中国で急増と報道、ヒトメタニューモウイルスって日本でも警戒すべきなの?

中国で子供にヒトメタニューモウイルスによる感染症が急増しているというニュースが流れています。どんな感染症なのでしょうか?
岩永直子 2025.01.12
誰でも

「中国で感染増加」と報じられているヒトメタニューモウイルス(hMPV)。

なんだか聞きなれない名前ですが、どんなウイルスなのでしょうか?

日本で警戒する必要はあるのでしょうか?

感染対策に詳しい板橋中央総合病院 院長補佐の坂本史衣さんに聞きました。

坂本史衣さん(撮影・岩永直子)

坂本史衣さん(撮影・岩永直子)

※インタビューは1月11日に行い、その時点の情報に基づいている。

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日本でも珍しくない呼吸器感染症

——ヒトメタニューモウイルス(hMPV)って聞き慣れないですね。

小児や内科の患者さんを診ている医療者にとっては、珍しくない呼吸器感染症です。でも一般の人には馴染みがない名前かもしれないですね。そもそも届出対象の感染症ではないので、流行状況がわかりにくいこともあり、耳にしないのかなと思います。

——感染すると、どんな症状が出るのですか?

いわゆる風邪の症状です。熱、鼻水、咳などですね。多くの人にとっては軽い病気で、風邪をひいて、1週間ほどで治ります。ほとんどの人が10歳ごろまでに1回はかかる病気です。

乳幼児が一番かかりやすく、大きくなるにつれてかかりにくくなります。繰り返しかかることもありますが、重症化はしづらくなります。

ただし、乳幼児や高齢者では、気管支炎や肺炎、気管支喘息の悪化で入院を要することがあります。病院や高齢者施設からは、集団感染の報告もあります。新型コロナやインフルエンザに比べて集団感染の報告が少ないのは、感染力が相対的に低いからなのか、原因ウイルスを特定するための遺伝子検査が行われにくいからなのか、過去の感染によって重症化しにくい人が多いからなのかはわかりませんが、おそらくそういった要因の組み合わせによるものと思われます。

RSウイルスの親戚なので、症状は似ていますが、RSウイルスに比べて、大規模な流行にはつながりにくく、重症化のしやすさや重症度はやや低いのではないかと考えられています。

——多くの人にとって軽い症状なら、「風邪」とだけ思って、hMPVと気づかれないことが多そうですね。

hMPVを特定するために病院で行われる検査には、迅速検査と遺伝子検査があります。迅速検査は、肺炎を起こしている可能性がある6歳未満のお子さんに行われることがあります。

また、重症肺炎が疑わしいケースでは、近年普及が進んでいる全自動遺伝子解析装置を使った検査を行うことがあります。ただ、hMPVに感染しても、大多数の方の症状は軽いので、受診も検査も通常は必要ありません。

対症療法を行い、ワクチンはなし

 ——治療法はあるのですか?

対症療法になります。予防接種はありません。

飛沫感染がメインの感染ルートなので、症状がある人はマスクをして、飛沫を周りに飛ばさない「咳エチケット」で予防することが大事です。

——接触感染もあるのですか?

主要なルートではありませんが、起こり得ます。手洗いは、どのような感染症に対しても予防効果が高いので、食事の前やトイレのあと、帰宅時のようにタイミングを決めて、日常的に行うとよいでしょう。

昔から存在するありふれたウイルス

——ありふれたウイルスなら、なぜ急に「中国で増加」と騒ぎ始めたのでしょう

一部のメディアが当初、未知の感染症が発生したかのように読める見出しをつけていましたね。

中国では、急性呼吸器感染症(ARI)の発生状況や原因ウイルスのモニタリング(サーベイランス)を実施していて、その結果は週1回公開されています。

昨年末の時点で、インフルエンザ、RSウイルス、hMPVなどによるARIの増加がみられましたが、その時期に想定される水準を上回るような状況は起きていないとのことです。

こうしたサーベイランシステムをすべての国がもっているわけではなく、調べて報告している国だから、増えていることがわかったということだと思います。

——日本での報道でも、「ヒトメタニューモウイルスは、日本に来るのか?」と新しい感染症のように煽っていますね。

来るとか来ないではなく、以前から国内にも存在するウイルスです。聞きなれない、奇妙な名前なので、新しい感染症のように思えたのかもしれませんね。

長らく呼吸器感染症を引き起こす名もなきウイルスの1つだったのですが、2001年に小児の気道分泌物から分離することに成功し、ヒトメタニューモウイルスと名付けられました。

また、1958年に8歳から99歳までを含む72名から採取した保存血清を使った抗体調査を行ったところ、すべてが抗体陽性となりました。つまり、1958年よりも前から、このウイルスがヒトの間で流行していたことになります。

症状があったら咳エチケットを徹底

——対策としては、何ができるのでしょうか?

