「さらし者のような報道のあり方を改善して」 当事者や支援者の6団体が大学の薬物事件の実名・顔出し報道に抗議
日大アメフト部の大麻所持事件に対する実名・顔出し報道で若者の再起のチャンスが奪われるとして、薬物依存症の当事者や支援者らの6団体は12月1日、報道関係者に対し、若者の人権や将来に配慮した報道に改善するよう緊急要望書を公表した。
大学における薬物事件の実名・顔出し報道に関する緊急要望書
この事件をめぐっては、メディアは当初から逮捕された学生の実名・顔出し報道を繰り返し、実家や人間関係の詳細も暴かれる事態になっている。アメフト部を廃部にする方針も明らかにされた。薬物治療の専門家からは「これほどの社会的制裁を与えるべき罪なのか?」と疑問があがっている。
6団体は「現在行われている『薬物事犯には何をやってもいい』という、さらし者のような報道のあり方を早急に改善して頂くことを要望致します」と訴えている。
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大学経営陣の内紛も含めて必要以上に大きく報道
要望書に名前を連ねたのは、「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」「一般社団法人 ARTS(Addiction Recovery Total Support))」「特定非営利活動法人 全国薬物依存症者家族会連合会」「特定非営利活動法人 ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)」「公益社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会」「特定非営利活動法人 全国ギャンブル依存症家族の会」の6団体。
要望書は「私たちは、日本の薬物問題、また依存症対策に関わる者として、現在起きている日大アメフト部の大麻所持事件に対する報道について危機感を抱き、マスコミ各社にこの度の要望書を提出することと致しました」という一文から始まる。
学生の一人が0.019グラムの大麻片を所持して逮捕されたことから始まったこの事件の報道は、「大学の経営陣の内紛等の問題も絡めて必要以上に大きく報道され、繰り返し学生の写真付実名報道が行われています」と指摘。
その上で、「軽微な犯罪にもかかわらず、実名・顔写真報道を繰り返すのは甚だしい人権侵害です。これら実名報道により学生達の実家や人間関係まで暴かれ、さらされることになりました」と批判している。
海外では処罰から、支援のアプローチへ切り替え
また、海外の薬物問題への対処が、犯罪として扱うのではなく、人権を尊重しながら回復を支援する公衆衛生アプローチに切り替えられていることも紹介している。
2023年6月23日に国連人権高等弁務官事務所が発表した「個人のための薬物使用と所持は緊急に非犯罪化されるべき」として違法薬物犯罪の扱いについて処罰を支援に置き換えることを求めた声明も引用した上で、こう日本の現状を厳しく批判した。
「日本の政策はこの国連の声明に逆行する動きをとり、マスコミも政府の動きを増長させています」
デジタルタトゥーで教育や就職の機会が奪われないよう配慮を
一方、島根県警が大麻取締法違反で書類送検した男性巡査長(26)の名前や勤務場所も公表しない判断をした例を、若い職員の未来を考えた「英断」と評価。
それに対し、日大アメフト部の事件では、「理事長が有名女性作家であることも影響し学内で内紛が勃発、そのため報道が面白おかしく加熱していき、連日逮捕された学生の実名・顔出し報道がなされるという事態に陥っています」と指摘し、こう注文をつける。
「マスコミの皆さんは、未来ある若者が大麻の自己使用という微罪でデジタルタトゥーが残り、将来にわたって教育や就職の機会が奪われてしまうという二次被害が起きぬよう配慮して頂きたいと思います」
「報道指針」に書かれていることは守られているか?
