昔話のイベントも旧優生保護法についての発表も、手話や筆談などを駆使しながら、障害のある人もない人も集まって大盛況だった。

発表するちゅんちゅんさん(藤坂さん提供)

発表するちゅんちゅんさん(藤坂さん提供)

「訴訟の原告の夫婦も来られて、孫を見るような目で見つめていました。お子さんがいないご夫婦なので、ちゅんちゅんを可愛がっていたんです。彼女もそんな経験をしたら、次に何か興味のあることに出会った時、自分から提案して、何かをする原動力になるかもしれません。今はYouTubeで色々な発信をしているそうですが、図書館での活動がそんなきっかけになったなら嬉しいですね」と藤坂さんは言う。

ちゅんちゅんさんの優生保護法イベントのチラシ(藤坂さん提供)

ちゅんちゅんさんの優生保護法イベントのチラシ(藤坂さん提供)

ちゅんちゅんさんの母親の櫻井麻紗子さんは、今回のZINEに、こんな文章を寄せた。

図書館という市民に開かれた場所で、いろんな方々と協力しながら、自分の考えたイベントを行い、そこから新たな出会いや気づきを得ることができたという経験は、「自分が動けば何かができる」「人から力を貸してもらえる」「発信したら受け入れてもらえる」という自信になりました。その後、娘は、そのときに出会ったかたから「こちらでも発表してもらって、それを基に話し合いをしたい」と言ってもらったり、また「優生保護法についてもっと深めたい」と財団から研究支援をいただいたりしました。(中略)苦しいときに、「自分」を出しながら人と繋がれる機会をいただき、一人の表現者となれる場をいただけたのは、娘にとって大きい力となりました。

『ここは本をかりるだけじゃない図書館』より

世代を超えたつながりも

面白いのは、こうした発表が別の発表を呼び、人間関係もどんどん広げていったことだ。

藤坂さんは、学校に馴染めない子供たちにどんどん発表の機会を提供していった。

「守山図書館に移った後も、城好きで学校に行ったり行かなかったりしていた障害のある小学生の男の子、虎丸君に発表してもらったんです。彼は地元、守山の郷土史の研究者に半分弟子入りしていたので『虎丸、何か図書館で発表しろよ』と声をかけて、守山城について語ってもらったんです」

発表の日の当日、歴史に興味のある人はもちろん、郷土史の研究グループに所属する中高年たちもみんなで応援に駆けつけた。

「郷土史の研究者は皆、高齢化しているので、小学生が入ってくるのを歓迎するんです。だからこの子を盛り立てようという思いがある。発表した彼も自信がつくし、世代を超えた交流が生まれているんです」

「狙ってやったわけではないのですが、図書館という場の力が大きいからかなと思います。働いている人間が考えるよりも、図書館って公の場なんです。そこで発表することはすごいと思われている。ちゅんちゅんや虎丸が図書館で発表したことは、彼らの実績にもなるので、どこかで活かしてほしいと思います」

「子育てはみんなで支えるもの」母親教室に祖父母世代や地域の人も参加

「特にコロナ禍では、集まりがなくなり、公園でも会話をしちゃいけませんという状況になっていたから、お母さんたちはすごく孤独になっていたと思います。図書館で感染対策をして、少人数で集まるイベントができたらと考えていました」

その頃偶然、地元の助産師チーム「Ki ⭐︎mama  style」の森川和江さんが藤坂さんに会いにきた。「志段味図書館に面白い館長さんがいる」と聞きつけたそうだ。

森川さんらは、コロナ禍で産院での母親学級があちこちで中止になり、子育てに悩む母親たちが不安を抱えていることを心配していた。

母親教室のチラシ(藤坂さん提供)

母親教室のチラシ(藤坂さん提供)

「どこでも誰でも受けられる母親学級を開きたいんです」と藤坂さんに訴え、無料の母親講座や子供の性教育講座、子育て応援サロンが始まった。参加者は母親だけかと思いきや、祖父母世代や一般利用者も集まって、世代を超えた交流の場になった。

「図書館だから無料でやってくれると言ってくれたんです。そのおかげで幅広い層の方が参加してくれて、今も続いています。図書館って育児の本もあるから、なんでもできるんですよね」と藤坂さんは振り返る。

「Ki ⭐︎mama style」の森川和江さんは今回のZINEにこんな文章を寄せた。

この活動の一番のメリットは、子育て世代だけでなく祖父母や地域の方々も一緒に学び、社会全体で育児を応援できるきっかけになることです。助産師と図書館、地域の方々が協働することで、「子育ては一人で抱え込むものではなく、みんなで支えるもの」という意識が少しずつ広がっていくのを実感しています。

