HPVワクチンの累積接種割合は21.6%に留まる 国は正確なデータをもとに対策を!
子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。
実質、中止状態が約9年間続いたこのワクチンの接種割合が、2010年度からの累積で21.6%に留まっていることが、大阪医科薬科大学医学研究支援センターの研究で分かった。2月1日に開かれた日本疫学会学術集会で発表された。
国は実際の接種割合よりも多く見える計算式で接種率を公表しており、正確な接種率がわからない状態が続いている。
研究に当たった同センターの研究支援者で大阪大学産科婦人科学医員の岡愛実子さんと、指導した共同研究者の伊藤ゆりさんは「国や自治体は正確なデータを元に、効果的な対策を考えてほしい」と訴えている。
研究した岡愛実子さん(右)と指導教官の伊藤ゆりさん(左)
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正確な接種割合と、接種割合の低い集団を大阪市で調査
HPVワクチンは2010年度から公費助成が始まり、2013年4月から小学校6年生から高校1年生相当の女子を対象に定期接種になった。
ところが接種後に体調不良を訴える女子が相次ぎ、それをマスコミが薬害であるかのようにセンセーショナルに報じたことから、国は対象者に個別にお知らせを送る「積極的勧奨」を中止。この影響で、80%前後だった接種率は1%未満となり、実質中止状態が長く続いた。
2022年4月から積極的勧奨が本格的に再開したことから、正確な接種割合を調べて、接種割合の低い集団に効果的な介入を考える材料にしてもらおうと、同大学と大阪市の共同研究の形で、大阪市のデータを利用して調べた。
正確な接種割合がわからない国の計算式
厚生労働省は「HPVワクチンの実施率」を節目ごとに公表しているが、これは分母が各年度の新規対象者(13歳の対象者、1学年の人数)で、分子は12〜16歳(5学年)で接種した全人数の数だ。つまり、5学年で接種した人数を1学年の人数で割っているため、数が大きめに出ることになる。
岡愛実子さん提供
国の計算式で出した2022年度の1回接種の「実施率」は、42.2%だった。しかし、これは真の割合から遠く、実際の値よりも高く見積もってしまうとして、岡さんらは、1997年度生まれ以降のHPVワクチン対象者総数を分母とし、1997年度生まれ以降で1回以上HPVワクチンを接種した全人数を分子とした。
岡愛実子さん提供
この計算式なら、少なくとも分母と分子で対象とする学年は揃う。「これまで接種すべきだった対象者全員のうち、どのぐらいの割合が接種したか」を見る計算式にしたのだ。
接種割合は21.6% 国の「実施率(42.2%)」の半分
その結果、大阪市全体で累積の接種割合は21.6%となった。国が公表している「実施率(42.2%)」の約半分だ。現実には、対象者のうちまだ5分の1程度しか接種していない事実が明らかになった。
厚労省は積極的勧奨の再開を前に、2020年10月から対象者に個別のお知らせを認める通知を出しており、そこから接種割合は徐々に回復してきている。
ただ、累積接種者の約半数は定期接種が始まる前の2010〜12年度の3年間の公費助成の接種者で、定期接種が始まってからの10年での接種者が同じぐらいの数であることを考えると、接種のペースは十分戻っていない。
しかも、大阪市はSNSやYouTubeでの動画配信や、独自のリーフレットを配布し、大学進学などで市外に暮らす女性のために全国に接種できる機関を置くなど、他の自治体よりも積極的に推進している。あまり熱心に勧めていない自治体は、大阪市のこの割合より低い可能性がある。
岡愛実子さん提供
貧しい地域ほど、接種機関が少ないほど接種割合が低い
さらに岡さんらは、地域の社会的な条件によって、接種割合に差があるかどうかも見た。
具体的には、社会経済的に困窮している地域かどうか(地理的剥奪指標)、道路や商業施設などが整っている都会であるかどうか(ウォーカビリティ指標)、接種する医療機関にアクセスしやすい地域かどうか(HPVワクチン接種実施医療機関数)によって、接種割合がどうなっているかを見た。
岡愛実子さん提供
その結果、困窮度が高い地域ほど、接種機関が少ないほど、接種割合が低いという関連が明らかになった。都会であるかどうかは、接種割合に影響していなかった。
一方、接種を逃した女性に無料接種の再チャンスを与える「キャッチアップ接種」に関しては、困窮度は接種割合に影響していなかった。
親に連れられて接種する年齢なので、親の経済状況が影響?
