東日本大震災の原発事故による避難 帰還が遅れている地域で新たに生まれている健康課題とは?

東日本大震災から13年。原発事故もあって多くの住民が避難した福島県の海沿いは、今も帰還割合が1%台の自治体がある。帰還が遅れている町で新たに生まれている健康課題とは?
岩永直子 2024.03.11
誰でも

東日本大震災から13年。福島県の海沿いは、地震や津波被害に加え原発事故の影響もあって、他の地域に避難した住民の帰還が遅れている。

その遅れは、住民の健康にどのような影響を与えているのだろう。

地域住民の健康状態の把握や保健指導をしている保健師らに対する調査で見えてきた新たな課題を、国立保健医療科学院健康危機管理研究部の上席主任研究官、奥田博子さんに聞いた。

福島県の保健師らに調査して、帰還が遅れた地域の健康課題を分析した奥田博子さん(撮影・岩永直子)

福島県の保健師らに調査して、帰還が遅れた地域の健康課題を分析した奥田博子さん(撮影・岩永直子)

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避難した自治体、受け入れた自治体、そして県の保健師らに調査

東日本大震災では、福島県は原発事故の影響で広域に避難指示が出て、震災直後は16万4865人が避難した。2023年現在では2万7000人まで減り、避難指示等区域は約12%から約2.2%まで縮小している。

調査は2023年7〜9月に行われ、原発事故の影響が大きかった沿岸部の「浜通り」を中心とした福島県内の市町村の保健師と、県の保健師ら計32人にインタビューした。また、医師や生活支援相談員、社会福祉協議会、精神保健福祉センターや心のケアセンターの職員10人にも話を聞いた。

「保健師のインタビューは、被災して故郷から避難せざるを得なかった浜通りの自治体の保健師と、避難した住民を中通りなどの自治体で受け止めた保健師、そして県庁及び県型保健所(保健福祉事務所)の保健師という3パターンに分けて行いました」

調査を進めているうちに、同じ避難指定自治体の中でも、住民が5年以内に帰還できた自治体と、5年以上帰れない期間が続いた自治体とで、住民の帰還率や、地域の健康課題に大きな差があることがわかった。

国は、東日本大震災で被災した3県に対し、「被災地域健康支援事業」による支援を続けてきたが、現在ではいまだに仮設住宅が残る福島県のみが対象になっている。

「長期化している被災による地域の健康課題は何なのか、どのような支援が効果的だったのか、そして今後どうしていくべきなのか考えるために今回の調査を行いました」

帰還割合が1.6%の自治体も 戻った高齢者を支えきれない

震災翌年や翌々年から故郷に帰ることができた自治体は8〜9割が既に帰還しているが、双葉町は2023年8月時点でも1.6%、大熊町は10.9%、浪江町で13.6%と、帰還割合には大きな差が生じている。

復興庁ウェブサイトより、奥田博子さんがまとめた。帰還割合が1.6%の自治体もある

復興庁ウェブサイトより、奥田博子さんがまとめた。帰還割合が1.6%の自治体もある

「8〜9割の住民が帰還している自治体は、現時点では東日本大震災による直接的な健康影響を意識することはほとんどない保健活動となっています。しかし、1%とか1割ぐらいしか帰還していない自治体では、帰還者のほとんどが高齢者です。しかも単身世帯や高齢者だけの世帯が多い傾向にあります。震災前は大家族で住んでいた人も、若い世代が違う土地で暮らす選択をしたことで世帯分離が進んでいます」

「元通りの生活ができる」と思って帰ってきた人も、故郷の様子が様変わりしていることにショックを受ける。

「入れない場所がいっぱいあるし、震災前まで通っていた店もなくなっている。近隣の知人もいなくなり、声を掛け合うこともない。10年以上経っているので、加齢に伴い一人ではできないことも増え、保健師が介入したり、介護や医療サービスを使ったりしなければなりませんが、介護・医療サービスも減っているので支えきれない悩みがあります」

