これから始まる大きな流行 緩和後の日本でどんな対策ができる?
新しい亜系統「KP.3」への置き換わりが進み、新型コロナウイルスの流行が始まっています。
どんな対策が打てるのか。
京都大学大学院医学研究科教授の西浦博さんに取材しました。
西浦博さん
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流行の始まり 取りうる対策は?
——前編のお話で、新型コロナの流行が始まり医療も逼迫し始めていることがわかりました。新型コロナへの危機感が薄れているこの社会で、どんな対策が必要だと思いますか?
まず、元々どんな対策があったかを思い出した方がいいと思います。流行対策には、その病原体に特有の対策と、そうでない対策があります。
たとえば、その病原体に限らない対策でいえば、人権や社会活動を大きく制限するような対策があります。
たとえば緊急事態宣言などがそうでしたね。緩和後の現在は制度上、選択肢に入らなくなりました。医療が逼迫しているとか、毒性が極めて高い変異が出てきた場合はまた検討する可能性がありますが、予防接種が普及するまでの時間稼ぎのためにやっていたわけでもあり、今のところ選択肢から外れています。
一方、社会活動に大きく影響しないような対策もあります。
たとえば、感染した時に自宅にどれぐらい待機するかとか、発病してからの行動制限のあり方などは、今の社会ではかなりおざなりになっています。
そこを今は流行期なのだからしっかり対策する。家族で感染者が出ると昔は家の中でも接触しないように動線を気を付けていたと思うのですが、今はあまりそうではありません。それを流行期は復活したほうが良いのかもしれません。
また屋内でのマスクの着用や換気の頻度を上げる対策もありますね。行政は手洗いうがいをよく言いますが、マスク着用や換気の方が感染を防ぐ科学的根拠が豊富にあります。
新型コロナウイルス特有の対策といえば、予防接種とハイリスク者の治療があります。
予防接種は4月以降、65歳以上や60代前半で基礎疾患がある人などを対象に定期接種になりました。ただ、どの自治体も様子見で、国からの指示を待っている状態です。「秋冬以降」と皆さん言っています。
だから今できるのは、全額自己負担にはなりますが、任意接種で免疫をアップデートすることです。
——コロナワクチンは自己負担でいくらぐらいになるのでしょうね。
利用するワクチンにもよりますが1万5000円ぐらいになると言われています。定期接種で自治体の補助があっても自己負担は7000円ぐらいと言われています。倍にはなると考えた方がいいです。
問題は任意接種になったとたん、行政が医療機関に斡旋しておらず広報さえしていないことです。だから対応している医療機関がかなり少なく、普通の人にとっては対応している医療機関を探すのさえ難しい。遠くから新幹線に乗って東京の民間医療機関に接種しにくる人もいるようです。
緩和後は、コロナ対策の目的も変化
そもそもコロナ対策の目的も変わっていることも考えなくてはいけません。
流行当初はコロナの死亡者数を最小限に抑えることが求められてきました。もちろんコロナ対策の影響による自殺者を抑えることも考えながらですけれども。
それが緩和後は、社会活動を維持しながら、コロナ対応をするという難しい段階に入っています。
社会活動に価値を見出せるようにしながら、コロナによる死亡も少ないといいなという難しいバランスを取る。
ここで難しいのは医療サービスや救急サービスが機能しなくなると、他の病気で死亡する人が増えてしまうことです。
医療や救急サービスを機能させながら、社会活動を営んで、社会全体で流行を切り抜ける——。この難しい課題に取り組んでいることが、実は社会全体に共有されていません。その命題について皆がスクラムを組んで悩み考えぬいているわけではないですし、この命題を誰もはっきり言わないのが今の大きな問題なのだと思います。
対策スイッチをオンに 医療・介護サービスを継続するための倫理課題の話し合いを
——その難しい課題を解決するために、どんな対策が取られるべきだと思いますか?
