流行が始まっている新型コロナウイルス、新しい株の特徴は?インフルとの同時流行は?
季節性インフルエンザが猛威を振るう陰で、じわじわと流行が始まった新型コロナウイルス。
XECやMC.1、LP.8.1など新たな亞系統に置き換わりつつありますが、どんな特徴があるのでしょうか?
そして、医療逼迫を招きかねないインフルエンザとの同時流行の可能性はどうなのでしょうか?
感染症疫学が専門の理論疫学者、京都大学大学院医学研究科教授の西浦博さんに聞きました。
※12月29日にインタビューし、その時点での情報に基づいています。
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じわじわと上がってきている新型コロナの感染者数
——新型コロナウイルスの流行状況はいかがでしょう?
インフルエンザ流行の水面下で、じわーっと上がってきているのが新型コロナの怖さです。
西浦博さん提供
こちらは私たちの研究室が運営する新型コロナウイルス情報収集サイト「メタコビ」で取っている、みなさんの症状や検査結果データから分析したグラフです。
左側は今週先週比から取っている、実効再生産数(※)の推定値です。11月ごろから1を超えてじわーっと上がり始めました。そこまでは下がり調子が続いていたんです。とうとう上がってきたのが今の状態です。
※一人の感染者が他の人に感染させる二次感染者数の平均値。1を超えると流行し始める。
発病者数だけで見ると、低い値からじんわり上がってきているのが今です。
下がりきってから始まった流行
冬場になって感染者数が上がってきているのが、定点医療機関の報告でも見えるようになっています。
西浦博さん提供
こちらは左が東京で、右が大阪です。これは定点医療機関あたりの数をもとに、全数の感染者を私たちが推定したデータです。地域によっては驚くようなスピードで上がってきています。
インフルエンザの方が相対的にまだ多いので、一般の方にはまだ流行が始まっていると気づかれていないのかもしれません。
高齢者が占める割合が半分ぐらいになると、みなさん肌感覚で危ないとわかると思います。今回の株が怖いのがそこです。とても静かに増えてきて、増えたところでギョッとなる。他の国でも見られている流行パターンです。
特に流行と流行の間に谷間があり、私たちは「トラフ」と呼んでいます。これまで波と波との間は高いままで次の流行が起こるパターンが確認されてきました。一つの株で免疫をつけた人が増えると、次の株がまた流行を起こす。そのサイクルが速かったわけです。
でも今回は谷が深いですよね。それが特徴だと言われています。前回の流行を起こした株は「K.P.3」という株でしたが、その影響で免疫を持った人がとても多くて、それを凌駕する株がすぐ出てこなかった。
ですから急激にこの後上がってくるかは、もう少し観察してみなければわかりません。
ダラダラ長引く流行は影響が大きい
——穏やかな波になる可能性もあるわけですね。
「穏やかな波」というと語弊がありますけれど、じんわり上がってきて、長引く。急激に上がってスッと収まる流行よりも、じんわり上がって長引く流行の方が人口レベルでの感染インパクトは実は大き目になるリスクがあります。ピークは低めだけれども、ダラダラ長く続くような流行が起こることを危惧しています。
——なぜダラダラ長引く方が影響が大きいのですか?
ピークが高い方が医療逼迫を起こして大変になる、ということは新型コロナの緩和前から話してきましたね。そういう時期は徐々に脱しようとしています。これまでに人口の構成員の1人ひとりが、一度は予防接種をうつか、自然感染するかして、重症化を防ぐ免疫を持つ人が世の中に多くなりました。
そうなると部分的な重症化予防の免疫で、現行の医療でなんとか対応できるようになってきました。医療崩壊を起こさずに済む流行のピークの高さで経過するようになりつつあるわけです。これまでぐらい感染者数が増えても重症化予防を続けていればなんとかなる、という程度に変わりつつあると考えられます。
一方で、流行レベルが高めの水準でずっと続くと、高齢者を持つ家庭や高齢者に対応している施設や病院の個人予防が大変になります。ダラダラ長引く方がいまの社会状況の中で高齢者が感染してしまう機会が多くなり、結果として死亡者数が多くなり得るのです。
ただでさえ、パンデミック前の日常の有難さを噛みしめている昨今です。感染予防行動が次第に軽視されつつあり、重症化し難い子どもや成人の間で感染規模を下げることは難しいのが現状ですから。
だから不気味だなと思いながら、今回の株の流行を見ています。今までと若干違うなという印象です。
新たな亜系統「XEC」の特徴は?