奥田博子さん提供

奥田博子さん提供

中にはいったん故郷に帰ったものの、「生活していくのは無理」と諦めて、再び出ていく人もいるという。

短期間で出入りする新しい住民たちの課題

さらに、こうした帰還が遅れている地域は、震災復興事業に携わる作業員が単身、または家族で新たに移住してくることもある。

「急に町の様子が変わって、行政ともつながりが薄い人が増えた印象があります。例えば、結核を発症した人が出た場合、感染対策のために保健所の介入が必要になりますが、短い期間で異動したり、会う約束ができなかったりして、なかなか介入できない事例があったそうです。そういう新たな課題が出てきています」

また、避難指定自治体では、県外からの新たな住民の移住を促進することにより復興の加速化を目指す事業として、移住支援金を交付している。

「この事業を利用して、今まで縁もゆかりもない地域へ新規転入する人の中には、地域の暮らしに馴染めかったり、思うように仕事が見つけられなかったりして生活相談をすることもあります」

「移住支援金制度には子育て加算もありますが、地域の受け皿が十分ではない段階で乳幼児世帯が急増し、保育所の待機が起きた地域もあります。療育支援など専門性の高いサービスが不足し、新たな地域の健康課題への対策が求められています」

避難受け入れ先で行政サービスが受けられる特例法はあれども......

帰還していなくても故郷から住民票を移していない避難者は多いが、県内の隣接した地域に避難している場合、保健師が片道2時間以上かけて生活習慣病などのフォローに行くこともある。

「信頼関係が築きにくい中で、指導もうまくいかないことも多いのです。住民票を移していなくても、今住んでいる避難先で介護や保育、予防接種など住民サービスが受けられるようにする原発避難者特例法がありますが、すべての住民サービスが受けられるわけではありません」

「例えば、乳幼児健診を避難先の自治体で受けた場合、フォローの必要性を含めた健診結果は、住民票のある自治体へ送られます。必要なフォローをどちらの自治体で実施するかは、その内容や受け入れ自治体の事情を含め個々のケースごとに調整が必要になり、時間がかかることもあります」

「基本的に住んでいるところで行政サービスは完結する法律になっていますが、避難者の受け入れが多い自治体では、元々いた住民のための資源も潤沢とは限りません。外部から避難してきている人までフォローできないこともあるようです」

奥田博子さん提供

奥田博子さん提供

震災から13年経って、特例法自体を知らない住民が増えてきたり、故郷と避難先の自治体の書類上のやりとりがそれぞれの自治体で異なっていたりして、事務手続きが煩雑になっているのも現場の保健師の負担を重くしているという。

新たな健康課題に対して何ができる?

では、そうした健康課題に対して、何ができるのだろうか?

「福島県内の避難の場合、避難先の市町村がフォローできない場合は、県の保健師が代わりにサービスを提供しています。県の保健師が本来なら市町村の保健師が主に担う直接的な業務を支援しています」

県の保健師は本来、感染症や難病への対応など高度な専門性が要求される業務を担うとともに、市町村への助言や支援を行う役割がある。東日本大震災後も、県は不足する人材の調整、市町村事業の支援を続けてきた。

例えば、沿岸部の中でもいわき市は避難指定自治体から最も多くの住民が避難してきた自治体だ。10以上の市町村の避難住民の保健業務の全てをカバーするのが難しいため、県は震災直後にいわき市に保健師を派遣し、出先機関として支所を設置した。そこは今では出張所となり、県の保健師らが数人常駐して10年以上市町村の保健サービスなどをカバーしている。

「地域の資源や予算はこの先減ることはあっても増えることはありません。特例法がある限り制度を周知することが必要ですが、特例法もいつかは見直されるかもしれません。その時、住んでいるところに住民票を移す人も出てくるでしょう。段階ごとにどのように保健サービスを提供するか、丁寧に対応しなければいけないでしょう」

帰還したくてもできない人の心のケアも必要だ。

「お年寄りは年数が経てば経つほど、体力が落ち、自立度も下がって帰還はますます困難になります。認知症や要介護になる人も出てくるでしょう。避難先にいても故郷とつながり続けるために、どんなことができるのか考えなければいけません」

