子供に対する性加害、どうやって防ぐ?
周囲にバレないように、子供を手なずけて繰り返し性加害を仕掛ける「性的グルーミング」。
被害を防ぐために、どんな対策が取れるのでしょうか?
そして、社会やメディアはこの問題にどう対応すべきなのでしょうか?
『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)を出版した大船榎本クリニック精神保健福祉部長、斉藤章佳さんに聞きました。
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子供に打ち明けられたら、どう対応すべき?
——子供を対象とした性加害事件が明るみになった時、親もショックだと思いますが、どのように対応したらいいのでしょうか?
まず、被害を受けた子供が最初に相談した時の対応が一番大事です。その相談先は親であったり、学校の先生であったり、友達であったりします。
親御さんはそんな事実があったことを信じたくないので、「本当にそんなことあったの?」「何言っているの?」「そんなことは忘れなさい」などと言いがちです。お子さんのことを本当に大切に思っているのに、咄嗟にそう言ってしまうことがある。ショックでうまく感情を表出できないのですね。
もちろんそんな時に冷静になることは難しいですけれども、子供がやっと話してくれたわけですから、まずは否定せずに落ち着いて傾聴することが大事です。
そして、月並みですが、しっかりアイコンタクトを取りながら、「加害者が100%悪くて、あなたは悪くない」と伝えてあげることが必要です。子供の訴えをきちんと受け止め、あなたに責任はないと伝えることで、「このことを話してもいいのだ」と被害児童は安心できます。
でも実際に子供が被害を受けたと話した時、親は冷静に対応できないものです。誰しもが動転してしまうでしょう。
——だからこそ、冷静な時に対応方法を知っておくことが大事なのですね。
そうですね。「うちの子は性被害に遭ってほしくない」と親なら誰でも思うでしょうし、子供が被害と認識していないケースもあります。もし被害に遭った場合にどう対応したらいいかは、事前に知識として持っておいた方がいいと思います。
その上で、子供を守るために公にしたくないと示談で終わるケースもあります。
親御さんが子供から打ち明けられて、警察にすぐに行くケースもありますが、ためらう人も実は多いのです。ためらう人が我々のところに相談に来ると、「おおごとにしたくない。でも加害者を罰したい」と言います。
また、お母さんがお父さんに言えないケースもあります。女の子が被害に遭った時、「お父さんに言ったら絶対に加害者を殺しにいくから言えない」と悩むことがあります。「娘も普通に生活しているし、私の胸のうちに留めておくべきなのでしょうか?」と相談してくるパターンもあります。
被害を告発する時に、警察に届けた場合は、子供本人に対して「これからこういうことが待ち受けている」と説明する責任が親にあります。両親の足並みが揃っていないと、傷つくのは被害を受けた子供です。両親ともに加害者を罰することで被害を回復したいと考え、子供もそれに同意できるなら、刑事手続に進んでいいと思います。
でも両親の足並みが揃っていない場合は、なかなか難しいのが現実です。個別の対応が必要になります。
日本は子供の性被害についてはメディアも燃えますから、ニュースでも多く取り上げられます。中にはそういうニュースを見て、学校で友達から「あの事件って〜ちゃんだよね?」と指摘されるケースもあるのです。情報がどこかで漏れてしまう。
被害を受けた子供がこれ以上傷つかないように、セカンドレイプにも慎重に対処すべきですし、警察に行く前に、被害者支援に明るい弁護士にアクセスするのも大事だと思います。
カウンセリングは? メディアの対応は?
——カウンセリングは必要ですか?
そうですね。東京であれば私はよく公益社団法人「被害者支援都民センター」を紹介します。各都道府県主要都市には、性犯罪・性暴力被害者のための「ワンストップ支援センター」もあります。そこには、専門のカウンセラーがいます。起きたことにどう対応していくかも、そこで相談できると思います。
——メディアはどういうふうに報じるべきだと思いますか?
