麻疹で「感染して免疫をつければいい」は実弾を込めた銃でのロシアンルーレット 2回のワクチンで予防を
国内で麻疹(はしか)の感染報告が相次いでいる。
東京、大阪など都市部で報告が相次ぎ、コンサート会場や飲食店など、不特定多数の人が集まるところで感染者がいた例も報道された。
麻疹はどんな病気なのか。なぜ今、こんなに増えているのか。そしてどうしたら防ぐことができるのか。
感染対策に詳しい板橋中央総合病院院長補佐の坂本史衣さんに聞いた。
坂本史衣さん(撮影・岩永直子)
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コロナ禍でワクチンを接種し損ねた人が増加
——なぜ今、麻疹の感染報告が相次いでいるのでしょう?
背景としては、新型コロナウイルスの流行が始まってからワクチン接種率が下がっていることがあります。感染を恐れて医療機関に行きたくなかったり、医療機関が混雑していたりしていて、接種し損ねた人たちが増えました。
計算上は、麻疹の流行を防ぐには接種率が95%以上なければならないとされています。ところがコロナ禍でその目安を下回り始めました。
2020年度はまだ良かったのですが、2021年度になると、全国でも1回目(1歳代)の接種率は93.5%になりました。
厚生労働省「麻しん風しん予防接種の実施状況」より
2回目も2022年度では全国で92.4%まで下がっています。
厚生労働省「麻しん風しん予防接種の実施状況」より
都道府県別の接種率も出ていますが、沖縄、北海道、鹿児島は2回接種済みの人が90%に至っておらず、特に低いです。麻疹ワクチンは1回接種だと免疫が十分つかない人もいるので、2回接種が推奨されています。それでも95%に達していない地域が多いです。香川は唯一達成していますね。
厚生労働省「麻しん風しん予防接種の実施状況」より
最近、少し持ち直しているようですが、やはり接種率が低い傾向にあるのは変わらないです。
予防接種が不十分な年代は要注意
さらに、予防接種制度の影響で、抗体保有率(免疫を持っている割合)の低い年代があります。
もちろん接種していない1歳未満の赤ちゃんは無防備ですし、1歳を過ぎていてもこれまで接種機会のなかった子供や、MRワクチン(麻疹風疹混合ワクチン)の2回接種が定期接種化される前の世代は接種状況がバラバラです。
こどもとおとなのワクチンサイト(一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会 感染症委員会 ワクチンチーム)より
定期接種化前の麻疹感染者が多い時代に育った世代は、自然感染によって獲得した免疫を持つ人も多いです。
2000年4月2日以降生まれは、定期接種の体制が安定して、多くが2回接種を受けていますが、未接種または1回のみ接種の人もいます。
国立感染症研究所「感染症発⽣動向調査 」2024年1⽉5⽇現在より
2019年に大きめの流行が起きていますが、未接種や1回接種の人の割合が大きく、不明の人もそれなりにいます。でも、2回接種した人の感染者は少ないです。
国立感染症研究所「感染症発⽣動向調査 」2020年1⽉8⽇現在
最近の感染例は、未接種や1回接種の人が大多数を占めます。
予防接種後に麻疹に対する免疫が維持される具体的な年数ははっきりしていませんが、アメリカのCDC(疾病予防対策センター)などによると、多くの人でほぼ生涯にわたって免疫が維持されると言われています。
海外からの持ち込み コロナ5類変更で行き来が活発に
——日本は麻疹がなくなったと宣言されていましたよね?
日本は、2015年3月に世界保健機関(WHO)の西太平洋事務局から土着の麻疹ウイルスの排除状態と認定されました。
しかし、海外から持ち込まれる麻疹ウイルスによる流行がそれ以降も何度か起きています。
昨年5月に新型コロナウイルス感染症が2類相当から5類に引き下げられたことで、海外との行き来が活発になってきました。ワクチン接種率が下がったところに、人の行き来が戻ってきたわけです。
海外には麻疹が流行している地域があります。そこに免疫のない旅行者が行って、感染して帰ってきたり、感染した海外の観光客がやって来たりすることで、国内に持ち込まれる。そして広がっていくのです。
感染力が強く、空気感染するウイルス
——観光客が一人入ってきただけで、なぜこんなに広がるのでしょう?
