国立がん研究センターが子宮頸がん対策の「ファクトシート」公表 「日本の状況はミゼラブル(悲惨)」

国立がん研究センターがHPVワクチンや検診など子宮頸がん対策についての科学的根拠を検討した「ファクトシート」を公表しました。諸外国では減少しているのに、日本でだけ増え続けている悲惨な現状をどうにかしたい。そう考えたのが作成するきっかけだったと言います。
岩永直子 2023.06.12
誰でも

今回の記事は国立がん研究センターがHPVワクチンや検診などの子宮頸がん対策について報告書を公表した際の記者会見を元に書いています。日本はメディアのセンセーショナルな報道でHPVワクチンの接種率が激減し、子宮頸がん検診の受診率も低い特殊な国です。女性たちが、守れる命を守れない状況に置かれているのです。メディアの一員としての反省を込めて、これからもHPVワクチンに関する記事を書き続けるつもりです。

実は、私が20年勤めた読売新聞から転職したのも、HPVワクチンの安全性や有効性を報じたこと(2016年)がきっかけです。ワクチンに反対する人から会社にクレームが殺到し、それを問題視した会社から医療担当を外され地方異動を命じられました。正確な医療情報を書き続けるために、新聞社を去らざるを得なくなったのです。

このニュースレターも、思い入れのあるHPVワクチンの記事から始めようと思います。これからも登録してくださった方に医療記者の岩永直子が関心を持った医療の話題を不定期に配信します。とりあえずしばらくは無料で配信しますので、ぜひご登録ください。

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国立がん研究センターのがん対策研究所は、HPVワクチンや検診など子宮頸がん対策についての国内外の科学的根拠を検討した「ファクトシート(報告書)」をまとめた。

海外では対策の徹底によって子宮頸がんが急激に減っているが、HPVワクチンの接種率も検診の受診率も低い日本では先進国で唯一、増え続けている。

この現状に対する危機感が、日本のがん研究の総本山である同センターの重い腰を上げさせた。

記者会見で概要を説明した同研究所の片野田耕太・データサイエンス研究部長は、「日本の子宮頸がんの状況はミゼラブル(悲惨)。対策がちゃんと行われていないという事実を科学の土台の上で認識して、いったんスタートラインに戻したい」と語った。

記者会見で説明する片野田耕太・国立がん研究センター、データサイエンス研究部長(同センター提供)

記者会見で説明する片野田耕太・国立がん研究センター、データサイエンス研究部長(同センター提供)

8年半もHPVワクチンが実質中止状態に置かれていた日本

子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスが性的な接触によって子宮頸部に感染することで起きるがんだ。

厚労省:HPVワクチンに関するリーフレットより

厚労省:HPVワクチンに関するリーフレットより

このウイルスへの感染を防ぐ「HPVワクチン」は、日本では2013年4月から小学校6年生〜高校1年の女子を対象に無料でうてる「定期接種」となっている。

ところが接種後の体調不良を訴える声をメディアが「薬害」であるかのようにセンセーショナルに報じたことなどから、不安が広がった。国は同年6月、対象者に個別にお知らせを送って接種を促す「積極的勧奨」を停止。この結果、70〜80%だった接種率は1%未満に激減した。

その後、安全性や有効性の研究が国内外で積み重なり、2021年11月に積極的勧奨の再開を決定するまで、8年半もの長い間このワクチンは実質中止状態となっていた。

高齢者のがんから若年・中年のがんへ 先進国で唯一増加

今回のファクトシートでは子宮頸がんを中心としたHPV関連がんについての最新の研究を検討したうえで、日本の現状や、ワクチンや検診などの対策の課題を示している。

片野田さんはまず日本の現状について、「子宮頸がんの罹患率(発症率)、死亡率ともに増加している」とし、1985 年時点では60〜80代が多いがんだったが、2019年時点では30〜50代にピークのあるがんに若年化していることを示した。

日本の子宮頸がんは高齢者の病気から、若年・中年者の病気に変わっている(国立がん研究センター)

日本の子宮頸がんは高齢者の病気から、若年・中年者の病気に変わっている(国立がん研究センター)

国際比較をしてみると、1980年代から90年代にかけて日本は諸外国より死亡率は低かったが、諸外国が死亡率を大幅に下げた結果、微増を続ける日本が最も高くなったことが確認された。なお諸外国の死亡率の減少は、主に検診の効果と解釈されているという。