——今回の株の特徴を教えてください。
今回の流行を起こしている株は、「XEC」と呼ばれている株です。元々は「JN.1」から、前の流行を起こした「KP.3」という株が出てきました。それを置き換えるように、KP.3の子孫として増えてきたのがXECです。
西浦博さん提供
これは東京都のゲノム解析の結果ですが、これまでのようにきれいなパターンではありません。残念ながら予算も縮減していますし、そもそも感染者数が少ないのでサンプル数が全くもって十分でないのです。動向が掴みにくくなっているのですが、XECが増えているのは間違いなさそうです。
国際的にも今、他の国が困っているのはXECです。
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野教授の佐藤佳君をはじめとしたウイルス学の専門家が速報的にランセット誌に出した報告がこれです。
西浦博さん提供
流行しているXECが、他の株と比べ、どれだけ相対的な伝播性が強いのかを見たものです。純粋にXECの伝播性というよりも、今の人口で免疫を持っている人が多数いる中でどれぐらい増えやすいのかを見ています。
祖先のJN.1に対して免疫を持っている人は多いので、JN.1の相対的な再生産数は小さくなるのですが、XECは少し免疫から逃れる性質を持ちます。多くの欧米の国で1.1倍ぐらいですね。だから置き換わっていっている、というところまでわかっています。
こちらのグラフでは、XECがこれまでのXBBやJN.1で得られた免疫に対して、どれだけ中和抗体による液性免疫から逃げる力があるかを見ています。これまでとそんなに大きく変わりはないことがわかります。めちゃくちゃ逃げやすいわけではないけれど、若干免疫から逃れる特徴を持つかな、というレベルです。
西浦博さん提供
——それは要するに、これまで感染か、ワクチンによって獲得した免疫が、XECに対しては少し効きにくくなっているよ、ということですよね。
そうです。中和抗体価が高いと予防接種による発病阻止効果が高いことがわかっています。KP.3やJN.1に感染したのと比べると、XECによる発病阻止の効果が若干低くなっているということです。
「MC.1」「LP.8.1」も増加中
それに加えて、次の株が世界中で増え始めています。
これは全世界で、過去30日間に出た新型コロナウイルスがどの株に属するのかを比べたグラフです。
西浦博さん提供
一番上がXECです。2番目がKP.3です。これは日本とだいたい同じ傾向です。その下に「MC.1」と、「LP.8.1」というのがあって、これが猛烈な速度でXECを凌駕するような増え方をしてきています。
この増え方は、これまでの流行でもあったことです。JN.1の流行が遅いなと言っていたら、流行中に変異したJN.1.1がスピードアップして、追い越していきました。流行の主要な株に代わって乗り込んでくるパターンです。そしてXECは相対的伝播性がものすごく違うわけではないので、それが起こりやすい状態になっています。
世界のウイルス学者は今この二つの株に注目しています。
国別で見ると、北米で今流行が厳しくなっているのですが、「LP.8.1」はカナダ、アメリカで増えています。日本でも検出されていますね。
西浦博さん提供
この冬の間に置き換えが進むだろうと考えられます。
新しい株の重症度は?
——XECやMC.1、LP.8.1の重症度はどうなのですか?
それはまだわかっていません。
重症度がこれまでとかなり違う場合は、流行が起きながら気づいていくしかないというのが今の問題です。
一方、免疫がこれまでとどれだけ遠いかや、次の流行を引き起こす可能性がどれだけ高いかは、もう少しすると遺伝子配列を見るだけでわかるようになるはずです。
新しい名前の株が出てくると、みんな警戒するのですが、結局はいま話しているウイルス株のほとんどがJN.1の子孫です。BA.2.86というオミクロン様イベントを起こした株から生まれ、全体を置き換えながら進んでいる。
それが発病阻止の免疫をどれほど逃れるかを予測することは比較的容易なので先に知見が得られます。重症度はどうなのかという分析はこれからです。毒力の予測について先回りできないのが今の世界の課題の一つだと思います。
インフルとコロナの同時流行は?
——結局、インフルエンザと新型コロナの同時流行の可能性はどうなのでしょうね。
今、みなさんインフルエンザに注目していると思いますが、これはだいたい今ピークになっていて、年始からは新型コロナに注目が集まると思います。
新型コロナのパンデミック中、行政や専門家で「ツインデミック(2つの感染症の同時流行)が海外で心配されている」という話を2021頃から特に強く警戒して注意喚起したことがあります。
インフルエンザと新型コロナは別の病原体で、重複感染することもあることが知られています。
同時に流行すると医療が逼迫してベッドが足りなくなる影響が危惧されるので、そう呼びかけていたわけです。
今回の流行では、ピークが完全に重なることはどうもなさそうです。同時流行したら特に高齢者は厳しいなと思ってみていたのですが、今回はインフルエンザの流行が若干先に始まってくれたので大丈夫そうです。
ただ、対応している医療機関は次から次へと休む間もなくインフルエンザと新型コロナウイルス感染症の患者さんと向き合うことにはなります。
対策としてまずは予防接種
——今できる対策としては何が考えられるでしょう?
感染したくない方、特に高齢の方は、予防接種をお勧めします。
私もクリスマスイブに近所の開業医さんで、自費でコロナとインフルエンザ両方のワクチンをうってきました。
同時接種ができます。だいたい接種から14日ぐらいで免疫ができると言われていますので、コロナには十分間に合いますし、インフルエンザももし持病がある人だったら今からでもうった方がいい。
——副反応は大丈夫でしたか?