あくまでも私の個人的な考えを述べますが、とりあえず個人でできる対策や職場でできる対策については、流行が始まった今はオンオフのスイッチをオンにする時になっているということです。
西浦博さん提供
たとえば医療機関や、介護施設などのハイリスクな場所では、感染時やウイルスに暴露した時の自宅待機期間を再確認すべきだと思います。厳格な日数をこうしたハイリスクな場所では適用した方がいい。
一方で、感染した人や暴露した人だけでサービスを持続するような場所さえ作っておくことも想定する。流行が想定以上に拡大した時に、どうやって業務が止まらないようにするかを再確認しなければいけません。
そしてマスク着用と換気は、対応できる機関ではマックスで対応強化をすべき時期にあります。おそらく今から1ヶ月ぐらいは高いレベルでの流行が続くと考えられます。
ハイリスクな人で過去の接種や感染から半年以上が経過していたら、私個人の考えとしては任意接種を推奨します。
急性期医療や高齢者の福祉サービスを引き続き提供しながら流行を乗り越える方策は、医療政策上の極めて重要な課題です。それぞれの都道府県のレベルで医療提供体制をまずは切り替える時に来ています。
コロナの病床を確保しておくのがまず一つ目です。新しい医療計画で医療法に基づいて協定を結びましたが、それを試験的に運用してみる機会にするかどうかも考えると良いでしょう。
他方、従来のコロナ対応ばかりに執着した医療提供体制の見直しもこの機会に考える必要があります。コロナ患者ばかりで病院が回らなくなる場合は、特に若い患者はもちろん、軽症の高齢者さえ在宅で診るような体制を考えなくてはならない状況になっています。それによって入院や施設でのサービスが回るようにする。
さらに、高齢者が感染した時にコロナ病床で必ずしも引き受けなくても良いという考え方や、トリアージ(治療優先度を決めること)しても良いという考え方ができるか。この課題をみんなで話し合っておくことを行政レベルあるいは地域の有志レベルで行なっておかないと乗り切れないことも、今後起こってくるだろうと思います。
——それは平たくいえば、高齢で治る見通しが薄い人は入院させない、人工呼吸器などを使わないというような優先度決定ということですか?
倫理的方針が政治側から与えられていないので、国からはそういう指示は来ません。だからこそ、コロナの患者に関して何を優先すべきかという倫理判断をそろそろ地域でも良いから話し合い、皆が納得できる形で方針を明確にしておく必要があります。そうしないとみんなが医療を継続できなくなります。それを考えなければいけない段階にきているということですね。
——それぐらい大変な入院逼迫が起き得るということですね。
そうですね。これまでよりも柔軟性が低い運用をしているので入院逼迫が厳しくなりそうですし、このままコロナ中心で救急、入院対応をしていたら、より救急対応が効果的な病気に対応できなくなります。その整理をしておかないと救急医療サービスを保つことが困難になり得ると思います。
大きな変異「オミクロン様イベント」が今後も数多く起きる可能性
——今後の長期的な見通しも教えてください。
これはウイルスの変異の変遷を描いたグラフです。2021年の後半までは、僕たちは青い部分、アルファ株、デルタ株だけを相手に勝負していて、今思えば幸せな時期でした。発病予防効果を期待した予防接種もものすごくよく効きました。
新型コロナウイルスの変異の推移(西浦博さん提供)
しかしオミクロンが出てきてからストーリーが変わりました。そして大規模な流行が起きた。
それ以降、「オミクロン様イベント」と僕たちが名付けた、大きく飛躍するような変異が3回起こりました。
僕たちの研究では、オミクロン様イベントがその後どれぐらいの頻度で起こるようになったかを推定しています。
このグラフは1年にどれぐらい起きるかを横軸で出しているのですが、昔は1年に0回の確率が66%ぐらいだったんです。つまり3分の2の確率で何も起こらなかった。
それが今は「1年の間にオミクロン様イベントが起こらない」という確率は減っています。
すでにオミクロン様イベントは3回起きました。全世界的に感染者数が増えたので、免疫が低い人に何ヶ月も持続感染して変異が蓄積するリスクがすごく高くなっています。今の流行もオミクロン様イベントからできた子孫から起きています。