1980年代は諸外国でも子宮頸がん死亡率が低かった日本が、この30年で最も高い死亡率の国になってしまった(国立がん研究センター)

1980年代は諸外国でも子宮頸がん死亡率が低かった日本が、この30年で最も高い死亡率の国になってしまった(国立がん研究センター)

そして、日本では発症率・死亡率共に、子育て世代である若年・中年層で増加していることも確認された。日本では子宮頸がんは今もまさに「マザーキラー」であり続けている。

諸外国は罹患率、死亡率を大幅に下げている中、日本では子育て世代である30〜50代で罹患率や死亡率が上がっている(国立がん研究センター)

諸外国は罹患率、死亡率を大幅に下げている中、日本では子育て世代である30〜50代で罹患率や死亡率が上がっている(国立がん研究センター)

性行為で感染するHPVと子宮頸がん

子宮頸がんはがんになりやすい型のHPVに長期間感染することで、一部が「前がん病変」(異形成)になり、その一部がさらに進行して本格的ながん(浸潤子宮頸がん)になる。

HPV感染から子宮頸がんになる経緯(厚生労働省リーフレットより)

HPV感染から子宮頸がんになる経緯(厚生労働省リーフレットより)

検診はこの前がん病変やがんの早期の段階で見つけて治療すること(二次予防)を目的とし、HPVワクチンはウイルス感染を防いで病気になること自体を防ぐ(一次予防)。

HPVワクチンはいったん感染したウイルスを体から取り除く効果はない。定期接種が思春期の女子を対象にしているのは、感染の恐れがある性行為(オーラルセックスやペッティングも含む)を始める前にうつことが大事だからだ。

年齢別のHPV感染率では、10代〜20代は20%前後の高い感染率となっている。ただし、感染しても免疫の力で自然に排除されることが多い。それでも性行為をするたびに再感染する可能性がある。

一方、浸潤子宮頸がんになった女性を見ると、どの年代でも80〜90%以上がHPVに感染していることが確認された。

国立がん研究センター

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片野田さんはHPVの特徴をふまえて、こう訴える。

「子宮頸がんの95%以上は子宮頸部のHPVの持続感染が原因だと考えられている。HPVはよくあるウイルスで性交経験のある人のほとんどが一生に一度は感染します。しかも感染とウイルスの排除、感染して活性化と非活性化を繰り返すウイルスだと知られている。だから生涯にわたって感染状況を調べたり、検診を受けたりすることが大事になります」

HPVワクチンの有効性 若い時にうつほど高い効果

HPVワクチンの有効性については、「HPVの感染、子宮頸がんの前がん病変、子宮頸がんのいずれにも予防効果があることが科学的に確立しています」と結論づけている。

国立がん研究センター

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前がん病変を防ぐ効果について調べた複数の研究を検討した論文では、感染していない15〜26歳の女性ではHPVワクチンが前がん病変を10分の1〜20分の1まで下げる効果があることが明らかになっている。

だが24〜45歳と年齢が上がると予防効果は低くなる。

また、男性にも関わる中咽頭、性器、肛門のHPV感染の前がん病変を防ぐ効果も報告されていることが示された。

オーストラリア、アメリカなど先進諸国では男子も定期接種の対象とし、関連がんを防ぎ、性行為でHPVをうつし合うのを予防する。日本でも現在、男子を定期接種の対象にするかどうかが審議会で議論されている。

積極的勧奨停止の影響は?

積極的勧奨の停止中、多くの自治体はこのワクチンのお知らせを対象者に送らなかった。その結果、自分が対象者であることも知らずに無料接種のチャンスを逃した女子が多い。

国立がん研究センター

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その影響について、片野田さんは生まれ年度によって接種率に差がついたと説明する。

「日本では『接種世代』と『停止世代』でワクチン接種率に大きな差が生じていることが知られています。1990年代後半生まれについては7〜8割の女性が接種しているのに対し、2000年度生まれで約14%、2001年度生まれ以降は1%かそれ以下になっています」

国は救済策として1997年度生まれから2006年度生まれの女性に対し、2025年3月まで無料でうつことができる「キャッチアップ接種」制度を設けている。

では積極的勧奨再開やキャッチアップ制度導入で、対象者の女性はしっかり接種し始めているのだろうか?

