能登半島地震や羽田空港の衝突事故などに触れて苦しい思いをしている人へ、こころの専門医が伝えたいこと

能登半島地震や羽田空港の衝突事故が起きて、当事者の方はもちろん、ニュースに触れて苦しくなっている人もいるかもしれません。そんな方向けに子どものこころ専門医らが伝えたいことをまとめました。
岩永直子 2024.01.08
誰でも

能登半島地震や羽田空港の衝突事故が立て続けに起きて、大変なお正月。被災した当事者の方はもちろんですが、連日のニュースに触れて、心が苦しくなっている人もいるかもしれません。

そんな人に向けて、子どものこころ専門医らが伝えたいことを「地震やいつもと違うニュースにふれるすべてのみなさまへ」にまとめました。

執筆したメンバーのひとり、小児科専門医で子どものこころ専門医の山口有紗さんにお話を聞きました。

山口有紗さん

山口有紗さん

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大人だけでなく、子どもが自身で読める項目も

——これはいつ、なぜまとめようと思ったのですか?

作り始めたのは地震翌日の1月2日です。児童精神科医の小澤いぶきさんから声をかけられて、一緒に「私たちが子どもや子どもに関わる方と一緒に考えていけることはないかなと企画しました。東日本大震災など過去の震災、新型コロナウイルス感染症など、予期せぬ出来事で日常生活が大きく揺さぶられた時の知見をまとめたものになります。

トラウマの出来事に遭ったとしても、その人が持っている力や周りの力で回復できると考える「トラウマ・インフォームド・ケア」を二人とも実践しているので、その考えをもとに一緒に原稿を作りました。

特に大事にしたのは、子どもが自身で読める文章も入れたことです。

災害の際に大人や子どもの周りの人に向けたメッセージはこれまでにもしばしば発信されてきましたが、子ども自身が手に取れるものはなかなかありません。まずは学童期以降の子どもが自分で読めるようなものを作成しようと考えました。

わかりやすく、短い言葉で、今後はイラストも入れて、読みやすくしたい。ヘルスコミュニケーションの専門家やデザイナーにも関わってもらい、現在、より読みやすい長いバージョンも作っています。低年齢の子どもが読めるものを作るのは今後の課題だなと感じています。

最初は体の変化と対処法

——内容は最初は一般の方向けで、最初に身体のことについて触れていますね。

日々の生活の中で自身の体調や身体は特に大切に感じることの一つですし、心と身体はつながっています。また、日本ではいきなり心の問題と言われても少し抵抗がある方もいるかもしれません。どういう順番で読んでもらってもいいのですが、そういう意味で最初に身体のことを書きました。

「地震ごっこ」「津波ごっこ」は子どもなりの癒しの工夫

——次に心のことについて触れています。印象的なのが、子どもの場合は「地震ごっこ」などごっこ遊びを通じて自分の気持ちを表現しているのかもしれないと触れていることです。東日本大震災の時も津波遊びをする子どもを「不謹慎だ」などと大人が叱っていましたが、子どもにとって重要な表現なんだよと聞いたことがあります。

これはすごく大切なポイントです。子どもたちは遊びや絵など、言語ではないものでいろんなことを表現します。その中で色々なストーリーを作っていきます。

津波ごっこもそうですが、子どもは、自分ではどうにもできなかったことを遊びやファンタジーにすることで昇華しようとします。無意識に自分がその物語の中でちゃんと役割を果たせるようにして、その中で癒されていく。

大人は、子どもがそういうことをした時に「子どもなりの癒しの方法なのだ」と見守ることが大事です。

ただ、気をつけなければいけないことがいくつかあります。

例えば、時に子どもたちの中でストーリーが展開しない場合があります。「地震が来て、潰れた。死んだ」「地震が来て、潰れた。死んだ」という変わらないストーリーを繰り返し、ファンタジーが展開していかない場合は、そこにつらさを感じている場合があります。

同じ物語を繰り返して苦しそうに見える時は、専門家への相談などができるといいです。

その手前であってもつらそうなストーリーが続く場合は、大人が参加する余地があれば、「あ、救助のヘリコプターが来たよ」「焚き火があってあったかいね」などと、救いのあるストーリーを加えてあげるのもいいでしょう。

そうした子どもの遊びや工夫、子どもが本来持っているさまざまな力を支えるために、それがやりやすい空間づくりもとても大切です。

——大人もそうでしょうけれど、子どもは特に自分に起きたことやつらさを言語化しにくいから、そういう形で表現するのでしょうか?

