「これまで経験した中で最も難しい感染対策」 専門家たちのまとめ役として尾身会長が心砕いてきたこと

政府の「新型コロナウイルス感染症対策専門家分科会」が廃止され、会長だった尾身茂氏が3年半の活動を総括しました。
岩永直子 2023.09.15
誰でも

政府の「新型コロナウイルス感染症対策専門家分科会」が廃止され、9月14日に日本記者クラブで退任の記者会見を開いた尾身茂会長は、専門家たちのまとめ役となっていた3年半の活動を総括しました。

3年半の新型コロナ対策の活動について総括する尾身茂氏

3年半の新型コロナ対策の活動について総括する尾身茂氏

詳報します。

3年半を総括してポイントは4つ

この3年間、私たち専門家がいかなる考えや根拠で提言を出してきたのか、また何に迷い、何に悩んできたかをお話しさせていただきたい。

主なポイントは4つあります。

1点目は専門家の役割。

2点目は今回の感染症対策の難しさ。

3点目は私たちが試みたこと。

4点目は今後への期待です。

専門家の役割「コロナ対策はこれまで経験した中で最も難しいもの」

まず専門家の役割ですが、私たちにとって最も重要な役割は、状況の分析と求められる対策につき、政府に対し提言することでした。

2020年2月24日に、専門家会議(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議)として初めての独自見解を出し、その後、100本以上提言を出してきました。

実は私たちがこの3年間、最もエネルギーを割いてきたのはこの提言作りで、その場がいわゆる「勉強会」(※専門家有志は正式な会議以外も毎週休日に集まって、最新データを持ち寄っては議論を重ねていた)でした。

専門家助言組織は、疫学、ウイルス学、呼吸器内科、感染症、公衆衛生、医療社会学、リスクコミュニケーション、法律、経済学など多様な専門性を持つ人の集まりでした。国際的にも評価されている人も含まれていました。

その他、時事刻々と変化する状況に応じて、日本各地の現場で活躍していた医療関係者や各種学会などの専門家にも随時参加していただき、知見をお借りしてきました。

私自身はたまたまこの優秀な専門家たちのまとめ役として、政府との交渉役を自然に担うことになりました。おそらくこれは30年以上にわたり、国内外の感染症対策に関わった経験と、WHO時代には各国政府と医学、公衆衛生学の枠を超えた複雑な交渉に関与してきたことが関係しているのではないかと勝手に想像しています。

今回の感染対策は、私がこれまで経験した中で最も難しいものでした。

パンデミック発生当初の2020年2月に私たちが最も注目したのは、同じコロナウイルスであるSARS(重症急性呼吸器症候群)との違いでした。SARSは潜伏期間中、あるいは無症状の人は二次感染させず、症状が出てから初めて他の人に感染させる感染症でした。したがって、有症状者を隔離することによって、たった数ヶ月で制圧できました。

一方、新型コロナは無症状でも、潜伏期間中の人でも感染させるため、封じ込め、いわゆる「ゼロコロナ」は当初から難しいと判断していました。

さらにウイルスや感染情報の変化に応じて対策を変える必要があったことも、対策を難しくした要因でした。

新型コロナ対策が難しかった要因には、今申し上げたウイルス側の要因に加え、人間や社会側の要因もありました。

この感染症には残念ながら、唯一絶対の正解はありません。

そもそも我が国のコロナ対策の目標は、当初より、社会経済への負荷を最小限にし、感染拡大防止効果を最大限とすることでした。

しかし、経済への負荷を少なくするために、どのようなレベルまで感染を抑えるか、どこまでなら感染を許容できるかなど具体的な話になると、それぞれの立場や価値観により意見が異なり、一つの正解を見つけることが極めて困難でした。

また、人々の行動など多岐にわたる複雑な事象を扱う感染症対策の研究では、厳密な意味での科学的エビデンスを得ることは必ずしも容易ではありませんでした。

「唯一絶対の正解」がない中で専門家が試みたこと

唯一絶対の正解がない中でも私たちが試みたことは、できるだけ科学的に合理性があり、多くの人に理解・納得してもらえるような提言を作ることでした。

しかし、それはそう簡単ではありませんでした。

その理由は大きく分けて3つあったと思います。

第一に科学的に合理的な提言を作ろうと思っても、提言の根拠となるデータそのものが不足していたことです。

必要なデータの迅速な供給は感染対策の一丁目一番地です。このデータ不足は私たち専門家が抱いた最も強いフラストレーションの一つでした。

第二に、ウイルスの特徴や求める対策の大筋について、社会全体の共通認識が次第に得られにくくなってきたことです。

パンデミック初期には本感染症に対する情報が極めて限られていたにもかかわらず、未知のウイルスへの不安が人々の間で共有され、「3密回避」などの感染対策について、市民の間である程度の共通認識がありました。