国立がん研究センター

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「定期接種は年間30万件いくかどうかです。対象者は5学年で200万人以上いるので、まだ十分に接種率は回復していない。キャッチアップ接種は比較的順調に接種されていますが、過半数が20代以上になっていてワクチンの効果は弱まりつつあるので、急ぐ必要があるのと同時に検診を勧めることが大事になります」

さらに世代間での接種率の差は、病気へのなりやすさの差としても現れ始めている。

国立がん研究センター

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細胞診で異常が出る割合は「接種世代」では3.76%だったが、積極的勧奨が止められていた2000年度生まれ以降の「停止世代」は5.04%と上がってしまった。

片野田さんは「2000年度生まれ以降のワクチン停止世代は20代を迎えていて、今後の実際のがんの発症率も変わってくるのではないかと危惧されているところです」と厳しい見通しを示す。

つまり、予防接種政策やメディアの発信の失敗で、2000年度生まれ以降の女性は子宮頸がんになるリスクが順調に接種し続けていた場合よりも上がってしまったのだ。

自治体の多くはお知らせを送るも、接種歴廃棄が1割以上

それでは、積極的勧奨の再開を受けて、自治体は対象者にお知らせをきちんと送っているのだろうか?

東京と大阪の133自治体を対象とし、回答のあった82自治体の2022年9月時点の実施状況を調べたところ、定期接種、キャッチアップ接種共に8〜9割が案内を送付していることが確認されている。

国立がん研究センター

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一方で、未接種者に再通知で接種を促す「リコール」は接種率向上に効果があるとされているが、予定している自治体は1割だけだった。

驚くことに1割以上の自治体は既に接種記録を廃棄していて、お知らせを送っていない期間にどれぐらいが未接種だったのか把握さえしていなかった。

副反応のリスクは?

一方、心配されていたHPVワクチンの副反応については、ファクトシートではどう評価されているのだろうか?

国立がん研究センター

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2021年11月の積極的勧奨再開決定後に、副反応を疑う症状の報告数は増えているが、これは接種数も100倍近く増えたからだ。割合で見ると低いレベルを保っていると説明された。

HPVワクチンは接種した場所に痛みや腫れがよく起きる。またHPVワクチンに限らず、予防接種への不安や注射針への恐怖などによって様々な症状が出ることが知られており、これをWHOは「予防接種ストレス関連反応」と定義していることも紹介された。

国立がん研究センター

国立がん研究センター

今では、HPVワクチン接種後に訴えられた多様な症状の多くはこれにあたるのではないかと考えられている。こうした症状に対し、診療マニュアルや各都道府県に拠点病院も設けて対応していることも紹介された。

片野田さんはHPVワクチンの副反応については「(接種していない人にも同様の体調不良が起きていることを示した)名古屋スタディ、祖父江班の二つの研究と、審議会での議論、国際的な議論を総合的に判断して、副反応のリスクは子宮頸がん予防やHPV感染のデメリットと比べてメリットの方が大きいという結論をがんセンターとしても支持した」と同センターとしての評価を述べた。

低い検診受診率

検診は前がん病変の段階やがんの早期に発見して治療することを目指す。

日本では20歳から2年に1回、子宮頸部の細胞をブラシなどでこすり取り、異常な細胞がないかを調べる「細胞診」が子宮頸がん検診として採用されている。

ところがこの検診受診率は、43.7%と諸外国に比べて非常に低いことも示された。

国立がん研究センター

国立がん研究センター

キャッチアップ世代はワクチンの効果が薄れている可能性が高く、稀にワクチンで予防できない子宮頸がんもあるので、検診を受けることが必要だとファクトシートでも指摘している。

この細胞診のほか、特にがんになりやすいHPVに感染しているかどうかを調べる「HPV検査」も予防に有効であると確認されたが、日本では導入されていない。

同国立がん研究センターの中山富雄・検診研究部長は検診受診率の低さについて、女性が検診を受けにくい社会環境になっている問題を指摘した。

「20歳から婦人科のクリニックを受診して検診を受けるのはハードルが高い。多くの方は学生なので大学でやるべきなのだろうが、全く考慮されていない。最近は検診を提供する職場も増えてきてはいるが、婦人科検診を男性社会で受けに行くのは大変で、そのためだけに仕事を休んで受けなければいけない。非正規雇用が多くなっており、その人たちには検診を提供しない職場もまだまだある。働く女性に対しての検診の整備が不十分な状況がある」