「時間が経てば経つほど、それぞれのニーズの個別性が強まっています。初期は必要な支援も多くの人に当てはまったのですが、13年も経つと個々の家族や仕事の事情も違ってきます。たとえば帰りたいけど帰れない人に、避難先の保健師がその思いを尊重しながら見守ることはできます」

「個別性のある住民の支援ニーズに対して、必要なサービスにつなぎ、時にはサービスを創設することも行政の役割です。現在、傾聴ボランティアや心のケアをするNPOなど、必要な地域の支援者につなぐことも保健師の役割だと思います」

震災当時を知らない保健師に世代交代

インタビュー調査後、今年1月末に県内全域の保健師約50人を集めて、調査報告会を行った。

「終了後のアンケートに答えてくれた保健師の半分は、震災当時、保健師ではなかった人でした。世代交代が進んでいて、当時を知るベテラン保健師さんはほとんど退職しているのです。当時のことを知らない世代に変わっていて、震災について学びたいと言って来てくれました」

調査結果を聞いて、「帰還率がいまだに低い自治体があることや、今も特例事業を続けていることを知らなかった。ここまでの状況だと思わなかった」と答える人が多かった。

「その上で、これほど困っている状況に格差が生まれているならば、避難者を受け入れている自治体の自分たちも何か協力できるのではないかと答えてくれた人が多かったのです。現状を絶えず共有し何ができるか一緒に話し合う場があれば、特例法の取り扱い一つとっても、事務的に『それはうちの担当ではないのでやりません』とはならないかもしれません」

阪神淡路大震災の被災者として、次に活かす研究を

この調査結果は、最近起きた能登半島地震の保健課題にはどう活かせるだろうか?

報告会に出席した保健師の中には、能登半島地震からの避難民を見守っている人もいた。

「『この調査結果を胸において支援したい』と話してくれました」

「周りから見れば避難した方がいいと思っても残りたい人がいることは尊重しなければいけません。高齢者や学校の児童が金沢に避難して家族が分離する例もあります。家族分離やそれによるショックも心身の健康に影響するでしょうし、受け止める側の自治体の職員はそこに配慮した支援をするのが大事です」

「福島のように受け止めた自治体の保健師だけで手が足りなければ、県や他の地域からの保健師や地域支援従事者の力を借りることも考えられるでしょう。被災者からの健康情報を収集するためのICT化も進んでいますが、高齢者はすべてスマホを使いこなせるわけではない。個別のニーズに合った寄り添う支援が必要だと思います」

奥田さん自身、阪神・淡路大震災の時に神戸市の保健師として働いており、住居が全壊したまま保健師として現場を走り回った被災経験がある。

「当時、他都市の保健師さんや、ボランティアなど、多くの方に支援をいただいて、昼夜を問わず奔走した日々は、今も鮮明に記憶に残っています。生涯の中で、あれほど働いたことはありませんでしたが、被災による被害は深刻で自分ができることには限界があり、達成感はありませんでした。そんな罪悪感やトラウマが残っているので、震災で見えた課題を整理して、今後の支援に活かすことを研究者の立場で少しでも貢献できれば幸いです」

【奥田博子(おくだ・ひろこ)】国立保健医療科学院健康危機管理研究部 上席主任研究官

兵庫県神戸市出身。兵庫県教育委員会(芦屋市立潮見中学校)養護教諭、神戸市保健所・福祉事務所保健師、国立神戸大学医学部保健学科助手を経て2002年より現職。

1995年阪神淡路大震災では神戸市保健師として、1999年台湾地震では、神戸大学医学部医療派遣チームとして現地支援活動に従事した。

現職では、新潟県中越地震、新潟県中越沖地震、東日本大震災、令和2年7月豪雨水害などにおいて、厚生労働省現地派遣調整員として現地支援に従事した。また、宮城県「被災者健康支援会議」アドバイザーとして、復興期の地域健康対策の検討のほか、自治体専門職を対象とした災害研修に関する講師、関連マニュアル・ガイドラインの策定などに従事する。

国立大学法人筑波大学大学院博士後期課程修了(公衆衛生学博士)。

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