厚労省に疑問をぶつけてみた HPVワクチン男性接種の費用対効果分析

費用対効果が悪いと男性の定期接種化が見送りになったHPVワクチン。その判断の根拠となった分析方法や解釈の仕方への疑問を事務局である厚労省にぶつけました。返ってきた答えは?
岩永直子 2024.04.23
誰でも

費用対効果が悪いとして、いったん男性の定期接種化が見送りとなったHPVワクチン。

理論疫学や産婦人科の専門家がその分析方法や解釈の仕方に疑問を投げかける中、事務局である厚生労働省はどのような見解を示すのか。

疑問をぶつけてみた。

男性の定期接種化を求める署名を厚労省に提出する大学生たち(2022年11月17日)撮影・岩永直子

男性の定期接種化を求める署名を厚労省に提出する大学生たち(2022年11月17日)撮影・岩永直子

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男性接種、定期接種化の議論は?

まず、経緯を振り返ろう。

3月14日に開かれた「第24回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会ワクチン評価に関する小委員会」で、HPVワクチンの定期接種に男性も加えるかが議論された。

資料としては、「ヒトパピローマウイルス( HPV )ワクチン ファクトシート追補版」が示された。有効性、安全性については既にワクチンの承認時に議論され、女性での接種も進んでいることから問題ないとされ、今回はほぼ費用対効果に注目して議論がなされた。

費用対効果の分析については、厚生労働科学研究「公的医療及び社会の立場からのワクチンの費用対効果の評価法及び分析方法の確立のための研究 」の代表者として、池田俊也・国際医療福祉大学公衆衛生学教授が説明した。

HPVワクチンが感染を防ぐヒトパピローマウイルスは、肛門がんや中咽頭がん、陰茎がんなど男性もかかるがんに影響することが明らかになっている。ただ、これらのがんの発症率は子宮頸がんと比べて低いので、男性が自らがんにかかるのを予防する「直接効果」だけを検討すると費用対効果は悪くなる。

ヒトパピローマウイルスは、性的な接触(セックス、オーラルセックス、肛門性交、ペッティング)などでうつるため、男性がワクチンで感染を防ぐことによって、女性にうつして子宮頸がんを発症させることを防ぐことにも繋がる。

そのことを踏まえて、女性を含めた人口全体に予防効果が広がる「間接効果」も含めて検討することが、男性接種の費用対効果を見るうえでは重要だ。

また、日本で男性に承認されている4価ワクチン(商品名・ガーダシル)は、適応が肛門がんと良性のできものである尖圭コンジローマに限られており、海外では1回接種の予防接種プログラムを導入する国も増えている中、3回接種で承認されている。

今回の費用対効果の議論も「4価ワクチンを3回接種すること」を前提として行われたが、1回や2回接種の可能性を検討すれば、費用対効果は変わってくる可能性があると複数の委員から指摘があった。

疑問1:なぜダイナミックモデルを使わないのか?

女性も含めた集団への波及効果を分析するためには、性行動の頻度や男女間の感染率などを加味し、接種率の向上でそれがどう動くか見る分析モデル「ダイナミックモデル」によって分析することが必要だ。

今回の分析で参照した先行研究14件全てで使われているが、日本の今回の分析ではこのダイナミックモデルが使われていない。理論疫学者の西浦博氏は「十分にグローバルスタンダードに従った手法で分析されていない。間接効果は検討できていないのと同じだと言わざるを得ない」と批判している。

このような「間接効果を評価したと言いながら、適切な手法を使っていない」とする批判について、厚生労働省予防接種課は以下のように文書で回答した。

「費用対効果分析の分析手法については、専門家のご判断によるものであると認識しており、ファクトシートによると、ダイナミックモデルを用いるためには性行動の頻度や男女間の感染確率などについてもデータが必要になるところ、国内データに基づいてダイナミックモデルを再構築することが困難であったことから、マルコフモデル等を用いた解析を行った、との記載(P.43)がございます」