また、子宮頸がん検診は内診が必要なことに抵抗感がある女性も多いが、海外では自己採取によるHPV検査を導入し始めているとして期待を寄せた。

「日本でも(自己採取検査の)検証実験が行われている。その成果が出てきた場合は切り替えていくことで、検診をする産婦人科医不足の解消や、婦人科検診を受けたくないという人も受けられやすい環境が整うのではないか」

お粗末な日本のデータ管理体制

WHOは子宮頸がんの撲滅に向けて、2030年までに以下の3つの数値目標を立てている。

  • 90%の女性が15歳までにHPVワクチンを接種すること

  • 70%の女性が35歳までに高精度の子宮頸がん検診(細胞診とHPV検査)を受診し、45歳までに再受診すること

  • 子宮頸部の病変を指摘された女性の90%が医療とケアを受けること

この目標達成のために、ワクチンによる一次予防と検診による二次予防、診断された後の治療とケアを包括的に行い、それを支えるサーベイランス(調査報告制度)やモニタリングなどのデータ基盤を整えることが必須だとしている。

今回のファクトシートでは、日本で整備が遅れているこのデータ基盤についても1章割いているのが特徴だ。

例えば、検診で細胞に何らかの異常が見られた場合、その度合いによってその後のフォローアップの内容や検査の頻度は変わってくる。だが、それに必要なデータ管理や、ワクチンや検診、診療と連携したデータベースシステムが日本にはない問題が指摘された。

ファクトシートでは、データを駆使して包括的ながん対策を進めているオーストラリアの先進的な取り組みも紹介している。

オーストラリアでは、ワクチンは「予防接種登録」、検診は「検診登録制度」があり、がんになってからは「がん登録制度」がある。そのすべてが個人番号によって互いに紐づけられるようになっている。

「このシステムを医療者が用いて受診勧奨やフォローアップに使うこともできますし、対象者の女性が自分のデータをアプリに入れておくと、次に何をすればいいかアプリが知らせてくれます」と片野田さんは説明する。

こうして対策の実効性を高めた結果、オーストラリアは2035年までに子宮頸がんは撲滅できると予測している。「がん撲滅」は人口10万に対して4例以下となることと定義されており、こうしたデータ管理もお粗末な日本では16.8だ。

片野田さんは一元的なデータ管理について、コロナワクチンで行われたような予防接種記録の電子化は進み始めているものの、「日本ではほとんどできていない」と言う。

「ワクチンであれ、受診歴であれ、診断歴であれ、それらを繋げられる仕組みが全くないのが現状で作らなければいけない。その必要性を訴えたい」

「科学者としてやるべき情報発信をしていなかった」

がん研究の総本山である国立がん研究センターがHPVワクチンを含めた子宮頸がん対策についてこうした評価を公表したのは初めてのことだ。

片野田さんは「日本の状況は非常にミゼラブル(悲惨)」と述べ、「他の国が急激に子宮頸がんの数が下がっているのに対し、日本はダラダラと増加し続けている。数年前から指摘されてきたのに、現状、全く変わっていないことがこれを作ったきっかけ」とした。

国立がん研究センター提供

国立がん研究センター提供

その上で大事なこととして、こう指摘した。

「子宮頸がんが他のがんと大きく違うのは、HPVの感染がなければほぼ発生しないがんであること。感染を防ぐことでほぼ全ての子宮頸がんは予防できる。プラス検診でがんになる前に発見して治療に結びつけることができ、精度の高い検診が既に確立されている。ワクチンと検診を組み合わせることで、まさにWHOが推奨する撲滅が可能な稀ながんなんです。それを皆さんに改めて知っていただきたい」

また、このタイミングでファクトシートをまとめたことについて反省の弁を述べた。

「積極的勧奨が休止されていた期間、我々は何一つ情報発信をしていなかったので、今さら何を言っているんだという批判はあると思う。我々は科学者としてやるべき情報発信をしていなかった」

その上で、今、ファクトシートを出す意味についてこう語った。

「メディアであれ、HPVワクチンを担当する自治体の医療者であれ、何となく話題にしにくい雰囲気がこれまで続いてきた。それを科学的根拠を土台として示すことで誰でも話題にしていいのだとしたい。子宮頸がん対策がちゃんと行われていないという事実をしっかり科学の土台の上で認識して、自戒も含めて、いったんスタートラインに戻したい」

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以上、第1回は子宮頸がん対策についての記事になりました。次回は5類に移行した新型コロナウイルス感染症の現状について気合いを入れて書こうと思います。

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