さらに、「日本民間放送連盟 報道指針」の「人権の尊重」の項目には、以下のような指針が書かれていることも指摘する。
(1)名誉、プライバシー、肖像権を尊重する。 (2)人種・性別・職業・境遇・信条などによるあらゆる差別を排除し、人間ひとりひとりの人格を重んじる。 (3)犯罪報道にあたっては、無罪推定の原則を尊重し、被疑者側の主張にも耳を傾ける。取材される側に一方的な社会的制裁を加える報道は避ける。 (4)取材対象となった人の痛み、苦悩に心を配る。事件・事故・災害の被害者、家族、関係者に対し、節度をもった姿勢で接する。集団的過熱取材による被害の発生は避けなければならない。 (5)報道活動が、報道被害を生み出すことがあってはならないが、万一、報道により人権侵害があったことが確認された場合には、すみやかに被害救済の手段を講じる。
その上で、「私ども、依存症問題に関わる当事者・家族・支援者は、捜査機関が大麻使用の逮捕者を、報道機関に個人情報を提供すること、また報道機関が捜査機関に逮捕者の個人情報提供を求めるような現在の姿勢を改めて頂くことを強く望みます」と要望し、こう締めくくっている。
「報道の自由も大切ですが、この国の未来を考えれば、何よりも若者の再起に配慮することが優先されるべきだと考えます。 現在行われている『薬物事犯には何をやってもいい』という、さらし者のような報道のあり方を早急に改善して頂くことを要望致します」
実名・顔出しによるデジタルタトゥーは回復を阻害する
薬物事件で捕まった人の治療にも当たる国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんは、軽微な薬物犯罪の実名・顔出し報道について、治療や回復を阻害する、と苦々しい思いで見ている専門家の一人だ。
松本俊彦さん(撮影:岩永直子)
「大学生に限らず、実名報道をした場合、いつまでもデジタルタトゥーが残ります。私の患者さんでも、専門職や有名企業や公的な機関に勤めていて実名報道された人は、罪を償い、かなり頑張って長く薬をやめていても、仕事を探す時に名前を検索されて最終段階ではねられてしまう」
「それどころか、実名がネットに残り続けることで、賃貸物件を借りれなかったり、ローンが組めなかったりもして、長年にわたってその人の人生にネガティブな影響を与え続けます。どんなに頑張っても、それ以前に自分が到達した水準には戻れなくなってしまう。社会に居場所を得ることができなくなるのです」
薬物の自己使用は被害者のいない犯罪と言われる。松本さんは、再起することができないほどの罰を与えるべき重い罪なのか、疑問を投げかける。
「起こした罪に対する刑罰に加えて、あまりに社会的制裁が大き過ぎて、本人に与える影響がとても深刻です。例えば、性犯罪は被害者と示談が成立すれば不起訴になり、実名報道されず、元の人生の軌道に戻れます。犯した罪と社会的制裁を含めた罰の大きさを考えると、薬物の問題はあまりにも分が悪過ぎます」
そうした社会による制裁や排除は、薬物をやめ続けること、回復し続けることにも悪影響を及ぼしかねない。
「辞め続ける努力をしていても、社会から冷たく扱われ続けることで『結局、無駄な努力だったのだ』と否定的に捉えるようになり、薬をまた使ってしまう人もいます。そもそもデジタルタトゥーのせいで健康的な人間関係の再構築ができずに、薬物を使うコミュニティでしかつながりを作れなくなってしまう。すると当然ながら再使用は多くなるのです」
「あなた方の報道が、一人の人間の人生を葬ることもある」
ARTS代表の田中紀子さんは、今回の声明に関してこんなコメントを寄せた。
声明を出した団体代表の一人、田中紀子さん
日大アメフト部の報道を見ていると、大学側、メディア共に誰も薬物に手を出してしまった学生の未来や再起について考えていないことに深い悲しみと、薬物問題に関するこの国のあり方に危機感を抱いています。
大麻を個人で少量使用したことがそれほどの重大犯罪でしょうか。反社会的な組織の資金源になっていると言われますが、それを言うなら野放しになっているオンラインカジノの方がよほど資金源になっています。酔いが起こす暴力事件や飲酒運転事件を鑑みれば、アルコールの問題の方がよほど深刻です。
行きすぎた薬物の一次予防教育「ダメ。ゼッタイ。」により、長年、極悪人のように伝えられてきた薬物使用者のイメージに、メディアの人達も洗脳されすぎていると感じます。
果たして大麻の少量の個人使用でここまで学生をさらし者にしてよいものでしょうか?皆さんの良心に立ち返って、冷静に判断して頂きたいと思います。あなた方の報道が、一人の人間の人生を葬ることもあるのです。
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