大麻使用罪に賛否「司法のおせっかいで使用者を困らせることが必要」「依存症者は厳しさではなく、社会の優しさで変われる」

大麻使用罪創設を盛り込んだ大麻取締法など関連法の改正案について、衆議院厚労委員会で集中審議が行われました。参考人質疑では賛成・反対の立場から意見が述べられました。同委員会で関連法の改正案は賛成多数で可決されました。
岩永直子 2023.11.10
誰でも

大麻から作られた難治性てんかんの治療薬を使えるようにし、これまで「所持罪」しかなかった大麻の「使用罪」を創設する大麻取締法など関連法の改正案が今国会で審議されている。

11月10日、衆議院の厚生労働委員会で参考人質疑が行われ、賛成・反対の立場から意見が述べられた。

衆議院厚生労働委員会の大麻関連の審議で、意見を述べた参考人(衆議院インターネット審議中継より)

衆議院厚生労働委員会の大麻関連の審議で、意見を述べた参考人(衆議院インターネット審議中継より)

薬物依存症の患者を診ている神奈川県立精神医療センター副院長の小林桜児氏は、「大麻使用で本人は困っていないので、司法というおせっかいが止める動機に繋がり、患者さんの回復に役立つ」と主張。

使用者や家族の回復支援をしている一般社団法人ART代表理事の田中紀子氏は「問題を抱えた青少年、そして依存症者は、厳しさで変るのではなく、社会の優しさと希望で変れる」と反対意見を述べた。

この日、同委員会で関連法の改正案は賛成多数で可決された。

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賛成意見「使用が許されているかのような誤解を正せ」「刑罰で困らせることが必要」

主に使用罪について述べた参考人3人のうちの2人は、大麻使用罪創設の方針を決めた厚労省の審議会「大麻規制検討小委員会」で、使用罪創設に賛成意見を述べた慶應義塾大学法学部教授の太田達也氏と、小林氏。

反対論者として、田中氏が招かれた。

太田氏は、大麻は他のもっと強い薬物に進むきっかけを作る「大麻ゲートウェイドラッグ」説を述べ、若者の間で大麻使用が増えている現状を指摘した。

慶應義塾大学法学部教授の太田達也氏(衆議院インターネット審議中継より)

慶應義塾大学法学部教授の太田達也氏(衆議院インターネット審議中継より)

その上で、「(現状でも)使用罪がないからといって使用が認められているわけでは決してありません。大麻の使用の前にはほとんどと言って良いほど、所持や譲り受けという行為があり、所持することを禁止し、人への譲り渡しも譲り受けも犯罪として処罰の対象としているのは、他ならぬ大麻の使用を防ぐためだからであります」と主張。

「近年の大麻の乱用が深刻な若者の間に、『大麻の使用罪がないのは使用が許されているからである』かのような誤解があり、それが大麻の乱用に拍車をかけている面があるとすれば、こういった誤った認識を正す上でもきちんと法規制をすべきだ」と訴えた。

小林氏は、大麻だけの依存症で受診している患者は若者を中心に増え、逆に覚せい剤の検挙者数は減っていることを報告。特に若年から長期間大麻を使い続けると、統合失調症やうつ病、依存症になるリスクなどがあるとまず述べた。

神奈川県立精神医療センター副院長の小林桜児氏(衆議院インターネット審議中継より)

神奈川県立精神医療センター副院長の小林桜児氏(衆議院インターネット審議中継より)

大麻だけの受診者の特徴として、「1回か2回の受診で終わっちゃう人が多い」と説明。その理由としては「若いうちは害がないから」と明かした。

「若い人が親御さんに連れてこられて病院にくるわけですが、本人は何も困っていない。むしろ『大麻によって自分は不眠に苦しんでいたのが眠れるようになった』『職場のプレッシャーがあるのに、大麻の効果でリラックスして仕事ができるようになった』という。『大麻によっていいことはたくさんあるけれども、害は別にない。幻聴も聞こえないし、鬱もない。むしろ今、自分から大麻を奪われる方が鬱になって辛いんだ』。そういう若者がたくさんいる」