「本資料はファクトシートとして、専門家に得られた知見を分け隔てなく記載いただき、提出されたファクトシートに基づき審議会でご議論頂くものですので、本資料の内容について、事務局において良し悪しを判断するといった性質のものではございません。また、政策的な判断については、審議会において専門家の先生方にご議論頂いた結果を踏まえて、検討していくべきものと考えております」

つまり、専門家の判断で作成した分析資料であり、その分析が適切かどうかの判断は、事務局の厚労省ではしないと回答しているわけだ。

だが、厚労省の審議会に提出される資料は、通常、事務局である厚労省との議論の上で作成される。何らかの不備があれば事務局から修正を依頼することがあり、専門家がそれに納得すれば修正が加えられる。

これについて「審議会において、専門家提出の資料に不備があった場合、それを指摘し、改訂を加えるよう依頼するのが事務局の役割だと思うが、その認識でいいか。そうだとすれば、今回その役割がきちんと果たされていないように見えるが、見解を」と追加質問すると、こんな回答が返ってきた。

「専門家を含め、提出された資料に事実の誤認等の誤りがあれば、修正を依頼することが事務局の役割であるとのご指摘については、ご認識の通りです。一方で、どのような解析を行うか等、専門的・技術的な事項については、審議会でご議論頂いた上で、必要に応じて更なる解析をするなどの対応を行うものと認識しています」

議事録を見ると、費用対効果について分析した池田委員も、「本来はダイナミックモデルなどの精緻なモデルを使いまして、異性間の性的接触の状況など年齢ごとに解析する、イギリスなどは一部やっているのですが、日本でそういったデータを探しましたが、すぐに使えるデータはございませんでしたので、今回は非常に簡易的な、男性の接種が女性にどういう予防効果があるかということでの推計をしている」「集団免疫効果につきましては、今回、考慮はいたしておりません」と答えている。

つまり、本来使うべき精緻なモデルを使わない簡易的な解析であり、接種率が上がるにつれて感染の機会自体が減っていく集団免疫効果については考慮していない限界を説明している。

専門家「日本でもダイナミックモデルを使った解析は可能」

記者はさらに追加質問で「厚労省として、『国内でHPVワクチンの男性定期接種化を検討するのに、ダイナミックモデルを構築するのは不可能』と認識しているのか?」と尋ねたところ、厚労省はこう答えた。

「費用対効果分析の分析手法については、それが可能か不可能かの判断も含め、専門家のご判断であると認識しております」

今回の解析を「適切でない」と批判する理論疫学の第一人者である西浦氏は、この厚労省の一連の回答に、さらなる疑問を口にする。

「研究者をかばうわけではないですが、今回のアウトカムの選定やパラメータ値について専門家だけが判断したかのようにはしごを外すのは大変よろしくないと思います。明らかに政策意図による事前の介入があったことが透けて見えますが、その帰結を全て専門家の責任のように述べられている。コロナパンデミックでこういうやり方は限界を迎えていたことを皆で学んだところであり、科学的見解はガラス張りにせざるを得ないのです」

そしてこうも言う。

「日本でもダイナミックモデルを使った解析は可能であり、研究グループとしても水面下の検討は存在します」

「必要に応じて更なる解析をするなどの対応を行う」と答えた厚労省が、こうした専門家の見解を踏まえて、今後、海外の国では常識となっているダイナミックモデルを用いた更なる解析をするのか、注目される。

疑問2:なぜ発症予防効果の持続期間を海外よりも短い年数で計算するのか?