麻疹ウイルスの特徴として、感染力が強いことがあります。一人の麻疹感染者が、免疫のない8〜12人に感染させることができます。
しかも直接触れなくても、同じ空間を共有するだけでうつります。
——空気感染ですね。
そうです。麻疹に感染している人が、同時に同じ空間にいなくても、立ち去ってから2時間ぐらいは感染性を失っていないウイルスが空気中に漂うとされています。
例えば、病院の待合室にいた感染者が出て行った後に入って来た人が感染した事例が過去に報告されています。比較的長い時間、感染性を失わずに漂っているのです。
まとめると、
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感染力が非常に強い
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国内の接種率が下がり、免疫を持たない感受性者(病原体に感染し得る人)が増えている
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海外で感染した人が入国する機会が増えている
こうした感染が広がりやすい要因が重なって、免疫を持たない人はたちまちうつる状態になっています。感染者が滞在したコンサート会場なり、レストランなり、電車や飛行機の中なりで、同じ空間を共有した感受性者に広がる状況が今、起きています。
麻疹ウイルスは潜伏期間が7〜21日で、平均2週間です。比較的長いです。
だから次の世代の感染者が出てくるまで時間がかかります。一人の人からうつってから、症状が出てくるのが1〜3週間後。さらにその人からうつった人から症状が出て来るのが1〜3週間後、というように、時間がかかります。
逆にノロウイルスのように潜伏期間が12〜24時間と短いと回転が速くなります。コロナも今は2〜3日と短くなってきました。だから短期間で二次感染者、三次感染者が発生します。
でも麻疹は時間がかかるので、スピーディーに広がっているように見えません。
——感染者が他の人に感染させる時期はいつですか?
症状が出てくる4日前から感染性をもち、発疹が出てから4日ほどは感染させると言われています。
対症療法のみ 重症化し亡くなる人や後遺症が残る人も
——対策は結局、ワクチンを2回接種する、に限るのですね。
1歳過ぎて、MRワクチンを2回接種した人は麻疹が流行っていてもあまり心配しないで生活できます。でも未接種の人や1回しかうっていない人は、感染を心配しないといけない。
麻疹に感染するとほぼ必ず症状が出ます。症状はかなりつらいです。
——改めて、ここで麻疹はどのような症状が出るのかおさらいさせてください。
通常の麻疹には特徴的な経過があります。
最初は風邪のような症状が出ます。熱、咳、鼻水などですね。この時点で「麻疹だ」と思う人はあまりいません。「風邪ひいたかな?」とか、今なら「コロナかな?」と思うかもしれません。いったん熱が引く人もいます。
その後、39度以上の高熱が出て、発疹が出ます。ここで初めて「麻疹かも」と思う人がいるかもしれません。でもその前に既に人にうつす状態になっているので、時既に遅しです。
その発疹が出る1〜2日前に「コプリック斑」というものが頬の内側の粘膜に出る人がいます。「赤い背景に一粒の塩」と表現されることがあるように赤い斑の上に白いポツポツが出ます。全ての人に出るわけではないですが、風邪のような症状にコプリック斑が出ることが重なると、麻疹だという目印になります。
発疹ははじめ顔に出るので、感染者は顔が赤く見えます。その後、全身に広がります。
——感染症の先生がとにかく子供に必ず麻疹のワクチンはうたせるように口を酸っぱくして訴えるのは、重症化することがあるからですね。
怖いのが合併症です。麻疹にかかると一時的に免疫が強く抑制されるので、ほかの細菌やウイルスによる感染症を合併しやすくなります。そのために、肺炎や脳炎を起こして亡くなる人がいます。乳幼児は肺炎で亡くなることが多く、思春期以降では脳炎で亡くなることが多いです。
麻疹になった人の1000〜2000人に1人が脳炎となり、その約3分の1に障害が残り、約3分の1が亡くなると報告されています。特効薬はないので、点滴で脱水を防ぐ、熱を下げるといった対症療法がメインになります。ウイルス感染に対する治療の手段がないのです。
また重い合併症として、「急性散在性脳脊髄炎(acute disseminated encephalomyelitis; ADEM)」というものがあります。回復してきたなと思った頃に免疫反応によって引き起こされる神経障害です。死亡率が10〜20%と高く、後遺症が残ることもあります。