岡愛実子さん
接種できる医療機関へのアクセスがいいほど接種割合が高くなるのは当然だろうが、なぜ経済的な困窮度が接種割合に影響するのだろう。
岡さんは、こう分析する。
「定期接種の対象は12歳から16歳なので、親御さんと一緒に接種にいくであろう年齢です。ご両親、特にお母さんの接種意向やお母さんの経済状況が子供の接種に強く影響していると考えられます。例えば、お母さんがシングルマザーで平日の日中は仕事にいかなければならないと、子供をなかなか医療機関に連れていけないという状況が考えられます」
キャッチアップ世代は年齢が高く自分一人で医療機関に行けるため、影響が出ていないと考察している。
「この結果から、今後は親の属性を考慮した介入が必要ではないかと考えられます」
岡さんは大阪市の保健師とこの結果を元に勉強会を開いたが、そこでは「休日にショッピングモールなど家族で出かけるような場所に集団接種できるブースを設けるなどすれば、親の仕事の都合などでいけない子供も接種できるのではないか」などの意見が出たという。
海外ではがんリスクの格差縮小、接種率の低い日本では格差が縮まらない懸念
経済的に困窮しているほど接種割合が低くなり、それが子宮頸がんにかかるリスクが接種できた人よりも高いことにつながるなら、それは社会のあり方として公正ではない。
伊藤ゆりさん
これについて、伊藤さんはこう話す。
「がんの罹患や死亡率でも、特に子宮頸がんでは経済的な格差の影響が確認されています。海外ではHPVワクチンの接種が始まってから格差が縮小したという報告が出てきているにもかかわらず、接種率が低い日本ではこのままだと格差が縮まらないという懸念があります」
「だからHPVワクチンの接種率を上げることは、予防の段階から格差を縮小することにつながると考えられます」
国は計算式を見直せ 効果的な対策は正確なデータから
いまだに接種率が十分回復していないこの国で、この研究をどのように役立ててもらいたいだろうか?
岡さんはこう訴える。
「まず国の計算式を見直していただきたい。正しい値が世の中に公表されるべきです。国の公表している『実施率』を見て、もう日本は4割ぐらい接種しているんだ、と勘違いしてしまう人がほとんどだと思います。正確な接種割合を認識してもらいたいのがまず第一の希望です」
「定期接種の接種割合は100%を目指すべき値なので、そこに近づけるためにできることを地域ごとに見ていかなければいけません。今回、地域別に見たことでどういう集団が接種していないかを把握することができました。こういう細かい単位でデータを取っていくことで、どんな介入をしたらいいかもわかるし、ひいてはそれが接種割合の上昇に結びつくはずです」
伊藤さんはこう付け足す。
「幸い大阪市との共同研究として自治体のデータを提供してもらい、各地域のデータを現場で活動している保健師さんと共有する機会も設けていただきました。地域のことをよく知っている保健師さんが肌感覚で感じていることと一致する結果が出ており、次にどういう対策を打つべきかの根拠として使ってもらえます」
「全国の自治体でこういうデータを分析する仕組みを作ることができたら、もっと効果的な対策がうてるはずです。効果的な対策を考える上で大事なのはデータです。予防接種に関してどういうデータを集めるべきか、国で検討する材料にもしていただけたらと思います」
【岡愛実子(おか・えみこ)】産婦人科専門医、大阪大学産科婦人科学教室 医員・大学院生 大阪医科薬科大学医学研究支援センター 研究支援者
2016年、九州大学医学部卒業。慶應義塾大学病院で初期臨床研修修了後、同大学産科婦人科学教室へ入局。2020年、夫の転職に伴い大阪大学産科婦人科学教室へ入局。2021年、大阪大学大学院へ進学し、現在、大阪医科薬科大学医学研究支援センター医療統計室伊藤ゆり准教授のもとで婦人科がんの地域格差に関する研究を行っている。
【伊藤ゆり(いとう・ゆり)】大阪医科薬科大学医学研究支援センター医療統計室准教授 疫学・保健医療統計研究者
2007年、大阪大学医学系研究科保健学専攻にて博士(保健学)を取得。その後、大阪国際がんセンターがん対策センターにて研究員、主任研究員を経て、2018年より大阪医科薬科大学研究支援センター医療統計室長・准教授として、学内外の研究の統計的支援を行う。公的統計を用いた記述疫学的手法により、がん対策や健康格差に関する研究に従事。
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