子どもは言語がまだ発達の途上であったり、言葉以外に豊かな表現方法を持っているということが背景にはあると思います。一方で大人は子どものそんな遊びを見ることで、自分のトラウマを想起され、つらくなることは当然あると思います。

だから「不謹慎だ」と止めたくなる気持ちも自然なことで、抑えなくてもいい。でも知識として持っておくと、子どもへの接し方が少し変わり、子どもの力を支えたり、トラウマの再体験にならなくて済んだりすることもあるかもしれません。

通常の悼むプロセスとは違う災害での死

——影響が大きい場合の対処法も書いていますが、大人でも子どもでも、今回の地震で身内を亡くした方がいると思います。かなり強い悲しみや衝撃だと思うのですが、どんなケアが必要でしょう。

災害などで大切な人を亡くすことは、平時に誰かを亡くすのとは違って、「心的外傷性悲嘆」や「トラウマ性のグリーフ(悲嘆)」と呼ばれることがあります。

通常であれば、みんなで故人について語り合ったりしながら傷をゆっくり癒すことができます。でもこうした災害の時は生活もままならないし、周りの人もみんな傷ついているので、身内を亡くしたことを語っていいのかためらいが生まれるかもしれません。

つまり、悲嘆を癒していくプロセスが作りにくいのです。そういうことが集団で起きていることをまずはみんなで認識した上で、平時の死を悼むプロセスとは違う配慮が必要かもしれません。

人によってグリーフの経過は異なりますが、まずはご自身の日常生活を大事にすることが大きな意味を持つと言われています。

大事な人を失ったし、家も失ったし、景色も失ったし、食べるものも変わった。変わったことが多すぎる中では、あえて変わらないルーチン(日課)を意識して作ることが、心身の安定につながりやすいとされています。

避難所だとなかなか難しいかもしれませんが、例えば朝起きたら同じストレッチをするとか、深呼吸をするとか、日課をお守りのように身につけておく。「変わらないものが世の中にまだあるんだ」という実感を繰り返すことが、一歩目としては大事だと思います。

こういう時は、明日が来るかどうかもわからなくなるし、2週間後の自分がどうなのかも思い浮かべられなくなります。そんな時に「これだったらたぶん、明日も起こる」と思えることを、小さなことでもいいので続けられたらいい。

できるだけ続けやすい小さなこと、例えば避難所の近くにお花が咲いていたら、毎朝それを見にいくとか、隣の人におはようの挨拶をすると決めておくなど、自分にとって無理のないことで大丈夫です。

——相談先も載せていますが、そもそも通信手段がない人も多いでしょうし、被災地ではまだ機能していないかもしれないですね。

アクセスできる人は限られているでしょうし、人によって差もあると思います。ただ、自分の心の状態や身体の状態やその変化を知っておくと、今後、心の専門家が支援に入った時に「こういう時には相談した方がいいな」と声を掛け合うことができます。

  • 1週間以上眠れない

  • 自分を傷つけたくなる

  • 誰かを傷つけたくなる

  • 涙が止まらない

  • 死にたい気持ちがずっと続く

ただ自分では気づけないこともあるので、周りの人の変化に気がついたときこうした資料を一緒に見ながら、声をかけてあげるのもいいですね。

何が起きているのか、子どもなりに理解することが大事

——後半は子ども向けに漢字をなるべく使わずに書かれています。だいたい何歳以上を想定していますか?

本来であればすべての年齢の人が手に取りやすいものを用意できるといいですが、まずは、10歳ぐらいの人が読めるものとして書いています。

どうしてこの年代から先に作ったかというと、過去の震災の経験や研究では、乳幼児期の子どもの場合には、主な養育者や周囲の大人が子どもたちの心身の状態や環境を汲んだ関わりをすることが特に重要だと言われています。

しかし、もう少し上になると、親との関係で癒される部分ももちろんありながら、自分で考えたり、同世代の中でコミュニケーションをしたりすることも増えていきます。そのため、まずはその人たちに向けたメッセージを考えました。

——ハッとしたのは、最初に今回の地震について説明していることです。子どもは何が起きているかわかっていない可能性もあるのですね。

その通りです。すべての子どもは、自分に起きていることを知り、それについて意見や考えを伝えたり周囲に影響を及ぼしたりする権利を持っています。コロナの時もそうでしたが、まずは何が起きているかということを、発達段階に応じて理解することはとても大事です。