メディアが報じるということは刑事事件になった場合ですね。被害者の情報は基本的に守られるべきです。加害の情報を流す時は、犯人をあまりモンスター化するような報道はしない方がいいと考えています。淡々と事実関係を報じることが大事です。
よくあるのは、性欲を強調する報道ですが、実際は動機がそうでないケースが多いです。警察の取り調べで「性欲がおさえきれず犯行に及んだ云々」というストーリーに誘導されることもあるので、警察発表を元に書くと、なかなか難しいですけれども。
性加害を防ぐために何ができる?
——そもそもこうした性加害を防ぐために、何ができるのでしょう?
性暴力の一次予防は啓発と教育です。こういう取材で発信される情報もその一つでしょう。教育については、「包括的な性教育(※)」が一つの方法です。
※身体や生殖の仕組みだけでなく、人間関係や性の多様性、ジェンダー平等、暴力と安全管理や性的同意も含めて、個人が健康的で幸せな選択ができるように幅広く学ぶ性教育。
そもそも「性的同意」という言葉を加害者が知らないケースも多いです。
少年事件の加害者に鑑別所で面会してそれを説明すると、「聞いたことないです」「親からも学校でも教わっていません」という反応が返ってきます。少年の中には「それを知っていたら、今回の事件は起こさなかったかもしれません」という者もいました。加害少年は捕まって初めて「こんな大事になると思わなかった」と言います。
つい最近も武蔵野市の小学校で、男子児童が学習用のタブレットで女子児童の着替えを盗撮した事件が話題になっていましたね。少年事件ではスマホでの盗撮がとても増えています。他者を無断で撮ることの暴力性について大人から教わっていないのです。
彼ら自身も子どもの頃からずっと親に無断で撮られて、SNSにアップされています。自分たちも搾取され、消費されることが当たり前になっているので、その暴力性に気づかない。
これも性的同意をベースに考えれば理解できますし、その中で同意ある撮影の重要性について学ぶことができます。
二次予防は「早期発見・早期治療」です。榎本クリニックの調査では、痴漢を繰り返す人は問題行動を始めてから専門治療につながるまで平均8年ぐらいかかります。盗撮は平均7.2年です。子供への性加害は14年ぐらいかかっています。
この期間をどうやったら少しでも短くできるかがすごく大事です。初犯で執行猶予の判決が出るのであれば、同時に専門治療につながることができるような、薬物問題で実施されているドラッグコートと同様の仕組みがあればいいのですが、日本ではなかなか難しいですね。
加害者の治療
——先生は加害者の再発防止プログラムに関わっていますね。治療としてはどのようなことを行なっているのですか?
まずは認知行動療法で、行動変容の仕方について学びます。具体的にはRMP(再発防止計画:リスクマネジメントプラン)を作成し、それをもとに生活の中で実践しトライ&エラーを繰り返しながら改善していきます。
リスクマネジメントプランのサンプル(榎本クリニック提供)
さらに、専用のワークシートを用いながら認知の歪み(ものごとの受け止め方の歪み)を明らかにし、具体的にどのようにそれに対応していくかを学んでいきます。
端的に言うと、プログラムの中でリスクへの対応方法やセルフコントロールの方法論を学ぶのです。性犯加害の再発防止への取り組みは、自分自身で自分を制御する力を取り戻していくことを訓練するプログラムなのです。
また薬物療法もあります。当クリニックでは、本人の同意のもと抗うつ薬や抗精神病薬を使うケースもあります。これは、副作用の一つである勃起障害や勃起不全も再犯防止に生かしていきます。
また、生活のサイクルを安定化させるための薬物療法も行います。アルコールの摂取や眠れないことが続くことで再発リスクが高まる場合は、それに応じたお薬を処方します。また、ホルモン療法を希望する方には、別の医療機関を紹介することもできます。
大事なのは、加害行為の責任をどう取るか
性加害の再発防止プログラムは、いわゆる依存症治療のノウハウも取り入れていますが、直接的な被害者がいるのが他の依存症との大きな違いです。そこをベースにプログラムを構築しなければいけません。