そういう患者に医師が20〜30年後に害が出るから止めるべきだ、と言っても治療を断られるといい、そうした患者に大麻を止める動機を与えるために、大麻使用罪が役立つというのが小林氏の主張だ。

「何かしらそれ(使用)に伴って困ったことがなければ、メリットとデメリットを自分の頭の中で考えて、『これはデメリットの方が上回るな』という考え方にならなければ、行動を変えようとは思わない」とし、「司法というおせっかいが患者さんの回復に役立つと思います」と述べた。

反対意見「これ以上スティグマを増やすな」「若者の再起に配慮を」

一方、田中氏は、厚労省が主導する「薬物乱用防止キャンペーン」が、薬物使用者を人間でないかのように扱い、社会の破壊者のように扱ってきたことが偏見や差別を植え付けてきたことを、さまざまなポスターなどの事例を見せながら紹介。

薬物乱用防止教育を受けて、子供たちが描いたポスター。薬物使用者が怪物のように描かれているポスターが入賞している(田中紀子さん提供)

薬物乱用防止教育を受けて、子供たちが描いたポスター。薬物使用者が怪物のように描かれているポスターが入賞している(田中紀子さん提供)

ギャンブルやパチンコ依存に比べて、薬物が犯罪に結びつく割合はずっと低いことを警察庁の犯罪統計を見せながら示し、こう述べた。

「アルコールやギャンブルでも、習慣から依存症になれば精神に異常をきたし、事件や事故が起こるのです。一度でも手を出せば、リスクを背負うのは大麻と全く変りません。 にもかかわらず日本では、薬物乱用者に対し刑罰を科し、懲らしめ、さらし者にし、社会の厄介者として、人間扱いせず再起すら許してきませんでした。これ以上、犯罪者というスティグマを増やすべきではありません」

田中紀子氏(衆議院インターネット審議中継より)

田中紀子氏(衆議院インターネット審議中継より)

さらに捜査機関から事前に逮捕情報を得て、大麻による逮捕者の映像や実名を出して晒し者にする捜査機関とメディアの問題についても指摘。

「大麻を個人で使用所持したという微罪で、デジタルタトゥーが残り、若者の将来が奪われてしまうべきではありません。報道の自由も大切ですが、この国の未来を考えれば、何よりも若者の再起に配慮することが優先されるべきだと考えます」

その上でこう訴えた。

「依存症者は、社会や他人の厳しさでは変れません。依存症者の背景にはもう十分に厳しい環境にさらされた経験があります。政治家の先生方、官僚の皆様、そして学者の先生やお医者様、立派な大学を卒業された皆様が頭で考えた政策だけでなく、社会から取り残された当事者や家族の声を取り入れた改正を望みます」

「一次予防」一辺倒が差別を助長?

続く議員の質疑では、立憲民主党の中島克仁氏が「日本では薬物を使わせない一次予防に重きが置かれた結果、依存症者に対する差別が助長されているのではないか」とし、早期発見、早期介入、使用者に対する再発防止と社会復帰の支援を徹底していく重要性について3人に質問した。

太田氏は「ただ犯罪化して刑罰を適用すれば解決できるとは思っていない。ただ人体に有害なものは違法であると規制した上で、社会の中で治療の体制を整える、患者の方が安心して治療を受けられる環境を整える。社会の中の二次予防、三次予防も必要だと思う」と述べた。

小林氏は、昨今の依存症に理解のある報道によって「薬の使用によってメリットがあって生活がうまく回っている初期段階で医療機関につながる事例が増えている」とし、「止める方向に動機づけるのが難しい」新たな問題が発生していると説明。

院内で治療を受けて、3年後にやめられている割合は、アルコールで14%、市販薬・処方薬で20%、違法薬物で46%という調査結果を示し、「アクセスのしやすさ、使用に伴うデメリットの大きさが反映されている」と分析した。その上でこう述べた。

