ふるさと住民票、標準仕様の情報システム....広域避難が必要な震災に必要な制度作りを

東日本大震災から13年。避難先から帰還できないまま住民票を故郷に残し続けている福島の住民の健康課題から、新たな制度設計が呼び掛けられています。
岩永直子 2024.03.12
誰でも

東日本大震災から13年。避難先に住民票を移さないまま帰還が遅れている福島の自治体で新たな健康課題が生まれていることを明らかにした研究結果を受け、この研究に協力した浜松医科大学健康社会医学講座教授、尾島俊之さんは「この結果を他の震災に活かすことが必要だ」と語る。

1月に起きたばかりの能登半島地震や、今後起きると言われている南海トラフ地震などに、どう活かせるのか。どんな制度が必要なのか。インタビューした。

尾島俊之さん

尾島俊之さん

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帰還の遅れで社会とのつながりが細くなり、保健師支援がしづらくなる

——福島では避難した住民の帰還の遅れによって、健康課題や保健師の支援の内容に差がついているという結果が出ていました。これは予想通りの結果でしょうか?

客観的な健康状態は、避難先と避難元のどちらに住んだ方が悪くなりやすいということは特にないでしょう。ただ、震災前は近所の人との交流があって、ソーシャルキャピタル(※)や社会参加があったのがなくなってしまったという意味では健康影響があるかもしれません。

※社会関係資本 社会や地域における、人々のつながりやネットワーク、信頼関係。これが充実していると、心身の健康にプラスに働くとされている。

また、帰還が遅れることで、保健師が支援しにくくなっていることも今回の調査で明らかになりました。能登半島地震でも遠くに避難した人で同様のことが起きています。

——健康影響を考えるうえで、東日本大震災と能登半島地震の共通点はどういうところでしょう?

共通点としては、被災者が広域避難をしているところです。住み慣れたところを離れて、色々なところに分散して避難している。そうすると今までの住民の状況を知っている保健師さんは直接支援はできず、支援が切れてしまっています。

また、ご近所同士のつながりも切れています。一部、集落単位で避難した事例はありますが、多くの方はバラバラに生活している状態です。

——東日本大震災では、そうしたご近所同士のつながりを失わせないように集落ごとに仮設住宅に入れるよう配慮した自治体もありました。

津波の被害が大きかった地域で自分の市町村の山沿いに避難し、仮設住宅も一部バラバラになっても市町村内にありました。ただ、福島は自分の市町村以外のところに広域に避難した人が多い。支援物資を運ぶのが難しく、水道などインフラの復旧が遅い能登半島地震もそれに近い避難状況であると思います。

——東日本大震災でも能登半島地震でも、特にお年寄りが住み慣れた故郷に帰りたいと希望しています。しかし実際に帰ってみると、故郷は様変わりしています。その健康影響についてはどう見ていますか?

様変わりした町に、帰還した高齢者はショックを受け、そこでの暮らしに苦労しています。町がなくなって店や施設がなくなって交通網も不便になって物理的に様変わりしていることもありますし、人のつながりが様変わりしていることもあると思います。

「故郷に帰りたい」というのは、昔から知っている人たちと一緒に暮らしたいという意味も大きいと思います。まだ多くの人が帰還していない自治体だと、自分たちだけ帰ってきても「故郷に帰ってきた」という実感には結びつきにくい。

一方、復興事業で働く新しい住民が家族ぐるみで入ってくる場合、知り合いもない中で孤立する課題を保健師は感じているようです。

故郷とのつながりを失わないためにどんな配慮ができる?

——震災後、13年経っても住民票を移していない人がかなり多いです。なぜでしょう。

やはり自分の故郷はそこである、いつかは帰りたいという思いがあって移していないのだと思います。

福島の場合は広域避難をせざるを得なかった人が住民票を移すと人口減少が進んでしまうので、住民票を移さなくても、今住んでいる避難先で介護や保育、予防接種など住民サービスが受けられるようにする原発避難者特例法が作られています。

「いつかは戻りたい」という思いに寄り添った制度なのですが、現実に日々の暮らしや今いる自治体でちゃんとした支援を受けるという意味では住民も行政もお互いに不利益になっていることが多い。住民票と異なる自治体で暮らしていると、行政側が支援に必要な情報を把握しにくくなる問題があります」

——元いた場所とのつながりを保ちたいという感情と、現実に必要な支援を充実させることのジレンマは、どう解決すべきなのでしょう。

今度の能登半島地震や今後の大規模災害では、東日本大震災のそういう状況を参考にして制度設計するのがいいのでしょう。

住民票は今いる所に置いて、それを元に行政サービスを受ける制度です。一方で、故郷と気持ちが繋がっていたいという願いに応えるような制度があるといいのではないかなと思います。

——例えばどういうものが考えられ得るでしょうか?