そこで大事になるのが、自分の犯した性加害行為について自分がどう責任を取っていくかです。この加害行為の責任性を扱うことは、依存症の治療ではあまりありません。もともと、医療モデルに被害と加害を伴う刑事司法モデルはなじみにくい性質があります。
でも本当は他の依存症についても、家庭内でDVをしてきた人は考えるべき課題です。
以前、臨床心理士の信田さよ子先生と話したのですが、暴力の問題があったアルコール依存症の人は妻をずっと暴力で傷つけてきています。酒が止まることで家族としては「良かった」と思うし、本人も「酒をやめたからOKだろう?」と思いがちなのですが、妻は暴力の後遺症に悩み、夫の断酒後もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみます。
酒は止まったとしても、暴力の責任をどう取って生きていくかという視点は、今の依存症のプログラムにはないのです。しかし非常に重要なポイントです。
——肉体的な暴力だけでなく、暴言や経済的なDVなど色々ありそうですね。
そうです。DVは、身体的・心理的・性的・社会的・経済的・子どもを介したものなど多様です。依存症の回復プログラムには、DVの臨床を経験したスタッフが少ないので、暴力への責任性についての扱いに慣れていないように感じます。
私がこの仕事を始めた20年ぐらい前には、家族の心理教育プログラムで、「アルコール依存症の症状の一つとしての暴力問題」という表現が用いられていました。
でも暴力は病気の症状ではありません。暴力はあくまでも犯罪であり加害行為です。本人が選択的にやる行動です。暴力の問題を疾病化したことによって、本人の加害行為に対する責任が隠蔽されてきた歴史があります。
依存症の領域で、暴力の責任性に当事者がどう向き合うかに臨床家自身が触れてこなかったことは重大な問題だと考えています。
——確かに「回復」には、家族との関係の回復も含まれていますよね。自身の加害の責任に向き合わなかったら、そこは回復できないですね。
断酒会はパートナーと一緒に参加することもありますが、暴力のトラウマを抱えているパートナーがたくさんいます。酒が一応止まっていると、それが礼賛される傾向があります。また、伝統的に男尊女卑を内面化している場所なので、この暴力問題が正当に扱われないという感想を持っています。
私はすごく大事だと思いますし、男尊女卑や性別役割分業というジェンダーの視点からもそこを考えるべき時がきているのではないかと思います。
小児ポルノの影響は?
——子供をターゲットにした性加害事件があると、必ず小児性愛を扱ったアニメや漫画などの影響が取り上げられます。先生はそういう作品を見たからといって必ずしも犯罪に至るわけではないけれど、きっかけになることはあると指摘されています。表現の自由との兼ね合いもありますが、どのように考えるべきだと思いますか?
いつもここは炎上するテーマです。でもすごく大事なことです。
小児性加害の臨床現場で出てくるものとして、児童ポルノは4種類あると言われています。
いわゆるテキストで子供を性虐待する大人の小説。実在する児童の実写ポルノは所持や製造は法的規制の対象です。ここに子供型のセックスドールも入ってきますが、これは法の規制外です。また、漫画やアニメのような創作物があります。さらに最近加わったのが、AIが生成する児童ポルノです。今、そちらがどんどん広がっています。
この中で当事者に一番価値があるのは、法律で規制されている実在の児童を扱った児童ポルノです。
しかし、創作物をどうするかは難しい問題です。児童ポルノが直接的要因だと指摘する研究はありません。私もそれだけで、子供に性加害をするかといえばそうではないと思っています。
ただ、既に加害行為の経験があり、小児性愛障害と診断を受けた人に児童ポルノとの付き合い方を問うと、所持していた人は95%以上でした。彼らにとっての次の性加害のトリガーには確実になっているのです。
難しいのはそれを見ている人がみんな事件を起こすわけではないことです。もちろんこれは内心の自由の問題も絡んできます。
私の個人の意見としては、子供を性虐待する漫画は、それで事件を起こす人がいないとしても、倫理的・道徳的に問題があると思っています。でも、規制派と、表現の自由を重んじる派とはずっと平行線です。SNSでは、子供型セックスドール論争なんかもありましたよね。
——SNSで子供に近づく加害者もいるのでしょうか?