「刑罰そのものが依存症を治すわけではありません。スティグマ化が患者の回復を促すわけでもありません。本人が困っていない段階で早期介入、早期治療につなげるためには、本人が何らかな困り感を体験できるようなさまざまなおせっかいのシステムが不可欠。司法を全て排除して、司法の役割を否定すればそれでいいというわけではないグレーの部分をぜひご理解いただきたい」

一方、田中氏は、「依存症問題や薬物乱用問題は、医療で解決できる部分はごくわずか。ほとんどはまず家族の相談から始まって、家族が家族会や自助グループにつながって、なんとか本人を結びつけようと努力している」と紹介し、それを逮捕や刑罰が阻んでいる現実を明かした。

「家族の第一歩が、犯罪化されていると(通報などを恐れて)、なかなか結びつかないという現実があります。私たちのところに来る方はむしろどこに相談したらいいかわからなかった、自分たちで抱え込んでいて悪化させてしまった方ばかりです。薬物依存症者の人権を否定するような啓発をやめていただくこと、そして三次予防を強化することが大事だと思います」

「ダメ。ゼッタイ。」は意味がある?

国民民主党の田中健議員は、「ダメ。ゼッタイ。」のキャンペーンポスターがグロテスクになっていることを指摘した上で、このキャンペーンの意義について太田氏と小林氏に質問した。

太田氏は「『ダメ。ゼッタイ。』も一次予防という点では日本では成果を収めてきている」と評価。

「だからこそ、欧米では大麻その他の薬物の生涯経験率が非常に高いのに、日本では非常に低いということも、こういった薬物乱用防止教育に一定の効果があると評価した方がいいと思っています」

「ただ問題は、ダメ、だけで終わっていることがダメ。(中略)安心して相談や治療ができる体制づくりが必要だ。大学の学生を見ていても非常に人に頼れない、人に弱みを見せられない学生が増えている。そういう人でもこういうふうにすればいいんだよというルートを示していくことが薬物乱用の防止、再乱用の防止につながると思う」

小林氏は、「依存症治療に従事している者からすると、『ダメ。ゼッタイ。』の背景にある『意志を強くもてばやめられる』というフィロソフィーを強調されてしまうことを非常に懸念しています。意志の問題ではない。彼らは生きづらいから、かろうじてそれしか助けを求められないから使っているわけで、むしろ助けてもらいたい時に助けてくれる人がいるんだということをメッセージとして発していくべきだと思います」と疑問を投げかけた。

田中氏は『ダメ。ゼッタイ。』の啓発が偏見を助長している弊害について、共産党の宮本徹議員に問われ、こう訴えた。

「薬物依存症者の人権を否定して、こんなになったらもう人生は終わりだよというのがペアになっている。一度でも手を出したら人生破滅、人生終わりというのをペアにして、その脅しがいいことだと思っている。だから、薬物依存症の人たちは諦めてしまう。自分はもう回復できない。自分は最低だと」

「こういう運動で声を上げると、『自分は無理だからもう放っておいてくれ』という電話をいただくことがある。その絶望をお分かりいただけるでしょうか。ですからこういうわかりやすい、誤解を招くようなコピーを変える時代が来たと思っております」

逮捕や厳罰を与えることが「おせっかい」?

続く無所属の福島伸享議員は、バズフィードで筆者が小林氏に行ったインタビューを引用しながら、「(使用罪が創設されれば)いきなり懲役の刑罰がつく罪になるわけですが、これは果たしておせっかいなのか?もっと別のやり方があって然るべきなのではないか?」と、逮捕や刑罰で患者を治療や支援に繋げようとする小林氏の主張に疑問を投げかけた。

小林氏は、「大麻は短期的には大きな影響が出ない。使い続けて習慣化していく中で影響が出てくる。保護者や学校が気づいた段階で医療に繋がった場合は確かに本人には困り感がない。それが医療機関が困っているポイントです」と医療機関が大麻使用者を回復に導けない現状を説明。

「すぐに厳罰化することを要求しているわけではない。今回の司法対応をきっかけに、刑務所に行かないために、適切な医療や支援を受けるというダイバージョン(非刑事的手続き)が実現することを、大麻にとどまらず他の違法薬物でも医療や支援につながる呼水になることを期待したい」と述べた。

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