災害と関係ない制度で調べてみると、「ふるさと住民票」という制度を導入している市町村が全国にたくさんあります。就職などで故郷を離れたけれど、故郷に愛着がある人が法律上の住民票に加えて、故郷とつながるための住民票を持つ。

また、そこに住んだことのない人が、その土地に愛着を持ってしょっちゅう遊びにくるような場合、登録できるような制度もあります。全国数十の自治体でそのような制度が見られます。

——それを応用する形で被災者に「ふるさと住民票」を発行するという意味ですね。

一つの選択肢としてそんな方法も考えられます。ただ、これまでの制度は観光振興などの意味が大きいと思うので、災害に関して使う場合はもう一工夫必要なのだろうと思います。

——例えばどういう工夫でしょう?

外から来る人と、広域避難している人とは内容を変えたほうがいい。震災で故郷を離れざるを得なかった人には、もう少し手厚くつながる内容にした方がいいでしょうね。現実にはニュースレターを送る形などになるのだと思います。それを「いつか帰ってくるのを待っていますよ」という気持ちが伝わると良いと思います。

避難元も避難先も事務作業に苦労

——故郷への帰属意識がその人の気持ちや健康にどう影響するのか、測る術はあるのでしょうか?

日本老年学的評価研究(JAGES)の研究で、地域に愛着がある人の方が社会参加が多く、健康状態が良いという結果が出ていました。強すぎる絆は逆に健康状態を損ねることがありますが、それでもつながりが全くないよりはあった方がいいのです。

——他に福島の保健師の調査結果で気になった点はありますか?

住民票を残して広域避難することで、住民票のある自治体も受け入れ先もどちらも大変なことになっています。確かに二つの市町村が関わることになると、いろいろな情報をやり取りする必要性が出てきて事務作業も煩雑になります。

場合によってはどちらがボールを受け取るべきかわからず、宙に浮く問題も出てきて、通常なら受けられる住民サービスが受けられないことも起きています。

もう一つ印象的だったのは、同じ福島の沿岸部で放射能の影響を受けた区域といっても、その中でもさらに状況が色々異なっていることです。

一例としては、そこから避難する地域もあるし、そこに避難する地域もある。さらに、両方の立場の人がいる地域もあります。

——それによってどういう影響があるのでしょう?

その地域がどういう状況でどういう対応が必要なのかは、かなりきめ細かく考えなければいけないということが改めてわかりました。

保健師さんの話で印象的だったのは、事務手続きの煩雑さです。避難元もたくさんあるし、避難先もたくさんあるので、避難者を受け入れている保健師さんは避難元の市町村によって事務手続きが変わります。逆に避難元の自治体の保健師さんも住民の避難先がどこであるかによって事務手続きが変わる。

一人ずつ考えながら対応を変えなければいけないのは、自治体職員としてものすごく非効率で大変なことです。

——避難者の心境に配慮した支援を考える前に、事務作業に忙殺されるのですね。

そういうことで、支援の中身に割く力を奪われてしまうのではないかと心配します。

被災者状況を把握するための情報システム、南海トラフなどを見越して国が標準仕様を

——そのように見えてきた課題について、能登半島地震に活かせるとしたら、どういうことが考えられるのでしょう?例えば、今おっしゃった避難元と受け入れ先の事務手続きのフォーマットを共通にするだけでも違うのでしょうかね。

特に災害対応で特別に作った制度に関しては、広域避難の可能性も考えて統一して作った方がいいです。普段から行っている行政サービスもなるべく統一した方がいいですけれども。

——1都道府県、1市町村ではできないですから、国が統一して指針を出すイメージですね。

そうですね。今後、南海トラフ地震が起きれば、たくさんの地域から、たくさんの地域へ避難することが起きると思います。国で統一的なものを決めておかないと、かなり大変なことになると思います。