今はオンライングルーミングが主流です。InstagramとXが中心ですね。そのダイレクトメッセージでつながったり、ゲームアプリ経由でつながったりすることが多いです。
「加害者臨床」は「加害者ケア」ではない
——こうした直接的な被害者のいる依存症関連問題は、メディアとしては取り上げづらいところがあります。嗜癖行動の側面があるといっても、性犯罪を犯した場合、その被害の深刻さを考えると、加害者を「ケアすべき人」として取り上げることは難しいです。
例えば、元TOKIOのメンバーの山口達也さんの記事も、性暴力の責任に向き合っていないとして非常に炎上しましたね。フェミニストや被害者臨床をやっている人たちから、依存症の啓発活動が重要なのは理解できるが、過去の性暴力事件の責任性に向き合っていないのはおかしいという意見が出ていました。
私も、性暴力の取材や、加害者臨床の現場では被害者が見たときにどう感じるかを常に考えながら発信しています。
加害者臨床は、被害者支援の一環として発展してきた領域です。常に被害者支援と加害者臨床は車の両輪です。加害者の加害行為の克服は、被害者の回復を促進する方向で進められます。加害者と被害者は非対等であり、問題解決のための負担を被害者に求めない方針をとります。そこがすごく大事なポイントです。
「加害者臨床」は、「加害者ケア」ではありません。「加害者支援」という言葉も適切ではありません。今となっては「加害者治療」も微妙な表現だと思います。適切なのは「加害者臨床」や「加害者教育」です。
まずこのあたりの言葉の使い方をメディアも気をつけて欲しいです。
そして、「加害者臨床」が最大の「被害者支援」である、と言われるレベルにまで臨床の精度を高めていくのが、加害者臨床に携わっている臨床家の使命です。何度も言いますが、常に被害者支援と表裏一体であることを意識しながら考えていくことが大事だと思います。
子供は社会と大人が守るべき存在
——一般の人も性的グルーミングについて知っておくことは必要でしょうか?
子供は基本的に社会と大人が守るべき存在です。それは満場一致で賛同されると思います。痴漢の話をすると「でも冤罪が......」という意見が必ず持ち出されますが、小さい子供が性被害に遭う話をして「でも冤罪が......」という人はあまりいないと思います。
そうであれば、子供が性被害に遭わないためにはどうしたらいいかをみんなで考えなければいけません。今までは性被害について考える機会はありましたが、性暴力は加害者がいなければ被害者は生まれません。「加害者とは?」を理解することが必要なのに、加害者は透明人間であり続けてきました。
透明人間の姿の可視化は、被害者側からの告発があってこそです。そこから加害者のことを知ることで性被害を防ぐ。今までとは逆の発想で考える上で、この本をヒントにしてもらいたいなと思います。
『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』の表紙
(終わり)
【斉藤章佳(さいとう・あきよし)】精神保健福祉士、社会福祉士、大船榎本クリニック精神保健福祉部長
1979年生まれ。大学卒業後、依存症回復施設の榎本クリニックでソーシャルワーカーとして働き始める。その後、20年以上にわたってアルコール、ギャンブル、薬物、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニア(窃盗症)などあらゆる依存症問題に横断的に携わる。専門は加害者臨床で、これまで2500人以上の性犯罪者の治療に関わってきた。著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(イースト・プレス)、『「小児性愛」という病-それは、愛ではない』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方-酒に逃げずに生きるには』(集英社)、『セックス依存症』(幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)、『男尊女卑依存症社会』(亜紀書房)などがある。
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