政府や私たちのメッセージも比較的伝わりやすかったと思います。

ところが、パンデミック中期から後期になると、情報も多くなり、人々の経験も蓄積してきたにもかかわらず、それぞれの立場や価値観によって、求められる対策の大筋などについて共通の認識が得られにくくなってきました。

第三に、私たち専門家の提言の内容や、その根拠がなかなか社会に伝わりにくくなっていたことです。

私たちの100以上の提言では、「検査・医療体制の強化」「行動変容・行動制限」の二つを中心にリスクコミュニケーションなど6つのジャンルをカバーし、できるだけその根拠や元になるデータを示してきました。

また、提言を出すたびに記者会見で提言内容やその根拠をかなり詳しく説明してきました。

これらの提言書は政府のウェブサイトなどで全て公表され、分科会の議事概要もすぐに公開されていました。

したがって私たちは提言の内容が理解され、その是非や求める対策などの議論が深まることを期待しました。

しかし、時として提言の全体像ではなく、一部だけが強調されることがありました。

今、申し上げた三つの困難に直面した中で、できるだけ科学的に合理的で、人々に理解・納得されるような提言を作ろうとした場が、専門家有志による勉強会でした。

専門家が情報発信も担ったわけ

ところで、今回なぜ私たち専門家が提言だけではなく、情報発信においても前面に出てきたのか、疑問に思う方がいるかもしれません。

2009年の新型インフルエンザのパンデミックの際にも、岡部さん(岡部信彦氏)や私は政府の専門家委員会の委員を務めましたが、個別のインタビューに答えることは時々あったとしても、このような記者会見で話すことは一度もありませんでした。

ではなぜ今回そうだったか。簡単に経緯を話してみたいと思います。

第1回アドバイザリーボードや専門家会議は2020年2月の初旬から中頃にかけて開催されました。その頃、政府はクルーズ船の対応に奔走されていました。

当時、私たち専門家に求められたことは、例えば、クルーズ船の乗客を下ろすべきかどうかといった政府からの個別の質問に答えることだけでした。実はこの頃すでに、私たちは新型コロナは無症状者でも潜伏期間内の人でも他の人に二次感染させる強かな疾患で、国内の市中感染が始まっており、さらなる感染拡大の可能性が高いと判断していました。

したがって、国からの質問に答えるだけではなく、私たちの判断や仕入れた情報を国や市民に共有しなければ専門家としての責任を果たせないという強い危機感を持ちました。

そうした中、2020年2月24日には、第3回の専門家会議が予定されていました。どうしても私たちの見解を政府に伝えなければと思い、24日のこの会議で我々の独自の見解を政府に提出しました。初めてのことであります。

ところがこの日提出した見解が、なぜか数時間後にマスコミの知るところになり、まずNHKの夜7時のニュース番組で、その後、9時に厚労省での記者会見で提言書の内容を説明するよう要請されました。

その後、提言を出すたびに、記者会見で提言の内容を説明することが定例化しました。

その上さらに私が首相との会見に同席し、また、脇田さん(脇田隆字・国立感染症研究所長)と私が国会に頻回に呼ばれ、答弁したことが重なって、私たち専門家が対策の全てを決めていると受け取られた側面があったと思います。

初めての提言書を2020年2月24日に出したと申し上げました。その提言書を作成するために専門家有志が集まった場がいわゆる勉強会でした。これがその後、3年以上続いた勉強会の始まりでした。

専門家グループは様々な専門性を持っている人の集まりでしたが、複雑な事象が絡まり合う感染症対策について、全てを知り尽くしている完璧な人はいません。したがって、なるべく合理的な提言を出すには、それぞれの持っている意見や情報、考えを率直に述べる以外に方法はありませんでした。

そのためには時々は声を張り上げての議論もありました。

また人々の行動など複雑な事象を扱う感染症対策の研究では、厳密な意味での科学的エビデンスを得ることは容易ではありません。そのために我々は様々な研究方法を採用してきました。日本各地で対策に当たっている方々や、各分野の専門家も適宜招聘して意見を伺ってきました。

そこでは数値的なエビデンスのみならず、それぞれの現場の苦労のような質的な話も取り込んでいこうと試みました。

政府と専門家の役割分担は?