翌日に熱が出てもいい日を選んだのですが、おかげさまで目立った副反応はなく、翌日も普通に仕事ができました。インフルエンザが3500円ぐらい、コロナが1万5000円ちょっと。率直に言って高いですけれども、自分自身が感染した時のインパクトを考えると、僕にとっては出しておくべきお金だと思っています。
今、ワクチンは比較的余っています。いわゆる世間でニュースになっていたワクチンがありますね。
——レプリコンワクチンですね。
実を言うと、現場ではあまり使われずにいます。開業医の先生方があの騒ぎに関わりたくないと思ったのかはわかりませんが、多くの医療機関がファイザー社のmRNAワクチン(コミナティ)を採用していると思います。僕も近くの医療機関だとコミナティしか選択肢がなくて、それをうちました。
——それを聞くと、「西浦先生がレプリコンを避けた」と勝手な解釈を言い出す人もいそうですね。
別に避けてはおらず、できればレプリコンがいいなと探したけれど見つからなくて選択できなかったんです。開業医がレプリコンを避ける理由は他にもあって、1バイアル(容器)で16人分なんですよ。1個開けると6時間以内に16人に使わないともったいないから使い勝手が悪い。
Meiji Seikaファルマは次回は少人数のバイアルを用意するよう努力されているようですから、次回以降に期待ですね。
マスク着用のルール作りを
それからコロナに感染したら、高齢者は早期に受診することが大事です。早期治療は今も有効です。
でも、かからないにこしたことはない。年明けは流行レベルの高い中で、個人予防をやることになると思います。メリハリをつけながら予防するといいと思います。
——具体的には、人混みではマスクをするとか、症状があったら外出しない、人に会わないという基本をやることでしょうか?
不織布マスクは、これからしばらく続く流行期間中には賢く着用することが必要だと思います。
これまでマスク着用の科学的効果を示した上で、集団レベルで着用することが大事だと伝えてきました。
しかし、今の社会ではマスク着用などに関する感染対策に関する考え方について分断が起こっていると思います。ある方は本当に着用したくないし、他の方にとっては着用しない人が近くにいると非常に嫌で危ないと感じていますね。それぞれが自身の考えを主張している、という状況です。
そのような難しい中ですが、流行状況に応じて、学校や会社でも強弱をつけてマスクを使えるようにみんなで賢くなった方がいいと思います。その方がそれぞれの価値観をぶつけ合うよりいいと強く感じています。
マスク着用が嫌いな人は相当嫌ですよね。でも逆もしかりですよね。着用してほしいと思っている人は、つけない人を相当に嫌います。睨み合っている状態です。それについて、どちらも極端ではないかなと思うのです。
科学的な解決案の1つですが、人口で一定の度合いの感染リスクを超えたら、他者に思いやりを持ったマスク着用ができるようルール作りをすれば良いのではないでしょうか。コロナの難しいところは発病前や無症状でも他の人に二次感染を起こすところです。着用ルールに関しては症状の有無にかかわらず、やらざるを得ないのです。
そういう考え方が適用可能な場所は、屋内の職場環境・学校などの教育現場や不特定多数が密集して利用する公共交通機関などでしょうか。そういった場では、流行状況を見ながら、流行が一定のレベルを超えたところで着用ルールをオンにするようなことを自分たちで考えてやっていくと良いのでしょう。
理想は国が基準を示すことですが、残念ながらマスク着用や個人予防策は法律に基づくものではありませんし、そのような行動について国から細かに賢い緩和を実現できそうにないと思うので余り期待はできません。
なので、目安を元に自分たちで行動を考えるのが一つのやり方だと思っています。目安には定点当たり患者数が10を超えるような注意報が使えるでしょう。
登校に関しても学校保健安全法で定められた欠席期間を遵守するわけですが、遵守しやすい環境を作り、感染者に接触してしまった時に休める体制や、休暇をとりやすい状況を作ると良いでしょう。
流行中だけでもいいのです。コロナ対応に関する考え方の如何を問わずに危なくなったら無理なく思いやりレベルの協力をする。そんな対応ができる環境を作っておくことが重要になりそうです。
——個人の対策として簡単にまとめるとしたらどうでしょう?
簡単に言うと、この先1ヶ月半から2か月ぐらいはしばらく人混み、人の多い屋内、公共交通機関ではマスクをつけておいた方が良さそうですし、お得であるかとは思います。特に長く乗るバスや列車では重要で、それが一番のメッセージになると思います。
そして、地域の小さなコミュニティや会社の中で集まりの感染対策に関わる人たちは、この1ヶ月半ぐらいは予防モードに切り替えることをお勧めします。
(終わり)
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析を提供してきた。最近の関心事は美しくて効果的なスクワットのやり方とおいしい豚肉のピカタの焼き加減。
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