呼吸器感染症に対する基本的な感染対策を行います。

体調がいつもと同じではなく、咳や鼻水がでてきたな、という発症初期の段階から、周りに人がいるところではマスクをする。いわゆる「咳エチケット」を行って、うつさないようにすることが大事です。症状が強くなったら、休養することをお勧めします。

hMPV感染症は年中発生していますが、特に2月から6月ごろにかけて増えやすいと言われています。また、現在は、インフルエンザや新型コロナを始め、さまざまな呼吸器感染症が流行っていますので、原因が何であれ、咳エチケットを心掛けることが大事です。

咳エチケット(厚労省ウェブサイトより)

咳エチケット(厚労省ウェブサイトより)

——子供とお年寄りや持病がある人が重症化するリスクが稀にあるとしても、特別な対策をとったり、警戒したりする必要まではない感じですね。

特別な対策は必要ありません。hMPVによるものを含む、呼吸器感染症を防ぐ基本的な対策を行うことが勧められます。

例えば、高齢者や持病のある人、乳幼児の近くにいる人は「風邪ひいたかも」と思ったらマスクをする。高齢者や持病のある人は混雑した場所にいるときはマスクを着ける。食事の前やトイレのあと、帰宅した時は手を洗う。このような基本的な対策は、インフルエンザや新型コロナの予防にも効果的です。

必要以上に怖がる必要はないし、呼吸器感染症の予防策は基本的にみんな同じです。

ただ、ワクチンがある感染症とない感染症があります。

ワクチンがある場合は、積極的に接種してもらいたいと思います。hMPVに対するワクチンはありませんが、予防策は他の呼吸器感染症とほとんど変わらないので、過剰に怯える必要はありません。

ヒトメタニューモウイルスよりも、今警戒すべきはコロナ

——まとめると、そこまでヒトメタニューモウイルスを意識した対策を立てなくてもよくて、呼吸器感染症全般への対策をしておいた方がいいということですね。

大多数の人にとっては風邪のウイルスです。高齢者、乳幼児、喘息などの持病のある人は注意した方がいいけれど、先ほど述べた対策以上のことを行う必要はないと思います。

——むしろ今の日本ではヒトメタニューモウイルスよりも、インフルエンザや新型コロナウイルスへの警戒が重要そうです。

インフルエンザは流行のピークに近づいていると思われます。学校では新学期が始まったばかりなのでもうひと粘りするのかもしれませんが、しばらくしたら減ってくると思います。

新型コロナは今、増加のペースが速まっている感じです。

一つ懸念しているのは、ワクチンを追加接種している人が少ないので、重症化する人が増えるのではないかということです。

新型コロナはhMPVに比べて、各段に感染しやすく、重症化させやすいウイルスです。新型コロナの方が気になります。

インフルエンザは新型コロナに比べて症状が多様ではなく、比較的管理しやすい。ただ、感染者が非常に多く、子供の脳症や高齢者の肺炎といった重症例も増えています。治療薬も不足しています。予防接種をまだ受けていない方は、今からでもよいので、接種することをお勧めします。

——新型コロナに関しても同じような対策ですかね。

はい。ただ、新型コロナには効果的なワクチンがあります。定期接種の対象となっている方は、今からでもいいので接種してほしい。

それ以外の方にも接種は推奨されますが、1回1万5000円前後かかり、公費の補助がないのが本当に痛いです......。妊婦さんや子供、医療従事者のように、接種が勧められる人たちにとって、手を出しやすい価格になればいいなと思います。

hMPV、新型コロナ、インフルエンザの予防策は、ワクチン以外の部分では共通しています。これから日本でも、急性呼吸器感染症のサーベイランスが始まります。流行期には感染対策を強化し、減ってきたら緩める。メリハリのある感染対策で乗り切っていけたらと思います。

【坂本史衣(さかもと・ふみえ)】板橋中央総合病院院長補佐

聖路加看護大(現・聖路加国際大)卒、米コロンビア大公衆衛生大学院修了。Certification Board of Infection Control and Epidemiologyによる認定資格(CIC)取得。聖路加国際病院QIセンター感染管理室マネジャーを経て、2023年11月から現職。日本環境感染学会理事、厚生労働省 厚生科学審議会専門委員などを歴任。著書に『感染対策40の鉄則』『感染対策60のQ&A』(いずれも医学書院)、『泣く子も黙る感染対策』(中外医学社)など。

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