今回、政府と専門家の役割分担について少し課題が見えてきたと思います。

東京オリンピック・パラリンピックの開催様式や、「GoToトラベル」の一時停止をめぐって政府と専門家の間に意見の食い違いがあったため、政府と専門家がしばしば対立しているような印象があったかもしれません。

しかし、実際には多くの場合は私たちの提言を政府は採用してくれておりました。

また多くの場合は、政府と専門家の意思疎通はできていたと思います。

では政府と専門家の間に課題がなかったと言えば、そうとは言い切れません。

政府と専門家がいつも同じ意見とは限りませんし、意見が異なることが時々あったとしてもむしろ健全だと思います。

むしろこれからの課題は、専門家の提言を仮に採用しない場合には、その理由をしっかりと説明することだと思います。それにより意思決定のプロセスが明確になると思います。

9月に「内閣感染症危機管理統括庁」が発足しました。

それが十分機能することを私たちは心より期待しております。

また、新たな助言組織のメンバーになった方々には、心よりエールを送りたいと思います。

協力してくれたみなさんに感謝

最後にお世話になったみなさんにお礼を申し上げたいと思います。

市民のみなさんには、それぞれ大変なご苦労があったと思います。

そうした中、接触8割削減や3密回避などの感染対策に対し、協力していただいたこと心よりお礼を申し上げたいと思います。

また3人の総理、歴代の厚生労働大臣、新型コロナ対策担当大臣、知事、行政官の方々、保健医療関係者の皆さんには、立場は違っても危機をなんとかして乗り越えようという共通の思いで率直な意見交換をさせていただいたことには、心より感謝を申し上げたい。

感染症に限らず、今後も日本社会は様々な苦難に直面することがあると思います。

その際に専門家の知見を社会でどのように活用していくのか、私たちの試みが反省も踏まえて、今後のより良い対策に活かされることを祈念しつつ、本日の話を終わらせていただこうと思います。どうもありがとうございました。

***

誹謗中傷に晒されても「言うべきことを言わなければ歴史の審判に耐えられない」

質疑応答では、日本記者クラブで独自に出した提言についても質問があった。専門家会議が解散する時、東京オリンピック・パラリンピックに関する提言、オミクロンに対する医療体制への提言の3本だ。これを分科会やアドバイザリーボードの場で出せなかった理由や政府からの介入・干渉があったかについて問われ、こう答えた。

「確かに今の3つのことは、できれば分科会などの正式な場で議論したかったというのは全くその通りです。そのことについて政府とも交渉しましたが、政府は政府でいろんな考えがあるわけです」

「そういう中で我々はどうしたか。政府としてはどちらかというとこれは分科会マターではないと。我々はここは言わなければ、我々の考えを言わなければ我々の責任を果たせないという状況が時々あったわけです。その時にどうするか」

「政府は必ずしもそのことについてウェルカムということではない。我々も人間ですから、政府とわざわざ緊張感を醸し出すことはあまり好みません。しかしやはり言うべきことを言わないと、我々の責任を果たせないんじゃないかということに関しては、仮に分科会でなければ、どこかで発表しなければならないということで、今回そういうこと(日本記者クラブで独自に発表すること)になった」

「介入ということはありませんでした。むしろ、政府の意見は我々聞いたので、それは介入とは言わない。我々はそういう意見があっても、これを言うことが我々の責任だと思ってここでやった。そういうことでございます」

また、現在再び流行が拡大し、冬にも新たな波が来るのではないかと言われる中、政府が5類移行でコロナ対策の支援を縮小していく方向であることについて問われ、こう答えた。

「5類になれば今まであった支援や診療報酬も少しずつ減少していくのは大きな方向です。でも私の知る限りでは今、政府の方も急激に縮小することでは困るという認識があると思う。関係者の間で昨日あたりから医療界と政府の間で議論されていると思います」

さらに脅迫や誹謗中傷に晒されながらも提言を出し続けてきたモチベーションについて問われ、こう答えた。

「これは100年に一度と言ってもいいような危機だったと思います。そういう中で今回メンバーになった人たちの多くは、今までの感染症対策に直接関わってきたわけです。政治家の先生、総理大臣の人は社会経済のことは知っているけど、感染症対策については直接関わっているわけではない。全ての人が大変な思いをしていたわけで、不安があった」

「それについて、我々こういう経験を持った者が信じたこと、我々が言うべきことを言わないのは、おそらく歴史の審判に耐えられないだろうし、責任を果たせないんじゃないか。我々全員と言ってもいいと思いますが、そういう思いが当初からあった。特に我々が何か大したことをやったというよりも、あの状況でこういう経験を持った人が当然やるべき仕事だと我々は思っていました」

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