ある日突然、毒性の高い株が現れる恐れも常に抱えている
たとえばBA.2からBA.4は連続的に準ずる変異です。そうではなくて、今、新型コロナウイルスは飛び火しながら大きく変異して新たなストーリーを起こすパターンに変わろうとしている。言うなればインフルエンザのクラスタージャンプに似ているのですが、新しい展開になり、より危険になっています。
そうした飛び火の変異が年1回以上起こる確率が昔は33%だったのが、今は55%に上がっています。
そしてオミクロン様イベントがあった時に、新しくポロッと出てくる株が毒性が低いという保証はありません。つまり急に毒性の高い(致死率の高い)変異体が出てくる可能性があります。
しかし今、私たちは5類に移行し特別措置法は使えなくなっています。
新型コロナとの共生を試みている段階ですが、その中であっても急な変化は起きやすいのです。
その「急なストーリーの変化」との付き合いはまだまだ続いていて、特性が異なるウイルスが現れるリスクを抱えたまま、私たちは目隠しをして緩和しています。進化生物学的な視点で見ると、結構危ないことをやっているということに気づいておく必要があります。
民間企業や有志の団体の対策に期待
——今置き換わりつつあるKP.3は、これまでつけてきた免疫から逃れる性質を持っていそうだということですが、それでも3回以上接種した人はしていない人より守られると考えていいですか?
まだ明らかにはなっていません。ただ、ここまでの知見で考えると、過去の8波、9波、10波では、それぞれ変異した亜系統に置き換わりましたが、ワクチンを接種していた人たちは少なくとも重症化予防効果は維持していたという結果が出ています。
KP.3に関しては流行して間もないのでまだ知見はないのですが、ここまでの常識からすると部分的に重症化予防効果はあるだろうと期待してもいいと思います。
——では、持病などがあって心配な人は任意でブースター接種を受けておくとより安心だなということですね。あとは屋内でのマスクや換気などで自衛した方がいいよというのが読者に対するメッセージでしょうか。
そうですね。でもマスクは個人レベルだけでなくて、流行時期は組織的につけた方が効くんですよ。個人レベルでの予防効果は限られているけれど、みんなで着用すると相当効果は上がります。だからみんなで話し合って、流行中だけは屋内では皆でマスクをつけておこうと決められるなら、一定期間そのような運用をしてほしいです。
それは企業や学校で話し合ってもらえばできないことではないと思います。
このあたりは行政が苦手なところです。法律に基づいてやる対策ではないからです。緊急事態宣言には特措法がありましたし、ワクチンには予防接種法がある。でもマスク着用は法律には基づいていません。それを政府方針に半ば逆らう形で推進するのは行政は苦手かもしれません。
この限界はこれまでの1年を見てもみなさんひしひしと感じているところだと思います。
医療システムはもちろん政府や行政が考えなければいけません。
しかし個人レベルの予防策は、法制度に基づいて行政が乗り出してくることを強く期待できない。だから民間企業や有志の団体を中心に、皆さんでどうやったらいいかをポジティブに話し合っていくべき段階なのだろうと思います。
そして、誰がどこまで対策に乗り出すかとは別に、専門家としては今から始まる流行のリスクはなかなか危ない状態にあるということは共有する責任があると思っています。
(終わり)
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、その後は新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしてきた。
医療記者の岩永直子が吟味・取材した情報を深掘りしてお届けします。サポートメンバーのご支援のおかげで多くの記事を無料で公開できています。品質や頻度を保つため、サポートいただける方はぜひ下記ボタンから月額のサポートメンバーをご検討ください。
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