費用対効果は、HPVワクチンの発症予防効果がどれぐらい続くか、という仮定をどのぐらいにするかで大きく左右される。発症予防効果が長く続くという仮定を置けば費用対効果は良くなるし、これを短くすれば費用対効果は悪くなる。

今回の分析で参照している14件の先行研究のうち、「生涯持続する」という仮定を置いているのが8件、残り6件のうち効果の続く期間について触れていない2件を除く4件は「50年以上持続する」という仮定を置いている。

ところが日本の分析では海外の同様の研究よりもかなり短い「20年」を基本とし、その後5年かけて0%になるとしている。「30年」という仮定でも分析しているが、それでも海外の研究よりかなり短い仮定だ。

これについて厚労省に、海外の先行研究よりも費用対効果を悪く見積もるような仮定を置いて分析したのは不適切ではないか質問すると、こう回答があった。

「ファクトシートによると『実際に有効性の持続期間を評価した研究としては、Goldstone らの研究や、Ferris らの研究で4 価HPV ワクチン接種後の抗体価が10 年持続するというデータが示されており、その後も一定程度効果が持続すると想定される』(P.44)とされており、こうした事実に基づき研究者において分析方法を決定されたものと認識しております」

費用対効果が悪くなるように仮定を設定しているように見えることについて見解を問うと、「厚労省から見解を述べる立場にありませんので回答を差し控えます」と回答しなかった。

疑問3:そもそも女性の接種率が20%台の日本で、現実離れした高い接種率で判断するのはなぜか?

男性が接種することで女性の感染や発症を防ぐ「間接効果」は、女性の接種率が上がれば上がるほど低くなる。女性が自らの接種で防いでいるわけだから、男性の接種を通じて女性を間接的に守る効果は小さくなるわけだ。

ところが、今回の費用対効果分析では、女性の接種率について20、40、60、80%の仮定を置いている。大阪医科薬科大学医学研究支援センターの研究では、日本のHPVワクチンの女性接種割合は推計で21.6%にとどまる

ワクチンの費用対効果の合格ラインは500万〜600万/QALY(費用対効果の効果指標、質調整生存年)とされているが、日本の現実に最も近い20%の仮定で見るとこのワクチンは費用対効果は、分析手法の問題が見られる今回の分析でさえも良い数値が出ている。

接種率が伸び悩んでいる日本で、現実離れした40、60、80%という接種率を並べて、費用対効果が悪い印象を与えるのは不適切ではないか指摘したところ、厚労省からこう回答があった。

「表には、20 %~80%の仮定を分け隔てなく記載しており、ご指摘には当たらないと考えております」

「ワクチン小委での議論は科学的知見に基づく議論であり、得られた知見を分け隔てなく記載したものであり、『費用対効果が悪いように見せかけている』わけではございません」

ただし、女性の接種率が低いことは厚労省も認めている。

「接種率が20%に至っていない世代が存在することも事実として認識しておりますが、現在は、積極的勧奨の差し控えの間に接種機会を逃した方へ、接種の機会を提供する目的でキャッチアップ接種を行っている段階であり、必要な周知等を行っていくことにより、今の接種率を向上させていく必要があると考えております」

そもそも厚労省はHPVワクチンの女性の接種率を出しておらず、実際の接種割合より多く見える「実施率」を公表しているのみだ。これは他国よりも大きく接種が遅れている日本の現状を覆い隠す不適切なデータではないかと専門家から指摘されている

これについての見解や今後、独自に接種率を出す検討はしないのか問うたところ、こう答えた。

「接種率については、研究者による累積接種率の紹介等、可能な限り分かりやすい形でのデータをお示ししたいと考えております」

また、接種率40、60、80%を近々達成するための現実的な方策は立てているのか、具体的に達成できる見込みはあるのか問うと、こう答えた。

「HPVワクチンの女性への接種については、キャッチアップ接種の期間が今年度いっぱいであることも踏まえ、引き続き、キャッチアップ接種の普及啓発の取組を含め、若い接種対象者や、その保護者の世代に届くよう、様々な媒体を通じた情報提供を進めたいと考えております」

日本と同じように接種後の体調不良を薬害のように報じたテレビ番組の影響で接種率が激減したデンマークでは、がん患者団体など民間とも協力しながら、国を挙げた一大キャンペーンを行い1年足らずで接種率を回復させた。

日本ではまだそのような「本気の挽回の姿勢」が見られないのが現状だ。

疑問4:男女の平等性、公平性は検討しないのか?