——目の前の能登半島地震だけでなく、その先も見越して今から統一的な仕組みを作っておいた方がいいということですね。

そうです。今回、能登半島地震では、被災者に自身のスマホで今いる場所や健康状態などを入力してもらう情報システムを石川県庁が作りました。画期的な進歩です。

南海トラフでも情報システムを使わないと対応できないと思いますが、地域によってそれぞれ別のシステムを開発したり仕組みが違ったりすると、地域をまたいで避難した人の扱いがものすごく大変になると思います。やはり国が統一した標準的な仕様を決めることは重要です。

新しく災害用に作られた特別なシステムを通常の住民台帳などに繋いで住民がどこでどうしているかを把握することは、必要な支援を確実に届けるために必要なことです。通常の住民台帳のシステムとどう繋ぐかなど、そのあたりも標準化していく必要があります。

避難者同士をつなぐ仕組み作りも

一方で避難者同士をつなぐことも必要だと思います。

——確かに「隣に住んでいた⚪︎⚪︎さんどうしているんだろう」と心配しても、避難したままお互い消息がわからなくなっている人は多そうです。

難しいのは、個人情報なので行政が問い合わせに答えたり、お知らせしたりすることはできないことです。いい仕組みはないかなと思います。

能登半島地震でいうと、北陸3県以外で避難しているのは愛知県が多いようです。子供や親戚がいてそこに頼っていっているのかもしれません。知り合いの人が避難している場合、それがお互いにわかって交流したりできるといいなと思います。

——オンライン上にコミュニティを作って、希望者だけ任意で入れるようにするなどですかね。

若い人の感覚だとSNSでそういうつながりを作ることもあるのでしょう。けれども、高齢者が自分でそれをやるのは難しいでしょうから、つながりたいという希望を言ってもらったら、支援して実現できるようになればいいと思います。

避難してきた先のNPOの人もそういう人を支援したいという希望があるようなので、行政とどう協力していい支援ができるようにするか考えていけたらと思います。

現実に子供を頼りに他県に行って、子供しか知り合いがいなくて、家に閉じこもってフレイル(虚弱状態)になってしまうお年寄りは想定できます。そういう時に隣町に知り合いが避難していたとわかって再び交流を持ったり、避難先の地域の活動に参加したりすることができるといいなと思います。

自ら被災した医療保健行政の支援も

——地震大国の日本で、1回起きるたびに右往左往するよりも、過去の教訓を活かして被災者がよりスムーズに落ち着いた生活を取り戻す仕組みを作った方がいいわけですよね。

能登半島地震では、情報システムが発達したのは大きかったですし、私が関わっているものでは「※DHEAT(災害時健康危機管理支援チーム)」が活動しました。

※災害時健康危機管理支援チーム(disaster health emergency assistance team:DHEAT) 保健所の職員を中心に専門的な研修を受けた行政で働く医師、保健師などが1班5人程度でチームを組み、災害発生時に都道府県の保健医療福祉調整本部や保健所が行う保健医療行政などを応援する専門チーム。

東日本大震災では、全国からDMAT(災害派遣医療チーム)が出向きましたけれども、医療処置をすべき人は少なかった。一方で避難所は過酷で、公衆衛生的なアプローチが必要だったのに十分できなかった反省がありました。

その反省に立って、公衆衛生版のDMATが必要だという話が出て国で制度を作り、西日本豪雨の時に初めて出動できました。今回は何十隊も石川県庁、保健所、市町村の支援に入っています。

——支援者の支援なのですね。

そうですね。行政の支援ですね。保健医療福祉のマネジメントの支援に入ったのは、これまでの災害にない大きな進歩だと思います。

今回の調査結果も、南海トラフなど未来の震災に向けてより良い制度作りに活かせたらいいなと思います。

【尾島俊之(おじま・としゆき)】浜松医科大学健康社会医学講座教授

1987年 自治医科大学卒業。名古屋掖済会病院、愛知県東栄町国保東栄病院、愛知県設楽保健所長、自治医科大学公衆衛生学教室勤務を経て、2006年より現職。2008~2009年度厚生労働科学研究「地域における健康危機管理におけるボランティア等による支援体制に関する研究」研究代表者を務めたことから災害に関する研究を開始した。東日本大震災、熊本地震等で現地支援に従事した。また、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部事務局参与として新型コロナウイルス感染症対策支援にも従事した。現在、厚生労働科学研究「災害時の保健・医療・福祉及び防災分野の情報集約及び対応体制における連携推進のための研究」研究代表者を務めている。

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