——さらに、回復後、何年も経ってから起きる合併症もありますね。
「亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis; SSPE)」です。とても悲しいケースが多くて、赤ちゃんの頃に感染して回復した子供が小学生になって元気に駆け回っていたのに、最近転びやすくなったなと思って調べたらSSPEを発症していることが分かるといったケースがある。 そして病気がゆっくり進行し、亡くなる。
また、妊娠した人が麻疹にかかると流産しやすくなることがあります。妊娠中は予防接種ができません。
「感染して免疫をつければいい」はロシアンルーレット
——そんな症状を聞くと、やはりワクチンで予防したいですね。
そうです。麻疹はワクチンでほぼ防げるのです。
新型コロナなら重症化予防のために接種する意義がありますが、感染は防ぎきれません。
でも麻疹は感染自体も抑えられます。その一方で、感染してしまうと治療の手段もないし、「運命の分かれ道」感が強い病気です。感染力も強くて、症状が現れない「不顕性感染」もほぼなく、感染したら多くの場合、激烈な症状が出ます。そして一定割合で重い合併症にもかかる。死亡率も高い。
接種していない場合の代償が大きすぎるのです。
——健康な大人であっても、感染した経験や接種した記録がない人は接種した方がいいですか?
乳幼児や免疫不全の人に比べたら死亡のリスクは下がると思いますが、やはり症状はかなりつらいし、重症化することもあります。またその人が発端となって他の人にうつす可能性、感染を広げてしまう可能性を考えると、やはりうってほしい。子供や高齢者、妊婦や免疫不全の人にうつした場合、あまりにも重大な影響をもたらすことになります。
——こういう感染症が広がると、ワクチンに抵抗感がある人が「感染して免疫をつければいい」と主張します。それは感染症の専門家から見ると危ないですか?
危ないです。実弾が入っている銃でロシアンルーレットをやるようなものです。感染して、少ししんどい思いをして、その後元気になる感染症なら、100歩譲ってそういう考えもあり得るかもしれません。
しかし、麻疹はそういう感染症ではありません。罹った本人もうつされた他人もです。
そんな感染症がワクチンで防げるのです。そして防がなかった場合の代償が大き過ぎます。ぜひワクチンで予防してください。
——抗体があるかどうかは検査で調べられるのですね。
接種したことがないことがほぼ確実なら、検査は飛ばして2回接種した方がいいです。抗体検査(免疫の有無を調べる検査)も1万円前後かかり、さらにワクチンを接種すればまた1回につき1万円前後かかります。それなら最初から2回うったほうがいい。風疹ワクチンもそうです。
過去に感染した経験があったり、実は接種していたことが後からわかったりしても、悪いことはなくて、逆にブースター(効果の増幅)がかかって免疫が強化されます。
ただ、現在、ワクチンの希望者が多いこともあってワクチンが入手しにくい状況です。MRワクチンの予約が取れない場合は、海外先進国で広く使われている輸入ワクチンを取り扱っているクリニックで相談する、記録がないけど接種した可能性がありそうなら抗体検査を受けることを主治医や近所のお医者さんに相談するといったことも選択肢に挙がります。
——親から罹ったとは聞いているけれど、本当に麻疹だったかわからないという人も接種した方がいいですか?
客観的に証明できる証拠がないならうった方がいい。1回しか接種した記録がない大人も、追加接種をした方がいいと思います。1万円で命が買えるなら、安いものだと思います。それほどに重大な病気です。
【坂本史衣(さかもと・ふみえ)】板橋中央総合病院院長補佐
聖路加看護大(現・聖路加国際大)卒、米コロンビア大公衆衛生大学院修了。Certification Board of Infection Control and Epidemiologyによる認定資格(CIC)取得。聖路加国際病院QIセンター感染管理室マネジャーを経て、2023年11月から現職。日本環境感染学会理事、厚生労働省 厚生科学審議会専門委員などを歴任。著書に『感染対策40の鉄則』『感染対策60のQ&A』(いずれも医学書院)、『泣く子も黙る感染対策』(中外医学社)など。
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
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