でも特に緊急時には、周りの大人同士で情報を共有することが優先され、子ども達が傷つくかもしれないと伝えることをためらう場合もあるかもしれません。

そうなると子どもたちには断片的なテレビやSNSの情報しか伝わっていないことがあります。こうしたときこそ子どもたちの権利が尊重されるよう、子どもたちと共有できる情報を書いています。

心や身体の反応は自分だけではなく、自然なことだと伝える

——そしてそれが起きた時に、自分の心や身体に何が起き得るのかを説明しています。気づいてもらうためですね。

「ああそういうことなんだな、自然な反応なんだ」と気づくヒントになればいいし、「自分だけではない」と感じてもらうことも大切です。

いわゆるトラウマの経験のある人は、怖い夢を見たりイライラすることが起きたりした時に、「自分が悪いからこんなことが起きるんだ」「自分が弱いからこうなんだ」と思ってしまうことがあります。

でもそうではなく、こういうストレスフルな状況では誰でも起き得るし、自然なことなんだよと伝えるために書いています。

——そんな時にどうしたらいいかという対処法も伝えているわけですね。

起き得ることとできることを知っておくことは安心につながるかもしれませんし、周りの大人も一緒にできることとして読んでおいていただくといいと思います。

——ニュースから少し離れるというのも、よく言われる対処法ですね。

大事なことです。テレビやSNSでセンセーショナルな動画などを見続けると、誰でも心がザワザワすることがあります。つらい時は一時的に離れることも必要だと思います。

——子ども向け情報の最後には、内閣官房孤独・孤立対策担当室の「18歳以下のみなさんへ」を、相談窓口として紹介していますね。

相談先はたくさんあるのですが、このサイトはチャットボットと対話しながら、相談先までつないでくれます。

内閣官房 孤独・孤立対策担当室

内閣官房 孤独・孤立対策担当室

被災地以外にいる人も傷ついている

——被災した人だけでなく、ニュースを見て心が重くなっている人にはどんなアドバイスができますか?

自分は被害は受けていなくても、心がザワザワすることやつらさを感じることは当然のことで、それをみなさんが知っていることが大事だと思います。

お正月という大切なときに、地震があったし、津波が来たし、火事も起きるし、犯罪も起きた。かつ、前の年には戦争などの情報に心を痛めていた人もいると思います。色々なことが重なり、心が揺らぐのは自然なことです。傷ついたのは現地にいた人に限らない、というのは大事な視点です。

——そういう人も今回の資料は参考になりますね。

山口有紗さん

山口有紗さん

そうです。これをあえて「被災地の方へ」としなかったのは、直接被災しているかどうかにかかわらず、すべての人を対象にしているからです。心身に起こり得ることや対処法は共通のものとして考えていただけると思います。

被災地の子どもはもちろん、多くの子どもたちにとって本来は楽しいお正月番組があったはずなのに、センセーショナルなニュースでいっぱいになり、いつもと違う空気を感じる冬休みであったでしょう。

学校でも先生方と子どもたちが、こうした資料を活用しながら、被災者に限らず、すべての人がこういうお正月を過ごしたよね、と分かち合えるかもしれません。

「お正月だったけど、色々なニュースがありました。みなさんはどんなことを感じましたか。みなさんの心身にもこういうことが起こる可能性がありますよ」と一緒に考えることができると思います。

心身の不調は、出来事に対応しようとしているあなたの力

——最後に被災地の方にメッセージを。

色々な反応や気持ちは一人ひとり違います。心がザワザワしたり、身体の調子がいつもと違ったりしたら、自分がその状況に対応しようとしている力なのかもしれません。自分がそのことや、周りの人をケアして大事に思っているからこそ起きている反応であり、力です。

まだつらい時期が続くと思いますけれども、一緒に考えていけたらと思います。

【山口有紗(やまぐち・ありさ)】小児科専門医、子どものこころ専門医、公衆衛生学修士

高校を中退し大学入学資格検定に合格後、立命館大学国際関係学部を卒業。山口大学医学部に編入し、医師免許取得。東京大学医学部附属病院小児科、国立成育医療研究センターこころの診療部などを経て、現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所や一時保護所での相談業務などを行なっている。国立成育医療研究センター臨床研究員、内閣官房こども政策の推進に係る有識者会議委員。こども家庭庁アドバイザー。ジョンズホプキンス大学公衆衛生学修士。

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