『ここは本をかりるだけじゃない図書館』森川和枝「図書館での出会いから広がる学び」より

みんなのがん教室では医療従事者や当事者も講師に

がん教室も藤坂さんが力を入れたテーマの一つだ。

「出版社で働いていた時に、当時東京女子医大のがんセンター長だった林和彦先生の講演で、学校でのがん教育の必要性を訴えていたのが忘れられなかったのです。常連利用者さんの友人である彦田かな子さんが、がん教育の講師をしていると聞いて連絡を取ったのがきっかけです」

彦田さん自身はもちろん、彦田さんの知り合いの医療従事者やがんの当事者、家族が講師として語る「みんなのがん教室」が、毎月開催されることになった。

実は、図書館から歩いて10分ほどのところに住む彦田さんも、元々志段味図書館の利用者だった。そして彦田さん自身も乳がんになった経験があり、志田味図書館に関して忘れられないエピソードがあった。

私ががんになったとき、子どもは12歳、10歳、5歳。病名をどう伝えるか迷い、まだ話せずにいた時期のことです。上のふたりは自分たちだけで志段味図書館に行き、がんの本や資料を読みました。そして、私の病気が乳がんであること、そして「治療すればよくなる」ことも本から学び、家に帰って私にそっと教えてくれました。あのとき、子どもたちの言葉に支えられたのは私のほうでした。日常のそばにある図書館が、家族の不安を受け止め、必要な知識と小さな希望を運んでくれたのです。

『ここは本をかりるだけじゃない図書館』彦田かな子「図書館に置かれた『安心』」より

藤坂さんは、それを聞いて感激した。

「泣きますよ。本が買えるわけではない、インターネットも使えない子供が、不安な時に頼ったのが図書館だったとは、とても感動しました。実際にがんの展示を図書館でやったときに、小学校高学年の女の子が『がんの秘密』という学研漫画をじっと読んでいたのを見かけたことがあります。この子は借りて帰れない事情があるのかな、もしかしたら家族の誰かががんなのかなと思いました」

そんな経験もあり、がん教育についてはしっかり取り組まなければいけないと考えていた。

彦田さんの紹介で様々な医療従事者が来てくれて、最終的には国立がん研究センターのがん対策情報センター本部副本部長の若尾文彦さんも来てくれることになった。

参加者もステージ4のがんに「みんなのがん教室で予習ができた」

鍼灸師の大島直也さんは、「女性のための東洋医学入門」や「みんなのツボ押し教室」の講師として図書館に招かれ、がん教室にも子供と一緒に毎月熱心に参加していた。ところが、2023年8月に遠隔転移したステージ4の肺がんと診断され、がん当事者となった。

守山図書館でがんになった体験を語る大島直也さん(藤坂さん提供)

守山図書館でがんになった体験を語る大島直也さん(藤坂さん提供)

大島さんは今回のZINEにこんな言葉を寄せている。

私はおそらく他の罹患者よりも、この絶望的な時間が短かったと思います。それは「みんなのがん教室」で、がんのこと、ステージ4はイコール「末期」ではないこと、がんに罹患してもいきいきしている方々を目の前で見てきたことが、大きかったと思います。つまり私は「みんなのがん教室」で、がん患者としての「予習」をさせてもらっていました。「みんなのがん教室」の場が、私の課題を解決していました。

『ここは本をかりるだけじゃない図書館』大島直也「学びと縁と場を結ぶ図書館」より

藤坂さんはこう語る。

「彼のすごいところは、毎月、がん教室に参加して勉強した知識や培った人脈から、がんはただ死ぬ病気ではないとお子さんと一緒に理解しているところです。実際、今も転移して治療中ですが、ステージ4であっても死に直結するわけではないことを、彼自身が理解しているし、体現もしてくれている。二人に一人ががんになる時代、がん教室はやはり大切なんだと実感させてくれました」

藤坂さんだけでなく、たくさんの参加者の想いが詰まったZINE『ここは本をかりるだけじゃない図書館』

藤坂さんだけでなく、たくさんの参加者の想いが詰まったZINE『ここは本をかりるだけじゃない図書館』

※このZINEの取り扱い店舗などはこちら

(続く)

【藤坂康司(ふじさか・こうじ)】NAgoyaBOOK CENTER店長

1958年、広島県呉市生まれ。大学卒業後、丸善などの書店長、児童書出版社「偕成社」取締役販売部長などを経て、2020年、名古屋市志段味図書館長に就任。2023年からは守山図書館長を併任。2025年に退職し、名古屋にゆかりのある本を置くNAgoyaBOOK CENTERの店長になり、ここでも様々なイベントを仕掛けている。

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