イギリスやドイツでは、男性接種の定期接種化を議論する際、費用対効果の観点だけで議論せず、男女の公平性、平等性の観点からも議論して導入を決めている。

費用対効果に厳しいイギリスでさえ、男女の平等性の観点から男性の定期接種化も導入されている(NHSのHPVワクチンリーフレット)

費用対効果に厳しいイギリスでさえ、男女の平等性の観点から男性の定期接種化も導入されている(NHSのHPVワクチンリーフレット)

今回の小委員会でも、国立研究開発法人国立国際医療研究センター 国際感染症センタートラベルクリニック医長の氏家無限氏が「費用対効果の意見が割れるというところがある中で、疾病構造であるとか、評価できていない部分をどこまで考慮するか、あとは数値化されにくいジェンダーギャップという観点で男女平等性みたいなことも多分に議論の中に含まれていると考えています」と指摘。

参考人として出席した神谷元三重大学大学院医学系研究科公衆衛生・産業医学分野教授も、「今のようなジェンダーを考える国内外の社会情勢を考えると、G7の中で男性への接種がされていないのが日本だけということも言われています。(中略)今後、基本方針部会に上げるときに、そのようgender neutral vaccinationとVPDの考え方も踏まえて総合的に判断していただきたいと思いました」と男女の平等性を加味した検討を要望している。

費用対効果だけでなく、こうした男女の平等性も加味して男性接種の定期接種化は政策判断するべきなのではないかという指摘については、厚労省はこう答えるのみだった。

「男性接種については、ご指摘の点も含め、引き続き検討していきたいと考えております」

疑問5:そもそも女性の接種率を極端に低くした政策ミスを挽回するために、男性接種も導入して女性をがんから守るべきではないのか?

日本ではメディアが接種後の体調不良をまるで薬害であるかのようにセンセーショナルに報じた影響もあり、厚労省は対象者に個別にお知らせを送る「積極的勧奨」を2013年6月から2021年11月まで止める通知を出していた。この影響で、現在も女性の接種率は低率にとどまっている。

G7の中で男性接種を定期接種化していないのは、日本だけ。そして、女性の接種率が伸び悩む中、男性接種による女性や集団に対する間接効果は大きいはずだ。政策ミスによる接種率の低さを挽回するためにも、男性への接種に消極的な姿勢をとっていることは不適切ではないかと問うたところ、厚労省はこう答えた。

「HPVワクチンの女性への接種が低率にとどまっていることについては、キャッチアップ接種の期間が今年度いっぱいであることも踏まえ、キャッチアップ接種の普及啓発の取組については、若い接種対象者や、その保護者の世代に届くよう、ホームページにQ&Aを掲載するほか、自治体を通じたリーフレットの本人や保護者への送付や、ニュースサイト、X(旧Twitter)、Instagram等のSNSやYouTubeによる発信等、様々な媒体を通じて情報提供を行ってきており、引き続きしっかりと対応していきたいと考えております」

「また、男性への接種についても、科学的知見を幅広く収集し、審議会においてしっかりと検討を重ねていきたいと考えていおります」

HPVワクチンの接種が他国に比べて大きく出遅れ、海外と比べて日本でだけ子宮頸がんの罹患率が今後もなかなか減らない悲惨な事態が起き得ることが予想される。これに対する見解を問うたところ、厚労省はこう述べたのみだった。

「女性に対する接種と同様、男性に対する接種についても、科学的知見に基づき、ご議論頂いた上で、定期接種に位置づけるかどうかを検討していくべきものと考えております」

財務省の予算制限の圧力があるのかも問うたところ、「推測に対し、見解をお示しすることは適当でないと考えますので、回答を差し控えさせて頂きます」と答えなかった。

※記者は分析した池田俊也・国際医療福祉大学公衆衛生学教授にも取材を申し込んでいる。回答があり次第、このニュースレターで報じる。

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